2026-05-24

"フィレンツェ史(上/下)" Niccolò Machiavelli 著

権力者といえば... 悪の権化、冷徹で狡猾な独裁者... といったダーティーなイメージがつきまとう。だが、共和国精神の根付いた地域では、人間的な面を併せ持つ政治指導者を言うらしい。とりわけフィレンツェの地には、共和制ローマから脈々と受け継がれる伝統精神なるものがあるとか。
ニッコロ・マキャヴェッリは、「君主論」で政治的な力量を備えた人物を論じて魅せた。本書では、フィレンツェ共和国の発祥から、その黄金時代に君主的存在となったロレンツォ・デ・メディチの死までを物語ってくれる。いわゆる「偉大なるロレンツォ」を「君主論」に、ある面で重ね、ある面で反するかのように...
ここでは「すべての道はローマに通ず...」という格言を引いて、「それはフィレンツェを経て...」と付け加えておこう。
尚、齊藤寛海訳版(岩波文庫)を手に取る。

アリストテレスは、最高の政体は君主制で次が貴族制、そして最悪が民主制と愚痴めいたことを弟子たちに漏らした。しかし、君主は野心のために僭主に成り下がり、貴族もまた贈賄の類いにまみれ寡頭化し、民衆とて移り気が激しく暴徒の群れと化す。それでも、比較的ましなのが民主制ということになろうか。
人間の集団性はことのほか手ごわい。権力ってやつは、一部に集中したり、肥大すると、社会の弊害になるものらしい。それは、人間の本質であろうか...

マキャヴェッリは、フィレンツェ史を通して共和国の長所と短所を炙り出し、あるいは、共和国にあるべき君主像をちらつかせ、いずれ出現する近代国家の礎となる権力分立や政教分離といった政治思想へ導くかのように物語る。彼もまた、アリストテレスのように共和国の行く末を案じていたのであろうか。
権力ってやつは、強すぎても、弱すぎても、腐敗するものらしい。しかも、腐敗の伝染力は極めて強い。どんなに優れた政体を取り入れようと、どんなに高尚なイデオロギーを思い描こうと、すぐさま現実に引き戻される。

概して、共和国には破滅を運命づけられた大家があるらしい。メディチ家もそうした家の一つだったのか。絶え間なく繰り広げられる権力抗争の裏で、憎悪、敵意、対立から党派が生まれ、処刑、追放、静粛の横行。貪欲と野心でのし上がる者ども。力ある者が力なき者を足蹴りし、才ある者が才なき者の鼻面を引き回す。これが人の世か...
支配者の命令したいという欲望と民衆の隷従したくないという願望が衝突し、少しでも権力を手中にすると、自己顕示欲を膨らませ、権威主義に陥る。
現代、民主主義や自由主義の対極に権威主義や全体主義が配置される。だが、独裁者を生み出すのは、民衆だ!
自由主義者は全体主義を忌み嫌い、全体主義者は個人を生かすためと称して民衆の結束を強いる。結束が維持できなければ、自由が悪魔と結託し、個人を抹殺にかかる。実は、自由主義と全体主義は表裏一体なのかも...

政治指導者が、いつも市民を監視していなければならないとすれば、なんと滑稽な社会であろう。自由とは、権限を持つ側の論理か、それとも与えられる側の論理か。平等とは、それを主張する者の論理か、それとも発言すら許されない者の論理か。そして、正義とは誰の論理か。
極端なことを言えば、基本的人権以外に権利は必要なのか。どんな聖人君主が命令を下そうとも、それを行うものは愚人。愚人の行動には、模範的な規定と、具体的な条文が必要なようだ。おかげで、法の条文は増すばかり。エントロピーのごとく。これに教皇の権威と戒律が加われば、エントロピーの勢いは増すばかり。政治と宗教の力学原理は、すこぶる似ている。やはり分離した方がよさそうだ...

自由ってやつは、奪うものでもなければ、与えるものでもあるまい。巷には自己責任論が渦巻き、自由主義に内包される責任に耐えられなくなると、権威主義に傾倒していく。民主主義や自由主義にとっての最大の脅威は、権威主義でも全体主義でもなく、それ自身にあるのかも。敵が己自身にあるとすれば、これに対抗できるものは... 基本的人権とは?法のあるべき姿とは?人間足らしめるものとは?と、その原点を問い続ける他はあるまい...

「国々は、大多数の場合、それぞれが変遷していく過程で、秩序のある状態から秩序のない状態へ、それからまた新たに、秩序のない状態から秩序のある状態へと移行する。なぜなら、この世のことに対して、自然は静止することを許さないからである。国々は、最終的な完全さに達したら、もうそれ以上は上昇することがなく、下降するしかない。同様に、下降するとなると、無秩序のせいで最低の状態にまで達するが、必然的にそれ以上は下降することができず、上昇することになる。
  ...(略)...
武勇は平穏を生み出し、平穏は無為を、無為は無秩序を、無秩序は破滅を生み出し、同様に、破滅からは秩序が、秩序からは武勇が、武勇からは栄光と幸運が生まれるのである。
  ...(略)...
だから、分別のある人は、教養は武力の後にやってくること、国家や都市では最初は哲人ではなく、武人が生まれるのを観察することになる。」

2026-05-17

"詩と認知" George P. Lakoff & Mark Turner 著

原題 "More Than Cool Reason: A Field Guide to Poetic Metaphor..."
シェイクスピアの言葉から引かれているらしい。これを「冷めた理性の及びもつかぬ...」と邦訳し、「詩と認知」との邦題を与えている。「冷めた理性の及びもつかぬ...」を主題に、「詩と認知」を副題とした方が、隠喩が利いていそうな...
尚、大堀俊夫訳版(紀伊国屋書店)を手に取る。

言語学には、「認知的隠喩論」なるものがあるらしい。詩ってやつは、想像力や思考力を掻き立てるメタファーであり、道徳的、社会的、個人的な問題意識を高める手助けになると...
また、本書には、シェイクスピア、ダンテ、ミルトン、キーツ、エリオットら、あるいは、聖書やサンスクリット恋愛詩が鏤められ、原題にあるようにメタファー・ガイドブックにもなっている。

 Because I could not stop for Death...
 He kindly stopped for me...
 The Carriage held but just Ourselves...
 And Immortality.

 佇む死を待てずにいると...
 かれは私のために立ち止まってくれた...
 客車には私たちと...
 永遠だけが乗っていた。
 ... エミリー・ディキンソン

「冷めた理性」とは、客観性に裏付けられたもの。これに「及びもつかぬ...」とするところに、客観主義への批判が込められる。
かつて、科学でなんでも解決できると豪語された時代があった。だが現在、あらゆる学問分野で科学的分析が進みながらも、客観主義、機械主義、構造主義、物質主義... といった主張だけでは限界を感じる。
そこで、心の本質的な営みを詩的隠喩に求めるのが、言語学者ジョージ・レイコフと文学理論家マーク・ターナーの試みである。人間精神の合理性を、客観性と主観性の調和に求めて...

「隠喩を研究することは、精神と文化のかくれた面に向い合うことである。詩の隠喩を理解するには、慣習的な隠喩を理解することから始めなければならない。それはとりもなおさず、ある世界観の存在、想像力に加わる制約、そして日常の出来事を理解する上で隠喩の果たす重要な役割を知ることに他ならない。これはそのまま詩の隠喩がもつ力の核となる。なぜならわれわれの日常的な理解の根底を認識し、新たな様相のもとに経験させるのが詩のはたらきだからである。」

隠喩ってやつは、日常的に広く使われるだけに、却って気づかぬところがある。自明であれば、その奥底にあるものを見落としがち。
一方で、生や死といった概念に時の流れが結びついて、人生観を暗示する。人生は旅路、人間は旅人、生は奴隷、死は自由、死は安息の場、死は人生の帰結... などと。生命体は、時間軸上で死を運命づけられている。だからこそ生の虚しさを想い、死の果敢なさを想わずにはいられない。

「時は全てを運び去る。心までも...」
... ウェルギリウス

詩の特徴は、なんといっても音調をともなって、人の心に言葉を刻み込むこと。気分を乗せるには、リズムが重要だ。諺、格言、名言といった文句も、音調がともなって訓示や戒律となる。これらの音調には隠喩が媒介し、それゆえ人は言葉に動かされる。
しかしながら、詩を理解するには、それなりの知識がいる。隠喩を味わうにも、それなりの経験がいる。そうでなければ感じることもできず、いったい何が言いたいのか?などと最低な感想をもらす。「盲人はドブに文句をつける」とさ...

言葉の認知は、存在意識と強く結びつく。詩や隠喩に有難味を感じるのは、認知対象の存在を意識しているからであろう。
そこで本書は、「存在の大連鎖」という説を論じて魅せる。
この大連鎖を関係と解するなら、キェルケゴールにも通ずるものがある。彼はこんな言葉を遺した... 人間とは精神である。精神とは自己である。自己とは自己自身が関係するところの関係... すなわち、自己とは自己自身にまつわる関係... さらに、関係の、関係の、関係の...  と。
相対的な認知能力した持ち得ない知的生命体は、他との関係から自己を認知するしかないだろう。関係においてのみ存在意識が成り立つとすれば、人間は依存地獄を生きる他はない。

人間の定義を言葉に頼ると、人間は動物である、生物である、物質である.. と自然界における地位がどんどん押し下げられ、存在そのものが曖昧になっていく。パスカルの言葉に「人間は考える葦である」というのがあるが、隠喩を用いれば高尚さを装うこともできよう。曖昧さを抽象化の概念で包み、崇高な宇宙論とすることもできよう。身体的に、生物的に、本能的に、そして理性的に... と辿り、物理的な存在から精神的な存在へ昇華させることもできよう。隠喩の大連鎖は、因果関係を崇高な意識へ高めていく。

しかしながら、巧妙な言葉は、しばしば強烈な自意識を覚醒させちまう。自己啓発から自己実現へのプロセスは、自我を肥大化させ、自惚れから自己陶酔へ。隠喩で語られる精神ってやつが、どれほど偉大かは知らんが、御用心!御用心!

「狭き門より入れ、滅びにいたる門は大きく、その路は広く、之より入る者おほし...
生命に至る門は狭く、その路は細く、之を見出す者すくなし...」
... マタイ伝福音書 7:13-14

2026-05-10

"認知意味論 - 言語から見た人間の心" George P. Lakoff 著

本書を分類すると、言語学ということになろうが、大枠では認知科学に属すらしい。認知科学とは、心理学、言語学、人類学、哲学、コンピュータ科学など多岐にわたって、人の心というものについて知見を統合する学問だという。言語学者ジョージ・レイコフは、こんな問い掛けから「経験的実在論」とやらを論じて魅せる。
理性とは何か?それは、いかに意味づけられるか?理性が普遍的なものだとすれば、いかに体系化できるか?と...
また、人間の思考を発達させてきた要因に言語があり、言語が思考を牽引するのか?思考が言語を牽引するのか?あるいは、その双方か?と...
尚、池上嘉彦、河上誓作、他訳版(紀伊国屋書店)を手の取る。

レイコフは、自らの研究の立場を「経験基盤主義」と呼び、客観主義に対抗する。客観主義といえば、科学!かつて、科学でなんでも解決できると豪語された時代があったが、その流れに反発するかのように...
客観性では他を寄せ付けない数学にしても、数学の完全性を目論んだヒルベルトは、ゲーデルの不完全性定理によって挫折せざるを得なかった。このパラドックスの主役に躍り出たのが、集合論だ。言語体系もまた、文法と語彙の集まりで成り立つ集合論と見ることができよう。
まさに本書は、集合論的な言語論から記述を超えた領域へと踏み込み、認知哲学の重要性を唱える。人間にとって言語とは、抽象的な記号と機械的な操作を超越した存在であると...

言葉で説明できるからといって、本当に理解できているとは言えまい。精神や心といった概念は、言葉ではいくらか説明できるが、その実体を見た者はいない。物理的に自由電子の無数の群れとすることはできても、そこに思考や意思のようなものが生じるメカニズムは解明できていない。
科学は、原因と結果を結びつける学問だ。結びつけられなければ、様々な解釈を呼ぶ。しかも都合よく。解釈との馴れ合いがなんでも分かった気分にさせる。人間にとって気分は重要だ。それで、心を平穏に保てる。物事を客観的に捉えるために言語は欠かせない。だが、思い込みを旺盛にし、自我を肥大化させるのも言語だ。

人間足るとは、どういうことか?そのために言語は、どういう位置づけにあるのか?こうした疑問は、チューリングの問い掛けにも通ずる。それは、機械は意思を持ちうるか?ということ。そもそも意思とはなんであろう。それが、言語を超越した現象だとすれば...
今や AI がもてはやされる時代、AI が言語化によってのみ機能するとすれば、完全に身を委ねるのは危険ということになりはしないか。いや、人間よりましかも。もし、AI が言語を超えた領域にまで踏み込むようになれば、理性らしきものを獲得するのだろうか。やはり、人間よりましかも...

言語による認知は、分類、類似性、属性、カテゴリ化といったものを起点にし、これに意味を与えようとする。相対的な認知能力しか持ち得ない知的生命体ができることといえば、他との比較においてのみ。言語が人間の認知活動で重要な役割を果たしているのは確かだが、概念の会得に言語だけでは心許ない。人間が編み出す概念のすべては、自己言及に踏み込んだ途端にパラドックスの網にかかる。
概念は、メタファー、メトニミー、心的イメージを媒介し、思考は、ゲシュタルト的特性を有し、循環論的でもあるという。身体的で、生理的で、情念的で... それで、言語を超越した理解力とは、いかなるものだというのか。少なくとも、言語では説明できそうにない。

とはいえ、言語による記述を認めなければ、学問は成り立たない。この書は、言語学者が自らの学問の限界を示そうとしたのであろうか。いや、学問全体の限界を...
つまり、人間は人間自身を永遠に理解できないというのか。だとしても、AI が人間っぽくなれば、その比較において少しは理解できるかも。そして、人間という概念も変わっていくのかも...

2026-05-03

"最新コンパイラ構成技法" Andrew W. Appel 著

原題 "Modern compiler implementation in ML"
ML(Meta-Language)とは、Algol 系の言語で、高次の視点、すなわちメタ視点から言語を論じる場面に適しているという。本書は、プリンストン大学のコンパイラ講座に沿った教科書だそうな。アンドリュー・エイペルは、自ら提唱する Tiger 言語を ML で実装するストーリーを描いて魅せる。
ちなみに、「Tiger 言語リファレンスマニュアル」を覗いてみると、文脈的な依存関係があまりなく、コンパクトな命令型言語とお見受けする。ソフトウェア工学をプリミティブなレベルから学ぶには、恰好な題材やもしれん...
尚、神林靖、滝本宗宏訳版(翔泳社)を手に取る。

コンパイラと言えば、実行可能なマシン語への翻訳機とでも言おうか。むか~し、おいらが美青年と呼ばれた時代、日本語プログラミング言語に憑かれ、アセンブラ言語のマクロ機能を駆使して翻訳機を書いた頃の記憶がかすかに蘇る。
当時、C言語が主流となりつつあったが、コンパイラ性能はイマイチだし、リソースもしょぼい。リアルタイムシステムでは、まだまだアセンブラ言語に頼らざるを得ない時代であった。
現在、スクリプト言語が華やかに台頭する。言語の分かりやすさや柔軟性は、プログラムのメンテナンスに欠かせないが、人間にとっての分かりやすさと、マシンにとっての効率性は相い反するところがある。実は、根底で密かに活動する翻訳機の存在意義は、以前より増しているのやもしれん。自然言語で機械翻訳が活躍しているように...

コンパイル処理の流れは、お決まりなところがある。字句解析、構文解析、意味解析、データ構造解析、中間言語による抽象化、命令セットの割り当て、レジスタやメモリの割り当て、実行可能なコードの生成... といったところ。
本書は、こうしたトピックに加え、オブジェクト指向型言語のコンパイラ "Object-Tiger" と、関数型言語のコンパイラ "Fun-Tiger" の実装例を紹介してくれる。

まずは、コンパイラの理想像を描いてみるのもいい。抽象レベルでは、無限のレジスタやメモリ、最も効率的な命令セットを想定することもできる。これらを現実のリソースに割り当てるの時、効率的な割り当てがコンパイラの性能にかかってくる。
本書は、こうした視点に付随して、多くの仕掛けやアルゴリズムを紹介してくれる。注目したい話題は、「静的単一代入形式、高階関数、ごみ集め、パイプライニングとスケジューリング」といったところ...

1. 静的単一代入形式
すべてのデータの流れや経緯を単純な代入で組み立てていく記述様式で、集合論的な視点を与えてくれる。人間の思考は言語学的な視点に着目するが、コンピュータは数学的な構造を持っており、集合論的な記述が効率的。データの生存解析にも有効で、ゴミ集めのための情報としても活用できる。

2. 高階関数
関数の入れ子になる仕組みで、引数に関数を渡すことができ、結果に関数を返すこともできる。スコープの入れ子も含めて,,, こうした性質は Tiger 言語の特長でもあり、コンパイラの実装で有用だという。

3. ごみ集め
この機能はコンパイラが持つべきかは微妙だが、ごみ判定のための支援をコンパイラがやってくれると助かる。
そもそも、ごみとは何か?本書では、「ヒープに割り当てられたれコードのうち、プログラム変数からポインタと連鎖を辿って到達できないもの...」と定義される。
お馴染みの静的コンパイルでは、到達可能かどうかの判定をコンパイラ側でやって、あとは、ガベージコレクション側に任せることもできる。
だが、ランタイム時に実行するような動的コンパイルでは、ごみ集めの機能も組み込みたい。ごみ処理機構は人間社会同様、システムの秩序に影響を与え、致命的な問題ともなりかねない。ちなみに、新種のプログラミング言語は多くのごみを出すらしい。
そこでアルゴリズムでは、ガベージコレクションの文献でも見かける「マークスイープ回収法」、「参照カウント」、「Cheney のアルゴリズム」、「世代別回収法」、「Baker アルゴリズム」などが紹介される。

4. パイプライニングとスケジューリング
要するに、時分割並列処理を行うための仕掛け。あらゆるデータや命令セットを完全に平等に配置できれば、並列処理が効率的に分配でき、マルチコア環境をフル活用できるだろう。
だが、データも命令セットも、生存条件や処理順などの依存関係を持っている。データの先読みや先行処理を効率的にやるにしても、レジスタは有限だし、メモリも有限だ。メモリの多重構造までもプログラマに意識させるのも酷だし、キャッシュ構造も考慮したい。
おまけに、対象となる言語仕様との兼ね合いも絡むとなれば、コンパイラの仕事はますます増えるばかり。こうした事を意識せずにプログラムが書けるようになったのも、彼ら縁の下の力持ちのおかげ。ありがたや!ありがたや!

2026-04-26

"詳解 Terraform" Yevgeniy Brikman 著

近年、DevOps という用語を耳にする。
だが、ソフトウェアの開発やアップデートと並行して運用する考え方は、ずっと前からある。オンラインが当たり前な環境では、ネットワーク整備のための一時停止が致命的なダメージにもなりうる。決済システムや認証システム、SaaS や各種サーバなど、些細なメンテナンスの度に停止するわけにはいかない。こうした状況下で、より効率よく運用するには...
尚、松浦隼人訳版(オライリー・ジャパン)を手に取る。

「午前 3 時のアラート対応をやったことがあるなら、この本はあなたのためにあります。」

もう三十年ぐらい前になろうか。会社のルータを自宅からリモートで設定し、しくじっては深夜に車を走らせた記憶が蘇る。そもそも、ネットワークの設定をネットワーク経由でやるところに自己言及の罠がある。
本書は、ソフトウェアプロジェクトの時間見積もりは不正確なことで有名で、ホフスタッターの法則を計算に入れても、予測以上に時間がかかるものとしている。
ちなみに、ホフスタッターの法則とは、ダグラス・ホフスタッターの著作「ゲーデル、エッシャー、バッハ - あるいは不思議の環」の中で唱えられた自己言及に関する格言、いや、皮肉か...

さて、DevOps ムーブメントには、文化(Culture)、自動化(Automation)、計測(Measurement)、共有(Share)という四つのコアバリューがあるという。頭文字をとって CAMS とも呼ばれるとか。
本書は、この中の自動化に注目し、Infrastructure as Code(IaC)という考え方を提示する。そして、プログラミング言語の視点から、宣言型言語に焦点を当てる。
例えば、ルータを制御するためのコマンド群は、特化した宣言的な記述ができるが、柔軟性に欠く。複数のサーバや複数のアカウント、さらに複数のインフラを統合管理するのに手続き型言語を用いれば、コードが複雑化し、メンテナンスの手間も増大する。
コンパクトで分かりやすく記述でき、言語らしい振る舞いをする言語となると、その選択肢の一つが Terraform というのである。言語的な興味から、ちと試すことに...
ちなみに、コマンド群は、手続き型言語のコードをマクロ化してきた資産に似たところがある...

Terraform は、HashiCorp 社が提供するオープンソースツールで、Go 言語で書かれている。プロバイダや仮想化プラットフォームへ API コールする仕掛けとして。例えば、AWS, Azure, Google Cloud, DigitalOcean, OpenStack, VMware などを相手に...
また、宣言型言語でありながら、count, for_each, for, create_before_destroy、ビルトイン関数が実装され、柔軟性と表現の豊かさを与えるという。
但し、IaC は通常のコーディングとは違うトレードオフがあるとか。特にロック、分離、ステートについてよく考えよ!と注意を促している。ちょっとでもしくじると、その影響は広範に及び、大規模なシステムダウンに... 御用心!

さらに、複数のプロバイダを相手取るのに、Docker や Kubernetes の入門にも触れてくれる。
Docker は、アプリケーションの実行環境を構築、配布、実行するためのプラットフォームで、コンテナ型の仮想化技術を活用する。
Kubernetes は、コンテナ管理ツールで、アプリケーションのデプロイや管理を自動化する。

「自動テストのないインフラコードは、壊れている。」

1. 設定ファイルの集合体
プロバイダとは、各種インフラに対応したインスタンス生成のための宣言とでもしておこうか。その実装イメージは、設定ファイルの集合体といった様相で、宣言型らしくコンパクトな記述。

  module "name" {
    source = ...
    [CONFIG ...]
  }

  provider "name" {
    reigion = ...
    alias = ...
  }

2.インスタンス生成の大まかな手順
  1. 設定ファイルを HCL(Hashicorp Configuration Language)で書き、terraform init コマンドを実行。
  2. terraform plan コマンドで、実行する前に内容を確認。
  3. terraform apply コマンドで、実際にインスタンスの生成、更新。

3. インスタンスの依存グラフ
インスタンスの依存関係では、terraform graph コマンドが紹介される。グラフ記述言語 DOT で出力され、愛用してきた Graphviz とも連携できそう。

4. ステートファイル
Terraform は、インフラの構築情報を Terrafotm ステートファイルに記録するという。JSON フォーマットで...
また、ステートファイルの保存場所として、バックエンドという機能があるという。ローカルファイルとして扱うローカルバックエンドと、共有ストレージとして扱うリモートバックエンドが。共有するからには、ロックや暗号化にも対応。

5. workspace
すべてのステートファイルを一箇所で管理することも可能だが、一つのミスが全体に及ぶリスクは計り知れない。ステートを分離する方法としては、ファイルレイアウトを分離することが考えられるが、ある程度計画的にやる必要があろう。手っ取り早くやる方法としては、ワークスペースを利用する事例が紹介される。
terraform workspace コマンドで、開発ステージと本番ステージを分離したり...

2026-04-19

"マルチパラダイムデザイン" James O. Coplien 著

ソフトウェア開発の歴史を振り返ると、数学的記号や機械語の羅列に始まり、マクロやサブルーチンによる構造化を経て、オブジェクト指向やドメイン駆動といった方法論を編み出してきた。今や、アジャイルという考え方まで定着し、その流れは、ますます哲学的になっていくかに見える。これに伴いプログラミング言語も進化し、言語自体が一つのパラダイムを、いや、一つの哲学を成すような。パラダイムとは、考え方の枠組みであり、一つの世界観。いずれも、柔軟性、拡張性、分かりやすさを追求してきた結果でもある...

「アインシュタインの言葉を言い換えて引用すれば、可能なかぎり作りやすく、しかしそれ以下にならないように...」

巷では何事も、それに至るプロセスよりも、結果を重視する傾向がある。しかしながら、複雑で多様化していく世界では、結果を出すにも困難が増大していく。特定の結果に目を奪われ、設計ストレスも限界へ。人間社会とは、まったくエントロピーな世界だ。
そして、文化やプロセスに目が向き、なぜそうなっているのか?どうあるべきか?と、その意義を問わずにはいられない。仕事の意味と目的が確立されれば、自由と信頼が得られ、満足度も上がる。自己満足で終わることもあるにせよ。こうした思考プロセスが、パラダイムを生み出す原動力となるのであろう...

ジェームズ・O・コプリンは、一つのパラダイムだけでは対処できない状況にあることを告げ、オブジェクト指向が「優れた設計手法」と同義語になっている危険性を指摘している。
マルチパラダイムとは世界観の融合ではあるが、手っ取り早く、良いとこ取りに走ることも。それはそれで調和すればいいが...
ますますカオス化し、答えの見つからない世界では、多種多様な手法を組み合わせるバランス感覚が求められる。ソフトウェア工学は、抽象原理に後押しされ、ますます哲学へ導かれていくかに見える。いや、あらゆる研究分野が...
尚、平鍋健児 + 金澤典子 + 羽生田栄一訳版(ピアソン・エデュケーション)を手に取る。

「どのようにカテゴリ化を行っているかを理解することは、我々がどのように考え、どのように役割を果たしているかを理解するための核心となる部分であり、それゆえに我々を人間としているものが何であるかを理解するための核心ともなる。そして、カテゴリが共通の特性により定義されるという考え方は、カテゴリとは何かといった場合の日常的な定義であるだけでなく、学問的にも基本的な理論として扱われてきた。我々が 2000 年以上にわたって馴れ親しんできた考え方である。」
... George Lakoff

本書は、「ファミリ」「共通性」「可変性」といった語をキーワードに掲げる。
プログラミング言語の特徴に、クラス化やパラメータ化、柔軟性や拡張性といったものがある。それは、自然言語とて同じ。人間の論理的思考は、なんらかの意味合いを表す記号群に支えられ、人類の進化にこうした言語現象を重ねることができよう。それは、複雑で多様な世界を認識するためのプロセスであり、言語の優れた特性は、曖昧かつ不明瞭なものまでも記述し、不明確で不確実な状況に応じて判断を下すために機能する。こうした抽象原理こそが言語機能の本質やもしれん...

ファミリとは、グループ化やカテゴリ化の抽象度を上げた概念といったところであろうか。共通性はファミリの肝となる特性で、可変性はファミリの柔軟性や拡張性と結びつけることができよう。
また、アプリケーションやドメインという限定されたエリアから、ソリューションという広範な領域へ目を向けることを要請している。
実際、まったく異なる分野からアイデアを拝借して問題解決の糸口とすることも多々ある。他業界で成功しているコンセプトがヒントとなって新たな事業を生み出すことも。
対象が経験や知識から遠くにあれば、その関連性に気づくことは難しく、複雑な事象に潜む本質的な構造を見抜くには、より抽象化した洞察力が求められる。

ところで、システム構築で、気を使うものの一つに例外処理ってやつがある。それが設計思想に適合すれば問題ないが、コア部を崩壊させてしまうことがあり、システムの致命的な欠陥にもなりやすい。人間でもパニックに陥る要因の一つに想定外ってやつがあるが、まさにそれだ。
どんな原理にも、どんな思想にも、そして、どんなパラダイムにも、矛盾がつきまとう。こうした状況に対応するものとして、本書では「負の可変性」という語を見つける。マルチパラダイムデザインは、こうした状況下で強力なメカニズムを提供するとしている。
ただ、事例がイマイチか...
通信システムにおいて、メッセージがボディを持つと定義した場合、ボディを持たない特殊メッセージの実装例が紹介され、分かりやすいといえば、そうだけど。要するに、C++ という言語の抽象を超えた抽象として...

2026-04-12

"〆切本 2" 左右社編集部 編

〆切にまつわるアンソロジー... 第二弾!
この手の企画は、愚痴を誘う。愉快!愉快!
愚痴も文才が書けば文学となり、釣られて読み手も本音をぶちまける。愉快!愉快!
〆切とは、責任か、義務か。そんなものが不平等条約で課せられた日にゃ。猿に邪魔されても〆切はやってくるとさ...

「義務の遂行とは、並たいていの事では無い。けれども、やらなければならぬ。なぜ生きてゐるか。なぜ文章を書くか。いまの私にとつて、それは義務の遂行の為であります、と答へるより他は無い。金の為に書いてゐるのでは無いやうだ。快楽の為に生きてゐるのでも無いやうだ。先日も、野道をひとりで歩きながら、ふと考えた。愛といふのも、結局は義務の遂行のことでは無いのか。」
... 太宰治

締切りをめぐる攻防は、まさにデッドライン!宿場に監禁されてりゃ、M じゃねぇとやっとられん。戦時でも、平時でも、上役の決まり文句は同じときたぁ... 死守せよ!

「日本の国内では、敗戦後日本人が平凡で疲れた頭脳で考えだした『平和ファシズム』『民主主義ファシズム』『自然保護ファシズム』『差別反対ファシズム』が横行し、そうした傾向は、批判する者がマイノリティーであると見るや、マジョリティーの暴力を以って圧し潰し、発言さえ封じてしまうという、まるで現象的には戦争中と、さも似た様相を示していた。」
... 團伊玖磨

そもそも、芸術作品に〆切なんてものがあるのか。いや、〆切にも効用がある。期限をもうけることによって、具体的な目標が定まる。だからといって、ギチギチに詰め込めばアイデアも浮かばんよ。
どんな文才にも、どうしても書けないということがあるらしい。編集者は、書けない人間に書かせようとする。だがそれは、人間を否定するようなもの。書き手も負けじと、言い訳のためのアイデアを絞り出す。まるで狐と狸の化かし合い!結局、人間社会なんてものは、いつも、どこでも、化かし合いよ...

「期限の長き未来を言うときにはたいそうなることを企つるようなれども、その期限ようやく近くして今月今日と迫るに従いて、明らかにその企ての次第を述ぶること能わざるは、畢竟ことを企つるに当たりて時日の長短を勘定に入れざるより生ずる不都合なり。」
... 福沢諭吉

約束を守らない!というのと、間に合わない!というのは、同義であろうか。それは、人間失格を意味するのだろうか。書く自由ってなんだ。それは、書けない時の不自由を悟るためのものか。人間社会は恐ろしい。なにがしら約束めいたものを交わすだけで、契約成立ときた。そればかりか、そこに優劣関係が生じる。人はみな、あらゆる場面で優越主義者を演じようと必死!世間を渡り歩くとは、そういうことやもしれん...

「結局、人はほとんどの状況において『約束』などしていないのであり、約束という言葉がオトナ社会の日常で持ち出される時はすべて『都合と立場の悪くなった人の切り札』として持ち出されている... 逆に『できない約束はしない』という言葉をやたら自信を持って言う人もいる。どんなに甘酸っぱい状況でも、『できない約束はしない主義なの』と下らない主義を持っている人もいる。こういう人が一番約束の意味を知らない。」
... リリー・フランキー

おまけに、仕事効率とリソース配分を定式化して魅せる学者までいる。
仕事効率 u(t) は、リソース配分の分布関数 r(t) で決まるとさ。そして、時間 0 から T における仕事量の最大化は...

  Maximaize W = T
0
u(r(t))dt

「集中力を上げるのは大変である。人は、集中力を上げることをできるだけ節約する傾向があるようにも思える。しかし、忘れてはならないのは、創造的な仕事は、集中しなければ進まないことである。... 追い込まれなくても集中力を上げるために自分なりの方策を編み出していくことは、研究者が健康で文化的な最低限度の生活(日本国憲法)を送る上で、欠くことのできないスキルではないだろうか。」
... 松尾豊

2026-04-05

"〆切本" 左右社編集部 編

〆切ひしめく日常。リリース日が近づくと、きまって管理役が声を荒げる... 死守せよ!
すべては約束事に始まり、不平等契約もなんのその。いわれのない義務を背負わされ、仮病にも縋る。責任に考えを巡らすと前にも進めず、鬱病ぎみな人が精神科にかかって本当に鬱病になっちまうようなもの。おまけに、ぼんやりとした不安が暗示をかけてくる。ほんとに死んじまった方が楽になれるやもしれん... と。

「人生とは、〆切である!」

古くは人間五十年と詠われ、今や人生百年時代と言われる。倍になっても尚、時間は無常だ。短い人生を有意義にしようと思っても、好きなことを商売にして生きていくことは難しい。いくら好きでも嫌気が差すこともしばしば。好きが苦悩になろうとは... 原因は、金か、人間関係か。いや、生きること自体が苦悩やもしれん。それでも取り憑かれたように熱中できるのは、やはり才能か。それが、好きなことをして生きていくための資質か。仕事がなくなることへの恐怖心は抑えがたいはずだが...

「あとの一週間で猫をかたづけるんです。いざとなればいや応なしにやつゝけます。... 夏目金之助。」

本書は、書き手たちの〆切にまつわるエピソード集。いや、「しめきり症例集」だそうな。〆切哲学をぶちまける書き手たちに、それが病的であるが故に読み手は勇気づけられる。パンツのゴムのように延びる〆切。それでもボツにならない文壇メカニズムとは... 作家が愚痴を漏らせば、編集屋も負けじと本音をこぼす。書けない時に書かせようとする作家殺しがいれば、〆切が過ぎて、ようやく書き始めるツワモノまで...

「向田邦子は遅筆だった。遅筆にも二種類あって、ギリギリまで書かないが書きだせば早いという人と、原稿用紙に向って呻吟するタイプとがある。彼女は前者だったと思われるが、締切日を過ぎてから書きだすというのだから恐れいってしまう。... 山口瞳」

他の症例には... 掲載するからには編集側にも責任の半分があると責任論を掲げる編集屋、「手塚おそ虫」と陰口をたたかれる漫画家、「缶詰体質」を称し、おいしい缶詰のされ方を処方してはマゾヒスト論を展開するコラムニスト、締切が守れないと言いつつも、「締切の効能」を論じる学者、「書かないことの不安、書くことの不幸」をつぶやく小説家、「自由という名の不自由」を噛みしめる作家... などなど。そして、この病の潜伏期間方程式を提示する小説家まで...

  S =   G2 × N × I × M
 H 

S は病原体の潜伏期間、G は原稿の枚数、N は締切までの残り日数、I は患者の意気込み、M は完成時の報酬。ここで鍵を握るのは、H だという。編集者の原稿取り立て術の巧拙で、潜伏期間も短くなるとさ...

「どの業者に対しても、とにかく『先生、先生』とおだてておいて、陰では呼び捨てている編集者がいるものだ。そいういう編集者にかぎって、誰それに『書かせる』という言い方をする。... 川本三郎」

2026-04-01

男と女の不平等物語...

人間社会とは、真実と虚偽のぶつかり合いの世界。真実ばかり追い求める社会では、堂々と冗談の言える日が貴重となる。だが、エイプリルフール禁止令が発動される昨今、虚偽が渦巻く社会では、冗談の言える日に本音をもらす。真実と虚偽の狭間で社会の緩衝材を演じてきた冗談はいずこへ...
人間ってやつは、なんでも二元論で片付けようとする。真実と虚偽ばかりか、善と悪、正義と不義、勝ち組と負け組... などと対立構図を煽り、それで理解した気になる。多様化社会と言いながら、頭はなかなか多様化できずにいる。そして、男と女も...

男女不平等の歴史は長い。それは役割分担から始まったと思われる。まず、大きな違いは子供を産む能力がある。女は子を産み、育てるという重要な役割を担い、男は外に出て働く。生物学的に子孫を残すことを中心に据えれば、男の役割は補助的なものとなる。それが、いつのまにか逆転しちまったようだ。権威を腕力でもぎとったのか、あるいは、子供を産む能力という物理的優位性への嫉妬から、男を社会的地位や肩書に走らせたのか。今となっては虚栄に過ぎないが....

性には、生物学的なものとは別に、社会や文化が生み出した性がある。巷ではジェンダーと呼ばれ、この立場もまた男と女の狭間で社会の緩衝材を演じてくれる。平等とは、互いの違いを認め、それを受け入れてこそ成り立つ概念。認められなければ、せめてそっとしておきたい。わざわざ否定することもあるまい...

ところで、古くから男と女にまつわる格言が数多ある。未練がそうさせるのか。いくつか未練がましく拾ってみよう... 未練は男の甲斐性よ!

「女は勝負!ここと決めた時は、相手の骨までしゃぶるのだ!」
... ブラック・ジャック「サンメリーダの鴞」より、ピノコのつぶやき

「女性はなにをするにしても、男性の倍うまく行なわなければ。でも、幸いなことに、これは難しいことではありません。」
... シャーロット・ウィトン

「男は常に女の初恋の人でありたがる。それが男の無様な虚栄である。」
... オスカー・ワイルド

「男は上手をいく女には、めったに手を出さぬもの。」
... フランクリン・P・ジョーンズ

「恋する男は己の能力以上に愛されたいと願望する人間だ。それがすべての恋する男を滑稽にする。」
... フランソワ=ルネ・ド・シャトーブリアン

「女がお白粉を塗りたくることも、いやというほど聞かされている。神から授かった顔があるのに、女は自分でそれを別の顔にしてしまうのだ。」
... シェイクスピア

「男と女のあいだには友情は成立しない。情熱、敵意、崇拝、愛は存在しうるが、友情は無理だ。」
... オスカー・ワイルド

「歳をとったら女房の悪口を言っちゃいけません。ひたすら感謝する。これは愛情じゃありません。生きる知恵です。」
... 永六輔

2026-03-22

"カルマンフィルタと適応信号処理" 谷萩隆嗣 著

適応信号処理とは、文字通り、環境や情況の変化に応じて適切な処理を自動的に行うこと。受信信号の変化に応じて、フィルタ係数を動的に変化させたり...
例えば、航空機に内蔵される速度計や高度計といった計器類に、GPS などの外部情報を連携させ、誤差を補正しながら刻々と変化する位置情報を推定していくような自動操縦システムがある。環境変化への適応と未来を推定する能力では、人間という生命体もその一例といえよう。

こうしたシステムでは、リアルタイム処理が要求され、そのまま演算量が問題となる。本書は、カルマンフィルタ、最小二乗法、確率勾配アルゴリズムなどを題材に、様々な推定アルゴリズムについて解説してくれるが、なによりも実装の視点からの数学のテクニックに注目したい。
例えば、状態方程式、すなわち差分方程式と行列式との相性を軸に、転置行列で演算量をごっそり削ったり、共分散行列で分布領域をざっくり推定したり... と、演算量の軽減と推定誤差を最小にする戦略が注視される。
ただ、数式の記述がすこぶる丁寧なのは前戯好きにはありがたいが、ちとしつこい気もしないではない。もう少し視覚的な情報があると、さらにありがたいのだけど...

まず、状態方程式にガウス分布、いわゆる正規分布を想定し、条件付きのもとでベイズの定理による状態推定モデルが提示される。この時点で、最小二乗法や確率勾配アルゴリズムの登場を匂わせるが、とっかかりはカルマンフィルタの有効性から...

「状態方程式が線形差分方程式で表される線形離散時間システムの状態変数の推定、すなわち状態推定を行うためのフィルタとしてカルマンフィルタがよく知られている。カルマンフィルタを適用すれば、状態方程式および確率変数の統計量が既知のとき、与えられた制約条件のもとで平均 2 乗誤差を最小にする最適な推定値を得ることができる。」

大まかに言えば、こんな感じであろうか...
状態方程式には前状態にカルマンゲインが加味され、カルマンゲインには観測誤差と推定誤差が加味される。それぞれの誤差にはノイズが含まれ、観測値と推定値が完全に一致すれば補正の必要はないが、そんな理想的な状況は考えにくい。そこで、前状態から現状態への移行分布と、その推定確率が問題となる。現状態が前状態に引きずらるなら、初期値の与え方も問題になろう。そして、状態方程式だけでなく、カルマンゲイン、観測値、推定値のすべてが方程式で記述され、これらの連立方程式がそのまま行列式に対応づけられる...

カルマンフィルタの性質としては...
カルマンゲインは、状態推定値に関係なく再帰アルゴリズムによって計算できるという。状態推定の計算とカルマンゲインの計算が分離していることが、一つの特徴だとか。そして、状態推定の平均二乗誤差を最小にする戦略が語られていく...
そもそも、カルマンフィルタは線形離散システムを想定し、与えられたパラメータをもとに状態推定を得るアルゴリズムであるはず。
しかし、必要なパラメータが欠けていても、そのパラメータをも推定しながら状態推定を得るものに「適応カルマンフィルタ」があるという。
さらに、非線形離散システムにおいても、「拡張カルマンフィルタ」「アンセンテッドカルマンフィルタ」といったものが導けるとか。適切な近似が与えられれば、だろうけど。結局、近似法との組み合わせが鍵ということになろうか...