2026-05-31

"ローマ史論(全三巻)" Niccolò Machiavelli 著

「ディスコルシ」こと「ローマ史論」...
ニッコロ・マキャヴェッリは、歴史家リウィウスの大作「ローマ建国史」から最初の十巻に着目し、政治論を論じて魅せる。「君主論」と補い合うように...

古くプラトンは、著作「国家」の中で政治指導者に哲人を据えた理想像を描いた。だが、どんなに優れた政治指導者であろうと、これに続く者は愚人ども...
マキャヴェッリは、著作「君主論」の中で政治に必要な力量と決断力を持つ君主像を描いた。だが、どんなに優れた政体を思い描こうと、どんなに高尚なイデオロギーを掲げようと、結局は現実に引き戻される。
あとできることと言えば、なんであろう。「すべての道はローマに通ず...」というが、やはり原点に立ち返ることか。共和国の原点、ここにあり!と...
尚、大岩誠訳版(岩波文庫)を手に取る。

「平等の存するところ、君主国にはなり得ぬ。それの存せぬところ、共和国とはなり得ぬ。」

人間が編み出した政体は、大まかに三つ。君主政、貴族政、民主政が、それである。だが、それぞれに深刻な欠点を抱え、僭主政、寡頭政、衆愚政となるも紙一重。
古代ローマの場合、その起源は王国に始まり、やがて共和国となり、強大な帝国へと発展していったが、その基盤となると、最初期から共和国になるまでにほぼ確立されていたという。

まず、偉大な精神は、始祖ロームルスに始まる伝説の王たちによって築かれる。その支柱に据えられたのが、自由精神。マキャヴェッリは主張する。「ひとつの都が存続するには、自由人の力によらなければならない。」と...
賢君が二代続けば、精神的影響は大きい。三代続けば尚更。古代ローマの場合、七代続いて共和国へ導いた。その過程で、創立者たちの叡智が伝統精神として法に刻まれ、法の精神を育んでいく...

次に、国家の在り方は、三つの要素で力関係を均衡させていく。統領、元老院、護民官がそれである。統領は君主とその取り巻き連中。元老院は貴族や上流階級で構成されて国家の最高機関となり、いわば統領のお目付け役。護民官は平民の代表で、国の隅々にまで政治機構を浸透させる役割がある。
この時点で平民の意向がどれほど反映されるかという問題は残るにせよ、後に護民官を選出する平民会が大きな存在感を持つことになる。こうした三要素を具えた政体は、君主制、貴族制、民主制の混合物という見方もできよう。ここに分権の起源を見る思い...

更に、宗教が絡む。帝国の時代にはキリスト教が国教とされ、教会の権威が加われば政治の主導権はいずこへ。政教分離の思想は、こうした有り様からも見い出せよう...

そもそも国家とは何か、本当に必要なのか。そして、その形が、なぜ共和国なのか...
自由精神こそ鍵というわけだが、政治指導者を選ぶ自由は民衆にあるか。政体を選ぶ自由は民衆にあるか。自由は妥協との折り合いの中で成り立つ。それが正当かは、ただ信じるのみ。自由とは、信仰の類いか。少なくとも、自由は自己抑制との釣り合いにおいて行使される。善には制約があるが、悪にはそれがない。

国家には、当たり前のように付随する法というものがある。そもそも法とは何か、本当に必要なのか...
法は悪に対するものとなり、法の下での正義は駆け引きの道具となる。せめて復讐心が伝染せぬよう願うばかり。結局、毒をもって毒を制す!の原理に縋るほかはないのか...
こと政治の力学では、高貴な理想を掲げるほど泥沼にハマる!恐怖、憎悪、嫉妬といった情念は、人間の本質であり、これを避けることはできない。確かに、人間は聖人になりきることはできないが、悪魔になりきることもなかなか難しい。それがせめてもの救いか...

政体は時代とともに変化していく。変化こそ不変!ゆえに、何事も改善は必要であろう。それでも、基本精神を見失うな!というのが、マキャヴェッリの立場。確かに、古代ローマのそれは理想に程遠い。三千年を経た 21 世紀の今でも...
そもそも理想がどんなものか、そんなものが本当にあるのか、ますます分からんよ... マキャヴェッリ先生!

「政治や歴史上の数多の事例を取り扱ったひとたちの挙って説明することに従うと、国家を建設し国宝を制定するものとしては、何よりも先に、人間はすべて悪人で、思う通りに振る舞う機会があればすかさず其の非道ぶりを発揮して私欲を満たそうと身構えていることを常に考えている必要がある。」

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