前記事「量子テレポーテーション」では、量子力学を理解するためのキーワードに「量子の重ね合わせ」,「波束の収縮」,「量子エンタングルメント(もつれ)」の三つを挙げてくれた。本書は、その補足版といった位置づけで、「量子もつれ」に絞って物語ってくれる。
量子の世界には、呪われた法則がある。不確定性原理ってヤツが...
一つの量子の位置と運動量を同時に決定することは不可能!つまり、共役となる物理量を同時に正確に測定することはできないというのである。物理学は、現象をモデル化し、理論式で記述し、それを実験で検証する学問。実験の場で正確に測定できないとすれば、もはやお手上げか...
いや、量子ってヤツは、一つを相手にすると厄介な存在だが、複数まとめて相手にすると、呪われた法則をかいくぐることができるらしい。「量子もつれ」という裏技で...
ヒントとなるのは、「EPR パラドックス」という思考実験。それは、アインシュタイン、ポドルスキー、ローゼンが、量子力学に突きつけた問題である。この思考実験には、二つの量子が登場する。二つの量子が絡むと、片方の量子の位置ともう片方の量子の運動量、もっと正確には、二つの量子の相対位置と運動量の和が決定できる場合があるというのだ。このような状態にある量子、あるいは量子系を「EPR ペア」と呼ぶそうな。
本書では、EPR ペアの生成実験が紹介され、光子が主役を演じる。量子力学の中で光を研究する立場に、量子光学という研究分野があり、量子の特性は粒子性と波動性を併せ持つとされる。ただ、電子や原子核といったものには質量があるが、光子には質量がない。実体がないのに、粒子性とはこれいかに!?
そこで助言をいただく。量子の世界で考察する時は波動性に着目し、粒子性はおまけ!ぐらいでいい... と。とはいえ、数式で表すと、粒子っぽい!だから、粒子ではなく、粒子性というわけだ。
ちなみに、二つの光ビーム(A, B)がエンタングルした状態の一例は、こんな感じ...
+ (|0⟩A - |1⟩A)(|0⟩B - |1⟩B)]
波の現象は、振幅と周波数という二つの物理量で決定できる。そこで、AM 変調や FM 変調といった電気回路と対比させながら、光子のゆらきをイメージさせてくれる。違いは、電気回路で扱う周波数が百ギガヘルツ程度であるのに対し、光の周波数が数百テラヘルツと途轍もなく高いこと。これこそが大きな障壁なのだけど...
おまけに、光波は多くの光子が束になった状態で、個々の位相が特定できない。量子力学では、位相のずれに関わるものとして、干渉の度合いを表す「コヒーレンス」という用語を見かけるが、ここでは、位相をいかに揃えられるかという問題を突きつける。
ちなみに、位相が揃った状態を「位相整合」と呼ぶそうな。そして、干渉のしやすさから「スクイーズド光」というものを持ち出す。位相が揃うと振幅は増幅され、位相のずれが大きいほど個々で位相を保ったまま共存できるという特性があるらしい。通常の波は、位相がずれれば相殺されるが...
ちなみに、スクイーズドとは、ゆらぎを圧搾する、といった意味だとか。
また、ハーフビームスプリッターに光子を反射させる実験も、にわかに信じがたい!スプリッター面に対して、二つの光子をそれぞれ両面から同時に入射すると、それぞれの面で反射しそうなものだが、片側に両方の光子が出力され、もう片側には出力されないという。そればかりか、それぞれの面で生じる現象が重ね合わせの状態になるというのだ。二つの光子が互いに干渉しあって、片面に引き寄せられる現象は、波動性の特徴を表している。両面で生じる現象が重ね合わせの状態!?
これを受け入れられるなら、シュレーディンガーの猫が生と死で共存するようなことも、イメージできなくはない。いや、量子光学のトリックか...
「波束の収縮」という現象も気味が悪い!ばらばらに存在する重ね合わせの状態に、第三者が関与すると、ある状態に収縮しちまうというのだから...
しかも、遠隔操作のような作用も働くという。空間的に離れた二つの量子に対して、片方への観測の影響が、もう片方にも及ぶ、そのような量子ペアが存在するというのだ。かの物理学者が、不気味な遠隔作用とつぶやいたのも頷ける。
さらに、二つの量子エンタングルメントを拡張して、多量子間エンタングルメントや量子エラーコレクションにも言及される。
多量子間エンタングルメントでは、与えられた量子系の数が決められ、その構成図はそのまま量子コンピュータの実装イメージを与えてくれる。これにエラーコレクションが加われば、雑音源を加味したシャノンの通信モデルと重なる。どんな通信路にもノイズはつきものだが、量子の世界でのノイズとは、不確定性のことか...
「多量子間エンタングルメントこそが、量子コンピュータの本質であり、量子コンピュータが現在のコンピュータより高速になる拠り所である。」
そして、帰結は...
すべての元凶は、まったく不条理なもつれに発するのか。それは非局所的な相関関係で、一度でも関係も持っちまうと、離れていても付き纏われるというのか。
対象となる量子状態に、入力の量子状態をぶつけることで、出力の量子状態を炙り出す。これで、入力との関係が成立しちまう。関係を持ったからといって、相手が思い通りになるかは知らんが...
どうりで無数の量子で構成される人間が、いつまでも痴情のもつれに付き纏われるわけだ。量子の腐れ縁に、乾杯!
