本書は、三部からなる長編小説。
1888年、1903年、1918年を時代背景に、ロマン主義、無政府主義、即物主義へと価値観が移り変わっていく様を物語る。ヘルマン・ブロッホ流の価値崩壊説に至る道筋といったところか。
いずれの物語も、現実と非現実を生きる二重人生。精神分裂症に、現実逃避癖に、集団依存症に、自己陶酔症に、自我肥大化妄想に... 夢遊病患者のオンパレード!
尚、菊盛英夫訳版(中央公論社)を手に取る。
「大衆とは個人の混迷状態の所産!」
価値観や世界観といったものは、それぞれの時代で育まれる。集団社会には絶対的な合理性にまで崇められたものまで現れ、これを正義などと呼び、これにそぐわない者は国賊呼ばわれ。過去の正義は秘密警察に喰われちまったとさ。
では、現在の正義はどうか。ソーシャルメディアの検閲官どもに喰われてりゃ、世話ない。そして、時代の流れが立場を逆転させていく...
絶対的で拘束的なものから解放を求めるのは、いわば自由精神の作用。なにも、価値の崩壊が悪とは言えまい。新たな時代認識が求められれば、過去の知識や経験が邪魔をする。時代の合理性は次の時代では非合理性となり、新たな創造は既存の破壊によってもたらされる。
そして、昔は良かった!今どきの若者ときたら... などと嘆くのも、人間の性(さが)。過去の栄光に縋り、昔の武勇伝を誇張するのも、その類い。価値観が崩壊するとともに、老害癖を増幅させていく...
さて、物語を追ってみよう...
第一部は、青年将校の軍服ロマン物語。
因襲的な結婚を尻目に情事に走っちまうのは、まさにロマン。いや、夢遊!
聖母に焦がれるのも、娼婦に焦がれるのも同じこと。小悪魔に未練たらしいのは、男の甲斐性よ...
第二部は、帳簿にミスがあるとケチをつけられ、クビになった会計係の物語。
こちらから辞表を叩きつければいいものを、組織に従属する立場は辛い。大袈裟に言えば、会計職は資本主義経済を根底から支えている立場で、国家主義や官僚主義の象徴的存在とも言える。
組織から解放されれば、気兼ねなく批判できる立場となり、自由思想家の仲間入り。存続するものをことごとく批判にかかれば、無秩序な世界を求め、アナーキーな性格を覚醒させていく...
第三部では、伝統的な価値をロマン主義で堕落させ、無政府主義で崩壊させれば、観念的な価値を見失い、物質的な損得勘定や利害関係しか見えなくなる。そして即物主義へ邁進!
自由は、夢想的な自由から完全な無秩序へと肥大化し、ついに主体的な意志までも失わせる。かくして、非現実を現実に引き戻し、会計帳簿は人生帳簿となるだろうか...
なるほど、人間は古くから仮想空間を生きてきた。いわば夢遊空間を。それは貨幣の発明に始まり、今や、すべての価値は貨幣換算される。人間関係も、人の能力も、人の命ですら。そして、貨幣そのものが電子化され、世界を夢遊していく。
客観的な価値をいくら磨こうが、人間の夢遊癖は如何ともしがたい。人間誰しも保守主義!自分の居場所を確保するのに必死ときた。夢遊人生万歳!夢遊世界万歳!
そこで、ブロッホは弁証法的な思考を要請していくる。哲学が夢遊癖を救済してくれるというのか。
人生哲学は、自問することで磨かれる。つまり孤独と相性がいい。孤独の克服となれば、人生のハードルはますます高くなる。目覚めている人ほど不安が大きいのではないか。いや、哲学することもまた夢遊癖の類いやもしれん...
「人間の行動の基準となるのは、つねにただ真理を予感し感知することだけ...」
直観主義的な観念論も、心理主義的な観念論も、「真理感情」なるものを前提にするという。
しかしながら、この感情を証明する術はない。原子論を試みても、還元主義で考察しても答えは見つからず、ただ真理めいたものを感じるだけ。せいぜい弁証法的な思考で近づこうとすることぐらい。となれば、気分の問題か...
病める者ほど幸せやもしれん。少なくとも自分の殻に閉じ籠もることができる。健全に籠もるには、自分の世界を持っていなければ。独自に演繹的な思考を繰り返し、人の目を気にせず、自律的に振る舞うことができれば、集団に合わせる必要もあるまい。自己否定に陥ってもなお愉快でいられるなら、真理の力は偉大となろう。但し、よほどの修行を要するであろう...
「固定して動かぬことで独自の論理性を止揚して論理的無限性の限界に突きあたるのは、純粋な弁証法的かつ演繹的理性、自律的となった理性なのである -- この自律的となった理性は根底的に悪であり、それは体系の論理性を、したがってまた体系そのものを止揚してしまう。それは体系の崩壊とその決定的分裂を導入する。どんな価値体系にも、合理的なものと非合理的なものとが相互に浸透し合ってぎりぎりの極限に達する一道程が存在し、また双方の悪が働かなくなり、目につかなくなり、無害になるような飽和した一均衡状態が存在する -- 絶頂と完全な様式の諸時代がそうだ!」
