「批評の...」と題しているが、批評一般ではなく、文芸批評が対象である。しかし、これは本当に批評論であろうか。批評の対象が文学作品であれば、批評の在り方も文学的、アリストテレスの詩学に発する詩学論の様相を呈す。
例えば、シェイクスピア、ミルトン、シェリーの三名を挙げれば... 技法と思想の深遠さで未熟という理由でシェリーを貶す。宗教的反啓蒙性と重苦しい教義が言葉の自然な流露を損なうという理由でミルトンを貶す。思想に無関心で人生の反映に終わっているという理由でシェイクスピアを貶す... かと思えば、完全な詩的ヴィジョンのためにシェイクスピアを褒める。深遠な信仰秘義の洞察でミルトンを褒める。より直接的に近代人の心に訴えるシェリーを褒める。
詩的な嗜好は、音楽の嗜好に似ている。なにゆえ人は、リズミカルな言葉を求めるのか。人間ってやつは、概してお調子者ってことか。人は、語呂、歯切れ、耳障りのよい文句を格言や座右の銘とする。
そして、文学的構想に浸り、言葉に物語を求める。この物語性こそ説得力の源泉。この伝統芸は、古代ソフィストたちの弁論術に発し、現代プレゼン技術に受け継がれる。そりゃ、大衆が単純明快なキャッチフレーズの乱立する劇場型政治に耽るのも無理はない...
尚、海老根宏、中村健二、出淵博、山内久明訳版(法政大学出版局)を手に取る。
「批評における決定論の一覧表を作ることは容易であろう。マルクス主義、トマス主義、リベラル・ヒューマニズム、新古典主義、フロイト主義、ユング主義、実存主義、それらのいずれの立場にたつ批評であれ、すべて批判的ポーズをもって批評に代えるものであり、文学の中に批評の概念を見出すのではなく、批評を文学外の雑多な枠組みの一つにはめ込もうとする。しかしながら、批評の公理と前提はそれが扱う芸術から生まれてくるべきものである。」
ノースロップ・フライは、詩における三つの世界を提示する。一つは、芸術、美、情緒、趣味の世界。二つは、社会的行動と社会的事象の世界。三つは、個人の思想と観念の世界。これらの世界に応じて、人間は意志、感情、理性を働かせ、歴史、芸術、科学および哲学を構築していくという。伝統的な聖書解釈では、リテラル(逐字的)、寓喩的、道徳的、神秘的な意味が引き出され、これらに応じて詩の象徴を相で捉えている。アリストテレス風に形相の趣を帯びて...
- 逐字相と記述相... 動機(モチーフ)としての象徴と記号(サイン)としての象徴。
- 形式相... 心象(イメージ)としての象徴
- 神話相... 原型(アーキタイプ)としての象徴
- 神秘相... 単子(モナド)としての象徴
「『理想的不眠に悩む理想の読者(フィネガンズ・ウェイクより)』とジョイスは言った。つまり批評家のことである。創造と知識、芸術と科学、神話と概念、これらの間の失われた連鎖を回復しようとする仕事こそ、私が心に描く批評の姿である。」
詩は、暗黙裡に自由の理念を掲げる。だが、その理念を定式化することはできないという。そのような社会を建設することも不可能であると。
では、詩は単に理想郷を夢想する手段に過ぎないのか。少なくとも、現実を客観的に照らすための手段は必要であろう。その限りにおいて詩は輝く。現実だって夢の中にあるのやも。だから、神話も、喜劇も、悲劇も、ロマンスも、アイロニーも、風刺も... 社会の象徴として輝く。
「教養教育は、教育を受ける精神のみならず、文化的作品そのものを解放する。人間の芸術は腐敗の只中から作り出されるし、その要素は永久に芸術の中に残るであろう。しかし芸術の想像的要素が、まるで聖人の遺体のように、腐敗にもかかわらずそれを保存する。美を論ずる時には、孤立した作品の中の形式的諸関係だけでおしまいにするわけにはゆかない。芸術作品は社会的努力の到達点、つまり完全な無階級文明の理念に参与するものであること、このこともまた、考慮されねばならぬ。倫理批評は、この完全な文明の理念を暗黙のうちに倫理的基準として、つねにこの基準に訴えるものである。」
なにゆえ人間は批評を好むのか。特に、批判を... 自己存在の確認のためか。だから、こんな記事を書いているのやもしれん。そしておいらは、シェイクスピア論にイチコロよ...
「シェイクスピアの喜劇の筋の運びが、しばしばどこか不条理な、残酷な、あるいは非合理な法律ではじまっていることに気づく。『間違いの喜劇』のなかのシラクサ人を殺す法律、『夏の夜の夢』の強制的な結婚の法律、シャイロックの契約を確認する法律、人々を正しくするために法を制定しようとするアンジェロの試みなど、喜劇が進行するに従って、人々はこれらを巧みにすり抜けたり、無効にしたりする。契約とはふうう、主人公の社会がめぐらす謀議のことであり、証言とは、会話を盗み聴いたり、特殊な情報をもっているものたちなどで、喜劇的な発見をつくり出すための、いちばんありふれた技巧である。」
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