原題 "blink: The Power of Thinkinng Without Thinking"
直訳すれば、ひらめき - 考えずに考える力... これに「第1感」との放題を与えた翻訳センスはなかなか。気まぐれ崇拝者をそそるタイトルだ!その 2 秒後、いつのまにか手に取ってやがる。
尚、沢田博、阿部尚美訳版(光文社)を手に取る。
「第一感」という用語は、将棋でよく耳にする。局面を見渡した時、最初に思いつく手や最初に受ける印象を大事にする。
一方で、「第六感」ってやつがある。それは、外界を感知するための五感機能を超越する感覚を想定したもの。五感を総動員した感覚、あるいは、理屈を超えた六つ目の感覚とでもしておこうか。
だがここでは、第六感をも凌駕する感覚を物語ってくれる。最初の 2 秒に感じたことを、ちょいとメモっておく。そうした習慣を身にまとうだけでも、新たな視界が開けると...
瞬時に判断が必要な場面で、知識や論理的思考が邪魔をすることはよくある。論理的に思考を組み立て、自発的に行動しているつもりでも、結局は自己満足にとどまっていることも。
とはいえ、瞬時の判断が浅はかだったと後悔することもある。外見や見た目に騙されるのも事実。容姿に惑わされ、人の良さそうな人に惹かれ、清潔感のある人に好感を持ち、誠実そうな人を信用する。時間がなければ、普段は認めてもいないステレオタイプや先入観に引きずられやすいものだ。
そうした第一印象は、どこからくるのか。それは経験や環境に裏打ちされたもので、経験を変えれば瞬時の感覚を養い、操ることができるというのが、マルコム・グラッドウェルの主張である。
本書には、「輪切り」という用語が散りばめられる。それは、様々な状況やパターンを断片的に読み取り、瞬間的かつ無意識のうちに判断する能力のこと。人間の認識能力は、現象を連続的に捉える傾向があり、それを抑えて断片的に捉えようというわけである。
解析学でも、積分的な見方と微分的な見方を交えながら本質に迫ろうとするが、実際に直面した状況に応じて視点をどのように断片化するかは至難の業。少なくとも、法則的に見い出せそうにない。
それこそ第1感!
そこで本書では、具体的な事例を羅列する戦略をとっている。心理学者や医者、通信兵や将軍、テニスコーチや家具デザイナー、音楽家や車のセールスなど、いずれも自分の無意識を鍛え、巧みに操る様子を。なるほど、第1感ってやつは、演繹的な思考よりも帰納的な思考の方が適合しそうか...
また、心理学には「適応的無意識」という用語があるそうな。
本書は「適応性無意識」とし、あえて「的」ではなく「性」を用い、精神分析学の立場を表明している。それは、フロイト流の無意識とは別物だという。フロイトは、意識すると心を乱すような欲望や空想をしまっておく場所が、心の奥底に存在することを唱えたとか。
対して、適応性無意識は、強力なコンピュータのようなもので、生きていく上で必要な大量のデータを瞬時に処理するという。厳しい生存競争を生き抜いてきたのは、この能力のおかげだとか...
「高度な思考の多くを無意識に譲り渡してこそ、心は最高に効率よく働ける。最新式のジェット旅客機が意識的なパイロットからの指示をほとんど必要とせず、自動操縦装置で飛ぶのと同じだ。適応性無意識は状況判断や危険告知、目標設定、行動の喚起などを、実に高度で効率的なやり方で行っている。」
... ティモシー・D・ウィルソン
では、ちょいと気になるところを拾っておこう。第1感で...
1. 15年後の夫婦仲を言い当てる心理学者
たった 15 分の録画した夫婦のさりげない会話から、将来離婚に至るかどうかを言い当てる心理学者がいるという。嫌悪、軽蔑、怒り、防衛、愚痴、悲しみ、拒絶、ニュートラル(無感情)などをパラメータ化し、「離婚の数学」とやらを実践して魅せたとさ。
その考察の中で、人間関係における批判と軽蔑の性質の違いと、それぞれの重みを指摘している。おそらく、互いに尊敬できる点が一つでもあれば、それでうまくいくのだろう...
「批判がいちばんよくないと思うかもしれない。批判は相手の人格を厳しく非難する行為だ。軽蔑は批判とは性質が違う... 相手を見下したような話し方をするほうがよっぽど関係はこじれる。相手を見下す言葉はすべて軽蔑だ。相手を自分より下に置いて、上下関係を作ろうとする... 軽蔑は嫌悪に似ている。嫌悪も軽蔑も人を完全に拒絶し、社会から追い出そうとする...」
2. 日常の受信パターンから重要な情報を嗅ぎつける通信兵
第二次大戦中、イギリス軍は多くの女性を信号傍受の仕事に当たらせた。毎日、モールス信号を聞いていると、ある特徴的なパターンに気づく。それは、発信者の側も気づいていない。情報漏洩ってやつは、機械的な欠陥よりも人為的なミスによるものが圧倒的に多い。それはエニグマ暗号解読物語として映画にもなったが、今日の最新鋭の暗号システムにおいても、最大の脆弱性は人間そのものということになろう...
3. 医療事故で訴えられる医者と訴えられない医者
医者が医療事故で訴えられるかどうかは、ミスを犯す回数とはほとんど関係ないという。腕のいい医者が何度も訴えられる一方で、度々ミスをしても訴えられない医者がいるとか。さらに、医療ミスが起きても、訴えない人がかなりの数に上る。現実に、患者の身内は、いい加減な治療というだけでは医者を訴えたりはせず、訴訟を起こすのは他に理由があるという。医者にせかされたり、無視されたり、個人的な扱いによるものが大きいと...
「医療事故というと、どんでもなくややこしい問題のように思うかもしれないが、要は患者を大事にしているかどうかの問題であり、その態度は声の調子に現れる。医者にとって最も損な声は威圧的な声ということになる。」
4. 複雑系の洞察に鋭い将軍
戦略家の中には、情報を集めてすべてを見渡すことができれば、負けるはずがないと考える者も少なくない。孫子の兵法にも「彼を知り己を知れば百戦殆からず」という言葉がある。だが実際、適格な情報を適度に収集することは至難の業!情報過多で判断を誤らせるケースもしばしば。すべてを知ろうとすればするほど、却って身動きできなくなる。
いまや戦争は、軍隊と軍隊のぶつかり合いだけでは済まなくなった。破壊した戦車、撃沈した戦艦、撃墜した戦闘機の数を競い合う時代は終わった。高い戦闘力よりも高度な戦略力が問われ、軍事行動は経済システムや文化、あるいは国民性とも関わる問題である。これほどの複雑系では、軍事力だけでは先が見通せず、人間の思考が馴染んできた連続性とは程遠い状況にある。
「チェス盤を見てみろ!敵の動きはすべて分かる。でも勝てる保証はあるか?そんなものはない。敵の考えまでは分からんのだ!」
5. 偏見に惑わされるクラシック界
訓練を積んだクラシックの音楽家は、演奏の善し悪しを数小節で判断できるという。第二次大戦後、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のオーディションにて。仕切り越しに演奏を聴いた結果、合格と判定された人物は女性で、おまけに日本人だったとさ。
オーケストラが男性社会であった時代、しかも、西洋文化を代表するクラシック音楽を極東の僻地で理解できる者がいるはずがない、という偏見を露呈することに...
熟練した審査官ですら、実際より演奏がうまく見える演奏家はいるという。いい姿勢で自信たっぷりに演奏すると上手に見えたり、姿はぱっとしなくても演奏そのものは素晴らしかったり、楽器をもって立ち去る姿を見ただけで、なんてダサい奴だとか、何様のつまりだ、と思ったり、目に見えるものと耳に聞こえる音には、常にそうしたギャップがあるそうな...
