2010-10-31

"ギリシア神話" アポロドーロス 著

実は、前記事までにホメロスやヘシオドスを読んできたのは、アポロドーロスを読むための布石であった。いきなり読んでも難しいと思ったから...案の定、複雑怪奇!学生時代から、生涯で一度は挑戦してみたいと思っていた領域である。
この書からは、神々と人間の祖先の系統、あるいはヘラス(ギリシア)各地の地名、河川、山、海の命名由来などを辿ることができる。だが、様々な諸説が絡み合うこともあって、その関連をまともに把握できる人はごく稀であろう。いかにもギリシア的で、論理的に説明しようとする努力は認めよう。だが、矛盾らしきものも目立ち、非常に読み辛い。それが逆に推理小説風でおもろい。こりゃ仕事にならん!読書の秋だねぇ~

訳者高津春繁氏によると、従来日本に紹介されるギリシア神話は、ヘレニズム時代の感傷主義の影響を受けた甘美の物語が多いという。特に、古代ローマ時代の詩人オウィディウスの愛の物語の影響が強いらしい。対して、本書の神話は、純粋に古代ギリシアの著述を典拠したギリシア神話の原典と言われる。また、ローマ神話の伝説を、故意的に無視しているという。例えば、アイネイアスの記述では、ローマ人があれほど苦心してトロイアの系譜に自己の祖先を結びつけたにもかかわらず、そのことに一切触れていない。アポロドーロスが、古代ローマ最盛期の人だとすれば、これは驚くべきことかもしれない。情熱的に語られる風潮を無視しながら、純粋に過去の伝説を典拠したという点では、文学的というよりも歴史学的に意義深いのであろう。矛盾する伝説をそのまま記述しているところも、異なる説が乱雑していたことを示している。アポロドーロスは歴史家なのか?権威や評判にあまり関心を持たなかったのかもしれない。

本物語は、まずカオスから生じる宇宙創生時代から始まり、ウーラノス(天空)、息子クロノス、孫ゼウスの三代に渡って王位が継承され、ついに、混沌とした世界から主神ゼウスの下で秩序ある世界が形成される。そして、神々はギリシア人の祖先たちをこしらえ、神々のひいきする人間たちの活躍を物語る。そこには、ペルセウスの怪物ゴルゴーン退治、ヘーラクレース伝説、アテーナイの伝説の王テーセウスなどの活躍があり、更にトロイア戦争を経て、智謀の勇士オデュセウス伝説までが綴られる。そして、物語全般において、雷オヤジのゼウスの気まぐれが重要な場面でかかわってくる。まさしく「俺が法律だ!」の世界だ。ゼウスは、神という特権的能力を発揮しながら、いかにも少女の喜びそうな馴れ親しい動物などに姿を変じ、気に入った女性に近づき交わりまくる。嫁さんに浮気がばれないように苦労しながら、お茶目な姿を曝け出すゼウス、節操のない全能者よ!おまけに、交わった女性とその子らは、ことごとくゼウスの妻ヘーラーの嫉妬の餌食となり禍いを背負う運命にある。なるほど、人間にとって神々は禍いの存在というわけか。現在でも、小悪魔という女神に化けた存在があるわけだが...どうやら秩序ある世界とは、ハーレムのことらしい。

さて、断片的ではあるが、ちょいと興味を惹いたところを記述してみよう。すべての系統を結び付け、その流れを矛盾なく記述するのは、アル中ハイマーの能力では不可能であるからして。
尚、宇宙創生時代は、ヘシオドスの「神統記」で語られる系譜と重なり、トロイア戦争以降は、ホメロスの「イリアス」や「オデュッセイア」とほとんど重複するので、軽く読み流した。多少、違う説も紹介されるのだが...

1. 宇宙創生時代とヘシオドスの「神統記」との違い
最初、ウーラノス(天空)が全世界を支配した。ウーラノスはガイア(大地)を娶り、ヘカトンケイル(百手巨人)たちと、キュクロープス(単眼の巨人)たちが生まれた。だが、ウーラノスは自分の子らを縛ってタルタロス(冥界)に幽閉した。ちなみに、「神統記」によると、この子供らは片っ端からガイアの腹中に閉じ込められたとされる。
ガイアは、ティーターン(タイタン)と呼ばれる息子たちとティーターニスと呼ばれる娘たちを生んだ。ここではティーターン族を男子6人と女子7人で分類され、女子にはディオーネーが加えられ、計13神となっている。また、アプロディーテーはディオーネーが生んだとしているが、「神統記」ではクロノスの男根から生まれたされる。
ガイアは、タルタロスに幽閉された子供たちを心配して、ティーターンたちに父ウーラノスを襲うように説き、ティーターンの末弟クロノスに金剛の斧を与え、生殖器を切り落とさせた。かくして、タルタロスに幽閉された子供らは解放され、クロノスが王位についた。しかし、クロノスは、再び兄弟たちをタルタロスに幽閉し、姉妹のレアーを妻とした。また、ガイアとウーラノスが、クロノスの子によって王位が奪われるであろうと予言したので、クロノスは生まれくる子供らを片っ端から呑みこんだ。これに怒ったレアーは、ゼウスを孕んだ時クレータへ赴き、ディクテーの洞窟でゼウスを生む。そして、ゼウスの身代わりに大石に産衣を着せて渡すと、クロノスはその石を呑み込んだ。
ゼウスが成年に達すると、オーケアノス(大洋)の娘メーティス(智)を協力者とした。メーティスはクロノスに薬を飲むように与えると、呑みこんだ子供らを吐き出した。ちなみに、「神統記」では、メーティスの協力は言及されていない。
助け出されたゼウスの兄弟たちは、クロノス率いるティーターンたちと戦争をする。戦争が10年になろうとする時、ガイアはタルタロスに幽閉された者たちを味方にすれば勝利するだろうと予言を与えた。そのとおりに味方にすると、キュクロープスはゼウスに雷光と雷電を与える。戦争に勝利すると、ゼウスはティーターンたちをタルタロスに幽閉した。そして、ヘカトンケイルを牢番とし、ゼウス自身に天空を、ポセイドーンに海洋を、プルートーンに冥府の支配権を割り当てた。
ガイアは、タルタロスに幽閉された我が子ティーターンたちのためにギガース(巨人)たちを生んだ。ギガース(Gigas)は、ジャイアント(giant)の語源でもあるようだ。ちなみに、「神統記」では、ギガースは切り取ったウラノスの男根の血から生まれたことになっている。また、ギガースとの戦い(ギガントマキア)は、「神統記」では言及されていない。
ギガースたちは神々によっては滅ぼせないが、人間が味方になれば退治できるという予言があった。ガイアは、人間の手によっても滅ぼせないような薬草を求めていた。だが、ゼウスは先を制してアテーナーを通じて人間の英雄ヘーラクレースを味方にして勝利した。
次に、ガイアはタンタルスと交わって半人半獣テューポーンを生んだ。これは、ガイアが生んだ最大の怪物で、百の竜の頭を持ち、頭はしばしば天の星を摩り、眼からは火を放つ。オリュンポスの神々は、テューポーンが天に向って突進してくるのを見ると、姿を動物に変えてエジプトへ逃げ延びた。ゼウスは雷光で応戦し、イタリアのシシリーに追い詰め、エトナ山に怪物を投げつけた。それ以来、エトナ山は火山になったという。

2. ギリシア人の祖先ヘレーンの誕生
「神統記」では、最初にゼウスの新政権に敵対したのは、イアペトス家であったとしている。本書にも、同じようにイアペトス家のプロメーテウス伝説と女の誕生が語られるのだが、ただ、最初の人間はプロメーテウスが水と土で創ったとしている。
プロメーテウスの弟エピメーテウスは、ゼウスが禍いのために人間世界に送り込んだ最初の女パンドーラーを娶り、娘ピュラーが生まれた。プロメーテウスの一子デウカリオーンは、ピュラーを娶った。ゼウスが「青銅時代」の人間を滅ぼそうとした時、デウカリオーンはプロメーテウスの助言で箱舟を建造し、妻ピュラーとともに乗り込んだ。ゼウスは大雨を降らしヘラスの大部分の地を洪水で覆い、高山に逃れた少数の者を除いて人間どもを滅ぼした。デウカリオーンは九日間箱舟で海上を漂いパルナーッソスに流れ着いた。雨がやむと、箱舟から降りてゼウスに犠牲を捧げた。ゼウスはヘルメースを遣わして、何でも望みのものを選ぶようにと言った。デウカリオーンは人間が生じることを選び、妻ピュラーはヘレーンを生んだ。ちなみに、ヘレーンの父はゼウスという説もあるらしい。
続いて、後にアッティカ王となったアムピクテュオーン、娘プロートゲネイアが生まれた。ヘレーンは山のニムフ(精霊)オルセーイスを妻として、ドーロス、クスートス、アイオロスが生まれた。ヘレーンは子供たちに自分の名前をとってヘレーン(ギリシア人)と名付け、その地を分配した。クスートスはペロポネーソスを得て、エレクテウスの娘クレウーサを妻として、二人の息子アカイオスとイオーンが生まれた。二人はそれぞれアカイア人とイオーニア人の祖とされる。ドーロスはペロポネーソス対岸の地を得て、住民をドーリス人と名付けた。アイオロスはテッサリアーを中心とする周辺の地を得て、住民にアイオリス人と名付けた。

3. イーナコスの後裔と牝牛にされたイーオー
オーケアノスとテーテュースの間にアルゴスにある河イーナコスに名を与えたイーナコスが生まれた。イーナコスは、オーケアノスの娘メアリーを娶り、息子ポローネウスとアイギアレウスが生まれた。アイギアレウスは子供がなくて死に、その地はアイギアレイアと呼ばれた。ポローネウスは、後にペロポネーソス全土を支配して、ニムフ(精霊)テーレディケーとの間にアーピスとニオベーを生んだ。アーピスは暴戻な僭主で陰謀によって殺害される。ニオベーは、ゼウスが人間の女と交わった最初の女で、ゼウスの息子アルゴスを生む。アルゴスは、ペロポネーソスの地を自分の名をとってアルゴスと呼んだ。
ややこしいが...この家系の何代か先に同名の怪物アルゴスが生まれ、全身に眼があり、力並びなく、アルカディアーを悩ましていた牡牛を退治して、その皮を身に纏っていたという。後者のアルゴスは、アルカディアー人に害を加えて家畜を奪うサテュロスを殺し、ガイアとタルタロスの娘で通行人を掠める怪物エキドナを退治した。
話を戻そう...アルゴスには一子イーアソスが生まれた。イーオーはイーアソスの娘だという。ただ、多くの詩人はイーナコスの娘だといい、ヘシオドスはペイレーンの娘としている。
イーオーは、ゼウスの妻ヘーラーの祭官の職にあったが、ゼウスに犯された。ちょうどヘーラーに発見された時、ゼウスは少女イーオーに触れて白い牝牛に変えてしまった。ヘーラーはゼウスから牝牛を乞いうけて、その番人にアルゴスを任じた。ゼウスはヘルメースに牝牛を盗むように命じるが、見つかってアルゴスを殺してしまった。これが、ヘルメースが「アルゴスの殺戮者」と呼ばれる所以だという。解放された牝牛イーオーは、まずイーオニア湾へ行き、トラーキア海峡を渡り、エジプトへ至り、そこで元の姿に戻ってナイル河辺でエパポスを生んだ。ヘーラーは追っ手を差し向けて、イーオーの子供をどこかにやってしまった。イーオーは子エパポスがビュブロス王のもとで保育されていることを知り、全シリアをさまよい歩く。そして、エパポスを探し出しエジプトに戻って、エジプト王テーレゴノスと結婚した。エパボスはエジプト王になったという。

4. ペルセウス伝説
アルゴス王アクリシオスは、娘から生まれる子供に殺されるであろうという神託を受けていた。彼は、それを恐れて娘ダナエーを青銅の室に閉じ込めた。しかし、ゼウスが黄金の雨に身を変じてダナエーの膝に流れ入って交わり、ペルセウスが生まれた。アクリシオスは、娘がゼウスに犯されたことを知ると、娘と子供を箱に入れて海に投じた。箱がセリーポスに漂着した時、ペルセウスはディクテュスに拾われて養育された。
ディクテュスの兄弟ポリュデクテースはセリーポス王で、ダナエーに恋をし、成人したペルセウスが邪魔になった。ポリュデクテースは、他国の王女と結婚のための祝宴を催すと称して人々を集めた。その席でペルセウスは、「祝いの贈り物としてゴルゴーンの首とて否とは言えない」と発言したので、ゴルゴーンの首を持ってくるように命じた。これはペルセウスを排除するための策謀である。ゴルゴーンとは、竜の鱗の頭を持ち、歯は猪のごとく大きく、手は青銅、翼は黄金という怪物の3姉妹で、ステノー、エウリュアレー、メドゥーサである。彼女らは見た者を石に変じる能力を持っている。メドゥーサだけが不死ではなかったので、ペルセウスはそこに狙いをつけて、アテーナーに導かれて首を切り落とした。首を切り取るや、有翼の馬ペーガソスとクリュサーオールが飛び出した。これはメドゥーサとポセイドーンの間の子だという。
ゴルゴーンの首を持ち帰る途中、ケーペウスが支配するエティオピアにさしかかると、王女アンドロメダが海の怪物の生贄として供えられているのを見つけた。ケーペウスの妻カッシエペイアが、海のニムフ(妖精)たちよりも美しいと誇ったから、海神ポセイドーンが憤慨して高潮と怪物を送り、娘を生贄にすれば救われるであろうと予言したのだった。ペルセウスはアンドロメダを見て恋をし、もし少女を救って妻にしてくれるならば、怪物を退治しようと約束した。ペルセウスは怪物を退治してアンドロメダを解放したが、彼女には婚約者がいた。ケーペウスの兄弟ピーネウスである。ピーネウスは陰謀を企てるが、ペルセウスはそれを察知して共謀者たちにゴルゴーンの首を見せて石に変えた。
そして、セリーポスへ帰還すると、ポリュデクテースの暴行でディクテュスと母ダナエーが祭壇に繋がれていた。ここでもゴルゴーンの首を見せて、ポリュデクテースとその共謀者たちを石に変えた。
次に、母ダナエーと妻アンドロメダをともなってアルゴスへ行く。それを知ったアクリシオスは、神託を恐れてアルゴスを去りラーリッサへ逃げた。ラーリッサでは、王が亡くなって、その供養のために運動競技が催されていた。ペルセウスは競技に参加するために、この地へやってくる。そして、円盤投げに参加して、偶然にもアクリシオスに当てて殺してしまった。かくして、アクリシオスは娘から生まれた息子に殺され、神託は成就したのだった。ペルセウスは、自分の手にかけて殺した者を継ぐことはできないと、アルゴスを去った。

5. ヘーラクレースの誕生
ペルセウスの子エーレクトリュオーンがミュケーナイ王になると、同じくペルセウスの子孫であるタポス島の王プテレラーオスの子供たちがやって来た。彼らは祖父メーストールの領地を要求したが、拒否されて戦になった。エーレクトリュオーンは息子たちの復讐を誓って、王国と娘アルクメーネーをアムピトリュオーンに委ね、自分が戻るまで娘の処女を守ることを誓わした。
ところが、帰還したエーレクトリュオーンにアムピトリュオーンが牛を引き渡そうとした時、1頭の牛が飛び出し、アムピトリュオーンが止めようとして棒を投げたところ、棒は牛の角に跳ね返りエーレクトリュオーンに当たって殺してしまった。この不幸な出来事によってアムピトリュオーンは追放され、アルクメーネーとともにテーバイに亡命した。
アルクメーネーは、兄弟の仇討ちをアムピトリュオーンとの結婚の条件にした。そして、アムピトリュオーンは、テーバイ王クレオーンにタポス攻撃の協力を求める。クレオーンはテーバイを苦しめている牝狐を退治することを協力の条件とした。この牝狐はテーバイ人の誰にも捕まらないと運命づけられ、毎月市民の子供一人を生贄に供えていた。そこで、アムピトリュオーンは、アテーナイのケパロスに助けを求めた。ケパロスの持つ犬は、追いかけたものは何でも捕らえる定めになっているから。アムピトリュオーンは、タポスとの戦争で得られるはずの分け前を与える条件で、その犬を連れてきた。しかし、ケパロスの犬が牝狐を追い始めると、牝狐が捕まることも、犬が獲物を取り逃すことも運命に反するので、ゼウスは両者を石に変えてしまった。結果的に牝狐が石になったのでOK。かくして、アムピトリュオーンはタポスへ攻め入り勝利する。
アムピトリュオーンがテーバイへ帰還する前夜、ゼウスがアムピトリュオーンに身を変じてアルクメーネーに近づいた。アムピトリュオーンが帰国すると、アルクメーネーが愛情を示さないので原因を尋ねると、昨晩一緒に愛し合ったなどと訳のわからないことを言う。アムピトリュオーンは、預言者テイレシアースからゼウスと一緒に交わったことを聞いた。アルクメーネーは二人の子を生む。ゼウスの子ヘーラクレースと、アムピトリュオーンの子イーピクレースの双子である。嫉妬したヘーラーは子供らを殺そうと、2匹の蛇を寝床に送った。アルクメーネーが大声で助けを求めると、ヘーラクレースが蛇を退治した。この逸話では、アムピトリュオーンがどちらが自分の子かを知りたくて蛇を投げ入れ、ヘーラクレースは蛇に立ち向かい、イーピクレースは逃げたので、イーピクレースが自分の子だと知ったという説もあるという。

6. ヘーラクレースの十二の功業
ヘーラクレースは18歳でキタイローン山の獅子を退治し、その皮を身に纏い、その開いた口を冑とした。ヘーラクレースは義父アムピトリュオーンが属するテーバイを助けてオルコメノスの軍と戦いこれを倒した。王クレオーンは、褒美として長女メガラーを妻として与え、3人の子供が生まれた。しかし、ヘーラーがヘーラクレースを狂わせ、我が子とイーピクレースの子を炎に投げ込んで殺してしまった。ヘーラクレースは、自らを罰して追放の判決を下し、デルポイに赴き、どこに居住すべきかを神に問うた。その時、巫女たちは初めてヘーラクレースと呼んだ。というのも、それまでアルケイデースと呼ばれていたからである。神託は、「ミュケーナイ王エウリュステウスに仕え、10の仕事を果たせ!」というものだった。そして、あの有名な「十二の功業」が語られる。

  1. ネメアーの獅子の皮を持ってくるように命じられた。
  2. レルネーのヒュドラー(水蛇)を殺すことを命じられたが、独力ではなかったのでカウントしてもらえなかった。
  3. ケリュネイアの鹿を生きたままミュケーナイへ持ってくることが命じられた。
  4. エリュマントスの猪を生きながら持ってくることが命じられた。
  5. アウゲイアースの家畜の糞を一日で運び出すことを命じたが、仕事の報酬をもらう約束をしたという理由でカウントしてもらえなかった。
  6. ステュムパーロスの鳥を追い払うことが命じられた。
  7. クレータの牡牛を連れてくるように命じられた。
  8. トラーキア王ディオメーデースの牡牛を持ち帰ることを命じられた。
  9. アマゾーン女王ヒッポリュテーの帯を持ってくるように命じられた。
  10. ゲーリュオネースの牛を持ってくることが命じられた。
  11. ヘスペリスたちの黄金の林檎を持ってくるように命じられた。
  12. 地獄の番犬ケルベロスを持ってくるように命じられた。

7. ヘーラクレースの死
ヘーラクレースはカリュドーン王オイネウスの娘デーイアネイラに求婚し、彼女を争って牡牛の姿をしたアケローオスと格闘した。そして、勝利しデーイアネイラと結婚する。だが、ヘーラクレースは、またもや誤ってオイネウスの近親の子を殺してしまった。オイネウスは、事故であって故意ではないと許したが、ヘーラクレースは法に従い追放されることを望んだ。そして、妻デーイアネイラと国を去った。
亡命先のトラーキアへ向う途中、河を渡ろうとすると、ケンタウロスのネッソスが座っていた。ヘーラクレースは、妻の河を渡る手助けを頼んだ。ネッソスは、渡っている間に彼女を犯そうとした。彼女の叫びを聞いて、ヘラークレースはネッソスの心臓を射抜いた。ネッソスは死に際に、自分の精液と血を混ぜるとヘーラクレースの媚薬になると言うと、彼女はその通りにして蔵した。
ヘーラクレースは国々を征服しながら進み、オイカリアを征服した時、王女イオレーを捕虜とした。デーイアネイラは、夫の愛情がイオレーに移ることを心配して、ネッソスの血を媚薬だと信じて、ヘーラクレースの下着に塗った。するとヒュドラー(水蛇)の毒が皮膚を腐蝕し始めた。ヒュドラーはかつてヘーラクレースが退治した大蛇である。ヘーラクレースは、下着を引き剥がすと、肉も一緒に引き剥がれるという悲惨な姿のまま船で運ばれた。これを知ったデーイアネイラは自殺した。
ヘーラクレースは、火葬壇を築き自分を燃やすように命じ、火葬壇が燃えている間に、雷鳴とともに天へ上ったという。そして、天でヘーラーと仲直りし、その娘ヘーベーを娶った。かくして、ヘーラクレースはオリュンポスの神々の一員となったとさ。

8. テーバイ建国とスパルトイ
ポセイドーンとリビュエーの間に、ベーロスとアゲーノールが生まれた。ベーロスはエジプトを支配し、アゲーノールはフェニキアを支配した。アゲーノールはテーレパッサを妻として、娘エウローペーと息子カドモス、ポイニクス、キリクスが生まれた。ゼウスは、エウローペーに恋をし、馴れ親しい牡牛に身を変じ、そのまま彼女を乗せてクレータに連れ去った。そして、ゼウスとエウローペーの間に、ミーノース(後のクレータ王)、サルペードーン、ラダマンテュスが生まれた。
娘エウローペーが失踪すると、アゲーノールは、娘が見つかるまで帰国を許さないと、息子たちに探索を命じた。ゼウスの仕業なので見つかるはずもなく、息子たちは帰国を断念し、おのおの異なる地に居を定めた。カドモスはトラーキアに、ポイニクスはフェニキアに、キリクスはフェニキア近傍に。
カドモスは、エウローペーに関する情報を得ようとデルポイに赴いた。だが、神は「エウローペーについて悩むのはやめて、牡牛が疲れて倒れた地に都市を建設せよ!」という神託を授けた。
カドモスが牡牛に出合ってその後をつけると、ある場所で横たわった。その地がテーバイである。
カドモスは、牡牛をアテーナーに捧げんと、従者を軍神アレースの泉に水を汲みに行かせた。だが、その泉は竜が護っていて従者の大半を殺した。カドモスは怒って竜を退治すると、アテーナーの勧めに従って歯を播いた。すると播かれた歯から男たちが現れた。彼らは「スパルトイ(播かれた男)」と呼ばれる。彼らは、ふとしたことから互いに殺し合い5人が生き残った。カドモスは、殺した者たちの償いで、アレースに「無限の一年」を仕えた。この1年は8年に相当したという。解説によると、8年を一周期とする古い暦法があって、殺人罪を償うための期間とされたという。この奉仕の後、アテーナーはカドモスに王国を与え、ゼウスはアプロディーテーとアレースとの間の娘ハルモニアーを妻に与えた。しかし、カドモスの子供らはヘーラーに狂わされ悲劇に見舞われることになる。

9. オイディプースとテーバイ国
テーバイ王が何代か続いてラーイオスが継ぐ。彼はイオカステーを妻とすると、「男子を儲けべからず」という神託を受けていた。生まれくる子が父親を殺すであろうから。だが、酒に酔って妻と交わり妊娠させてしまう。ラーイオスは、生まれた子の踵にブローチを刺して歩けなくして、キタイローン山に捨てさせた。しかし、コリントス王ポリュボスの牛飼が赤児を見つけてコリントスへ連れ帰り、王妃ペリボイアが養子として育てた。これが、オイディプースでその名は「足が腫れる」という意味があるという。
オイディプースは、同輩の者よりも優れた成人になると、それを妬んで偽りの子と罵られた。誰も自分の本当の両親のことは教えてくれない。そこで、デルポイへ赴いて両親のことを尋ねた。そして、「自分の故郷へ赴くなかれ、父を殺して母と交わるであろうから」という神託を受けた。オイディプースは、両親はコリントス王夫妻であると信じて、コリントスを去った。そして、戦車に乗ってコリントスから離れる途中、戦車に乗ったラーイオスに出会う。ラーイオスの伝令が道を開けよ!と命じたが、オイディプースは従わず、格闘となってラーイオスを殺した。
オイディプースがテーバイへ着くと、クレオーンが継いでいた。テーバイは、テューポーンの子スピンクスという怪物に襲われていた。怪物は女面に獅子の体を持ち、鳥の羽を持っていた。スピンクスは「四足、三足、二足になるものは何か?」という謎かけをした。テーバイ人は、謎かけが解ければスピンクスの難から逃れられるであろうという神託を受けた。多くの者が謎が解けず喰われてしまう。ついにクレオーンの子が犠牲になった時、謎解きをした者にラーイオスの妻イオカステーを与えると布告した。オイディプースは、それは人間であると答えた。「赤児の時は四足で這い、成人して二足、老年になっては杖を使って三足となるから」
謎が解かれると、スピンクスは山から身を投じて王国に平和が戻った。オイディプースはテーバイ国を継ぎ、イオカステーを実母と知らずに妻とし、エテオクレース、ポリュネイケース、アンティゴネーが生まれた。しかし、妻が実母であるという真実を知ると、それが許せないのか?母を縛り、わが身を目盲にして、自分をテーバイから追放した。オイディプースは、娘アンティゴネーとともに、アッティカのコローノスに来て哀訴者として坐した。そして、アテーナイ王テーセウスに受け入れられて、間もなく死んだという。このあたりは「ラーイオスを殺した者をテーバイから追放しろ!」という神託を受けたという説もあるらしい。
その後のテーバイは、オイディプースの子エテオクレースとポリュネイケースが、互いに一年ごとに国を治める協定を結んだ。だが、エテオクレースが王位を独占したため、ポリュネイケースはアルゴス王女を娶り、七将とともにテーバイを攻めた。両軍は決議によって、エテオクレースとポリュネイケースの一騎討で決することにした。だが、相討ちとなって両者は死に再び戦闘となり、テーバイが勝利する。クレオーンはテーバイ王権を継承し、アルゴス人の死骸の埋葬を禁じて棄却させた。しかし、アンティゴネーは、密かに禁を破って、ポリュネイケースの死体を盗んで埋葬した。これがクレオーンに見つかって、彼女は生き埋めにされた。10年後、アルゴスの七将の子供らが、父の復讐としてテーバイに遠征し、テーバイは陥落した。

10. アッテイカとアテーナー
アッティカの初代王ケクロプスは、ガイアの子で人間と大蛇を混合した体を持っている。この時代、オリュンポスの神々は、おのおの自己の特有の崇拝をうけるべき都市を獲得しようと競っていた。
まず、ポセイドーンがアッティカに来て、三叉の戟をもってアクロポリスの中央を打ち、エレクテーイスの泉を湧き出させた。この泉は、アクロポリス山上のエレクテイオン神殿中にある井戸のことらしい。
その後、アテーナーが来て、パンドロセイオンにオリーブの木を植えた。パンドロセイオンは、アクロポリス山上のエレクテイオン神殿の西方にあるらしい。
そして、ポセイドーンとアテーナーの間でアッティカの争奪が生じた。ゼウスはどちらの神の都市とするかを、オリュンポスの十二神を審判役とした。そして、ケクロプスはアテーナーが最初にオリーブの木を植えたと証言したために、アッティカの地はアテーナーのものとなった。この都市は、アテーナーの名をとってアテーナイとなる。これに怒ったポセイドーンは、アッティカを海中に浸した。

11. アテーナイの伝説の王テーセウス
アテーナイ王アイゲウスは子がなく悩んでいた。そこで、デルポイへ赴き、「酒袋の突き出た口を解くなかれ、アテーナイの頂きに着くまでは」という信託を受けた。だが、彼には神託の意味が分からない。アイゲウスはアテーナイへの帰途につきトロイゼーンを通った時、その王ピッテウスの客となる。ピッテウスには神託の意味が分かり、娘アイトラーを近づけ妊娠させた。
アイゲウスは、アイトラーに男子を産んだならば、誰の子と言わずに育てるように命じた。そして、岩の下に刀とサンダルを隠し、この岩を押しのけて、これらの物を取ることができたら、父の名を明かしアテーナイへ送りだすようにと言った。この男子がテーセウスである。成長したテーセウスは、岩を押しのけて刀とサンダルを取り、アテーナイへ急いだ。途中、悪人たちが蔓延る道を掃討した。テーセウスの「六つの武勇伝」である。
  1. 最初に「棒の男」ペリペーテースを殺した。鉄棒で通行人を殺すから。
  2. 次に、「松曲男」シニスを殺した。通行人に松の木を曲げさせるのであるが、たいてい力足らずして跳ね上げられて殺すから。
  3. 凶暴な牡の猪パイアを退治した。
  4. スケイローンを殺した。通行人に自分の足を洗わせ、洗っている時に深みに投げ入れて、巨大な亀の餌食としたから。
  5. ケルキュオーンを殺した。通行人に相撲を強いて殺したから。
  6. ダマステースを殺した。ある人々は、これをポリュペーモーンと呼ぶという。二つの大小のベットをしつらえて通行人を客に招き、小さい者は大きなベットに寝かせ、ベッドと同じ大きさに引き伸ばし、大きい者は小さなベッドに寝かせ、体のはみ出た部分をノコギリで切り落とすから。
その活躍後アテーナイに着くと、メーディアがアイゲウスの妻となっていた。メーディアは、テーセウスが陰謀を企んでいるとアイゲウスに告げた。すると、アイゲウスは、実子とは知らずにマラトーンの牡牛退治にやった。テーセウスが牛を退治して帰ってくると、アイゲウスはメーディアから毒薬を受取り、まさに飲ませようとした時、テーセウスは父から授かった刀を贈り物として差し出した。アイゲウスは、刀を見てテーセウスが実子と認めると、妻の陰謀に気づいきメーディアを追放した。
怪物ミーノータウロスへの貢物が送られる時期になると、テーセウスは三番目の貢物に加えられた。怪物退治に自ら志願したという説もあるという。貢物のいきさつは、ミーノース王子アンドロゲオースがパンアテーナイア祭の競技に招かれた時、アイゲウスの命でマラトーンの牡牛退治にやったところ、牡牛に殺されたという事件があったという。ただ、すべての競技に勝ったアンドロゲオースを、競技相手が嫉妬して殺したという説もあるらしい。いずれにせよ、ミーノース王子がアテーナイで亡くなり、怒ったミーノース王は講和の条件として、怪物ミーノータウロスの貢物として、7人の少年と7人の少女を要求した。当時、勢力を誇っていたミーノース国にアテーナイは屈服していたのだった。
テーセウスがミーノースに着くと、ミーノース王女アリアドネーが恋心を抱く。そして、妻にしてくれるなら、援助しようと申し出る。テーセウスは、ダイダロスの迷宮(ラビュリントス)の出口に導くように頼んだ。アリアドネーは糸玉を渡し、テーセウスはその糸を扉に結び付け、その糸を辿って案内させた。ミーノータウロスと出会うと勇敢に拳を打って殺し、迷宮の出口まで糸をたどって脱出した。
テーセウス一行とアリアドネーは船でナクソス島に着いた。この島で、ディオーニューソスがアリアドネーを奪い、レームノスへ連れて行ってしまった。
あらかじめ、父アイゲウスは、船は黒い帆を持っていたので、もし生きて帰れば、船に白い帆を張るように命じていた。テーセウスは、アリアドネーが奪われた悲しみで、白い帆を張るのを忘れていた。船が近づくと黒い帆のままなので、テーセウスは死んだものと思ったアイゲウスは絶望して自ら海に身を投げた。その海が、「アイゲウスの海」という意味でエーゲ海と呼ばれるという。
テーセウスは、アテーナイ国を継承した。そして、ペイリトゥースと協力して、ゼウスの娘を後妻にすることにした。テーセウスにはスパルタ王女ヘレネーを、ペイリトゥースには冥界の王妃ペルセポネを妻にと。すると、ラケダイモーン(スパルタ)人とアルカディアー人が攻めてきて、アテーナイを攻略した。テーセウスは、スキューロス島のリュコメーデース王のところに身を寄せたが、深い穴に投げ落とされ死んだ。

12. ペロプスとペロポネーソス半島
ピーサの王オイノマオスには、娘ヒッポダメイアがいた。オイノマオスは、娘を溺愛していたせいか、彼女と結婚した男の手にかかって死ぬという神託を受けていたせいか、求婚者たちをことごとく殺していた。というのも、求婚者にコリントス地峡まで競争して逃げおおせた者に、娘を妻にさしだすという条件を出していたのだが、オイノマオスは軍神アレースからもらった武具と馬を持っていて、求婚者には到底勝ち目のない競争だったのである。
タンタロスの息子ペロプスもまた求婚に赴いていた。彼は、ポセイドーンから有翼の戦車を与えられて自信を持っていた。ヒッポダメイアはペロプスの美貌に恋心を抱き、御者ミュルティロスに援助を頼んだ。ミュルティロスはオイノマオスの戦車に細工をすると、オイノマオスは手綱に絡まって引きずられるようにして死んだ。ペロプスはヒッポダメイアを妻にするが、ミュルティロスが犯そうとする。それを知ったペロプスはミュルティロスを海に投じた。ミュルティロスは、投げられる時にペロプスの子孫に呪いをかけた。
やがて、ペロプスにはアトレウスなどの多くの子が生まれた。アトレウスは王位継承で骨肉の争いをし、アトレウスの子アガメムノーンとメネラーオスはトロイア戦争に明け暮れるといった具合に、その子孫たちは呪いによって、血なまぐさい運命を背負わされたのかもしれない。ちなみに、ペロポネーソス半島は「ペロプスの島」という意味があるらしい。

2010-10-24

"仕事と日" ヘーシオドス 著

前記事の「神統記」に続いて読んでみたいが絶版中!なんとなく中途半端で気持ちが悪い。そこで図書館を漁ってみた。電子図書の話題で盛り上がる昨今、古典パワーこそ見せつけてほしい。

この書は、本来「仕事と日々」と呼ばれることが多いようだが、訳者松平千秋氏はあえて「仕事と日」と題している。ギリシャ語の「ヘーメライ」が複数形だから素直に訳せば「日々」となる。様々な吉凶の日について語られるので、それはそれで自然であろう。しかし、日本語は元来、外国語ほどは単複を使い分けないし、ニュアンスも少し違ってくるだろうという意図があるらしい。

本書は、怠惰で性悪な弟を訓戒するための叙事詩である。ヘーシオドスは、父親の遺産をめぐって弟ペルセースと法廷で争った。ペルセースは賄賂で解決したが、遺産を浪費し、再び不正によって兄ヘーシオドスの財産を奪おうとする。こうした背景があって、兄が弟に労働の尊さを説こうとする。極めて個人的な状況を題材とした点で、この時代には珍しく歴史的にも貴重なものだそうな。
ただ、必ずしも弟にだけ語りかけているのではなく、社会風刺も込められているのであろう。それは、神々の関与による人間の創世を語り、人間の苦悩の根源をパンドーラの物語に立ち返っていることから、一般的な教説と解することもできるからである。古代ギリシャ人は、強力な軍隊を背景に新天地を次々と植民地化していった。そうした時代背景で、奪い取るばかりで自国農業が衰退していった様子と重ねているのかもしれない。
本書の思想の根源には、人間の行為は神々によって監視され、悪行に対してはいずれ天罰が降りかかるというのがある。そして、正義を回復するために、実直に仕事に励むことだとしている。世の中への絶望を語るあたりは、一種のニヒリズムの表れであろう。
また、迷信めいた事柄と神の行為を重ねながら教説を唱える。農耕をやる季節や航海のための風向きなど、あらゆる仕事を行う時期は神々の導くままに従うようにと。この書には、まさしくキリスト教の予定説的な思想の源泉、あるいは「働かざる者食うべからず」といった思想の原点があるように思える。ルネサンスや宗教改革に現れた思想転換期にしても、その源流をこの時代に遡ることができそうだ。こうしてみると、人間の精神は古代からあまり進歩していないかのように映る。

本書には、付録で「ホメーロスとヘーシオドスの歌競べ」が収録される。ヘーシオドスとホメーロスは、古代ギリシャの詩人として比較されることが多いので、この題目には興味深いものがある。しかし、実際に二人が競ったのかは疑わしく、創作というのが大方の見方のようだ。
この作品は、13世紀か14世紀のものと推定される古写本によって伝承されたもので、1573年ヘンリクス・ステファヌスによって初めて刊本されたという。通称「ケルターメン(歌競べ)」で呼ばれるそうな。
この短篇が学界で注目されるきっかけになったのは、ニーチェの論文だという。それまでアレクサンドリア時代の無名の作家が作った駄文とされてきたが、紀元前4世紀の高名な弁論家で修辞学者のアルキダマースに由来する可能性を示したという。更に19世紀になると、いくつかのパピルスからテキストの断片が発見され、「アルキダマース著、ホメーロスについて」というのが見つかり、アルキダマース原作説が有力になったという。ただし、実証されたわけではないようだ。

1. エリス(争いの女神)
本書は、ムーサ(詩歌女神)たちが、父なるゼウスへの語りから始まる。知るものも知らないものも、語るものも語らないものも、すべてゼウスの御心のままにあると。この形式は、この時代の叙事詩の流行りであろうか?あるいはヘーシオドスの形式であろうか?
忌まわしいエリスは抗争を撒き散らす。エリスは根性なき男を目覚めさせて仕事に向かわせる。富を目指して励む人には、その隣人が羨望を抱く。陶工は陶工に、大工は大工に敵意を燃やし、物乞いは物乞いどうしで、伶人は伶人どうしで妬みあう。裁判では賄賂をむさぼる連中が蔓延る。悪行が横行するのは、神が人間に「命の糧」を隠しておられるから。人間の怠け癖や横暴な振る舞いは、いずれゼウスの裁きによって田畑を荒らすことになろう...と歌い上げる。

2. パンドーラの甕
有名な「パンドーラの箱」の一節であるが、「仕事の日」では「箱」ではなく「甕」としている。奸智のプロメーテウスが天界から火を盗み取り人間に与え、これにゼウスが怒り人間どもに災厄を与えるというお馴染みの話である。
まず、ヘーパイストスに命じて泥で乙女の体を造らせ、それに生命を注ぎ込む。アテーネーには様々な技芸や布を織る術を教えさせ、アプロディーテーには乙女の頭に魅惑の色気を漂わせ、恋の苦しみを注ぎかけよと命じる。更に、ヘルメイエース(神々の使者ヘルメス)には犬の心と不実の性を植え付けよと命じる。
こうして造られた乙女にパンドーラの名を与え、プロメーテウスの弟エピメーテウスに贈った。エピメーテウスは、兄からゼウスからの贈り物を受け取れば禍いが振りかかると忠告されていたが、パンドーラの美に惹かれ受け取ってしまう。
それまで、地上に住む人間どもは、あらゆる煩いを免れ、苦しい労働もなく、死をもたらす病苦も知らなかった。ところが、女が甕の蓋を開けて、人間に様々な苦難を撒き散らしてしまった。しかも、その中のエルピス(希望)だけが甕の縁に残って、女はそれが外に飛び出す前に蓋を閉じてしまったとさ。

3. 五時代の説話
五時代とは、黄金の時代、銀の時代、青銅の時代、英雄の時代、鉄の時代である。
オリュンポスの館に住む神々は、最初に人間の「黄金の種族」を作った。これは、クロノスがまだ君臨していた時代の人間たちで、心に悩みもなく、労苦も悲嘆も知らず、神々と同じように暮らしていた。惨めな老年が訪れることもなく、手足は衰えず、あらゆる災厄を免れて宴楽に耽っていた。死は眠るがごとく訪れ、あらゆる善きものに恵まれ、農地はひとりでに豊かな稔りをもたらし、幸せに満ちていた。
しかし、ガイア(大地)がこの種族を覆い隠した後は、クロノスの子ゼウスが人間の守護神となって、人間に富を授けた。それが第二の種族の「銀の種族」である。それは黄金の種族とは似つかぬものであった。子供は百年の間、頑是ない幼な子のままで、家の中で戯れつつ母の膝のもとで育てられた。やがて成年に達すると、無分別ゆえに互いに無法な暴力を抑えることができず、様々な禍いを被って生涯を終える。ゼウスは、人間どもが神々に敬意を払わぬのを怒って、この種族を消してしまった。しかし、ガイアがこの種族をも覆い隠し地下に住まわせ、黄金の種族に劣るとはいえ至福なる人間と呼ばれる栄誉を授けた。
ついで、ゼウスが第三の種族、「青銅の種族」を作った。とねりこの樹から生じ、怖るべく力強く、悲惨なる暴力を好む。心は鋼のごとく硬く、強靭な肢体、扱う武器は青銅製で、青銅の農具を使って田畑を耕す。彼らは、互いに討ちあって倒れ、身も凍るハーデス(冥界)のカビ臭い館へと落ちて行った。
しかるに、ガイアがこの種族をも覆い隠した後、ゼウスは第四の種族を作った。この種族は先代よりも正しく優れた英雄たちの高貴な種族で、半神と呼ばれた。だが、この種族ですら、忌まわしき戦争によって滅び去った。これがトロイア戦争前後の「英雄の種族」である。
最後にゼウスは、第五の種族、「鉄の種族」を作った。鉄具を使って農耕を営む種族で、まさしく現世の人々である。昼も夜も労役と苦悩に苛まれ、神々は苛酷を与え、様々な禍いに見舞われ、親子で心が通わず、兄弟どうしで争う。親が老いれば、たちまたこれを冷遇し、正義は腕力にあるとする。あらゆる悪事が横行し、正義や希望のない退廃を極める。政界では、アイドース(廉恥)とネメシス(義憤)の二神がその美しき姿を覆い隠し、人間どもを見捨ててしまった。ここには、ゼーロス(妬み)に憑かれた悲惨な人間社会がある。
「かくなればわしはもう、第五の種族とともに生きたくはない、むしろその前に死ぬか、その後に生まれたい。」

4. 農事暦とセイリオス
神々は季節に応じて仕事をお示しなさる。田畑を耕し種子を蒔く時期をお示しなさる。人間はただそれに従えばいいと。
ここで、セイリオス(シリウス)の星について言及している。その際立った明るさのために、強力な熱源と考えられていたという。この星が夜明けの直前に昇るのが7月頃で、終日太陽とともに頭上にあって暑熱をもたらす。9月下旬になると、この星が昇る時刻が4時間ほど早くなるので、昼間に頭上に留まる時間が短くなり、暑気が和らぐとされた。夏の猛暑を耐えて大切に種子を育てれば、稔ある収穫が得られるのが農耕というわけか。
「仕事と日」は、シリウス星について言及した最初期のもので、歴史的にも貴重なものらしい。

5. 人生訓
この章句には宗教じみた説教が続き、アル中ハイマーな天の邪鬼にとって、なんともこそばゆい。
  • しかるべき歳で嫁を迎い入れよ。良妻に勝るもらいものはなく、悪妻を凌ぐ恐るべき災厄はない。
  • 至福なる神々を敬うことを怠ってはならぬ。
  • 友人を兄弟として扱ってはならぬ。しかもなお、そうする場合は、こちらから先に相手を害してはならぬ。
  • 相手が先に気に障ることをすれば、二倍にして返してやれ。しかし、仲直りしたいと申し出て償いもすると言えば、それを受けてやれ。あれこれと友人を変えるような者は、つまらぬ奴じゃ。
  • 内なる心が、外なる姿を欺くようなことがあってはならぬ。
  • 他人から客好きとも、客嫌いとも言われぬようにせよ。
  • 貧困に苦しむ人を嘲るごとき振舞いがあってはならぬ。貧しさもまた神々の下されたものだから。
  • 言葉を慎め、節度を守って動く舌は、何にもまして床しく好ましい。
などと説く。ひたすら仕事に励むことのできる人は、幸せ者なのだろう。

6. ホメーロスとヘーシオドスの歌競べ
ヘーシオドスもホメーロスも、自国の出身として誇りにされるという。
ヘーシオドスの出身については、父親が小アジアのキューメーに住んでいて、貿易業に失敗してギリシャ本土に移住し、ボイオーティアー地方の寒村アスクレーに定住したことを、自身が書き残しているので議論の余地はないだろう。
一方、ホメーロスには、様々な国の住人たちが自国の出身であると主張しているそうな。その代表はスミュルナの住民で、当初メレース河にちなんでメレーシゲネースの名で呼ばれ、後にホメーロスと改名したという。ホメーロスとはその国で盲人を意味する。対して、キオスの住人は、ホメーロス一族と称する後裔としているという。更に、コロポーンの住人は、ホメーロスの処女作が「マルギーテース」だと主張し、その作詩した場所まで示しているという。両親が誰かという説も様々な主張が飛び交い、その例を上げると切りがない。こうした状況が、ホメーロスが本当に実在したのか?と疑わせるところかもしれない。生きた時代も、ホメーロスとヘーシオドスではどちらが古いか?あるいは同年代か?と様々な説が飛び交う。
これだけ情報が錯綜すれば、二人が歌競べをしたという伝説が残っていても不思議はなかろう。「仕事と日」にも、自分の航海経験としてエウボイア島のカルキスで歌競べに勝ち、賞品に三脚釜を獲得してヘリコーン山麓のムーサたちに奉納したことが記される。この記述が、「ホメーロスとヘーシオドスの歌競べ」の題材とされたのは想像に易い。
話の展開では、ヘーシオドスが一方的に質問をしホメーロスが答えるという構図があって、どう見てもホメーロスが勝つように仕組まれている。ホメーロスの詩人としての技巧の高さは評判で、優れた回答を出すことは聴衆も分かっているのだから。逆に、質問者ヘーシオドスが失敗することはないとも言える。

こんな具合に...
ヘーシオドスが問う。
「メレースが一子、神より叡知を授かりたるホメーロスよ、語ってくれ、死すべき人間には何がもっとも良いことか。」
ホメーロスは答える。
「地上に住む者にとっては、そもそも生まれぬことがもっとも良い、生まれたからには一刻も早くハーデース(冥王)の門をくぐることじゃ。」
ヘーシオドスが問う。
「されば神にも似たるホメーロスよ、次のことを語ってくれ、死すべき者にとり、何がもっとも賞(め)でたきことと、そなたは思うぞ。」
ホメーロスは答える。
「愉楽の気は堂に満ち、宴(うたげ)に与る客は屋敷のうちに席を列ねて、楽人の歌に耳を傾け、傍らの食卓にはパンと肉とが山と盛られ、酌人は混酒器より美酒を酌んで席を廻り、酒盃(さかずき)に酒を注ぐ、これぞ愉楽の極致とわしは思うぞ。」
...

ホメーロスの見事な回答が観客を唸らせ、もはや勝敗は決したかに見えた。ところが、最後にパネーデース王の発言で、両者に朗誦で競わせ、しかも強引な裁定で逆転させる。ヘーシオドスは農業と平和を歌い、続いてホメーロスは戦争とその英雄を歌った。その応酬でも、観客はホメーロスの勝利を信じていたが、パネーデース王は、真の勝利者たるものは農業と平和の勧めを説くものでなくてはならないとし、ヘーシオドスが勝利する。実際に「パネーデースの判定」という諺があって、愚かな判定の意で使われるらしい。

2010-10-17

"神統記" ヘシオドス 著

前記事でホメロスを読めば、ヘシオドスを読まずにはいられまい。読書の秋やねぇ~
紀元前700年頃の詩人ヘシオドスは、ホメロスと並ぶ最古の叙事詩人として名高く、その著書「神統記」は、ギリシア神話における宇宙論の原典とされる。叙事詩としては、ホメロスの作品よりも詩(うた)っぽい。どちらの翻訳にも苦悩がうかがえるわけだが、ホメロスの長篇大作物語に対して、短編詩小説といったところであろうか。
本書は、宇宙創生のカオスの世界から、宇宙を構成する神々の系譜が生まれ、ついにはゼウスを主神とした秩序ある世界が誕生するまでを唄いあげる。ゼウスの得意技は雷鳴で、秩序を乱すところには必ず轟きわたる。それにしても全能者ってやつは...女神に目をつけては、あちこちに子を孕ませやがる...節操のない雷オヤジやなぁ...

本物語は、カオスから生まれた初代王ウラノス(天)、息子クロノス、孫ゼウスの三代に渡る王位継承伝説である。3人の王は、いずれも自分の権力を子供に奪われることを嫌い、子供たちを母親の腹中に閉じ込めたり、あるいは王自身が子供や妻を呑み込んだりと、この世に後継者が出現することを拒む。だが、王の本意に逆らい子供らは解放され、王位継承問題は骨肉の争いで解決されてきた。王の傲慢な性格は血を争えぬというわけだ。このまま残忍な行為が続けば無限循環論に陥り、混沌とした世界が続くであろう。
しかし、ゼウスには強力な味方がいた。ティタン(タイタン)族系の娘ステュクスの子供たちである。その子供たちとは、ゼロス(栄光)、ニケ(勝利)、クラトス(威力)、ビア(腕力)である。彼らにはゼウスの館の永住権が与えられ、あらゆる戦争に勝利するための原動力となる。そして、同じくティタン族系のプロメテウスなどの抵抗者に寛大な態度をとったり、オリュンポスの神々に持ち分を公平に分け与え特権を定めるなどして、全能者としての頭角を現していく。また、度重なる結婚を経て、エウノミア(秩序)、デイケ(正義)、エイレネ(平和)、モイラ(運命)たちの子供を儲けて、主神ゼウスの下に秩序ある世界の基礎が固まるのであった。

ヘシオドスについて、訳者廣川洋一氏は次のように解説している。
「ヘシオドスのあとにやがて訪れる新しい表現の時代、抒情詩の興隆時代の先触れとして、文学中のあざやかな経過のうちに彼をおいてみるとき、作中の個性の表出をたんなるフィクションとして見過すことは正しくないように思われる。」
ヘシオドスの代表作には、他に「仕事と日々」というのがある。ちなみに、岩波文庫から「仕事と日」として刊行されるが、絶版中のようだ。惜しい!
ヘシオドスは、農夫でありながら海上貿易商でもある半農半商の暮らしをしていたという。父親の遺産をめぐって弟ペルセスと争った時は、法廷に持ち込まれ、ペルセスは司法権を持つ貴族への賄賂で解決した。おまけに、怠惰なペルセスは遺産を浪費して、再び不正なやり方でこの実直な詩人の財産をも狙いをつけたという。このあたりは、「仕事の日々」に匂わせているらしい。
その後、ヘシオドスは、窮迫してボイオティアの寒村で農夫生活をしたという。その頃、ヘリコン山麓で特別な体験をしたことが、この「神統記」の序詞に記される。羊を飼い畑を耕す農民が、ムーサ(詩歌女神)たちに出会って詩人に目覚めていく場面である。
「野山に暮らす羊飼いたちよ 卑しく哀れなものたちよ 喰(くら)いの腹しかもたぬ者らよ
私たちは たくさんの真実に似た虚偽(いつわり)を話すことができます
けれども 私たちは、その気になれば 真実を宣(の)べることもできるのです」
当時ムーサという職業が存在したのかもしれないが、それは落語家が神聖化したようなものだろうか?僧侶のような意味合いもあるのかもしれない。
ヘシオドスは、真実を唄う詩人として目覚めていくわけだが、本業は農民であって、専門的な職業詩人ではないという。この作品は、ムーサに歌わせているようで、実はヘシオドス自身が伝説を調べて記録したものなのか?文学作品のようで、歴史小説風の性格も兼ね備えてる。こうして見ると歴史学は文学から派生したようにも見えてくる。また、宇宙体系の成立する原理を、自然要素の擬人化や神格化によって物語るあたりは、自然哲学と科学の結びつきの源泉、あるいは宗教の源泉なるものを眺めているような気がしてくる。

1. 序詞
物語は、ヘリコン山のムーサ(詩歌女神)たちの賛歌から始まる。この山には神々の霊魂が宿り、ムーサたちを祀る泉があるとされる。馬の蹄に蹴られて生じた泉は、馬の泉(ヒップウクレネ)と呼ばれ、そのほとりにはゼウスの祭壇があるという。後世、その馬は天馬ペガソス(ペガサス)であったという説もある。ペルメソスとオルメイオスの二つの川が合流してコパイス湖に注ぐ。ちなみに、この二つの川は、現在のどの河川に相当するかは判明していないらしい。
エレウテルの丘陵を治める女神ムネモシュネは、ピエリアの地で父神ゼウスに九夜に渡って添寝し、9人の娘のムーサたちが生まれた。ちなみに、ピエリアとは、オリュンポス山のすぐ北側の地で、ホメロスでは神々がオリュンポスから天降る際、最初に降り立つとされる所。
ここでは、主神ゼウスが父クロノスを打ち負かして、オリュンポスの神々に持ち分を公平に分け与え特権を定めた...という物語を、ムーサたちが歌っていることが宣言される。

2. 宇宙の創生
まず、原初にカオスが誕生した。次にガイア(大地)、タルタロス(冥界)、美しいエロス(愛)が生まれた。更に、カオスから、エレボス(幽冥)とニュクス(夜)が生まれ、エレボスとニュクスが情愛を契りして、アイテル(澄明)とヘレメ(昼)が生まれた。カオスといえば混沌とした世界を想像するが、ここでは万物を創生するための空間のようなものが生じたという意味があるようだ。そこには、あらゆる空間要素を擬人化し、おまけに神格化する独特の宇宙観念がある。これには、精神における一種の実体的な存在とでも言おうか、実存論の源泉なるものを感じる。

3. ティタン(タイタン)族と怪物の誕生
ガイアは、情愛の契りもせずにウラノス(天)、ポントス(海)、そして高い山々を生んだ。次に、ガイアは、ウラノスに添寝してティタン十二神を生んだ。父ウラノスが「ティタンども」と渾名したのは、子供たちを罵って、向こう見ずにも手を伸ばし(テイタイノ)、大それた所業をなすが、やがて報復(テイシス)がやってこようという意味があるという。その十二神とは、オケアノス(大洋)、コイオス、クレイオス、ヒュペリオン(太陽神あるいは光明神)、イアペトス、テイア、レイア、テミス(義しさ、秩序)、ムネモシュネ(記憶)、ポイベ、テテュス(泉や地下水の神)、末子の悪知恵長けたクロノス。
また、ガイアは単眼の巨人キュクロプス(円い目と渾名された)どもを生んだ。ブロンテス、ステロペス、アルゲスがそれで、ゼウスに雷鳴を贈り、雷電を造りやったものどもである。ガイアとウラノスの間からは、他にも五十の首を持つヘカトンケイル(百手巨人族)たちが生まれた。コットス、ブリアレオス、ギュゲスがそれである。

4. ウラノスの去勢とアプロディテの誕生
ガイアが生んだ怪物たちは、最初から父ウラノスから憎まれていた。悪業にうつつを抜かしていたからである。父ウラノスは、この子供らを片っ端からガイアの腹中に閉じ込めた。怨んだガイアは、鋼鉄(アダマス)の族を造り、大鎌をこしらえると、愛しい子供たちに語った。父の非道な仕業に復讐せよと。だが、父を恐れて口を開く者はいない。そこに、末子クロノスがその役目を引き受けると申し出た。喜んだ母ガイアは、大鎌を手渡し密計を授けた。そして、夜にウラノスがガイアに情愛を求めて覆いかぶさると、クロノスが大鎌で父の男根を刈り取った。流れ出る血の滴りからは、エリニュス(復讐女神)たち、ギガス(巨人)たち、そして、メリアと呼ばれるニュンペ(女精)たちが生まれた。かくして、ウラノスの子供らは解放され、クロノスが王位についた。
さて、父の男根の方はというと、海に投げ捨てられるとしばらく海面に漂っていた。やがて、白い泡(アプロス)が不死の肉から湧き立ち、その中から一人の乙女が生まれた。乙女は、まず聖キュテラに立ち寄り、キュプロス島に辿り着いた。これが原初の美女神アプロディテである。ちなみに、アプロディテとは、「アプロゲネス(泡から生まれた女神)、麗しい花冠をつけたキュテレイア」という意味があるという。

5. ゼウスの誕生
王クロノスは、姉妹のレイアを妻として栄えある子供たちを生んだ。ヘスティア(炉の女神)、デメテル、ヘラ、冷酷な心を持つ強いハデス(プルートーン)、大地を震わすポセイドン、賢いゼウスの6人を。ところが、クロノスは子供たちを片っ端から呑みこんでしまった。というのも、母ガイアから己の息子によって打ち倒されるという定めを聞いていたからである。
レイアは悲しみに暮れ、ゼウスを孕んだ時クレタへ赴きガイアに懇願した。ガイアは、アイガイオン山中の洞窟に匿い、ゼウスの身代わりに大石に産衣を着せて渡すと、クロノスはその石を呑み込んだ。やがて、ゼウスは成長する。クロノスは、ゼウスの策略によって呑み込んだ子供たちを吐き出した。最初に、最後に呑み込んだ石を吐く。ゼウスは、この石をパルナッソスの谷間のピュトの地に安置した。ちなみに、ピュトの地がパルナッソス山ふもとのデルポイという説もあるそうな。かくしてゼウスは、兄弟たちを父の恐るべき束縛から解放したのであった。そして、ゼウスと兄弟たちは、不死の神々に君臨した。

6. プロメテウス伝説と女の誕生
ティタン族のイアペトスは、オケアノス(大洋)の娘クリュメネを娶り、アトラス、メノイティオス、策に富むプロメテウス、思慮の浅いエピメテウスが生まれた。プロメテウスは「先を見とおす者」、エピメテウスは「後から知る者」という意味があるという。イアペトス家は、ゼウス新政権の最初の敵対者であった。後に、暗愚のエピメテウスは、ゼウスからの贈り物を一切受け取ってはならないと忠告したプロメテウスの言葉を忘れ、乙女(パンドラ)を受け取って禍いを被ることになって、はじめて真相を知ることになる...
イアペトス家に怒ったゼウスは、傲慢なメノイティオスをエレボス(幽冥)へ送った。アトラスは、大地の果てで、ヘスペリス(黄昏の娘)たちの面前で、立ったままの姿勢に。プロメテウスには、冷酷な縄目によって縛り付け、鷲をけしかけた。鷲は彼の不滅の肝臓を毎日喰ったが、肝臓は同じ分量だけ生え出した。テバイ生まれのヘラクレスは、その鷹を退治し、プロメテウスを苦痛から救い出した。これはゼウスの意向に沿わないはずだが、「高空に知ろしめすゼウスの意向に悖りはしない」とし、むしろヘラクレスの誉れを贊えたのであった。しかも、プロメテウスの智謀はゼウスと互角だから、ゼウスは以前から抱いていた怒りを鎮めたとしている。なんとも矛盾に見える展開であるが、ゼウスの寛容さを強調しているのか?
ゼウスは、地上に暮らす死すべき身の人間どもには、けして火を与えなかった。だが、プロメテウスは、ゼウスの裏をかいて天空から火を盗み出し、人間どもに与えた。ゼウスは激怒し、すぐさま火の代償として、人間どもに禍いを創った。火の神ヘパイストスは、土から花恥ずかしい乙女(パンドラ)の姿を創る。女神アテナは、乙女に帯をつけてやり、白銀色の衣を着せる。ゼウスは、「善きもの(火)」の代わりとして、「美しい禍悪(女)」をこしらえ、人間どものところへ送ったのだった。おまけに、女たちの惹き起こす厄介事を避けて、結婚しようとしない者は、悲惨な老年に至るのだと。男どもに、老後の面倒を見てもらうために女に屈服する運命を与え、死ねば財産はすっかり嫁のものになるという寸法だ。なるほど、女性の方が寿命が長いにもかかわらず、男は自分より若い女にうつつを抜かす性格を持つというわけか。そして、立派な妻を娶るためには、競争を煽られる運命にあるのか。わざわざ人間どもに禍いをもたらさなくても、直接プロメテウスに怒りをぶつければいいものを...全能者のやることは陰険だ!

7. ステュクスの子供たち
様々な系譜が語られる中で、重要な役割を果たすのがオケアノス(大洋)の娘ステュクスの子供たちである。彼らが、主神ゼウスを中心とした秩序ある世界を形成する原動力になる。ステュクスは、ティタン族との戦いで、真っ先にゼウスに味方する。その際、ティタン族クレイオスの息子パロスとの間で儲けた強力な子供らを引き連れる。その子供らとは、ゼロス(栄光)、ニケ(勝利)、クラトス(威力)、ビア(腕力)である。スティクスの戦争の功により、この子供らにゼウスの館に永住するという特権が与えられ、ゼウスはこれを後ろ盾にして大いなる威勢を振るうことになる。

8. ヘカテ頌
突然、女神ヘカテが登場する。ヘカテ女神信仰は、カリア(アナトリア西部でイオニア方面)からギリシアにもたらされたものらしい。ここで語られるヘカテは、後世とは性格がかなり違ったものだという。つまり、しばしばアルテミスと混同される月神や地母神などの呪術的な特性を持っていないという。ヘカテは、冥界を除く、天、海、地に万能ではないにせよ、相当な権限を持ち、人間のあらゆる業を助けるとされる。そして、「善きものの贈り手」という性格があると同時に、気に入らぬ者には「奪い手」になるという性格がある。これは、一般的なギリシアの神々の典型だという。
天、地、海という広い範囲で権限を持つということは、ゼウスや海神ポセイドンの権限を犯すことにもなる。だが、家畜を殖やす場面では、神ヘルメスと協調したりと温和な性格を見せる。いくら権限を持つからといっても、結局ゼウスの大命の元でなされる特権であって、ヘカテには包容力を具えた偉大さが表れている。

9. ティタン戦争(ティタノマキア)
クロノスはティタンの神々を集めて、ゼウスのオリュンポスの神々と敵対した。オリンポス山に布陣したゼウスたちと、オトリュス山に布陣したティタンたちによる10年間の戦争である。ティタン族との対立とはいえ、ゼウスはティタン族のテミスを妻にしたり、これまたティタン族のムネモシュネを妻にしたりと複雑な関係がある。ゼウスの元には、ステュクスのようにティタン族系の子供らが味方したり、そもそもゼウス自身がティタン族クロノスの息子である。まぁ、宇宙創生から間もないのだから、三代も遡ればウラノスに辿り着くわけで、ティタン族との対立というよりはクロノス兄弟とゼウス兄弟の世代間対立と言った方がいいだろう。
母ガイアは、タルタロスに幽閉した者たちを味方にすれば、勝利を得ると予言した。そこで、ゼウスは、タルタロスに幽閉されていた怪物のキュクロプスとヘカトンケイルを味方につけた。キュクロプスは、ゼウスに雷光と雷電を与えた。戦争に勝利すると、ティタンの神々をタルタロス(冥界)に幽閉し、ヘカトンケイルを牢番とした。そして、ゼウス自らは天を、ポセイドーンには海を、ハデスには冥府の支配権を割り当てた。

10. テュポエウス(テュポン)との戦い
ティタンの神々が天から追放されると、ガイアはアプロディテの手引きでタルタロスと情愛の契りをして、怪物テュポエウスが生まれた。テュポエウスの腕は強力で疲れを知らない。肩からは竜の百の首が生え、目からは火を放つ。放っておけば、この怪物は世界に君臨するであろう。ゼウスは、それをいち早く察知して、雷鳴と雷光を浴びせて怪物の首を焼き払い、タルタロス(冥界)へと投げ込んだ。
さて、テュポエウスからは湿りを帯びて吹く荒々しい風どもが生まれてくる。ただし、ノトス(南風)、ポレアス(北風)、晴れ空をもたらすゼピュロス(西風)の出自は神々に由来する三柱の風で、死すべき身の人間どもには有益である。それ以外の風どもは、嵐となって荒れ狂い、人間どもには大きな禍いとなる。

11. タルタロス(冥界)とその住人たち
ここには、ヘシオドスの宇宙観が現れる。タルタロスのまわりには、青銅の牆が高くめぐらされ、夜が三重の層を成している。この暗闇の陰湿な場所にティタンの神々やテュポエウスが閉じ込められる。神楯(アイギス)を持つゼウスの忠実な見張り役としてポセイドンが青銅の門を設けている。ここに閉じ込められる連中は、太陽の光が与えられない。おまけに、大地からタルタロスまでは遠く隔たれる。天から青銅の鉄床までは、九日九夜も落ちつづけて、やっと十日目にして大地に届くほど遠く、大地から青銅の鉄床までは、九日九夜も落ちつづけて、やっと十日目にしてタルタロスに届くほど遠い。つまり、宇宙の最下底域にタルタロス(冥界)があるというわけだ。タルタロスの少し上まで、大地と海の根が伸びているという。そして、天の根までも最下底に伸びてきて、これらの根が複雑に絡みあってカオスを形成しているというのか?もはや現生には、宇宙の構成要素としての天や大地や海の区別もなく、天国や地獄の区別もないのかもしれない。

12. ゼウスと女神たちの結婚
ゼウスは、7度の結婚を繰り返す。最初に、オケアノス(大洋)とテテュスの娘、賢いメティスを妻とした。メティスが女神アテナを出産しよとした時、ゼウスは言葉巧みにメティスを欺き、妻を呑みこんだ。賢いメティスからは、並外れた賢い子供が生まれる定めになっていて、権力を奪われることを恐れたのだ。
二番目に、テミス(義しさ、秩序)を妻とし、エウノミア(秩序)、デイケ(正義)、エイレネ(平和)、そしてモイラ(運命)たちが生まれた。この子らには、死すべき身の人間どもの仕事に配慮して抜群の特権を与えた。モイラには、善運と悪運を授けた。三番目に、オケアノス(大洋)の娘エウリュノメを妻にし、3人のカリス(優雅女神)が生まれた。カリスたちが眼差しを向けると、四肢の力を萎えさせるエロスが溢れ出た。四番目に、デメテルを妻とし、ペルセポネが生まれた。五番目に、髪美しいムネモシュネを娶ると、9人のムーサ(詩歌女神)が生まれた。六番目に、レトを妻とし、アポロン、アルテミスが生まれた。最後に、ヘラを妻とし、ヘベ、アレス、エイレイテュイアが生まれた。
そして、かつて呑みこんだ女神アテナが、ゼウスの頭から生まれ出たとさ。

2010-10-10

"オデュッセイア(上/下)" ホメロス 著

前記事「イリアス」に続いて、今宵もホメロスの叙事詩に陶酔する。読書の秋やねぇ~
「オデュッセイア」とは、「オデュッセウスの歌」という意味。オデュッセウスは、トロイア陥落の契機となった木馬の計を用いた人物で、智謀の勇士として名高い。トロイア戦争終結後、勝利したアカイア軍の勇士たちはギリシャ各地へ帰途につくが、オデュッセウスには苦難な漂流の旅が待っていた。
一方、故国イタケでは、王オデュッセウスは死んだとされ、王妃ペネロペイアに多くの求婚者が遺産目当てに殺到し、国を乗っ取ろうとする謀略者で渦巻いていた。
本物語は、オデュッセウスが美貌の仙女カリュプソの島に足止めされている場面から始まる。この勇士を気の毒に思った女神アテネは、主神ゼウスに取り計らって帰国の許可を得る。だが、イタケへの帰途、トロイアびいきのポセイダオン(海神ポセイドン)が妨害を企てる。オデュッセウスは、様々の苦難の末、トロイア出征から20年後にして故国へ帰還する。そして、求婚者たちへのマカロニウエスタン風の復讐劇が始まるのであった。

ところで、トロイア戦争にまつわる伝説は、全8作の叙事詩によって語り尽くされるという。いわゆる「叙事詩の環」と呼ばれるものである。
その順を追うと...
  1. 「キュプリア(キュプロス物語?)」 スタシーノス作
    主神ゼウスの思いつきでトロイア戦争が始まり、「パリスの審判」が語られる。これは、キュプロス物語という意味のようだが、その命名は判然としないという。
  2. 「イリアス」 ホメロス作
    トロイア戦争末期の聖都イリオスの攻防、アキレウスがトロイア最大の英雄ヘクトルを討つ。
  3. 「アイティオピス(エチオピア物語)」 ミトレスのアルクティノス作
    トロイアに来援したエチオピア王メムノンがアキレウスに討たれ、アキレウスもアポロンの援助を受けたパリスに討たれる。
  4. 「小イリアス」 レスケース作
    亡きアキレウスの武具をめぐってオデュッセウスと大アイアスが競い、敗れた大アイアスは狂って自刃する。木馬の計は、ここで語られる。
  5. 「イリオス落城」 ミトレスのアルクティノス作
    木馬の計でトロイア陥落。
  6. 「ノストイ(帰国談)」 アギアス or コリントスのエウメーロス作
    故国に凱旋するギリシア軍諸将の運命を物語る。小アイアスの死、あるいは妻と姦夫によるアガメムノン謀殺、そして、その遺児オレステスが仇討ちを果たす。
  7. 「オデュッセイア」 ホメロス作
    生き残った智謀の将オデュッセウスの物語。
  8. 「テレゴニア(テレゴノス物語)」 エウガモン作
    イタケに帰国したオデュッセウスは、魔女キルケとの間に息子テレゴノスをもうける。そして、テレゴノスは誤って父オデュッセウスを殺してしまう。
8作目は、大作シリーズの完結にしては、締りの悪い結末だそうな。アリストテレスは、ホメロスと他の作品の優劣の差があまりに大きいと酷評したという。そのうちホメロスの作品とされるのは、「イリアス」と「オデュッセイア」の二つであるが、「イリアス」をパトス(情念)、「オデュッセイア」をエートス(特性)の物語と評されることもあるという。なるほど、「イリアス」は情熱的で、「オデュッセイア」は写実的で比較的淡々と語られる。 ちなみに、両作品が製作されたのは、数十年から半世紀ぐらいの差があるらしい。ホメロスが実在した人物かも判然としないが、両作品の文体や人生観などの違いから別人の作品という説があっても不思議ではない。とはいっても、人は数十年もすれば世界観も変わるだろうし、生涯に渡って一貫性を保つことなど、ほとんど不可能であろう。 また、パトスやエートスという言葉は、アリストテレス以来、ローマ時代に文芸批評や修辞学で頻繁に使われてきたという。確かに、多くの哲学書で見かける言葉でいつも悩まされるが、その意味や意図も用いる人によって微妙に違うのだろう。精神を、言葉で完璧に表現することはできないであろうから... 

1. 詩神ムーサへの祈り
 「ムーサよ、わたくしにかの男の物語をして下され、トロイアの聖なる城を屠った後、ここかしこと放浪の旅に明け暮れた、かの機略縦横なる男の物語を。」
かの男とは、オデュッセウスのこと。つまり、本書の語り手は詩神ムーサという設定がある。ちなみに、ムーサ(ラテン語形Musa)の英語名Museは、musicやmuseumの語源にもなっているようだ。
智謀の勇士オデュッセウスは、美貌の仙女カリュプソの島に引き止められていた。ポセイダオン以外の神々は、聡明なオデュッセウスを憐れんだ。神々の集会で、アテネがゼウスに建言し、オデュッセウスの帰国が決議される。そして、女神カリュプソの元へは父神ゼウスの子ヘルメスを、イタケへは女神アテネが遣わされる。

2. 息子テレマコス、父オデュッセウスを探す旅へ
イタケでは、オデュッセウスの妻ペネロペイアに多くの求婚者が財産目当てに殺到していた。オデュッセウスの息子テレマコスは、女神アテネの激励を受け、父オデュッセウスを探すべく、トロイア戦争に参戦したネストルの居城のあるピュロス(ペロポネソス半島南西部)へと船出する。一行がピュロスに着くと、ネストル一族が海神ポセイダオンに生贄を献じているところであった。テレマコスは歓待を受け、ピュロス王ネストルの知っている情報を聞く。ネストルは、勇士アイアス、パトロクロス、アキレウスがトロイアの地で最期を遂げたことと、アガメムノンが既に死んだことを話すが、オデュッセウスの消息については知らないという。そして、アガメムノンの弟であるスパルタ王メネラオスを訪ねるように勧める。テレマコスは、ネストルの末子ペイシストラトスと共にスパルタ国の聖都ラケダイモンへ向う。
一行は、スパルタでメネラオスとその妻ヘレネの歓待を受ける。メネラオスはエジプトに漂流した時、ポセイダオンに仕える翁プロテウスから聞いたアカイア軍の将領たちの消息を語る。そして、将領たちのうち二人が帰国の途中に命を落としたという。まず、小アイアスが船団の中で果てた。ポセイダオンがその船を岩礁に撃ちつけたが、一旦は救いだされた。彼はアテネに恨まれていたが、暴言を吐いていなかったら助けられていたかもしれないと。次に、アガメムノンは、女神ヘレに助けられて故郷の地を踏んだが、見張り役に奸計をめぐらされ殺害されたという。オデュッセウスについては、生存しているらしいということしか判らないという。
一方、求婚者たちは、テレマコスの帰途を狙って殺害せんと企てていた。

3. オデュッセウス、パイエケス人の国へ
神々の使者ヘルメスが、主神ゼウスとオリュンポスの神々の意志を伝えると、美貌の仙女カリュプソは快く承諾する。そして、オデュッセウスに筏を作らせ大海へ送り出す。だが、パイエケス人の国スケリエ島に到着直前、ポセイダオンに見つけられ筏は破壊される。海の女神レウコテエは、ポセイダオンに苦難を与えられる不運な男を憐れみ助ける。オデュッセウスは島に泳ぎ着き、森をさまよいオリーブの茂みで眠りにつく。
女神アテネは、パイエケス人の国へ行き、王女ナウシカアの夢枕に立ち、翌朝洗濯をするように勧める。洗い場の近くで眠っていたオデュッセウスは、女中たちの声で目覚め王女に救いを求める。王女ナウシカアは着物と食事を与え王宮へ連れ帰る。オデュッセウスは客人として歓待を受け、王アルキノオスに嘆願して帰国の援助を確約する。
ちなみに、女神アテネが言うには、パイエケス人の国の初代王ナウシトオスは、あの恨みをかっているポセイダオンの御子だという。後にオデュッセウスを助けたパイエケス人たちは、ポセイダオンの怒りにふれることになる。
この時、まだ異国の客人オデュッセウスは名前を名乗っていない。彼は、貴公子たちの競技で円盤投げに参加して見事な腕を見せる。宴席では、楽人デモドコスの歌うトロイア戦の物語を聞いて、オデュッセウスが涙する。続いて「アレスとアプロディテの密通」の物語を歌う。ちなみに、アプロディテはパリスを誘惑してトロイア戦争の原因を作り、軍神アレスはトロイアに戦いを煽った厄介神。ついで、「木馬の計」の物語に再び落涙し、王アルキノオスから素性を訊ねられる。

4. オデュッセウスの漂流記
王アルキノオスにイタケのオデュッセウスであることを明かし、これまでの漂流記を物語る。...
まず、キコネス人(トラキアの部族)の国を荒らした。ついで隻眼の巨人キュクロプスの国では、多くの部下が食われながらも、奇略によって眼を潰し辛くも脱出した。風神アイオロスの島では、せっかく風神が風を封じこめてくれた袋を、部下が宝物と邪推して開けたために嵐となり、帰国寸前にアイオロスの島へ逆戻りした。ついで、キュクロプス族に似て野蛮なライストリュゴネス族の国に着き、多くの部下を失う。おまけに、魔女キルケに部下が豚にされる。だが、神ヘルメスに救われて、ここで丸一年を過ごしてしまう。魔女キルケは、帰国の道順を知りたければ、冥界へ行って帰国に関する予言を聞かなければならないと教える。オデュッセウスは、冥府では先ず、キルケの許で死んだ部下エルペノルの霊に会う。ついで予言者の老師テイレシアスが帰国のこと、帰国後のことを予言する。オデュッセウスの母アンティクレイアの霊からは留守宅の事情を聞く。また、アガメムノン、アキレウス、アイアスらの旧友、タンタロス、シシュポス、ヘラクレスらの著名な英雄たちの霊と会った話を...
更に、セイレーンの誘惑、怪物スキュレと魔の淵カリュブディス、陽の神(エエリオス)の牛の話を続ける。オデュッセウスは、一旦、魔女キルケの許へ戻り再出発する。途中、美声で人間を惑わし難破させる魔女(怪鳥)セイレーンたちのいる海域を通過することになることを、魔女キルケが忠告する。オデュッセウスは、部下たちに耳を蜜蝋で塞ぐように指示するが、歌が聞きたいために自身の体を帆柱に縛り付けるように命じる。続いて、怪物スキュレの棲家である岩と魔の淵カリュブディスでは、犠牲者を出しながらもなんとか通過する。オデュッセウスは、予言者テイレシアスと魔女キルケに「陽の神の島は避けよ!」と警告されていたことを部下たちに伝えるが、部下たちは禁じられたことはせぬと宣誓して、トリナキエの島に上陸してしまう。やがて、船荷に穀物と酒の蓄えが尽きると、船員たちは禁断のエエリオス(ヘリオス)の牛を殺して食してしまった。そのことを娘ランペティエが陽の神ヒュペリオン(エエリオスの異名)に知らせると、荒れ狂う風によって、魔の淵カリュブディスや怪物スキュレの棲家まで引き戻され、部下はことごとく死ぬ。そして、オデュッセウスただ一人が、カリュブディス(カリュプソ)の島に着く。
...これで、オデュッセウスの物語る漂流記はおしまい。

5. オデュッセウス、イタケに帰還
オデュッセウスは多くの土産物をもらい、王アルキノオスから船を提供してもらいイタケに送ってもらう。パイエケス人たちは、眠っているオデュッセウスをイタケに降ろして、置いたまま去る。だが、パイエケス人たちが、スケリエ島に帰港する寸前、怒ったポセイダオンは船を石に変えて海底に沈める。
眠りから覚めたオデュッセウスは、ここが故国とは気づかずに一人途方に暮れる。それを女神アテネが助け、土産などの宝物を洞窟に隠し、正体がばれないようにオデュッセウスをみすぼらしい老人に変装させる。そして、求婚者たちを討つ手立てを協議した後、アテネはテレマコスを迎えにスパルタへ発つ。オデュッセウスは、アテネの指示に従って下僕の中で最も忠実な豚飼エウマイオスを訪ねる。エウマイオスはそれがオデュッセウスと知らずに、異国の老人を歓待する。オデュッセウスは素性を明かさずに、作り話の遍歴談を語り、オデュッセウスが年内に帰国すると話す。だが、エウマイオスは信じようとしない。主人は既に亡くなったと思っている。
一方、息子テレマコスは、女神アテネに帰国を促される。いつまでも、求婚者たちに財産を好き放題にさせるわけにはいかないと。そして、スパルタを発ちピュロスから乗船してイタケへ向う。船には、亡命者テオクリュメノスという占いに長けた男を同乗させる。求婚者たちは、イタケと岩根険しきサモスの間の海上で待伏せして、テレマコスを殺害せんとする。アテネは神々が順風を送ってくださると励まし、求婚者の一味をはぐらかしてイタケに帰国させる。
一行のうちテレマコスだけは、町へ行かず豚飼エウマイオスを訪ねる。豚飼エウマイオスは若様の帰還を喜び、求婚者の暴慢無礼な言語道断を報告する。豚飼が妃ペネロペイアにテレマコスの帰国を報告に出かけた後、アテネがオデュッセウスに立派な衣裳を整えると、テレマコスは神になった父を見るかのように再会を喜ぶ。オデュッセウスは、主神ゼウスの後ろ盾で女神アテネによって助けられたことを語り、二人は求婚者討伐の計画を練る。
そして、父が亡くなったと偽ることにして、またもやみすぼらしい衣裳を身に纏う。

6. オデュッセウスと妻ペネロペイアとの再会
テレマコスが一足先に屋敷へ帰り、母ペネロペイアに無事な姿を見せ、乞食の異国人がオデュッセウスのことを何か知っていると話す。オデュッセウスと豚飼は、求婚者たちがたむろする屋敷の広間へ向った。求婚者の頭領アンティノオスは、オデュッセウスのみすぼらしい乞食姿を見て罵り、足台を投げつける。そこに、土着の乞食で通称イロスという意地汚さで評判な男がいた。彼は乞食姿のオデュッセウスに喧嘩を売る。求婚者たちは二人の乞食が争う様を愉快に見物するが、オデュッセウスの乞食姿から見せた全身の筋肉の見事さに感嘆する。そして、イロスを打ち据えると、求婚者たちはその異国の老人を讃える。
妃ペネロペイアは、求婚者たちの無法をなじりながら、言葉巧みに贈り物を要求する。オデュッセウスは、妻が心中とは別のことを思いつつも、求婚者たちの心を惑わす態度をひそかに喜ぶ。
一旦、求婚者たちが屋敷を去ると、妻ペネロペイアがオデュッセウスに近づき、いよいよ再会となる。だが、出征してから20年にもなるだから、この長い月日を隔てれば、話しかけるのも容易なことではない。その場は、偽りの素性を語り、王が近々帰国すると話す。
足洗い場では、乳母の老女エウリュクレイアが、乞食の足に触れると足の古傷に気づき、それがオデュッセウスだと知る。だが、オデュッセウスは、求婚者たちを討つためと召使たちの裏切りを見抜くために素性を明かさぬように指示する。

7. 求婚者誅殺
妃ペネロペイアは、新しい夫を選ぶために、翌日弓の競技を開催することを伝える。求婚者たちをいかに誅罰すべきかを思いめぐらせながら眠れぬオデュッセウスの前に、女神アテネが現れ援助を約束する。成功を祈願するオデュッセウスに、ゼウスが雷鳴を鳴らし吉兆を示す。アテネは、宴会中の求婚者たちを錯乱状態に陥れる。亡命した予言者テオクリュメノスが彼らの最期の近いことを予言する。
王妃は、アテネに促されて12の斧を射通した者に嫁ぐと宣言する。求婚者たちが試みてはことごとく失敗。豚飼エウマイオス同様、忠義の召使に牛飼ピロイティオスなる人物がいた。豚飼と牛飼の二人がオデッュセウスの帰還を神々に祈願していると、「その男はここに帰ってきている!」と、自分の正体を明かす。そして、オデュッセウスに弓を手渡して見事に射抜く。オデュッセウスは纏っていたボロをかなぐり捨て、次の瞬間、盃を口元へ近づけようとする首謀アンティノオスの咽喉を射当てた。オデュッセウスは、トロイアから帰還したことを高々と宣言する。アンテノオスと並ぶ実力者エウリュマコスは、開き直って他の求婚者たちとともにオデュッセウスに躍り掛かる。オデュッセウスは、求婚者をことごとく誅殺した後、不忠の召使や女中たちを処刑する。
すべてが終わった後、屋敷の惨劇の跡を硫黄を燃やして清める。

8. 冥界の物語と求婚者たちの親族との和解
妃ペネロペイアは、乳母エウリュクレイアから乞食の客人がオデュッセウスであるこを聞く。広間で夫婦が再会するが、妃は容易に夫であることが信じられない。オデュッセウスが、二人しか知らない寝室の秘密に触れるとようやく納得する。そして、漂流中の出来事を物語って聞かせる。翌朝、オデュッセウス親子と忠義の下僕の二人は、老父ラエルテスの住む田舎の農園へ向う。
神ヘルメスは求婚者たちの霊魂を呼び出した。求婚者たちの霊は神ヘルメスに導かれて冥界に降り、アガメムノンやアキレウスらの霊に会う。旧友の霊たちはオデュッセウスの無地帰還したことを語り合う。
農園で老父ラエルテスは、亡くなったと思っていた我が子を見て涙する。求婚者たちの親族は、アンティノオスの父エウペイテスに扇動されて農園を襲うが、エウペイテスは老父ラエルテスに討たれる。そして、女神アテネの裁定によって、両者は和解して物語を終える。

2010-10-03

"イリアス(上/下)" ホメロス 著

人類の歴史というものは、確かな記録が残されなければ神話化してしまうところがある。その創成が自らの起源に関わるとなると、よりいっそう尊厳ならしめ、奇妙な擬人化によって神々に帰する。太古の時代ともなると、それが人間業なのか神業なのかも区別がつかない。肯定も否定もできないとなれば、「誇大妄想の原理」が働き、ますます想像を膨らませる。現在ですら、企業の創始者を崇拝したりするのだから...

時代は、トロイア戦争末期。トロイア戦争は、小アジアのトロイアへ、ギリシアのアカイア人が遠征したギリシア神話上の戦争である。登場人物が、主神ゼウスをはじめとするオリュンポス十二神たちや、その子孫である人間たちであることから、想像上の物語であることは間違いない。だが、神々の人間味溢れた行動は実話を元にしていると言っても否定はできないだろう。実際に、ギリシア人が遠征したという証拠もなければ、トロイア人がどういう民族だったかも分からないようだし、ホメロスだってが架空の人物とする説もある。ただ、考古学的には、ギリシアとトロイアの間で交易があったことは出土品などからも明らかだそうな。いずれにせよ、ホメロスの大作が、単なる文学作品なのか、歴史と結びつく何かがあるのかは、想像するしかないわけだが...アッティカ王の時代では、神々の伝説と重ねながら権力を誇示したことだろう。その慣習がトロイア戦記に現れても不思議ではない。こうして見ると、歴史と文学の境界線も微妙であることに気づかされる。
ホメロスの叙事詩「イリアス」や「オデュッセイア」は、トロイア伝説を取材した物語である。現代感覚からするとかなり胡散臭さが残るが、そこが神話の良い(酔い)ところ。ヘラクレス伝説を受け継ぐ勇士たちが、神々の伝説で煽られる様子は、わざとらしくもあり、こそばゆくもある。歴史叙述というものは、その時代に生きた取材者たちの主観的解釈を、後に歴史的に評価されて構築されていくものであろう。後のヘロドトスやトゥキュディデスなどの歴史の大家たちが、ホメロスの情緒的な詩(うた)を読みながら、客観的視点を取り入れて歴史叙述というものを進化させていったのだろう...などと想像しながら読んでいる。

「イリアス」とは、「イリオス(またはイリオン)の歌」という意味がある。すなわち、聖都イリオスの城をめぐる攻防戦を歌った英雄叙事詩である。ちなみに、訳者松平千秋氏の解説によると、古代ギリシアの叙事詩の起源は、ミケーネ時代に遡ると推察されるという。ミケーネ文明は、青銅器時代の後期に当たる。
ところで、叙事詩というと、「歌い物」をイメージしてしまう。だが、本書には音律があるわけでもなければ、詩的効果もあまり感じられない。神々の語りには比喩的な表現も多彩で、第一歌から第二十四歌という長大な構成ではあるのだが、むしろ緻密な長篇物語と言った方がいい。ホメロスの時代、叙事詩は「歌い物」から「語り物」へと変質していったのだろうか?いや、それも翻訳の効果で、当時の詩家たちが原語で朗読すれば「歌い物」になるのかもしれない。
言語は伝達手段として音から始まり、英雄伝説は音韻や音律を交えて歌い物として伝えられたのだろう。かつて、歴史はリズムによって伝えられた時代があったのだろう。後にパピルスのような記録媒体が登場すると、物語は人間の記憶力から解放され、長篇の雄大な物語が誕生する。ここには、歴史学における記録媒体の原理のようなものを見せてくれているような気がする。

神話という現象は、多くの国々や民族で見られるからおもしろい。それも、だいたい神は一人ではないようだ。神々は、自由に風を吹かし、嵐を呼び、疫病などの禍をもたらすといった神秘的で超人的な力を発揮しながら、戦争の神、愛の神、海の神、山の神など様々な特徴や機能を持つ。同時に、長所と短所を持ち合わせ、神々同士で憎しみあったり、愛し合ったりと人間味溢れた描写が多い。おまけに、人間の姿を借りて、いつでも自由に現世に出没し、人間たちを惑わす。神話の時代の神は、宗教的な神とは違って、かつて人間だったものがあの世から到来した御先祖様のような親和性を与える。
本書で描写されるオリュンポスの神々も、主神ゼウスの目を掠めて様々な画策を仕掛けたり、色仕掛けをしたりと、完全なる神からは程遠い。絶対的な支配力を持つ主神ゼウスにしても全能ではあるが、完全な精神の持ち主とも言えない。所詮、人間が記すもので完全な精神の持ち主を表わすことなどできるはずもないが...もしかしたら、古代ヘラスの地に、人類の歴史には登場しないゼウスに相当する絶対的な国王が実在して、それが神話化しただけのことかもしれない。
ところで、いつ頃から、神は宗教的な絶対的な地位を確立したのだろうか?人々は、必ず救済してくれるに違いないと、絶対神なる存在を夢想してきた。そして、思想の天才たちの出現が、いつのまにか神格化され、信仰心を最高潮にまで崇める。不完全なる多くの神々よりも、完全なる一つの神の方が分かりやすく洗脳力が強い。一神教の威力は絶大である。神話の時代では、まだ人々は神々と戯れていた。長所や短所を兼ね備えた神々が共存するから、趣味を語るように好みの神が語れて、賑やかで楽しい。絶対神なる一つの存在を規定するから、必要以上に崇められ、強迫観念に掻き立てられ、気楽には語れなくなる。そして、自分の信仰する神が罵倒された時に、宗教的な怨恨を持つことになる。宗教の発明が、異教徒の神を蔑み、いがみ合う結果になろうとは...

1. 伝ヘロドトス作「ホメロス伝」
末巻に「ホメロス伝」が付録される。これは、ローマ帝政時代に書かれたものと推測されるらしい。つまり、作り話か?しかも、本人はヘロドトスと称して「できるだけ正確に」などと書いて、すましている。ちなみに、「正確な(アトレケース)」はヘロドトスが最も愛用した語だそうな。
「ホメロス伝」は、ヘロドトスの著書「歴史」と同じイオニア方言で書かれているという。冒頭から、「ハリカルナッソス出身のヘロドトスがホメロスの生い立ちと生涯を記す」と宣言しているあたりは、わざとらしい。
この伝記によると...
ホメロスが生きた時代は、アイオリス地方の古都キュメが建設された時で、ヘラス(ギリシア)各地から様々な部族がイオニア地方に移住してきたという。ホメロスはキュメから南のスミュルナという町で生まれたそうな。当初、メレスの生まれという意味で、メレシゲネスと名付けられたという。生まれつき詩に優れた才能を持っていて、学塾の教師をしていた。知識を広めようと旅に出て、オデュセウスに関する伝承などを聞き知ったとされる。だが、旅の途中コロポンあたりで失明する。盲目となって、スミュルナに帰国したメレシゲネスは詩作に専念する。その後、キュメに移り住み、神々への讃歌を披露して人々に絶賛されたという。キュメの方言で、盲人のことを「ホメロス」と言うらしい。盲人ということで、町の評議会の評判は悪かった。そこで、キュメ人に対して、今後高名な詩人が生まれぬように呪いをかけ、ポカイアへ移住する。
ホメロスは、人の集まる場所で、坐を構えて朗誦しながら生計を立てる。そして、多くの詩作の中で、世話を受けた人々を、恩返しの意味で物語に登場させているという。町々で出会った光景の写実が、現実性や親和性といったものを醸し出すのかもしれない。どんな嘘っぱちでも、具体的な地名や事柄を持ち出すと、真実味を増すものではあるが。ちなみに、ホメロスが生まれたのは、トロイア戦争の168年後のことだったという。

2. 本物語の前提「女神コンテスト」
女神テティスとペレウスの結婚式ですべての神々が招かれたが、唯一争いの女神エリスだけは招かれなかった。エリスは怒り、皮肉をこめて祝宴に「最も美しい女神に与える」と黄金の林檎を投げ入れた。すると、オリュンポスの女神たちは、それは自分のことだと主張した。中でもゼウスの妻ヘレ、ゼウスの娘アテネとアプロディテの3女神が譲らない。ゼウスは、3女神に「最も美しいのは誰か?」という判定を迫られる。争いに巻き込まれたくないゼウスは、その判定をトロイア王プリアモスの息子パリス(アレクサンドロス)に委ねた。いわゆる「パリスの審判」である。ヘラは「全アジアの支配権」、アテネは「あらゆる戦いにおける勝利と知恵」、アプロディテは「人間界で最も美しい女」と、それぞれ条件を出してパリスを誘惑する。そして、パリスはアプロディテの条件に乗る。だが、人間界で最も美しい女は、スパルタ王メネラオスの妃ヘレネであった。パリスはヘレネを奪い取る。その奪還のためにアカイア人はトロイア討伐の兵を上げる。その統帥はメネラオスの兄アガメムノン。容姿は並外れて美しいパリスの浅はかな行為が、トロイア国に大きな禍をもたらすことになる。

3. イリアス物語
主な登場人物を挙げると切りがない。とりあえず、アキレス腱の語源である俊足の勇士アキレウス、その親友パトロクロス、トロイア軍の勇士ヘクトルの3人を挙げておこうか。登場する人々が、オリュンポス十二神たちに操られながら、物語は進行する。
アカイア軍の統帥アガメムノンとアキレウスの間には、かつてから確執があった。戦利品をめぐって、アキレウスが受けた恩賞の女をアガメムノンが奪ったからである。怒ったアキレウスはアカイア軍から離脱し、名誉回復を母テティスに訴える。そして、テティスがゼウスに嘆願すると、ゼウスはいずれアキレウスに名誉を与えることを約束する。ちなみに、テティスは、海底に住むネレウスの姫神たち(ネレイデス)の一人。
この約束が、トロイア軍の大将ヘクトルを剛勇に育て、そのライバルをアキレウスが討つというシナリオを作り上げることになる。そして、ヘクトルが、アキレウスの親友である剛勇パトロクロスを討ち、その仇討ちというマカロニウエスタン風の復讐劇が展開されるのであった。

4. パリスとメネラオスの一騎討
ゼウスは、テティスの約束を果たすべく、まず、アガメムノンに惑わしの「夢」を送り、戦闘を再開させる。アガメムノンに味方にすべきアキレウスを怒らしたことを後悔させるために。トロイア軍とアカイア軍の両軍は、長期に渡って苦難を被り、一刻も早く引き分けで終わってほしいと願っていた。そこへ、トロイア軍のパリスが、自分と一騎討せよ!と挑発し、アカイア軍のメネラオスがその挑戦を受ける。一騎討によって、ヘレネとその財宝がどちらのものか一気に決しようというわけである。パリスは敗れるが、女神アプロディテに救われる。ヘクトルは、パリスの不甲斐なさに呆れる。アガメムノンはメネラオスの勝利を主張し、ヘレネと財宝の返還ならびに補償を要求して一旦休戦となる。
メネラオスにはゼウスの妻ヘレが味方している。ヘレはトロイア軍に肩入れするゼウスに怒って口論となる。このまま終戦となっては、ゼウスのシナリオが狂うので、トロイア側から休戦の誓約を破らせるように手配せよと命令する。さっそく、アテネが武将パンダロスをそそのかして、メネラオスに矢を射かけさせ負傷させる。これをきっかけに、トロイア軍には軍神アレスが、アカイア軍には女神アテネが後ろ盾になって激戦が再開される。

5. ディオメデスの奮戦
女神アテネの庇護の下に武将ディオメデスが無類の剛勇ぶりを発揮する。パンダロスを討ち、女神アプロディテの子アイネイアスを傷つけ、アプロディテにも傷を負わせる。これに荒れ狂った軍神アレスは、トロイア軍を立て直すために、四方を駆け巡る。アレスが後ろ盾になった将軍ヘクトルの強さは半端ではない。女神ヘレはアレスに腹を立て、ゼウスの了解を得て、人間にとっての厄介神アレスを懲らしめんとする。アテネが後ろ盾になったディオメデスがアレスに傷を負わせる。
軍神アレスはオリュンポスに逃げ帰り、ゼウスの叱責を受ける。「オリュンポスに住む神々の中で、お前ほどわしが憎いと思う者は他にはおらぬ。お前が好むのは、争い事、戦争、喧嘩ばかり。」と。ちなみに、ローマ神話では、軍神アレスはマルス(火星)に相当し、マルス神がトロイア人の末裔の娘を犯してできた子が、初代王ロームルスだったような...ローマ帝国は厄介神の子孫の国というわけか。

6. ヘクトルとアイアスの一騎討
ヘクトルは、オリュンボスの神々がパリスをトロイアの民に大きな禍として育てたと、パリスを叱責する。そして、トロイアの民を守るために立ち上がる。ヘクトルの戦意は凄まじく、今度はトロイア軍が優勢となる。トロイア軍の勝利を願うアポロンと、アカイア軍をひいきする女神アテネが合意して休戦とし、大ヘクトルと大アイアスが両軍を代表して一騎討をさせることにする。だが、勝敗の定まらぬうちに日没となり、両者は武具を交換して別れる。
ゼウスが神々が戦闘に介入することを禁ずると、トロイア軍の優勢が確定的となり、ヘクトルは遂にアカイア軍の船陣に迫る。ヘレとアテネは、密かにアカイア軍を助けようとするが、ゼウスに気づかれ叱責される。

7. ポセイダオンとヘレの策謀
非勢となって落胆したアガメムノンは、国へ引き上げることを主張するが、ディオメデスが反対する。ネストルは、アガメムノンが自分の非を認めて、他人の意見に耳を傾けるよう説き、アキレウスとの和解を勧める。アガメムノンはそれに従い、その旨を伝えるべく、ポイニクス、大アイアス、オデュッセウスを派遣して、勝利の暁には戦利品の分け前やトロイアの美女を選び取らせるなどの約束を伝える。しかし、アキレウスはアガメムノンへの怒りが収まらず、その申し出を拒絶する。
ゼウスの虚を衝いて、ポセイダオン(オリュンポス十二神の一柱ポセイドン)が、アカイア軍の応援に駆けつける。ゼウスとポセイダオンは家系が同じで両親も同じだが、ゼウスの方が生まれも早く、知恵も優れている。そこで、ポセイダオンは表立って助けるのを避け、ゼウスの目を盗みながらアカイア軍を激励した。ヘレが一策を案じ、ゼウスの姫アプロディテと「眠り」の神の協力で、色仕掛けでゼウスをイデ山上に眠らせる。その隙にポセイダオンがアカイア軍に活を入れる。ヘレは、勇猛ヘクトルを戦えぬようにし、トロイア軍を敗走へ追い込んだ。
目を覚ましたゼウスは、ヘレの謀略に気づき激怒する。そして、ポセイダオンを戦場から引き上げさせ、アポロンにヘクトルを再起させ援護せよと命令する。ヘクトルは死運を免れ、再び立ち上がる。

8. パトロクロスの奮戦
アカイア軍は、剛勇ディオメデスが矢を受け、槍の名手オデュッセウスとアガメムノンも槍に刺されて、劣勢に立たされている。アキレウス軍にも戦禍が及びそうな勢い。パトロクロスは、この様を見かねてアキレウスがただ見守るだけなら、武勇はかえって仇となるので、せめて自分だけでも出陣させてくれ!と嘆願する。アキレウスもアガメムノンへの怒りを収め、パトロクロスに出陣を許す。そして、アキレウスの武具を借り、ミュルミドネス勢を率いて戦場に向い、トロイア軍を撃退しさらに追撃する。パトロクロスは、ゼウスの子サルペドンを討ち、その屍をめぐって激戦となる。それを見かねたゼウスは、アポロンにサルペドンの屍を連れ戻して安らかに眠らせるように指示する。アポロンは、サルペドンの屍を連れ出し丁重に葬った。そして、アポロンは、誇り高きトロイア人の城はパトロクロスの手で落とす定めにはない、引き退れ!と凄まじい声で忠告する。アポロンによって戦意を奪われ、退いたパトロクロスは、エウポルボスの槍で傷を受ける。そこへ、ヘクトルが追い討ちをかけて止めを刺す。パトロクロスの遺体を守ってメネラオスが奮戦するが、パトロクロスの身に付けたアキレウスの武具は遂にヘクトルに奪われる。残された屍をめぐって激戦が続くが、女神アテネの助けもあって、辛うじてパトロクロスの遺体を確保する。

9. アキレウスの奮戦
親友パトロクロスの死を知らされたアキレウスは激しく悲しむ。そこに母テティスが現れ慰める。アキレウスの激しく悲しむ声に、海底に住むネレウスの姫神たち(ネレイデス)が集まる。アキレウスは、親友の死を悼んで絶食を続ける。周りの人々の説得も聞かずに。そこへ、アテネが神々の食物を与えて元気づける。テティスは我が子のために、名工ヘパイストスに新たな武具を造らせる。そして、アガメムノンの怨恨を断ち切って戦う決意をせよ!と説得する。アキレウスは、ヘクトルめの首と武具を取り戻すまでは、パトロクロスの葬儀はやらぬと決意する。
手傷を負ったアガメムノンがアキレウスを訪ね、両者は和解する。出陣するアキレウスに名馬クサントスが人語を語って、彼の死期の迫っていることを予言する。馬に人語を語らせたのは、女神ヘレであった。アキレウスは、死を覚悟した決意で臨む。
女神テミスは、正義や掟を護る神で、職能を司る職能もあったという。テミスは、オリュンポスの頂上から神々にゼウスの館に参集するように呼びかける。ゼウスは、ここから見物すると宣言し、神々に戦闘への介入を許す。アカイア軍には、ヘレ、ポセイダオン、アテネら、トロイア軍には、アポロン、アレス、アルテミスらが支援する。
アキレウスは、誰よりも勇将ヘクトルとの対決を望む。ヘクトルは、アキレウスの剛勇に劣ることを自覚しているが、所詮は神々のお膝の上にあること、力の劣る者が負けるとは限らないと言って、アキレウスと戦う。アポロンは、ヘクトルが危ないと見るや、すぐにさらって濃い霧の中に隠す。ヘクトルとアキレウスの対決は、アテネとアポロンがそれぞれ応援し物別れに終わる。アキレウスは勢いに乗るが、アポロンの謀略で、一旦はイリオス城から外れた場所へと誘い出される。それに気づいて、すぐさまヘクトルを追って三たび城のまわりを巡った後、一騎討に入りヘクトルを討ち取る。そして、遺体を車につけて走り廻り陵辱する。ヘクトルの両親と妻アンドロマケは嘆き、トロイア軍は町を挙げて悲しみに暮れる。

10. パトロクロスの葬送競技とヘクトルの遺体引取り
アキレウスとミュルミドネス勢は、パトロクロスの遺体を囲んでその死を悼む。その夜、アキレウスの枕元にパトロクロスの亡霊が現れ、火葬を督促する。アキレウスは、火葬を終えると、様々な賞品を賭けて葬送競技を催す。大アイアス、オデュッセウス、ディオメデスらの剛勇も競技に参加して盛況となる。競技の最後には、アキレウスが総帥アガメムノンの勝利を宣言して、今や彼への怒りが全く解消したことを示す。
アキレウスはヘクトルの遺体を傷つけることをやめない。神々もさすがに見かね、ゼウスは女神テティスに命じて、遺体を返すように説得させる。ゼウスの命にアキレウスも素直に従う。トロイア王プリアモスは、深夜アキレウスの陣屋を訪れ、息子ヘクトルの遺体を受け取り、トロイアでその葬儀が営まれ物語を終わる。