科学的分析でよく見かけるベイズ推論。それが良いか悪いかは別にして、いまや避けられない状況にある。
ベイズの法則そのものは、実にシンプル!
それは、予め与えられた情報による事前分布と、新たに得られた情報で更新される事後分布を関連づけたもの。情報には不確実性がつきもので、それを確率で記述したのが事前分布と事後分布である。逐次的に得られる情報から、もっともらしさを増していく方法論と見れば、この言葉でほぼ言い尽くされている。
「今日の事後分布は明日の事前分布である。」
... デニス・リンドレー
人は、目の前の情報から何かを学ぼうとする。過去から何かを学ぼうとする。この学びへの渇望を信念と呼ぶなら、次々に獲得していく知識に基づいて信念を更新していくプロセスは、人間の認知能力の発達過程に似合った方法論といえよう。
本書は、実験心理学や認知科学の視点から認知モデルの構築を実演して魅せる。
但し、人はもっともらしさに目を奪われがち。情報の扱いには御用心!御用心!
尚、井関龍太訳、岡田謙介解説版(北大路書房)を手に取る。
「確率の理論は、基本的にはまさしく常識を計算に落とし込んだものである。これさえあれば、正しき心がある種の本能で感じること - たいてい説明がつかない - を精密に理解できるようになる。」
... ピエール = シモン・ラプラス
まずは、ベイズの法則を軽くおさらいしておこう...
| p(θ|D) = | p(D|θ)p(θ) p(D) |
θ: 事前データ, p(θ): 事前分布
D: 観測データ, p(θ|D): 事後分布
p(D|θ): 尤度(データのもっともらしさ)
観測データの確率 p(D) は「周辺尤度」と呼ばれ、パラメータ θをともなわないことから、こう記されることも多いという。つまり、事後確率は事前確率と尤度の積に比例する... と。
p(θ|D) ∝ p(D|θ)p(θ)
周辺尤度はモデルの評価で重要な意味を持つ。それは、もっともらしい領域全体を積分することで得られる値で、モデルの性能指標にもなる。
したがって、モデル M1 における周辺尤度 p(θ|M1) は、ときに「証拠」と呼ばれるという。
| p(D|M1) = | ∫ | p(D|θ,M1)p(θ|M1)dθ |
本書は、モデルの実装に WinBUGS というツールを用いている。このツールはマルコフ連鎖モンテカルロ法を採用し、Matlab や R といった数値演算言語とも連携できるようだ。分布関数などを視覚的に味わえるグラフィック機能を備え、ツールの入門書という感もある。
そして、多くのツールの活用事例が紹介されるという運びとなるが、結局、データのもっともらしさを確率でいかに記述するか、という問題に帰着するだろう。
統計学の推論法の一つに、とりあえずガウス分布を当ててみる、という考え方がある。そう、正規分布ってやつだ。何が正規と呼ばせるのかは知らんが、平均や標準偏差の考察には手っ取り早い。
あるいは、情報の解釈では、ある程度の主観的な視点が合理性をもたらす事もある。客観性の補完とでも言おうか。
いずれにせよ、デジタル社会では情報の解釈とその活用センスが問われる。それはベイズ統計に限ったことではない。科学的分析では客観性を信条とするが、人間の認知モデルでは、主観性と客観性の調和こそが合理性をもたらすであろう...
さて、紹介される事例は、こんな感じ...
- 記憶保持と時間経過に関わる指数的減衰モデルの実装。最も古い認知モデルの一つとして紹介される。
- 信号検出理論の判断モデルの実装。信号にはノイズがつきもの。信号とノイズに、Yes か no かの反応を配置した 2 x 2 のマトリックスでモデリングする。
- 心理物理学的関数を用いた実装。外的な物理刺激が内的な心理的感覚にどう影響を与えるかをモデリングする。
- 超感覚知覚であるテレパシーやエスパーといった予知能力をベイズ式に考察。
- 多項過程ツリー(MPT: Multinomial Processing Tree)による実装。意味の関連する単語は記憶の時間的距離が離れていても連続して再生されることが多いという。
- 記憶の SIMPLE モデルの実装。記憶の残り方は時間との関連性が強いが、あえて時間を対数的に圧縮し、時間の影響を考えない記憶プロセスを追う。つまり、時間性よりも弁別性に注目し、忘却には減衰よりも干渉が強調される心理的ケースを考察する。
- リスキーな意思決定モデルの実装。リスクによる判断の影響をモデル化した BART モデル(Balloon Analogue Risk Task)の紹介。
- カテゴリ化の GCM モデル(Generalized Context Model)の実装。カテゴリ化には個人差がある。時には、経験や知識よりも、データそのものの相互関係に注目する方が合理的なケースもある。
- ヒューリスティックな意思決定モデルの実装。経験則や直感に基づく心理的作用で、直感は案外正しい。
- 数概念の発達過程に人間の認知モデルを見る。ヒトの認知能力における素朴な問題に、言語能力や数の概念の獲得といったものがある。ここでは、「心がベイズ推定を行う...」という視点から、子供が基数の概念を獲得していくプロセスを見る。確かに、数は人の心を落ち着かせるものがある。知的障害者が数を数えることで心を落ち着かせたり、サヴァン症候群ともなると数字が風景に見えると聞く。

