2023-03-26

"世界で一番美しい「もの」のしくみ図鑑" Theodore Gray 著 & Nick Mann 写真

原題 "HOW THINGS WORK"
世界で一番美しい図鑑シリーズ、元素、分子、化学反応の三部作を読破し、いま、純米酒とともに達成感に浸っている。
しかし、これで終わらせてはくれない。ものの根源に立ち返り、ものの構造を見直し、ものの変化を再認識させられ、おまけに、ものづくりの喜びまでも思い出させてくれようとは...
セオドア・グレイの洒脱な文章とニック・マンのアンティークな写真に、またもしてやられた。ものづくり人生はええ!機械仕掛けの内部ロジックを理解する喜びは、何ものにも代えがたい。これぞ技術屋魂!
尚、前島正裕監修、佐々木勝浩監修, 武井摩利訳版(創元社)を手に取る。

「ものづくりを核とした生活は、よいものです。あなたが作ったものは、あなたという人間の大きな一部分になります。それに、何かを作っていると、ふと、それらの作品たちが逆に自分という人間を形成してくれていることに気付くものです。」

機械仕掛けを語り始めると、人それぞれに思い入れがあろう。ここでは、著者の独断で四つのトピックを熱く語ってくれる。四つとは、「錠と鍵」、「時計」、「はかり」、「布作り」で、一見一貫性がなさそうだが、いずれも古代から受け継がれ、今なお発展し続けている基本的な仕掛けである。
ただ、ここに印刷技術がないのは、ちと意外。いや、あえて外したか。一般的に機械は、人間のように扱いの面倒なヤツではなく、人を傷つけたり、騙したりしないが、プリンタは例外だという。著者に言わせると、「プリンタというやつは機械世界のサイコパス!」だそうな。3D プリンタなどは印刷の概念を大きく変え、複写という意味では、クローン技術も印刷技術の延長上にあると言えよう。
アラン・チューリングは、計算機が心を持ちうるかを問うた。実際、AI が絡む機械は人間を超越した存在になりつつあるし、そもそも、人間が機械仕掛けのオートマタという見方もできよう。物理構造を辿れば、同じ元素でできているし。
そして、機械の前では階級や差別の意味を失い、人はみな機械の奴隷と化す。いよいよ、人類が夢見てきた究極の平等社会の実現か。人間社会の主役は、なにも人間である必要はあるまい...

1. 錠と鍵
錠の技術は、安全性を担保するために、構造そのものの抽象度を高めてきた。従来の彫り込み型の鍵は、凹凸の形が解錠のための秘密情報であり、古典的なダイヤル錠は、鍵の情報をデジタル化する。やがて鍵は物理的に分離され、鍵そのものが純粋な情報になる。そう、暗号鍵の登場である。錠の概念はエレクトロニクスの領域に拡張され、バーチャルな世界へ。
パスワード管理システムでは、比較のためのパスワードそのものを保管する危険を避け、ハッシュを保存する。つまり、ハッシュ関数によって不可逆的な数学操作で乱数に変換し、サーバからのパスワード流出を物理的に防いでいる。鍵情報を保管すること、鍵を持ち歩くことは、極めて危険な行為となる。とはいえ、誘導サイトなどに人間がパスワードを入力しちまえば、同じことだけど...
生体認証も安全とはいえない。例えば、指紋認証は、3D プリンタで作る偽の指情報で突破できる可能性がある。
どんなに優れた技術を投入しようとも、常に人為的な危険性がつきまとう。となれば、あとは人間を排除することか。錠と鍵の本質は、立入禁止と許可に境界線を設けること。人類の歴史とは、排除の歴史というわけか...

2. 時計
機械仕掛けといえば、時計は外せない。機械時計の仕組みは、歯車、バネ、回転軸、梃子、目盛盤などで構成され、その基本機能は、一定のリズムを刻むこと、動力源を供給すること、時刻を表示することにある。古代ギリシアの遺物、アンティキティラ島の機械は、最古のコンピュータとも言われ、これらの要素を具えている。現代のコンピュータもまた、これらの要素が仮想的に実装され、様々な電子機器に搭載されるリアルタイム OS などは、まさに時間のシステムと言えよう。
時間の測り方は、太陽の影から砂の落下現象や振り子の原理などが利用されてきた。こうした仕組みは、地球の回転運動や重力に則したものだが、月や他の天体の引力によって微妙に歪み、常に正確な時間を刻むことができない。そこで現在では、量子力学的な状態変化による共鳴周波数を利用する。セシウム原子時計などが、それである。
時間が正確かどうかを知るということは、ある種の論理パズルとして人類を翻弄してきた。それだけに、時刻を知ることに対する執着心は異常に、いや、異様に根深い。
ちなみに、古い諺に、こんなのがあるそうな...
「時計をひとつしか持っていない者はつねに今が何時か知っている。ふたつ持っている者は決して今が何時なのか確信を持てない。」

3. はかり
はかりとは、重さを測る機械。それは地球の重力によって規定される。時間の流れがすべての人間に平等に与えられるかは知らんが、少なくとも地球の重力は地球上の物体に対して平等に与えられる。
そして、多くの場合で重さが金額で表記される。ジャガイモ 100 グラムでいくら、、鉄鉱石 1 トンでいくら、金 1 トロイオンスでいくら... と。
重さで規定されるということは、重力は誤魔化せないってことだ。いや、はかりに細工をすれば...
詐欺用法は、はかりの技術によって巧みを極めたかは知らんが、高利貸しはなんでも重さを抵当にする。人肉までも... シャイロックめ!そして、人間の価値までも存在感の重さで測られる。体重計の前では軽さを演じながらも...
重さは、重力に対する下向きの力で規定され、いわば、引力に対してお金を支払っているわけだ。
では、宇宙空間における重さは?無重力では、すべては無価値ということか?そうかもしれん。少なくとも人間にとっては。
しかし、宇宙に浮かぶ天体にも重さの規定がある。「質量」ってやつが。重力が地球の 1/6 の月でも、物質の持つ質量は同じ。質量は、慣性の大きさで規定される。つまり、動かしにくさの度合いであり、一旦動き出すと、止めにくさに早変わり。慣性力は、なかなか手ごわい。物理学だけでなく、人間社会の力学においても...
ちなみに、平行四辺形を形取る「ロベルヴァルの天秤」は、なかなかセクシー!

4. 布作り
布作りは、衣食住を極める技術の一つ。どんな文明も、糸を紡ぎ、布を織ってきた。紡績機や繊維が発明されるまで木綿は贅沢品であり続け、木綿づくりは綿の栽培という自然と同化した産業であった。そして、紡績工業は産業革命の一角を担うことに。
ガンディーは、インド独立運動の象徴として、糸車を作り、自ら糸を紡ぐことを訴えた。イギリスは植民地政策で木綿産業を機械化して支配したが、自国産業を取り戻そうと人民に呼びかけたのである。
あらゆる文化で、織物が文明の土台の一つであったことは確かであろう。一本の糸で布を紡ぐということは、一次元空間を二次元空間にマッピングする用法であり、まさにトポロジーの世界。
ちなみに、おいらが美少年と呼ばれていた幼少の頃、糸巻きを二個装備したミシンの構造に魅せられ、思いっきり分解した記憶がある。そして、母親に酷く叱られ、我が家では、ミシンがすこぶる高価なものだということを知ったのだった...

2023-03-19

"世界で一番美しい化学反応図鑑" Theodore Gray 著 & Nick Mann 写真

原題 "Reactions"
世界で一番美しい図鑑シリーズ... で、元素、分子とくれば、化学反応で三部作が完結する。本は、なにも読むだけのものではあるまい。セオドア・グレイの軽妙な文面にニック・マンの鮮麗な写真が化学結合すると、ノスタルジックな気分にもなれる。なにやら忘れかけていた感覚が蘇るような...
尚、若林文高監修, 武井摩利訳版(創元社)を手に取る。

科学の根底にある動機は、やはり好奇心か。脂ぎった好奇心なら、すぐにでも湧いて出る。お金や地位などと直結させて。しかし、純真な好奇心となると、なかなか湧いてこない。童心にでも返らねば。まったく、汚れちまった悲しみに... といった心境である。
それでも、化学実験にはワクワクさせられる。今でも、ナトリウムの塊をバケツの水に放り込みたくなったり。いや、今だからこそ...

人間が脂ぎっちまうと、脂ぎった化学反応に惹かれちまうのか。アルカリ金属を水と反応させると、引火性の高い水素ガスが発生する。古典的な爆薬ではニトログリセリンってやつがある。その瓶を落としたりした日にゃ...
さらし粉だって、衝撃を与えれば爆発する可能性がある。水道水の殺菌などにも使われる高度さらし粉の別名は、次亜塩素酸カルシウム... と、聞くだけで危険な香り。
爆発の本質は、急速に体積が増大する物理現象にある。つまり、時間と空間の急激な変化である。こんなものに惹かれるのは、時間と空間に幽閉された知的生命体の本能であろうか。ロウソクを眺めるだけで懐かしくなったり、炎を見るだけでワクワクするのも、本能的なものであろうか。
ちなみに、おいらは仕事場でお香を焚く...

キッチンにも化学物質のオンパレード!料理そのものが化学実験のようなもの。
化学実験のうってつけの見学コースといえば、酒蔵(さかぐら)である。酒造りは、一麹、二酛、三造り... と言われる。麹とは、蒸した米に麹菌というカビを生やしたもの。いわば酒とは、いかにうまく腐らせるか、という化学反応を利用した飲み物である。生あるものは死を運命づけられ、人間もまた、その過程で生じる腐らせ方が問われる。そもそも人間が生きるということは、喰って排泄するってことであり、その過程で様々な化学反応に看取られている...

ところで、化学反応とは、なんであろう。どういう状態を言うのであろう。ひと言で言うと、こういうことらしい。
「ただいま電子の移動中!」
そのメカニズムは、化学物質の結合か、あるいは分離の時に生じる。結合は電子の共有によって生じ、化学反応は電子の振る舞いと深く関わる。原子核では陽子と中性子が静かに収まっているのに対し、原子核の周囲を取り巻く電子殻では電子の嵐が吹き荒れる。電子の動きは、太陽の周りを公転する惑星のように行儀よくはない。その存在すら、本当にそこにいるのかどうか確率論でしか見い出せない、シュレーディンガーの猫のような奴らだ。

本書は、化学反応を特徴づける重要な概念に、エネルギー、時間、エントロピーの三つを挙げ、これらに電子の振る舞いを結びつけながら物語ってくれる。
エネルギーとは、たとえるなら落ち着きのなさを言うらしい。一旦、エネルギーを持っちまえば、どっしりと構えていられない。まさに電子がそれか。普段は、プラスとマイナスの電荷が釣り合って落ち着いているかに見えるが、内部ではポテンシャルエネルギーが疼き、掻きむしらずにはいられない。
そして、電子の持つポテンシャルエネルギーが結合の強さを決める。ポテンシャルエネルギーは高い方から低い方へ電子が落ちる時、その差分が運動エネルギーとして解放される。ビジネス界や政界を知るには、カネの流れを追え!と言うが、化学反応を知るには、エネルギーの流れを追え!というわけだ。
流れを追うということは、変化の時系列を辿ることになる。しかし、「時間の矢」と呼ばれる一方向性は、如何ともし難い。覆水盆に返らず... 喰っちまったラーメンの末路は排泄物... 空けちまったボトルにおとといおいで... といった格言は、けして逆戻りできない世界を謳ったもの。あらゆる物体が空間に対して様々な方向へ移動できるというのに、人間の認識能力だけが一方向性に幽閉されるとは、神もケチなことをなさる。
そして、時間の性質とすこぶる相性がよいのが、エントロピーだ。エントロピーは、しばしば乱雑さや混沌さの指標とされ、たいていの物理学の教科書で、ただ「増大する」と記述される。
だが本書では、ちょいと視点を変えて、エネルギーがどのくらい拡散するかの尺度としている。ある系において何通りのエネルギー分布が可能であるか、ここにエネルギーとエントロピーを結びつける法則が...

「エネルギー保存の法則は、(今のところ)説明が不可能です。この法則がこれまでに測定されたあらゆる状況下で絶対的に真であることを、極めつきの確実性をもって知っていますが、なぜそうなるのかはわかっていません。それに対して、エントロピーがなぜ常に増大するのかはわかっています。エントロピー増大の法則は、数学的な確実性によって真なのです。」

2023-03-12

"世界で一番美しい分子図鑑" Theodore Gray 著 & Nick Mann 写真

原題 "Molecules"
本書は、「世界で一番美しい元素図鑑」の続編。
元素は普遍のカタログとも言うべき周期表において規定されるが、分子にそんなものはない。今のところ百十数もの原子番号が振られ、原子は単体でも存在しうるが、地上では、そのほとんどが互いに結合し、分子となって存在している。結合の組み合わせは無数にある。カテゴリに分類することさえ不可能なほどに...
となれば、これを逆手に取って、選出の基準もやりたい放題!ここに、酸や塩基について語ったくだりは見当たらない。あくまでも著者の目線で、興味深く、本質的で、有用で、美しい、と思うものをぶちまけてくれる。
例えば、相性の悪さのたとえで「水と油」という表現があるが、これを見事に調和させてみせる石鹸の魔法や、色や匂い(臭い)がどのような元素の組み合わせで生じるかといった、世界を構成する物質の仕組みを独善的に教えてくれる。
セオドア・グレイの軽妙な文章と、ニック・マンの鮮麗な写真の結合も見逃せない。分子結合とは、ある種の相乗効果を言うらしい。いや、足の引っ張り合いも...
尚、若林文高監修, 武井摩利訳版(創元社)を手に取る。

分子の構成要素をなす原子の中で、とびっきりの存在があるとすれば、それはなんであろう...
太陽は、水素をむさぼり喰うことで地球にまで光を届け、地表では生命の源となる。恒星が輝けるのは、その中心部で大量の水素が核融合してヘリウムになるからだ。水素とヘリウムときたら、原子番号 1 と 2 で周期表の最上段に崇められ、まるで湯上がり気分の王子様気取り...

しかしながら、地球ではまったくの別物が主役を演じている。本書は宣言する。
「現代の化学のリアルな躍動の中心は炭素!」
炭という名からして燃えカスをイメージさせ、エネルギー変換の媒介役となる。その元素分布は、石油、石炭、天然ガスなど多岐に渡り、高価な鉱物で名高いダイヤモンドは自然物で最も硬い結晶物として崇められている。同素体も幅広く、グラファイト(黒鉛)やカーボンナノチューブなど、その実用性は計り知れない。

いや!そんなことよりも、はるかに重要な意味がある。それは、生命を生み出す元素だということだ。有機化合物の定義に至っては、炭素を含む化合物の総称... といったことが辞書にある。
但し、炭素塩、二酸化炭素、一酸化炭素... などと例外リストが長々と続き、どうもスッキリしない。
これらの定義で注目すべきは、炭素が特別な元素で、生命体には欠かせないってことだ。まさに、DNA、RNA、タンパク質などは炭素を骨格に形成され、地球には炭素系生命体で溢れている。地球外生命体には、炭素系ではないものもいるかもしれんが...

「炭素は、高度に複雑化した鎖や環や樹枝状の連なりやシートを形成することができる唯一無二の元素であり、複雑で変化に富む三次元構造を作れるようなやりかたで... それどころか、そうした構造を作るのを促進するようなやりかたで... 結合しています。...<略>... 有機であることの根幹には、鎖や環を作りたがる炭素の性質があります。その性質に他の元素も呼応して分子ができるのです。」

分子とは、原子と原子が結合したものを言うが、そのメカニズムはいかに...
原子の電子殻に空席があれば、そこに他の原子の持つ電子が入り込んで空席を埋め、電子を共有して結合する... といったことは、義務教育で叩き込まれた。しかし、それでは結合する力を説明できていない。
本書は、静電力を持ち出して説明を試みる。元素を決めるのは原子核の中の陽子の数だが、元素の振る舞いを決めるのは原子核の周りにある電子である。
「化学とは、つまるところ電子の挙動に関する学問!」

静電力は数学で記述できる。だがそれでも、静電力の正体となると、お手上げ。力学は謎めいている。力の作用は物理量として明確に算出できるのに、その正体となるとまるで分からない。万有引力の法則という古典的な力学の領域ですら。
ただ人間ってやつは、どんな現象でも作用さえ明確に算出できれば、その正体までも分かった気になれる、実におめでたい存在なのだ。実際、物質の正体を知らなくても、作用さえ分かれば、いくらでも実用化しちまう。精神だって、その正体となるとまるで分かっちゃいないのに、精神作用だけで人を操ることができる、少なくともそう信じている。いつか精神を分子構造で説明できる日は来るだろうか...

2023-03-05

"世界で一番美しい元素図鑑" Theodore Gray 著 & Nick Mann 写真

原題 "THE Elements"
世界を最も客観的に、合理的に、論理的に、構造的に、機能的に、効率的に... 表記したものとはなんであろう。人間の認識能力において、目くじらを立てるほど重要視するものに存在感とやらがある。それは、もともと主観的な感性の領域にあったが、科学の進歩とともに客観的な知性が、その領域を侵食しつつある。だからといって、完全に客観的な領域に入り込んでしまうことはあるまい。人間の思考そのものが、主観的なのだから...

実存の法則では、物理方程式がドラマチックに記述して魅せる一方で、周期表が無味乾燥な原子番号を淡々と羅列していく。太陽がむさぼり喰う H(水素) を一番目に掲げて。どんなに地味でもエッチが一番!やめられまへんなぁ~...
様々なマニアックの収集家を見かけるが、元素の収集が趣味というセオドア・グレイも、なかなか洒落ている。とはいえ、化け学の実験は命がけ。核物質をちょいと包んでくれ!というわけにはいかんよ...
尚、若林文高監修, 武井摩利訳版(創元社)を手に取る。

実体を理解できなければ、それをバラバラにして構成要素に還元せよ!
古代の自然哲学者たちが編み出した原子論的な思考法は、量子論や素粒子物理学に受け継がれてきた。人間の認識プロセスには、もともと還元主義的な思考が備わっているようだ。しかもそれは、自らの認識能力との折り合いにおいてなされる...

「いかなるものも、無に帰することはありえない。万物は分解されて元素に帰する。」
... ルクレティウス「事物の本性について」より

さて、周期表はすべて埋め尽くされたであろうか...
原子番号は、原子核に含まれる陽子の数で決まり、陽子はプラスの電荷を持つ。原子核の周りには電子軌道があり、そこにはマイナスの電荷を帯びた電子が陽子と同じ数だけ存在し、電気的に釣り合っている。
しかしながら、太陽の周りを回っている惑星のような軌道イメージではない。それは、不確定性原理に看取られた世界で、ある時間に存在する場所を特定させてはくれない。量子とはそんな奴らだ。そこに本当に存在するかも分からないとすれば、確率論に縋るしかあるまい。

本書は、「確率の雲」という用語を持ち出しているが、おいらはある種の確率分布と捉えている。
確率の雲には、s, p, d, f といった種類の軌道があるという。s 軌道は完全な球形で 1 つのタイプしかないが、p 軌道は互いに直行する三方向(x軸, y軸, z軸)に 3 つのタイプがあり、さらに、d 軌道は 5 つのタイプ、f 軌道は 7 つのタイプといった具合。
電子は内部状態にスピンを持ち、1 つの電子軌道にアップスピンとダウンスピンの 2 個が入ることができる。
例えば、水素は電子が 1 個で、1s 軌道。ヘリウムは電子が 2 個で、ともに 1s 軌道。これで周期表の最上段は定員いっぱい。
つまり、周期表の形を決めているのは、電子軌道の 1s から 7p までの充填順というわけである。充填の仕方が問題となれば、位相幾何学との相性も見えてくる。
そして、軌道はエネルギーの低い方から高い方へ順番に埋まっていくとさ...

原子番号と混同してしまいそうな物理量に原子量ってやつもあるが、ちと違う。それは、原子 1 個の質量で、だいたい原子核を構成する陽子と中性子の数の合計で決まり、複数の同位体が含まれればその平均値で表記される。
陽子、中性子、電子の数で元素が規定できるのなら、いくらでも人工的に作れそうなもの。かのニュートン卿までも錬金術にハマったのは無理もあるまい。実際、「人工元素」という用語も見かける。ただ、半減期が短く、あまりに崩壊が速く、哀れなほど短命であるがゆえに自然界で発見しにくいものを、瞬間的に無理やり状態を造り出しただけのことかもしれんが...

本書は、電子が存在する様子を三次元モデルでイメージさせてくれるが、軌道が埋まっていく様子はきわめて微妙かつ複雑で、義務教育で叩き込まれたように、最外殻の電子が一個失われて別の原子の電子が入り込んで化合物になる、といった単純なメカニズムではなさそうである。その方がイメージはしやすいけど。
化け学を理解する方便として、電子は離散的な軌道を持つ電子殻に存在するとすれば、最外殻の電子の数が同じ原子同士で、互いに似た化学特性を見つけることができる。これこそが周期表の根本原理であり、化学反応への理解は一番外側の電子殻を紡ぐ物語となる...




ざっと周期表を外観しておこう...
元素には固相、液相、気相があって融点と沸点も様々、まるで多様化社会を投影するかのようで、化合物ともなると、その組み合わせは無限の可能性を匂わせる。人間界にとって、有用な元素もあれば、どうでもいい元素もある。いや、まだ利用価値を見いだせないでいるだけかも...

上図の左から...
第 1 列目は、水素(原子番号1)はいささか例外的だが、それ以外はアルカリ金属と呼ばれ、水と反応すると引火性の高い水素ガスを発生する。ナトリウムの塊を湖に投げ込んだ日にゃ、とんでもないことに...
第 2 列目は、アルカリ土類金属と呼ばれ、アルカリ金属と同様、水と反応して水素ガスを発生する。ただ、アルカリ金属よりもおとなしい連中で、例えば、カルシウムなどは携帯式水素発生器に使われる。
中央の幅広いブロックは、遷移金属と呼ばれ、産業界でも大活躍。金属の代表といえば、鉄であろうか。こいつに錆びるという物理現象がなければ、これほど有用な物質もあるまい。
対して、金や白金のように、きわめて高い耐腐食性を持つものがある。黄金の永遠の輝きは他を寄せ付けないにしても、見た目で価値評価されるのは人間社会とて同じ。
遷移金属は、水銀以外はかなり硬い。いや、水銀もうんと冷やすと思いっきり凝固し、超伝導体として期待される。
右ブロックの赤茶色の左下三角形は金属、右上三角形は非金属。これらの金属は程度の差はあれど電気伝導性を持っているが、非金属は絶縁体である。
金属と非金属に挟まれたオレンジ色のブロックは、半金属とメタロイドの名を持つ日和見主義者たち。ハイテク産業で注目される半導体の材料は、ここに含まれる。半導体とは、半分導体ってことだ。それは、電圧や光や温度などの外的要因を与えることによって、電気を通したり絶縁したりできることを意味する。金属の様々な電気特性は、それだけで微量な信号を増幅させることができ、現代の通信システムに欠かせない。
右からの 2 列は、ハロゲンと呼ばれ、純粋状態ではとても扱いにくい奴ら。反応性が極めて高く、悪臭が酷い。例えば、塩素は第一次大戦で毒ガスに使用されたが、化合物になると、フッ素入り歯磨きや食塩などの家庭用品となる。
一番右端の列は、希ガス(貴ガス)と呼ばれる。貴(noble)は、下層階級に関心を示さず超然としているという意味。他の元素と結びつくことがほとんどなく、不活性な特性は、反応性の高い元素を閉じ込めるシールドに使われたり...
下の 2 段は、希土類と呼ばれ、上段はランタノイド、下段はアクチノイドと呼ばれる。それぞれ一つのマスに15個もの元素が配列され、ランタノイドはあまりにそっくりな元素ばかりで、本当に別々の元素なのか長い間議論されてきたそうな。放射性を持つ同位体が一つ存在するだけで、その一族のみんなが悪評を買うのは、人間社会とて同じ。
対して、アクチノイドは放射性元素ばかりで、ウランとプルトニウムが悪名高い。

下の 2 段は、あまりに似通った元素群のために拡張されたものだが、こうした拡張性は他にも発見されそうな予感がする。今のところ、7p を超えるエネルギーを持つ電子軌道は見つかっていないようで、周期表は二次元配列で事足りているが、いずれ三次元配列が、いや、多次元配列が必要になるのかも。宇宙の膨張が、次元を増やしながら空間を拡大しているのかは知らんが、その構成要素である元素だって... ついでに人間の認識能力だって...

おまけ...
セオドア・グレイは、煙と蒸気の違いをヨウ素に教わったと、その体験談を熱く語ってくれる。黒い背景に映えるヨウ素蒸気の写真を撮ろうとして随分時間を無駄にしたそうな。背景には、ダークモードが映えるってかぁ...
煙は光を反射する微粒子の集まりなので、黒い背景の前で横から光をあてれば写真に写る。
一方、蒸気はたとえ色付きの蒸気でも、黒い背景の前で写真に撮ることは不可能だという。光を当てても、光を反射するほどの大きさの粒子は存在せず、目に見えない分子があるだけ。蒸気を見やすくする唯一の方法は、明るい色の背景の前で、蒸気を通り抜けてくる光が蒸気分子に吸収されるのを利用することだとか。なるほど、元素収集家らしいエピソードである...