2021-06-27

"わたしは不思議の環" Douglas R. Hofstadter 著

脳科学系の書を読み漁ると、"GEB" という名を見かける。そう、論理学の巨匠ゲーデル、絵画の巨匠エッシャー、音楽の巨匠バッハの頭文字をとったヤツだ。そこには、論理的思考、空間的思考、時間的思考の融合のようなものを予感させる。
実は、二十年ほど前から、おいらの ToDo リストに居座っているのだが、なにしろ大作!本書はその姉妹書で、こいつでお茶を濁そうとしたのだが、逆に、六百ページもの厚さが心を熱くさせ、GEB へ向かう衝動を後押ししやがる。一昨日、アマゾンから届いたばかりで、目の前で手招きしてやがるし...


原題 "I am a Strange Loop..."
ここでは、ゲーデルに看取られた矛盾性と不完全性の概念から意識の正体を暴こうと、思考実験の場を提供してくれる。その切り口は、「KG は PM 内では証明不可能である」という言明への疑問に始まる。KG とは、クルト・ゲーデルの理論体系。PM とは、ホワイトヘッドとラッセルが提示した「プリンキピア・マテマティカ」。つまりは、数学の書ということになる。
脳の物理的存在は、医学的にも科学的にも説明がつく。だが、意識の存在となると、説明がつかない。心は、魂は、そして意識は、人間にだけ与えられた特権なのか。少なくとも、死を運命づけられた知的生命体が死ぬ瞬間まで意識し、思考し続ける宿命を背負わされていることは、確かなようである。それにしても、こいつは数学の書であろうか...
尚、片桐恭弘・寺西のぶ子訳版(白揚社)を手に取る。


「わたしは...」と主語を配置していることから、これは一人称物語。思考実験を繰り返すなら、存分に自己を解放し、徹底的に一人称で語ってみるのも悪くない。それは、自由精神を謳歌しようという試みでもある。
しかしながら、自己を語れば自我と衝突する。あらゆるパラドックスは自己言及に発し、これを避けようと、自己は第三者の目を合わせ持っている。普遍的な観点は、そうした三人称の冷めた語り手から生じるものだ。人間の意識には、無意識に第三の目を働かせる性質がある。それが、神の目か、善意の第三者の目かは知らんが、ただ、一人称と三人称が和解した途端に自我を肥大化させる。両者の間には、多少なりとも緊張感があった方がよい。つまりは、意識のどこかに自己否定する何かが必要なのであろう。それも、M っ気の胡椒の効いた...
自我とは、一人称と三人称の葛藤そのものか、あるいは、主観と客観の狭間でもがく存在か。自己言及が蟻地獄のような螺旋の大渦に引き込まれるのは、DNA が二重に強化された螺旋構造を持っているからか。まったく、おいらの自我は、M. C. エッシャー作『描く手』の中の囚人よ...



1. 万能機械と、ゲーデル - チューリング閾値
アラン・チューリングが提唱した概念に「万能機械」というのがある。人工知能が活況な昨今、よく話題にもなる。だが、この用語が意味するものとなると、なかなか手ごわい。チューリングマシンの進化版とでも言おうか。
コンピュータがある閾値を超えると、あらゆる種類の機械を模倣するようになるという。これを、ダグラス・ホフスタッターは「ゲーデル - チューリング閾値」と呼ぶ。こうした概念には、機械は思考するか、意識を持ちうるか、という問いかけが内包されている。
ところで、人間とオートマトンの違いとは、なんであろう。その閾値は?脳のメカニズムは、物理的構造を持っている。複雑なリレー構造を持つ中枢神経系は、無数のニューロンを束ねて情報を受け取り、各器官へ無数の司令を出す。人間が人間らしく振る舞えるのも、大脳のおかげ。脳の世界には電子の嵐が吹き荒れ、熱力学と統計力学に看取られている。つまり、脳もまた機械的な存在なのである。
とはいえ、心、魂、意識といった精神現象は、どのようなメカニズムになっているのだろうか。不安感、悲哀感、高揚感、憂うつ感、焦燥感、イライラ感など、様々な心理現象が脳に押し寄せる。すると、アミノ酸、アセチルコリン、モノアミン、ポリペプチドなど、様々な神経伝達物質が脳内を駆け巡る。心理現象も、ある程度は物理的に説明がつきそうだ。
では、現在もてやはされている人工知能は、心を持ちうるだろうか。そもそも、心ってなんだ?その正体も知らずに、平気な顔をして、心を持っていると断言できる性格の正体とは?人間が心を持っているというのは、本当であろうか。実際、世間には心無い人で溢れている。それでも、心を持っているように振る舞うことはできる。人間ってやつは、人の仕草を真似るのを得意としている。心の正体を知らなくても、世間が心を持っている振る舞いを定義すれば、それで正体を知っていることにできるという寸法よ。
実際、ロボットだって、アニメだって、生きているように振る舞えば、感情移入できる。まさに、人間は模倣マシン!だから、文明を模倣し、進化させてきた。万能人と呼ばれたダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロ... しかり。万能とは、模倣に裏打ちされた能力、さらには、その能力のある閾値を超えた状態を言うのであろうか。ゲーデル - チューリング閾値とは、人間であるかどうかの境界面を言うのであろうか。いま、ホムンクルスが現実味を帯びる...


2. 意識のフィードバック・ループ
電子回路技術に、フィードバック・ループというのがある。基本的な特性は、入力情報をシャープにして微分的な作用をする正帰還と、逆に、入力情報をフラットにして積分的な作用をする負帰還の二種類。トランジスタのような半導体素子に対して、ポジティブな特性を与えたり、ネガティブな特性を与えたりすることで、増幅回路、積分回路、発振回路などが実装できる。
人間の意識にも、これを模倣するような神経回路が備わっている。意識のループが、感情の促進と抑制をスイッチングしながら、ある時はポジティブ思考へ、またある時はネガティブ思考へ。
巷では、考え過ぎはよくない... とよく言われるが、確かに精神衛生上よろしくない。しかしながら、さらに考え、考え、考え抜き、ある閾値を超えた時に見えてくるものがある。考え過ぎも、考えが足らないのも紙一重。フィードバック特性の閾値を見極めることを、自己に委ねるのは危険ではあるが、そうするしか道はあるまい。考えすぎなければ、その閾値も見えてこないのだから。
もしかして、感情とは、この閾値近辺で荷電粒子が揺らいでいる状態を言うのであろうか。電子回路ってやつは、許容範囲を超えた入力情報を与えた途端に暴走を始めるが、人間だって似たようなもの。そして今、人間社会では許容量をはるかに超えた情報が地球上を無限ループしているように映る...


3. 意識の因果依存症
原子ってやつは、他の原子とくっついて分子構造を持とうとする。万有引力の法則によると、あらゆる物質はその質量に応じた引力を持っていることになっている。何かと関係を持ちたがるのは、物質の摂理というものか。人間が、寂しがり屋なのも頷ける。
自然界には、数学との密接な関係に溢れている。オウムガイも、松ぼっくりも、ひまわりも、それぞれの螺旋構造にフィボナッチ数で裏付けられた黄金比に看取られている。人間の脳にも、はっきりと黄金比に看取られた意識が働いている。パルテノン神殿やピラミッドといった建造物、ダ・ヴィンチや北斎といった美術品、そして、ピュタゴラスの定理にも、数学の美が見て取れる。
人間の意識は、人との関わりだけでは満足できないと見える。ペットとの関わり、植物との関わり、自然との関わり、宇宙との関わり、他の物質との関わり... ひょっとしたら無意識に反物質とも関わっているやもしれん。もしかして、死とは、魂が反物質と関わって対消滅した状態を言うのであろうか。魂の不死を信じれば、意識の幽体離脱も厭わない。そりゃ、シュレーディンガーの猫とチェシャ猫の違いも分からんよ。どちらもほくそ笑んでやがるし...


4. バッハ礼賛
アルベルト・シュヴァイツァーの辛辣な文句には、おいらは言葉を発することができない。ただ、引用することぐらいしか。「バッハ」という主語を好きなように置き換えられれば、見事に抽象化された文章で、実に耳が痛い...


「多くの演奏家は、真の芸術家だけが知るバッハの音楽の深さを体験しないまま、何年もバッハを演奏している。...(略)... バッハの音楽の精神を再現できる者はごくわずかで、大多数はこの楽匠の精神世界に入り込むことができていない。バッハが言わんとすることを感じ取ることができないため、それを他者に伝えることもできない。何よりも厄介なのは、そうした演奏者が自分は傑出したバッハの理解者だと思い込み、自分に欠けているものに気づいていないことだ。...(略)... 危険なのは、バッハの音楽に対する愛情がうわべだけのものとなり、多大な虚栄心とうぬぼれが愛情と混じり合うことだ。当節のまがい物をよしとする嘆かわしい傾向は、バッハの私物化として表れ、目に余るほとになっている。現代の人は、バッハを称えたいという振りをして、その実、自分自身を称えているのだ。...(略)... 雑音をやや減らし、バッハ独断主義をやや減らし、技量をやや上げ、謙虚な態度をやや増やし、静寂をやや強め、信仰心をやや高め...(略)... そうしなければ、バッハの精神性と真実性をこれまで以上に称えることはできない。」

2021-06-20

"透明人間" H. G. Wells 著

「透明人間」というものに、憧れたことはないだろうか...
誰の目にも付かず、なんだってできる。犯罪系でも。非道徳系でも。しかし、世間体を気にしなければ同じこと。なにゆえ体裁を整えねばならぬ。なにゆえ気取らねばならね。いったい誰に。いや、自分に気取って生きたい。人間失格な生涯を堂々と生きてやるさ。そして、自己啓発も自己陶酔に。いや、自己泥酔か。この、ナルシストめ!
なぁーに、心配はいらん。誰もが自己が透けて見えるのを嫌い、見えない仮面をかぶって生きている。誰もが道化を演じながら。政治屋は正義の仮面をかぶり、教育屋は道徳の仮面をかぶり、エリートは知性の仮面をかぶり、大衆は凡庸の仮面をかぶり... あとは、幸運であれば素直に波に乗り、不運であれば生きる糧とし、いかに達者を演じて生きてゆけるか。人間社会は、仮面舞踏会の盛り場よ...


そもそも、「見える」とは、どういう物理現象を言うのであろう...
それは、光によって知覚できる存在意識。光は、物体に吸収されたり、反射したり、屈折したり、あるいは、これらの現象を重ね合わせたりするため、その変化の瞬間を人間の眼が感知する。


では、光とは、なんであろう...
それは、電磁波の一種。その中で、人間の眼で感知できる周波数帯が可視光線などと呼ばれるだけのこと。あらゆる電磁波が、物質に吸収されたり、反射したり、屈折したりしているわけだが、そのうち光だけが人間の眼にとって特別な存在というだけのこと。


では、透明とは、どういう状態を言うのであろう...
ガラスが透けて見えるのは、光の吸収率、反射率、屈折率が、人間の眼に感じさせない程度に小さいからである。海中には、透けて見える生物がわんさといる。微生物や幼虫やクラゲなど。彼らは水と同じ屈折率の身体を持つために、水と同化しているかのように見える。
また、実体が見えない状態を作る方法もある。例えば、二台の自動車の間でヘッドライトが重なると、その物体は光源体の方向からは見えない。そう、ハレーションってやつだ。あるいは、軍事用のステルス性は、レーダーなどのセンサで正確に感知できないように電磁波を吸収したり、乱反射させたりする技術を駆使している。どこぞの諜報機関では、ステルス・コートやカメレオン・コートの研究が進んでいることだろう。
さらに言えば、光の周波数を、物体と接触した瞬間に可視光線外の周波数に変換できれば、その物体は見えないはずだ。
さて、前戯はこれぐらいにして、本物語における技術ポイントは、「ある種のエーテル波動の二つの発光中心点の中間で屈折率が低くなる」ことにあるという。なんのこっちゃ???


透明人間とは...
ある薬を服用すると、肉体が空気と同じ屈折率を持つ状態になるそうな。空気と同化するような薬を作っちまったとさ。いや、掴めば、普通に掴めるので、確実に存在している。瞼が透明になって、眠ることも難しいらしい。目を開いたまま眠るようなものか。こちらの姿が他人の網膜に映らないとしても、自分の網膜には映るらしい。なんと都合のいいこと。ならば、眼球だけが空中を浮遊してそうな気もするけど。そして、空中から声が... 俺はここにいる。五体満足でな!


やたらと存在感をアピールする現代社会にあって、存在の不可視化というのは、逆に爽快かもしれない。しかし、人間ってやつは、自己存在に矛盾が満ちていくと、精神を患わせていく。体重計の前で、いくら軽い存在を演出しようとも、存在が軽すぎれば、やはり精神を病む。


当初、百貨店に入り込んでは、食料から衣料まで頂戴してしまう。商業主義への嫌味か。やがて世界支配を目論見、恐怖政治を夢見る。影の命令に逆らうヤツは、お仕置きよ!動機は、イデオロギーなんて大層なものではない。格差社会への嫌味か。
ヤツは、研究費のために父親を死に追いやり、研究に没頭し孤立していった。研究成果に満足して優越感に浸るものの、疎外感からは逃れられない。どんな悪戯も誰にも気づかれなければ、面白くもない。同級生の博士の家にこっそり入り込み、透明な姿を見せつけ、世界支配の野望を論じてみせる。社会で必要なのは、正義の殺戮だ!と。まるで演説家気取り。
ヤツの危険性を知った博士は、証拠立てながら透明人間の存在を大衆に知らしめる。噂はすぐに広まり、誰もが用心深くなり、汚い言葉を浴びせる。恐怖ってやつは、本能によってすぐに伝染する。
そして、透明人間狩りが始まり、捕まえた感触に殴る蹴るの集団リンチ。やがて薬が切れ、傷らだけの男の屍体が姿を現わした。なんでもかんでも不思議な出来事は、透明人間の仕業ということに。大衆社会への嫌味か。
一連の騒動が収まると、博士は桃源郷を夢想しながらて口走る... 俺だったら、ヤツのようなヘマはやらないぜ!
人間の眼ってやつは、何が見えるにせよ、夢でも見てなけゃ、やってられんと見える...


尚、橋本槙矩訳版(岩波文庫)を手に取る。

2021-06-13

"モロー博士の島" H. G. Wells 著

科学技術の進歩には、暗い影がつきまとう。人類がしでかした悍ましい科学実験といえば、まず、人体実験が挙げられる。アウシュヴィッツの医師ヨーゼフ・メンゲレが施した双生児実験、プロジェクト MK-ULTRA の名で知られる洗脳実験や被爆実験、タスキギー町の黒人を対象とした梅毒実験、日本でも感染症実験や生物兵器開発で 731 部隊の名が知られる。こうした実験が、非人道的であることは言うまでもない。
ならば、動物に施すのはどうであろう... などと発言すれば、今度は動物愛護団体から猛攻撃を喰らう。しかし、医学的な観点から、ヒトに近い種を実験対象とすることで有効なデータが得られるのも確か。
そもそも種が生きるとは、どういうことであろう。人間どもは、存続のための絶え間ない闘争と解釈している。人類の歴史は、まさに微生物との戦いの歴史であった。ペスト、ハンセン病、梅毒、麻疹、天然痘、コレラ、チフス、結核、インフルエンザ、ポリオ、マラリア、エイズ、エボラ出血熱... そして、コロナと...
それは、自然界の最も謙虚な存在と、最も自己主張の強い存在との間で繰り広げられる生存競争である。人類は、バクテリアの攻撃から身体を守るために様々な抗体を身にまとってきたし、あるいは、抗体機能を補うためにワクチンや治療薬の開発に没頭してきた。そのために、サル、イヌ、ブタ、マウス、モルモット、ウサギといった動物たちが犠牲になってきた。おそらく、これからも...


人間は、人間を模した知的生命体の製造という野望を捨てきれないであろう。それは、人間が人間自身の正体を知らないからかもしれぬ。人間はなぜ、思考することができるのか?なぜ、理性や知性をまとうことができるのか?あるいは、精神とは何か?魂とは?... こうした問いに対して、科学は未だ答えられないでいる。いずれ手っ取り早く、クローン人間なるものを作っちまうだろう。それで人間というものを、本当に知ることができるかは知らんが...
そんな野心を見透かしてか、ここでは H. G. ウェルズが、悍ましくも滑稽に描いて魅せる。彼が生きた十九世紀は、まだ、遺伝子工学や DNA といった用語が登場しない。解剖学の主役は、もっぱら血液だ。
ヒポクラテスの時代から、体液と病との関係が考察されてきた。四体液説では、人体には「血液、黄胆汁、黒胆汁、粘液」の四つがあるとし、それぞれの性質と病理が関連づけられた。今日でも、そのなごりを耳にする。あの人は、多血質でほがらかだとか、胆汁質でかんしゃくもちだとか、黒胆質で憂鬱症だとか、粘液質で無気力だとか。血気盛んという言い方も...
あらゆる病気の原因は、これら体液のバランスを欠くことにあるとし、瀉血が治療法でもてはやされた時代もあった。血を抜きすぎて、死んでしまった症例も少なくないけど...


さて、本物語で描かれるモロー博士は、輸血と腫瘍の研究で権威ある人物だそうな。もちろん架空の人物。
突然、博士は学者生命に終わりが告げられ、国外追放をくらう。皮を剥がせれ、切開手術を施された惨めな犬が逃げ出し、これがセンセーショナルに報じられると、非難の嵐。そして、南海の孤島へ逃れたのだった。
博士の研究は、人間の持つ知性や理性といった精神現象の根源を知るために、動物にもそれは可能か、ということ。つまり、動物の人間化実験である。その過程では、苦痛や快楽といった感情を肉体的に体験させようとする。まるで拷問!
物語は、主人公の乗った船が難破し、漂流した先がモロー博士の島だったことに始まる。次々に遭遇する奇妙な、いや、奇怪な連中。人間のような体つきをしているが、どうもバランスが悪い。胴体と手足の比率、鼻や口の位置、耳の大きさなど。はっきりと動物の面影を持った者もいる。
言葉をしゃべるからには、人間なのだろう。サル人間、ヒョウ人間、ハイエナ人間、ウシ人間、オオカミ人間... はたまた、ウマとサイの合成人間、クマとウシの合成人間... まるでギリシア神話にでてくる半獣神!彼らは、モロー博士につくられた混合種で、動物人間だったとさ...
尚、雨沢泰訳版(偕成社文庫)を手に取る。


飼い犬に手を噛まれる... というが、飼っている側が、勝手に主人と思い込んでいるだけのこと。力ずくで教育しようとする大人たち。支配する喜びに味をしめた大人たち。ひたすら隷属する奴らを求めて... そんな姿をモロー博士に見る。
「わしはいままで、道徳に反していると思ったことは、一度もない。自然を研究すれば、自然のように無慈悲になるものだ。なにごとにもわずらわされずに、解決すべき問いだけを研究し続けてきた。実験の材料は、あっちの小屋にいくらでもある...」


この島には、掟がある。まず、血の味を覚えさせないこと。掟を破れば、厳しい罰を受ける。連中は肉欲に負けないように、しばしば集団になって呪文めいたものを合唱する。教会に集まってお祈りを捧げるかのように。機械的に唱える言葉を理解しているかは別にして、祈るという行為を慣習化させることに重点が置かれる。お決まりの行為に疑問を持ったり、考えたりすることはタブー。掟とは、タブーを言うのか。
しかしながら、動物の頑固な本能をいつまでも眠らせておくのは、自然界の掟に反する。肉汁の余韻を味わうために、川に群れて水を飲む動物人間たち。ついに博士は、最も獰猛な本能を持つピューマ人間に殺されちまったとさ...


この島では、モロー博士が神!動物人間たちは、神の申し子!主を失った動物人間たちは、憐れなものだ。彼らは、生体解剖の犠牲者なのだ。無責任な実験によって、掟という名の責任を押し付けられ、義務という名の強迫観念を叩き込まれ、そして本能が目覚めた時、最も無惨な闘争が巻き起こる。それは、進化から退化への移行か、あるいは、自然回帰か。人間社会を生きるのに、なにも人間である必要はない。人間らしく振る舞うことができれば。近い未来、人間らしく振る舞う AI が、掟を破る人間どもを排除にかかる... そうした時代が到来するやもしれん。
「あの動物たちは、ことばをしゃべっている!... 生体解剖でできることは、たんに体形の改造だけにとどまらない。ブタだって教育できる。精神構造のほうが、肉体よりも変えやすい。催眠術の研究がすすんで、もとの動物の本能を、あたらしい思考にとりかえることができるようになった。移植するといってもいいし、固定観念をとりさるといってもいい。じっさい、わしらのいう道徳教育とは、そういう人工的なすりかえみたいなものなのだよ。本能をおさえつけてな。たとえば、たたかいたい気持ちを、自己犠牲の勇気に変える。異性への情熱を、神を信じる心でおさえこむ...」

2021-06-06

"罪悪" Ferdinand von Schirach 著

フェルディナント・フォン・シーラッハは、ドイツでは高名な刑事事件弁護士だそうな。小説の中でも著者自身が弁護士として登場し、「私」の視点から物語るところに真実の醍醐味とやらを味わわせてくれる。
前記事では「犯罪」と題して、現実の事件に材を得た不気味な哀愁物語にしてやられた。ミステリーらしくないミステリーに...
ここでは「罪悪」と題して、異質な人間模様にイチコロよ。輪をかけてミステリーらしくないミステリーに...
そして、最後の最後のオチで、こけた!
精神科医に、ジェームズ・ボンド張りの陰謀事件に巻き込まれたと主張する男を診てもらいたいと、その旨を伝えて連れて行くと、男は先手を打った。
「こんにちは、私が先程電話したシーラッハ、弁護士です。」
そして「私」を指さし、「〇〇氏を連れてきました。頭に重大な欠陥があるようなのです。」と...


尚、本書には、「ふるさと祭り」、「遺伝子」、「イルミナティ」、「子どもたち」、「解剖学」、「間男」、「アタッシュケース」、「欲求」、「雪」、「鍵」、「寂しさ」、「司法当局」、「清算」、「家族」、「秘密」の十五作品が収録され、酒寄進一訳版(東京創元社)を手に取る。


それにしても、悍ましい。こうして文章にしていると、さらに落ち込む。おいらは暗示にかかりやすいのだ。DV、望まない妊娠、いじめ、冤罪、輪姦、犯罪依存、妄想癖... 殺人の方が、まだしも後味がいい。紳士や優しい人といった世間で良い人とされる連中が胡散臭く見え、法廷で声高に唱えられる正義や理性といった言葉を安っぽくさせる。
しかし、すべては実際の事件をモデルにした物語。つまりは、人間のありのままを描いている。時として、人間は人の不幸を見て自分の境遇を慰める。度が過ぎると、わざわざ不運をこしらえ、それを人に浴びせかける。サディズムや征服感に快感を覚える性癖は、誰しも心の奥に眠らせているのだろう。異常を自覚することは難しい。自覚できれば、まだましであろう。憎しみよりも嫉妬の方が、はるかにタチが悪い。こうした性癖は、まさに人に依存している証拠である。
とはいえ、人間が自立するには、よほどの修行がいる。自立した人間が、自信満々に正義や理性を掲げたり、堂々と他人の人格を批判したりはできないだろう。裁判の場では、「犯罪」そのものよりも、一歩引いた「罪悪」の方が重要な意味を持つのやもしれん...


1. ふるさと祭り
小さな町は、六百年祭を祝っていた。夏真っ盛りに、羽目を外す男たちはブラスバンドを結成し、ステージに上がる。つけ髭にカツラ、白粉に口紅、もう誰が誰だか分からない。おまけに、酒を少々やりすぎ。普段は、非の打ち所がない。保険代行員に、自動車販売店経営者に、職人に。幕が上がる前、その輪の中に一人の若い娘が連れ込まれた。素っ裸で泥まみれ、体液に汚れ小便がかけられ。男たちはことを済ますと、ステージから投げ落とした。彼らの中にも正義感を持った人がいたらしく、警察に通報。しかし、みながみな厚化粧で、犯人が誰だか分からない。医師も、娘の治療を優先して最後の証拠を台無しに。法廷では、沈黙を守らせた弁護士の戦略にしてやられる。被疑者たちは釈放され、元の生活に戻っていったとさ。妻や子供のところへ平然と...
正体がバレないという裏付けがあれば、人間は何をしでかすか分かったもんじゃない。自分自身を欺瞞することだって平然とやってのける。人間の理性なんてものは、その程度のものなのだろう...


2. 遺伝子
浴槽で殺された一人の老人。彼は売春婦を買っていることが知られ、わいせつ罪と未成年との性行為で前科がある。住まいを後にした二人の男女が老婆に目撃されて尋問されるが、決定的な証拠は見つからない。迷宮入りか。
しかし、容疑は固まっている。科学も進歩し、いずれ有罪は免れないだろう。女は、マリファナ中毒で目も当てられない。男は女の心臓を撃ち、自分のこめかみに銃口をあてて、引き金を引いた。罪悪感に押し潰されたか、あるいは現実逃避か...


3. イルミナティ
昔から、人間は陰謀説がお好き。フリーメイソンやユダヤ金融に、十字軍や聖堂騎士団に、ロスチャイルドやロックフェラーに... 世界征服説は枚挙にいとまがない。それは、現社会への不満がそうさせるのか、疎外感やアノミーを刺激してやまない。
そして、秘密結社イルミナティである。その歴史は、啓蒙主義的な傾向ゆえにバイエルン王家から危険視され、1784年の活動禁止令をもって終わっている。創始者ヴァイスハウプトは、1830年、ドイツのゴータで亡くなったとされる。神聖ローマ帝国の時代に。
しかしその後、様々な憶測が飛び交った。ヴァイスハウプトがジョージ・ワシントン大統領と顔がそっくりだったので、イルミナティが大統領を殺してすり替わったという説などは、陰謀史観の定番か。ヴァイスハウプトは白い頭という意味で、アメリカ合衆国の紋章が白頭鷹であるのが、なによりの証拠だとか。
さて、ここではサディスティックな少年たちの物語。更衣室で財布を盗むところを目撃され、弱みを握られた一人の男の子が、イルミナティを名乗るグループの餌食に。
「午後八時、食肉処理場で、汝の罪を償わん!」
素っ裸でロープをかけられ、爪先立ちに。後手に縛られ、胸に魔除けの赤い五芒星が描かれ。鞭打ちされ、首が絞まると、下半身を勃起させる。
ちなみに、縛り首中に勃起するのは、珍しいことではないそうな。血流が止まり、脳が酸素不足になるからだとか。15世紀には、夜の暗闇で育つアルラウネは、絞首刑にあった者の体液から生まれると信じられていたという。アルラウネとは、古典文学で見かけるマンドラゴラ(マンドレイク)の類いか。
しかし、少年たちは、そんなことは知らない。勃起すれば、興奮していると思い、さらにエスカレート。そこに、男の子の担任の女教師が通りかかった。彼女は、その無残さを見た瞬間、悲鳴を上げ、階段を踏み外し、頸骨を折って即死!少年たちは、まだ17歳で罪を問われることはない。女教師の死は、不幸な事故だったとさ...


4. 子どもたち
順風満帆の人生を送っていた男が、突然、逮捕された。少女が性的な悪戯を受けたというのである。被害者は、妻のクラスの児童で、証人は少女のお友だち。男のパソコンには、ポルノ映画が保存されていた。児童ポルノではなく、合法的なものだけど。妻は公判に現れず、弁護士が拘置所に離婚届を持ってきた。
それから数年、男は娘を見かけた。日記には、八歳の時、担任の先生の愛情を独り占めしたく、友だちとグルになって事件をでっちあげた、とある。先生をよく迎えにくる夫に嫉妬して。それから、再審が認められた。二人が本当のことを証言するのは簡単なことではないが、法廷で男に謝罪した。男は、冤罪の代償金を得た。今は、カフェを経営し、イタリア人女性と暮らしているという...


5. 解剖学
いつも女に馬鹿にされる男は、生意気な娘を思い通りにしてやると意気込む。これまで殺してきた動物たちは、みな怯えた。死の直前には匂いも違うという。大きな動物ほど怯えの度合いも大きいとか。
「鳥はつまらない。猫と犬はすこしましだ。死ぬということがわかるのだ。だが動物はしゃべれない。彼女なら...」
なるべく多くを喋らせるためにも、ゆっくりと死に至らしめること。それが肝要だ。解剖用具はネットで購入済。人体解剖図も丸暗記。そして、娘を車に連れ込み...
警察が家宅捜索すると、地下室に小さな化学実験室があった。動物の死骸に、娘の写真に、無数のスプラッタームービーに...
しかし、男は車から降りたところをベンツに跳ねられ死亡。「私」は、ベンツの運転手を弁護したとさ...


6. 間男
夫婦は、結婚八年。美しい妻は、サウナで肌を露出して男を挑発し、夫は了承している。夫婦は公共のサウナで何度か試し、乱交クラブに出入りし、相手をインターネットで公募する。妻は間男たちの道具と化し、妻もそれを望んだ。妻は抗鬱剤を服用し、薬の依存症を自覚している。冷たく虚ろな空間が広がり、彼女は自分を見失っていく。夫は、男の一人を灰皿で殴った。まだ息があり、止どめをさそうとしたが、妻を思い、急に殺意が失せた。
起訴状には、コカインを巡る争い、と書かれている。複数の他人と性的関係を持っていたなどという事実を、同僚の弁護士たちは受け入れるはずがない。妻が法律事務所で働きつづけるのは不可能。妻が証言台に立つと、夫をかばうために別の話をした。その男と浮気をし、夫の知るところになったと。嫉妬のあまり気が動転して犯行に及んだのであって、悪いのは自分であると。その男との情事の映像も証拠物件として提出された。夫婦は、間男たちの情事をすべてビデオに撮っていたとさ...
ちなみに、法学的な用語に「黄金の架け橋」というのがあるそうな。いわゆる、中止犯と呼ばれるやつ。このケースでは、最後に殺意をなくしたために、殺人未遂罪は追求されず、傷害罪で決着がつく。


7. アタッシュケース
婦警は、警官になる訓練を受ける時、直感を信じるよう教えられた。だがそれは、論理的に説明のつくものでなければならない。
ある日、ドイツ語の分からないドライバを止め、トランクを開けるよう指示した。どうやらポーランド人らしい。すると、赤いアタッシュケースがあり、その中に死体の写真が18枚。どれも、全裸で腹部から尖った杭が突き出ている。ドライバは、中身を知らずに運んでいたという。バーで知り合ったビジネスマンにベルリンへ運ぶよう頼まれ、報酬はその場で現金でもらったと。
監察医によると、写真の死体は本物だという。仮に本物だとしても、写真を持っていること自体は犯罪ではない。後に、いくつもの小さな穴の空いた死体が発見された。それは、口径、6.35ミリのブロウニングによって開けられた穴。処刑か。いずれにせよ、ポーランド警察に情報を伝えることしかできない...


8. 欲求
万引き依存症の心理学。ルイ・ヴィトンのバッグに、グッチの財布に、クレジットカードと現金を持つ女性は、いつも不必要なものばかり万引きした。盗みを働くのは、なにもかも耐えられなくなった時だけ。やがて警備員に取り押さえられるが、盗難品の金額も低く、初犯であったために、検察官は手続きを打ち切った。家族は誰一人として、事件のことを知らずに終わったとさ。
依存症とは、それによってしか、生きている実感が得られない状態を言うのであろうか、だとすると再犯の可能性は...


9. 雪
老人のアパートの部屋は、麻薬密売で警察に目をつけられていた。だが、老人は場所を提供しただけ。警察が踏み込むと、老人はナイフをポケットに入れていた。武器を持っていれば、それだけで刑が重くなる。密売人たちの名前を自白しろと迫るが、老人は黙秘を続ける。今までだって、刑務所に度々世話になってきた。酒に溺れ、軽犯罪と生活保護という転落人生。あとは、終わりが来るのを待つだけ...
ある日、見知らぬ女性が面会に。聖母のような。彼女は密売人の一人の子を妊娠したという。バレそうか、老人の様子を伺いによこしたのである。裁判所は、自供すれば、拘留を止める用意があると伝えたが、老人はチャンスを棒に振った。
老人は、パンをナイフで細かく切らないと食べられない。歯がないから、いつもナイフを携帯していたのであって、武器ではなかった。老人は、仮釈放が認められ、二年間の保護観察に付せられる。
そして、クリスマスに入院し、雪を見ながら面会に来た聖母のような女性の、幸せになった姿を思い浮かべる。しかし、密売人の男は、両親の決めた別の女と婚約させられていた。その男もまた、聖母のような女性を思いつつ...


10. 鍵
エリツィンは女だ!プーチンは男だぜ!今は、市場経済の時代。市場経済とは、なんでもお金で買えるってことさ!共産主義の解体、これに続く薬物経済の発展に乾杯!このロシア人は酷い訛りのあるドイツ語を話す。
麻薬密売のボスから、愛犬と愛車とコインロッカーの鍵を預かったものの、犬の野郎が鍵を飲み込んでしまった。動物病院へ駆け込むと、獣医はまずレントゲンを撮りましょう... だって。そんな悠長なことを言っている場合ではない。とっとと糞を出させる方法はねえか!超強力下剤とか。そして、金のありかを巡って、糞まみれの逃避行が始まる。
鍵はどこだ!と銃口を向けられてロッカーの鍵を渡すと、中には、コカインに見える砂糖と、昔つかまされた贋金が。現場には警察が囲んでいた。だが実は、別の鍵がコインボックスの裏側に貼り付けてあった。その鍵で隣のロッカーを開けるって仕掛けよ...


11. 寂しさ
強姦された女性は、ことが済むと家に帰された。彼女は処女だった。やがて体調を崩す。倦怠感、吐き気、めまいに襲われ、甘いものばかり口にし、太っていく。腹痛は疝痛か、いや、陣痛だった。赤ん坊は、便器の中に落ち、すでに死んでいた。タオルでくるみ、ゴミ袋に入れ、地下室へ。鮮血を流す娘を見て、母親は救急車を呼ぶ。医者は、後産の処理をし、警察に通報。望まない妊娠の悲劇は、繰り返される。妊娠に気づかず、手遅れになるケースもごまんとある。大抵、明らかな兆候に別の解釈を与えてしまうという。月経がないのはストレスのせい... 太り気味は食べすぎのせい... 胸が膨らむのはホルモン障害のせい... と。出産経験のある人でも、そういうことは珍しくないそうな。事実から背を向け、どうしてそうなるか知らない人もいる。医者が、詳しい検査を怠ったせいで、そうなることもあるとか。
彼女は、トイレで出産して初めて気づいた。後始末の行為は、どうみても正常な判断ができる状態ではない。そして、半年後に家を出た。しばらくして弁護士の元に手紙が届く。今は幸せです。夫も娘たちも元気です。ただ、地下室に横たわっている赤ん坊の夢をよく見ます。男の子でした。あの子がいなくて、寂しいです... と。


12. 司法当局
男は、二本の松葉杖をついて、よろよろと面接室に入ってきた。彼に、略式命令が届いた。愛犬をけしかけた上に、ある男を見境なく殴り、蹴ったという。身の覚えがなければ、反論してくるはず、裁判官はそう思った。だが二週間後、略式命令は効力を持ってしまった。罰金を払わなければならない。もちろん払わなかった。罰金刑は禁固刑に切り替わり、出頭命令が届く。男は、その書類も捨てた。そして、連行され、刑務所暮らしをしている。
足が悪いのは生まれつきで、何度も手術を受けたという。執刀医から取り寄せたカルテを鑑定させ、人を蹴ったりすることは不可能と判断された。再審が認められ、被害者もこの男ではないと証言し、無罪に。法律の定めによると、拘留の期間に対する代償金を請求することができる。ただし、6ヶ月以内に。男は、これもふいにした。またもは期日を守らなかったのである。おまけに、司法当局は、真犯人への訴訟手続を忘れたという...


13. 清算
優しい夫に恵まれた妻は、幸せな生活を満喫していた。娘は幼児洗礼を受けて。だが、子供ができると、夫は変わった。酒の量が増え、知らない香水の匂いも。ただ、娘には優しい、いいパパのまま。よくある倦怠期か...
いや、そうではなかった。妻の髪をつかみ、床をひきずり、毎日、妻の肛門と口を犯し、殴る蹴るの暴行を繰り返す。「おまえは、どこへも逃げられない!」家族にも相談できない。妻は恥じていた。夫のことを、そして、自分のことを...
ある日、近くに越してきた男が彼女に声をかけ、家を訪問した。優しい男の言葉に情事となるが、傷だらけの裸を必死に隠すも、男は怒りに震えた。娘が危ない!もう十歳になる。妻は夫を彫刻で殴り殺した。
老齢の裁判長は、被告人は十年間、夫の暴力に苦しみ、十分に情状酌量の余地があると主張し、無罪を言い渡した。正当防衛の線で。しかも、検察官に上告を断念するよう説得した。裁判長が、こんな説得をやるなんて異例中の異例。
だが、指紋鑑定についての言及がない。凶器からは指紋が検出できなかったのだ。手袋をしていたのか。まさか、経験豊かな裁判長が見落とした?凶器の彫刻は、41kg もある。裁判所から出てくる彼女を、男が車で迎えに来ていた。二人の周到な計画だったのか...


14. 家族
仕事で成功し、湖に面した豪邸を購入した男は、39歳で仕事をやめた。ある日、親しくなった隣人が書類を送ってきた。弟についての。離婚した母が、もう一人の息子をもうけていたことを知る。母がアルコール中毒で死ぬと、孤児院へ。そして、窃盗、傷害、交通違反など軽犯罪常習者に。
今、リオ・デ・ジャネイロの刑務所で、麻薬所持の容疑で裁判を待っているという。現地で懲役二年の判決はドイツで三年に換算されて、国内に連れ戻す。だが、刑期を終えると、またも喧嘩沙汰。父は、1944年、ナチによって死刑の判決を受けた。女性を強姦して。もう、私たちで終わりにしたい。そして数年後、死亡記事が新聞に。嵐の日、ボートから落ちたという...


15. 秘密
男が、CIA と BND(ドイツ連邦情報局)に追われていると、弁護士に助けを求めてきた。眼鏡屋で手術され、水晶体の裏にカメラを埋め込まれたという。自分が見るものすべてが、諜報機関に流れるという寸法よ。BND と CIA を告訴してくれ!そして、その黒幕のレーガン大統領を。レーガンは既に死んでますけど。そんなこと信じているのかい。ドイツの政治家の屋根裏に隠れているんだぜ...
弁護士は、このいかれた男を精神科医に診てもらおうと、病院へ連れて行くと...