平時では、なぜ人を殺すのか?を問い、戦時では、なぜ人を殺さないのか?を問う。社会が正気なら狂気を論じ、社会が狂気すれば正気を論じるものであろうか。そして現代社会は、どちらの側に... 狂ったこの世で狂うなら気は確かだ!
性と戦争を論じれば、闇に包まれる。どちらも人間の本性が剥き出しになる題材。デーヴ・グロスマンは主張する。平和は性と戦争の双方を超克してこそ実現できる... 戦争を理解するには、まず人間を理解することだ... と。
尚、安原和見訳版(ちくま学芸文庫)を手に取る。
「神話では、アレス(戦争の神)とアプロディテ(愛の女神)の結婚からハルモニア(調和の女神)が生まれた。」
... リチャード・ヘクラー
著者グロスマンは、心理学者にして歴史学者、そのうえ叩き上げの軍人であったという。本書は、米国ウエスト・ポイント陸軍士官学校や同空軍士官学校の教科書としても使用されているとか。
戦場を知らないおいらが想像する人を殺す動機といえば、やらなければ、やられる!... ぐらいなもの。
しかし、人間には生まれつき人を殺すことへの抵抗感が備わっているという。同種間の闘争では、まず威嚇に始まり、それから逃亡や降伏へ。多くの兵士は戦闘という手段をなるべく避けようとするらしい。しかも、その動機では、自分の身を守ることよりも相手を殺さないことが優先されると。
自衛本能よりも戦友の身を守り、人殺しを避ける方が優先されるとすれば、人間も捨てたもんじゃない。だが、その人間性が訓練によっていかようにもコントロールできるとすれば...
「戦争... が人を変えるわけではない。ただ人のうちにある善と悪を誇張するだけだ。」
... モラン卿「勇気の解剖学」より
1. 非発砲者の存在
どんな戦争にも、面と向かえば、一定の非発砲者が出るという。発砲者が他者の発砲を促すこともあれば、非発砲者が他者を躊躇させることも。兵士の発砲率では、第二次大戦で 15 % から 20% であったのに対し、ベトナム戦争で 90% 以上に跳ね上がったという。
戦場における兵士の仕事は、第一に敵を殺すこと。これを合理的に実行させるには、それなりの訓練を要する。映画「フルメタル・ジャケット」ではないが、心にそのようなジャケットをまとう戦闘員養成プログラムが施されたのか。ごく少数派にはサイコパスを覚醒させちまう人間もいる。
2. 人間性の否定
人殺しの心理メカニズムの一つに、相手の人間性を否定するということがある。あらゆる残虐行為に、ナショナリズムや民族優越主義、人種差別や性差別などの思い込みや偏見が加担する。敵の女ならレイプもお構いなし!これに憎悪を加え、相手を人間以下の動物とみなせば、どんな行為も正当化できる。さらに条件付き訓練を施せば、あとはパブロフの犬のごとく...
味方の損傷を最小限に抑え、効率的に敵を破壊しようとすれば、遠距離砲や超高度爆撃に頼る。そして、大量破壊兵器へ。ドローンなどの無人兵器を投入したところで、攻撃対象が人間であることに変わりはない。兵士を投入しない分、攻撃側は非人間性を旺盛にし、インフラや都市が標的とされ、狙われるのは戦闘員ではなく、一般市民である。
3. 匿名性と集団免責の原理
もう一つの心理メカニズムに、集団心理の凄まじさがある。戦争の情勢は、死傷者数と生産量の低下で評価される。報道屋は、破壊した戦車、撃沈した戦艦、撃墜した戦闘機の数を大々的に報じ、群衆扇動に一役買って出る。戦意高揚のために残忍な差別標語を並べ立て、劣等人種に、民族浄化に... と。これに同調圧力が加わり、歯止めがきかない。
一方で、戦闘に加わった人間の精神的代償は計り知れない。トラウマに発する PTSD の類いを生涯背負うことに。それは災害時でも言えること...
人が集まれば増強効果が生じる。喜びも、悲しみも、そして攻撃性も。大群衆の中で身の毛もよだつ残虐行為を見ても、周囲の傍観者が介入する確率が極めて低いのは、社会学でもよく指摘されること。集団の中で責任が分散され、もはや他人事。
そして、無意味な暴力は、たいてい個ではなく集団によってなされる。一人ではやれなくても、集団ならやれる!
「戦闘部隊は... ふつう犠牲者が 50 パーセントに達した時点で崩壊する。その顕著な特徴は、敵を殺すことを拒否する者の数が増えることである。... 敵を殺す動機と意志は、同輩や仲間の死とともに消滅する。」
... ピーター・ワトスン「精神の戦争」より
4. 服従の実験室
本書は、エール大学のスタンリー・ミルグラム博士の有名な実験に言及している。それは、面識のない人間に対して電気ショックを与え続けるというもの。当初、最大電圧まで与える被験者は 1% にも満たないだろうと予測されたが、被験者に指令を与えると、65% 以上が致命的にも見える電気ショックを他人に与えたという。悲鳴が続いても... 悲鳴がやんでも...
行動は自分で考え自主的に... と考えがちだが、人間は命令されることを好むところがある。フロイトも「服従したいという欲求の強さ」に言及しているという。
戦闘経験者の最大の動機は、撃て!と命令されるから... というのが本当のところらしい。人間には、潜在的な殺人者の影がつきまとう。それを自信に満ちた司令官が後押しするだけのことか。平時においても大衆は、強力な指導力を発揮する政治家を求めてやまない...
「大衆が必要とする指導者、そしてまた大衆に与えられる指導者は、断固たる自信と決意をもって命令を下す。その自信と決意は習慣による部分もあるが、指導者の絶対の命令権は伝統と法と社会によって確立されたものと信じきっていることにもよる。」
... アルダン・デュピク「戦闘の研究」より
