2017-12-31

"ヘミングウェイ短編集(全二冊)" Ernest M. Hemingway 著

夜な夜な仕事に集中できず、気分転換に本棚を整理していると、その奥底から見覚えのある作家が出土された。アーネスト・ヘミングウェイ!?... おいらは、この作家が嫌いだ。いや、嫌いだった。というのも、大学時代、一般教養科目の英語でヘミングウェイ狂の教授がいて、作品を持ち出しては行間を読め!などと、やたらと威圧的な授業があったのを覚えている。
そもそも小説とは、作家だけでなく、読者の自由精神をも解放してくれるものでなければ楽しめるはずもなく、無理やり解釈を迫れば想像力が働かないばかりか、拒絶反応を起こしてしまう。天の邪鬼だから尚更だ。行間を読むにしても、作品全体を通して立体的な視点に立脚する必要があり、いくら優れた作品だからといって部分的に引用されても、上っ面の文章ですら読む気がしない。おそらく単位をとるために仕方なく買ったのだろう。
とはいえ、引っ越し貧乏で、その都度処分してきたはずが、ここで出会えたのは奇跡!いや、運命に違いない。三十年の月日を思えば、なんと回り道な人生だったことだろう。回り道、寄り道、道草の類い、これがたまらないのだけど。今、この考古学的発見に感動を禁じ得ない...

ここに連なる短編群には、物語の設定や登場人物の人格といった前提説明がまったく見当たらない。淡々と登場人物の会話を記録したような外面的な描写に、文体にも技巧的なものが感じられず、むしろ素朴な印象である。題材も凝ったものが見当たらず、ありふれた日常を綴っている感じ。凡人は日常の幸せにも気づかないものだが、天才は日常までも芸術にしてしまうらしい。
それでいて、会話から徐々に浮かび上がってくる状況や人物像は、推理小説風の酒肴(趣向)すら感じられる。言葉が足りなければ、読み手が物語を補わずにはいられない。つい作家との共同作業に参加してしまうような衝動に駆られ、独り会話風のモノローグが酔っ払いの独り言を加速させる。いや、単に説明に怠慢な小説家というだけのことかもしれん。これが、ヘミングウェイ流か...

ところで、ヘミングウェイには、帰属意識なるものがあるのか?あるいは、途中で失ったのか?社会的所属とは、ぼんやりした概念ではある。大抵の人は、生まれた時にどこかの国に、どこかの自治体に自動的に所属させられ、それが学校だったり、職場だったりと、常にどこかの集団に取り込まれるという奇跡的なシステムの中を、当たり前のように過ごしている。そのために、どこにも所属しないことが、ネガティブなイメージを与えて不安に陥れる。地上で、これほど孤独を恐れる生命体も珍しいかもしれない。
まずもって不自由を存分に思い知らされれば、才能豊かな人ほど、この呪縛から逃れようとするだろう。悪徳は恐ろしき怪物なれど、それが人間の本性。これに対抗するかのように、人々は愛という言葉を口にする。この言葉には、実に幅広い意味がこめられ、社会とのつながり、人間とのつながり、自己とのつながり... それは温かくも感じられれば、隷属にも感じられる。隣人愛や自己愛の押し売りが、社会嫌いへいざない、人間嫌いへいざない、ついに自我までも否定しかねない。ただ、愛の奴隷になるのも悪くない。おいらは、M だし...
見たまんまの風景をそのまま綴り、あとは読者に解釈を任せるだけであれば、それは書き手としての究極のエゴイズム。自ら言葉を自立させなければならない、と読者に要請してきやがる。自分に嘘をついても虚しいだけ。口に虚しいと書いて「嘘」、人の為(ため)と書いて「偽り」、さて、どちらを信じよう。人間の弱さを素直に曝け出し、自分の弱さを認める勇気を持ちたいものである...

尚、本書は、大久保康雄訳版(新潮文庫)の全二巻構成。
第一巻から...「インディアン部落」,「医師とその妻」,「拳闘家」,「兵士の故郷」,「エリオット夫妻」,「雨のなかの猫」,「心が二つある川(一, 二)」,「挫けぬ男」,「異国にて」,「白い象のような山々」,「殺し屋」,「ミシガン湖のほとりで」,「世界の首都」,「橋のたともにいた老人」,「キリマンジャロの雪」。
第二巻から...「五万ドル」,「十人のインディアン」,「贈りもののカナリヤ」,「アルプスの牧歌」,「追走レース」,「身を横たえて」,「清潔な明るい店」,「世の光」,「海の変化」,「スイス礼讃」,「死者の博物誌」,「ワイオミングの葡萄酒」,「父と子」,「フランシス・マコーマーの短い幸福な生涯」が収録される。

1. ロスト・ジェネレーション
ヘミングウェイは、第一次大戦で戦傷を背負った、いわゆる「失われた世代(ロスト・ジェネレーション)」の代表のように言われる。彼の人生が自殺によって終焉したことも、その一因であろう。戦争体験を爽やかに描けば、却って暗さを浮かび上がらせる。無意味な死の荒れ狂う場に身を置けば、素朴な風景を欲するものなのか。何か失ったものを取り戻そうと藻掻いているかのように。死者から得られる合理的な興味といえば、死者からの無言の教示であるが、これに必死に耳を澄まそうと。
そして、生命の本質は無への回帰を望むのかは知らん。精神が空洞化すれば、残されるのは肉体のみ、それも単純素朴な人間味のみ、まさに抜け殻。現世の秩序や道徳に不信をいだき、知性や理性を否定する。現代人が疲弊にあげく自意識過剰とは真逆な価値観だが、それだけに自我と、いや超自我との対決を余儀なくされる。
「清潔な明るい店」では、自殺に失敗した爺さんが孤独感を背中に漂わせて酒を飲む。ひどく年をとり、足取りもおぼつかないが、威厳を保っている。そりゃ清潔さ、酔っ払ってもこぼさないし。清潔さと秩序が無(ナダ)の中で生き長らえ、それに気づかなければ幸せというもの。ちなみに、ナダはスペイン語で、虚無といった意味があるそうな。
さらに、「死者の博物誌」で登場する台詞が追い打ちをかける。
「いまぼくは、ヒューマニストと自称する人たちの死にざまを見たいと思う...」
絶望と虚無を描きながら自暴自棄の側面を見せつつ、少年期の童心回帰を試みるのも現実逃避の一つ。娼婦の癒やしに光を見つけるのも、現実逃避の一つ。
「ニック・アダムス物語」と呼ばれる一連の作品で体験物語を綴り、狩猟や魚釣りをした思い出に救いを求め、ノスタルジーに耽るのも防衛本能の一つ。
その一方で、勇気ある男の世界を夢見る駄目オヤジには、一瞬の勇気と引き換えに死を与えるような滑稽な演出をしたり、けして懲りない闘牛士は老いても異様な執念を燃やし続け、不眠症のボクサーは試合が気になって眠れないんじゃなくて、女房の身体が恋しくて眠れないんだとさ。
こうした物語に小説家の病んだ心と結びつける批評家もいるが、実は、ヘミングウェイ流のジョーク、言わば、彼独特のファルス論ということはないだろうか。自分の死までもお笑いで片付けようというなら、巧妙な策略家と言わねばなるまい。あの世で翁は、行間を読みすぎる読者を嘲笑っているやもしれん...

2. ニック・アダムス物語
体験に裏付けられた題材を創作の信条とすることで知られるヘミングウェイだが、いっそう彼自身に密着する一連の作品群が「ニック・アダムス物語」と呼ばれる。この老作家は、北ミシガンのインディアン部落に近い森林地帯で少年期を過ごす。青年期には第一次大戦に参加し、イタリア戦線へ。戦傷と治癒の期間を経てパリで修行を積み、「日はまた昇る」や「武器よさらば」で作家の地位を確立した。闘牛と狩猟と魚釣りに没頭し、スペイン内乱を体験。
ニックの遍歴を辿ると、最初に出会うのが「インディアン部落」という作品である。ニックの父は医者で、インディアンの女性に帝王切開を施して無事に子供を取り出すが、その上のベットでは女性の夫が剃刀で喉をかき切って死んでいた。生と死の対比がなんとも印象的である。
「医師とその妻」がこれに続き、ニックは人生の悪を否定する母を捨て、狩猟好きな父とともに森の中へ入っていく。父は悪を承認する側の人間なのだ。善の側よりも、悪の側に最も人間の本質が顕れやすいということを体現しているような。
「拳闘家」では、かつてのスターは落ちぶれ、黒人の前科者に保護されながら田舎を放浪する、なんとも不気味な光景にニックは衝撃を受ける。
「殺し屋」では、事件に至るまでの説明がいっさい見当たらない。登場人物がどんな奴か?舞台はどこか?目の前でなされる会話を直接ぶつけてきやがる。物語の筋は単純で、だから張り詰めた緊迫感とリアリティを醸し出すのか。
「心が二つある大きな川」では、戦傷に病めるニックを描く。夢魔に精神と肉体を蝕まれて、眠れぬ夜を過ごす日々。本国へ戻り、魚釣りに出かける。餌に捕まえたバッタが真っ黒に染まっているのを見ると、焼け跡で死んでいった人間と重なるのか、一見釣り好きの物語のようで陰の世界を垣間見る。虚無と絶望から救われるのは、純粋に打ちこめる趣味ぐらいなものか。
「十人のインディアン」では、インディアンの恋人を寝取られたニックの失恋体験を告白。
「アルプスの牧歌」では、雪の深いアルプスで山小屋に住む農夫を描く。農夫の妻が死んだのは12月で、今は5月。死後硬直した遺体を半年間も丸太のように、壁に立てかけていた粗野ぶりに唖然。
「身を横たえて」では、戦争のさなかにあっても、戦争を意識しないで済むひとときを描く。もはや郷愁の思いに縋るしかないか。
「世の光」では、娼婦に縋る男のロマンを描く。ただ、主人公は「ぼく」で、ニックなんて名前はどこにも出てこないが、これもニック・アダムス物語なのだそうな。
最後にニックが登場する作品は「父と子」で、すでに38歳。今度はニックが父親となって長男を連れて行く。胸に絶えず去来するのは自殺して果てた父のこと。息子と亡父の墓参りに行く約束をして物語は終わる...

2017-12-24

"音楽と音楽家" Alfred Einstein 著

古本屋を散歩していると、シューマンの書した同じ題目でアインシュタインのものを見かけた。偉大な物理学者が音楽論???まぁ、音楽に造詣の深い科学者や数学者をよく見かけるし、ピュタゴラスだって音楽論を語った。そして近寄ってみると、なぁーんだ、アルベルトではなくアルフレートかぁ。この勘違いのおかげで、音楽のまったくのド素人が、これほどの書に出会えたのは幸せである...

19世紀の音楽史家に、アルフレート・アインシュタインという文才がいたそうな。本書は、イタリア・ルネッサンスに始まり、シュッツ、バッハ、ヘンデルから古典派やロマン派を経て、フルトヴェングラーまでを外観してくれる。これほど広範に及ぶからには、一般書に分類すべきなのだろうが、それにしては造詣が深すぎるほどに深い。
尚、モーツァルトに関する記述があまりに乏しい... と思っていたら別本で出版されていて、やはりモーツァルトは特別な存在と見える。こちらの作品にもいずれ挑戦してみたい...

18世紀中頃、音楽にとって、音楽家にとって、いまだかつてない危機に見舞われたという。バッハやヘンデルが世を去り、その後を継ぐ者が学問的なものと、ガラントなものとに分裂したと...
「ガラント」という言葉のニュアンスがいまいち掴めていないが、音楽界では世俗的で、社交的慣習の特殊な用語としている。「学問的なもの」というのは、真正のポリフォニーは死滅し、もはや自然な音楽言語ではなく、専門家たちの意思疎通の道具になってしまったということ。いずれの分派も、偉大な感情の担い手としては相応しくないというのである。そして、ルネサンス精神を最も純粋に再現した形式としてマドリガルを語りながら、国粋主義の知らぬ幸福な時代を懐かしむ。
「マドリガルの本質は、伴奏付リート技法の一種だったフロットーラとは反対に、まったく無伴奏音楽であり、しかも、モテットという教会音楽の分野での同時的平行現象よりも、はるかに高度に無伴奏音楽なのである。」

さらに、大バッハより百年早く生を受けたシュッツには音楽家の根源的な動機にディレッタント魂を重ね、モーツァルトにはバッハの偉大さを認識した唯一の創造的精神だと賛辞を送り、ヴァーグナーの攻撃性に対しては、そんな弱点も全体像を眺めれば充分に耐えうる完成度があるとし、あるいは、クリストフ・ヴィリバルト・グルックがどこの国に属すかといった楽壇論争を皮肉ったり、ハイドンが長い間不当な評価を受けてきたことを嘆いたり、フルトヴェングラーの段になると「もはや聴く能力を失った」音楽評論家の悲しい仕事と酷評したり...
自分の愛好する音楽や贔屓の音楽家が批判対象となれば、苦々しく感じそうなものだが、そんなところがまったくなく、素直に聞き入ってしまう。それも、純粋な直観から発しているからであろう。
「われわれが尊敬するのは、たいていは、このような楽匠の真の偉大さ、ほんとうの姿ではなく、われわれが勝手に作り上げた姿である。よい例がベートーヴェンである。同時代人たちは、彼を荒々しい革命家だと思い、メンデルスゾーンの時代は古典主義者とみなし、ヴァーグナーは一人のロマンティカーだと考えた。そしてわれわれはといえば、なかでも一番困り者だが、一人のクラシカーだとみなす。」
また、音楽家たちがポリフォニーと対決してきた様子を物語ってくれるのも、なかなかの見モノ。
「ベートーヴェンは、ハイドンやモーツァルトと同様、ホモフォニーの、私に言わせれば、反ポリフォニーの時代、少なくともポリフォニー的言語がもはや適合しなくなった時代に属している。」

1. ルネサンスから近代国家へ
18世紀から19世紀は、近代国家の枠組みがはっきりと現れた時代。芸術家たちが世界中を旅しながらこしらえた偉大な作品も、彼はイタリア人だ!フランス人だ!ドイツ人だ!などと発祥をめぐって論争が巻き起こる。この新たな枠組みが、国粋主義を旺盛にさせてきた。彼らは自問したであろう。普遍性を追求するのに、なにゆえ、どこぞに属さねばならぬのか?と。
そして、国民名簿から抹殺してくれるよう願い亡命するも、受け入れ先でまた名簿に登録され、故郷から非国民などと罵声を浴びる始末。国家という言葉のニュアンスも、愛国心という概念も、プラトンの時代から随分と変質したようである。生まれたら即座に所属させられる、この奇跡的なシステムに、なんの疑問も持たずに生きて行ければ幸せであろうに。
彼らは才能豊かであるがゆえに、世俗の所有物とされる。学問にせよ、芸術にせよ、堕落への傾向はディレッタント的な趣向(酒肴)の排除、すなわち寛容性を失った時に始まる。宗教にしても、いくつかの福音だけを認定したがために、それ以外の福音は異端とされ、いびつとなっていく。いびつな社会には、いびつな精神で対抗するしかあるまい。だからバロック音楽なのか。
ナチス時代に限らず、不遇を強いられてきた音楽家たち、彼らは世俗人と専門家の双方からの攻撃に曝されてきた。その境遇を思うと、アルフレートのなすべき仕事に対する態度を思わずにはいられない。
「フリードリヒ大王が一七四七年にバッハをポツダムに招待したとき、大王はバッハの偉大さを測定するにたる尺度を所有していたのだなどとは、信じないでいただきたい。老バッハは大王にとって、過ぎ去った諸時代から出現した対位法の化石、奇獣だったのである。」

2. ハイドンの再評価
1800年頃、パリのある音楽協会がヨーゼフ・ハイドンのために祝賀会を催した。祝賀行事の山場に聴衆の面前でハイドンの胸像に花環がかけられることになっていたが、そのような像がなかったので、古代のカトー胸像の石膏模像に花環がかけられ、その下に「不滅のハイドンへ」と刻まれたという。このエピソードは、長い間ハイドンが誤解されてきた象徴的出来事として紹介される。
さらに19世紀ときたら、ニセモノのハイドンの頭に誠実味のない保護者ぶった賞讃の月桂冠をかぶせたと。20世紀になって、ようやく再評価されるようになったとか。
そして、オペラ、オラトリオ、ミサ曲、セレナーデ、ディヴェルティメントなど多くの功績の中から、シンフォニーよりむしろ弦楽四重奏曲こそ頂点をなすと評している。18世紀の危機、すなわち、ガラントな音楽と学問的な音楽の二元性を克服した救世主として...
「同時代の批評、殊に北ドイツの批評はハイドンの卑俗性を避難した。ハイドンは微笑して自分の道を歩む続ける。彼は単純で自然である。しかし彼は自分の濁りない不屈な天性の高貴さを頼みにする。シュトゥルム・ウント・ドラングの流行病は彼には触れない。感傷的な自然への復帰を説教するルソーの時代に、ハイドンはみずから自覚することなく、まったくこだわりなく、とうからこの夢想された楽園に坐っていたのである。」

3. 作品最終番とデスマスク
モーツァルトのようにおびただしい作品群に見舞われれば、ケッヘル番号のように整理したくなるのも分かるし、素人にはありがたい。ただ、その整理の基準は、音楽家によってまちまちときた。器楽曲だけを数えたり、声楽曲を別に数えたり、時系列であったりと。音楽家本人にしてみれば、意図しない分類を迷惑がっているかもしれない。
最後の作品ともなれば最後の顔となり、感傷の対象とされる。中には、酷く文学的な扱いを受けることも。死後に音楽評論の尽くされた顔は、死体解剖後に作られたデスマスク。この顔が音楽家の魂から幽体離脱を計り、独り歩きをはじめる。
一方で、最後の作品に最後の思想を結びつけるのが難しい音楽家もいる。例えば、ヴァーグナーは、ベートーヴェンとは違って最後の主題がないという。デスマスクをこしらえるのは後世を生きる者の身勝手な想像であって、芸術家というものは、自分自身が生涯を通してこしらえた芸術履歴や総合芸術、いわば自分自身の世界観に仕えるものらしい。彼らのシンフォニーは音楽的散文であり、最後の作品でレクイエムを奏でる。それは、ある種の信仰告白か...
「偉大な楽匠の作品の総体にはある謎めいた法則が支配している。創造的な人間はみな、自分の作品が完成を見ないうちに死ぬことの恐ろしさ、滅びることの恐ろしさを知っている。創造者はまだ生まれていない作品の完成像を心に抱いているものであり、またひとたび生まれ出た暁には、この作品がそれ固有の存在を得て、永遠に自分のために証人となってくれるであろうことを知っている。」

2017-12-17

"音楽と音楽家" Robert Schumann 著

ゲーテ「西東詩篇」に曰く、
「ただ沈黙の中にのみ啓け行くものを
 あたかも名によりてあるかの如く、-
 神により形作られしままの
 美しき良きものこそ、我は愛す。」

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン、カール・マリア・フォン・ヴェーバー、フランツ・シューベルトらが死んで間もないドイツ楽壇にあって、ロベルト・シューマンは「新しい音楽(ノイエ・ムジーク)」の運動を展開する。「ダヴィド同盟」がそれだ。尤もこの同盟に属する音楽家はシューマンが独断で選んだものであって、架空の団体である。そこには、ショパンをはじめ、ベルリオーズ、メンデルスゾーン、リストなど錚々たる顔ぶれ。ロマン派音楽の正統後継者は、我らにあり!と言わんばかりに。いや、ライプツィヒの饗宴としておこうか...
「会衆のダヴィド同盟員諸君、即ち音楽におけると否とを問わず、俗人どもを粉砕すべき青壮年諸君!」

酒の肴は、作曲に対する批評である。饗宴の共演者たちは、自らこしらえた協奏曲によって自身を狂想曲へいざない、変奏曲によって自身の変装曲をまとい、独奏曲によって独り善がりに独走曲を奏で、憂鬱な夜想曲までも優雅にさせる。おまけに、無言歌と称しておきながら世間を騒がせる。そして、理論、ゲネラルバス、対位法といったものにおじけないように、と読者を励ましてくれる。カノンなんぞ糞食らえ!と...
音楽の最初の試みは、単純な喜びと悩みに発する。長調と短調がそれだ。とはいえ、この複雑怪奇な精神活動を言葉や楽譜で記述することは難しい。ここには、文学と音楽の融合を見る想いである。実際、シューマンの父親は出版するほどの文学愛好家だったそうで、ロベルト自身もバイロンやゲーテの詩を愛し、ウォルター・スコットやジャン・パウル・リヒターを耽読して育ったという。
ロマンチックな男には詩的な幻想が香る。男は目で恋をし、女は耳で恋に落ちる... とは、ウッドロー・ワイアットの言葉である。こいつは音楽の解剖学か、いや、楽譜の解剖学と言うべきか...
「どんな作曲家もそれぞれみるからに独特な譜面の形をもっていると思う。ちょうどジャン・パウルの散文がゲーテのそれと違うように、ベートーヴェンは譜面からしてモーツァルトと違う。」

1. シューマンの二面性
本物語は、オイゼビウスとフロレスタンという二人の人物が、ラロー先生を囲んで問答を繰り返すという形で展開される。一人が感情をぶつければ、もう一人が沈着に分析し、二人が主観を思いっきり解き放てば、ラロー先生が客観的になだめるといった具合に、まるでシューマン自身の二重人格性を物語っているようである。
また、クララへの想いも見逃せない。ラロー先生のモデルは、後に妻となるクララのことらしい。クララは九歳にして初公演を果たしたピアノの天才少女で、このヴィークの娘との恋物語はなにかと噂される。
シューマンは、ピアノのメカニックな練習に冷静に気長に打ち込むには、あまりにもロマンチックでありすぎたと見える。うまく動かない薬指を酷使したために損ねてしまい、ピアニストの道を断念。そして、作曲に専念することになるのだが、その創作活動にクララが多大な影響を与えたと言われる。シューマンは、妻クララの演奏活動でヨーロッパ諸国に同伴したという。
自由精神は、まず制限を感じとってその反発から活動が始まる。偉大な作家ですら、小説の材料は古典や神話からとってくる。他人の自我に依存して、自律的になるといったことがほとんど...
「ベートーヴェンは(いつも題目なしに)多くの作品を書いた。しかしシェークスピアがいなくてもメンデルスゾーンの『真夏の夜の夢』は生れたろうか。そう考えると憂鬱になる。」

2. 激しい運動の犠牲
シューマンの寵児ブラームスは、非難と支持の双方の的となり、精神病院へ。彼は、ドイツ古典音楽の偉大さを回復するために、感傷と官能性とですっかり膨れ上がってしまった後期ロマン派との対決という巨大な課題を一身に背負うのだった。批評運動というものは激しさを増すと、世間から吊し上げられる者をこしらえる。魔女狩りの類いである...
「罪は僕らにあるとともに彼らにもある。誰かが生涯を通じて、全く同じ眼で見てきたというような大家が果たしているだろうか。バッハを正当に評価するには、青年の持ち得ない数々の経験がいる。モーツァルトの太陽のような高さでさえ、彼らにはあまりに低く値踏みされる。ベートヴェンに至っては、ただ音楽を勉強しただけでは足りない。」

3. 旋律について
音楽とは、ちょうどチェスのようなものらしい。最高の力を持っているのは女王(旋律)だが、勝負は常に王(和声)によって決まる...
「音楽好きの人たちは何かというと『旋律』という。もちろん旋律のない音楽なぞ、音楽ではない。しかし、その人々のいう旋律とは、何をさしているかよく考えてみるがいい。あの人たちはわかりやすい、調子のよいものでなければ、旋律だと思わない。しかし、旋律にはもっとちがった種類のものがあって、バッハ、モーツァルト、ベートヴェンをあけてみると、そこには幾千といういろいろとちがった節がみつかる。貧弱な、どれもこれも同じような旋律、ことに近頃のイタリアのオペラの旋律など、早くおもしろがらなくなるように。」

4. フーガの知ったかぶり
さる気短な男がフーガの概念を大体このように定義したという。
「フーガとはある声部が他の声部からのがれてゆく音楽である... (フーガはフゲーレ、つまりのがれさるという言葉からでている)... しかも第一に逃げだすのは、聞き手である。」
シューマンは、この男はフーガについてほとんど何も分かっていない!と詰め寄る。だが、誰もが主役を主張すれば、その場から逃げ出したくなるのも分かる。酔いどれ天邪鬼は、このフーガ知らずの定義がなんとなく気に入っている...

2017-12-10

"徳富蘇峰・山路愛山" 隅谷三喜男 責任編集

自由政治思想史の一コマ...
明治大正の論壇において、緊密な連鎖関係にあった二人の論客があったそうな。その名は、徳富蘇峰と山路愛山。蘇峰は西南雄藩の出自で、愛山は旧幕の遺臣と、その生い立ちは勝者と敗者、性格も正反対であったとか。蘇峰は、新聞人から松方内閣の勅任参事官、ついで貴族院勅選議員となるが、愛山は終生在野の論客を通す。蘇峰ほどの人物に対して、愛山ほど自由に振る舞った者はいなかったという。いかなる権威にも屈しない真の野人であったと。ところが、愛山を論壇に引き出したのは蘇峰であり、愛山は蘇峰の手を握りながら世を去ったという...
尚、本書には、徳富蘇峰から「将来の日本」と「吉田松陰」、山路愛山から「現代日本教会史論」と「評論」の四作品が収録される。

人間の思想領域とは、奇妙なものだ。同じ考えでも、哲学として眺めれば調和できそうなのに、宗教として眺めれば対立する。改革ってやつもまた、目的が同じでありながら急進派と穏健派で対立する。つまりは方法論をめぐっての争い。
ただ、武力と相性がいいのは急進派の方、いや過激派であって、穏健派は抹殺される運命にある。正義の旗の下では残虐行為までも正当化され、しかも十全にまた愉快になされるものらしい。博愛を唱える修道僧が、最も残虐な行為に及ぶのも道理というものか...
徳川二百六十余年ともなると、難癖をつけてはお家断絶に追い込もうとしてきた幕府に対する溜まりに溜まった怨念は、根深いなんてものでは表現が足りない。元禄文化は、皮肉のこもった演芸を滑稽芸術にまで昇華させた。歌舞伎狂言や人形浄瑠璃の類いがそれで、忠臣蔵などの事件は格好の題材となった。間接的に批判する風潮は、庶民だけでなく武士階級にまで浸透し、中央政府への不満は思想領域において多種多様な形で蓄積されていく。
とはいえ、鎖国政策が時代遅れであることは、幕府の重臣たちも感じていたはずだ。廃藩置県の意義は、武士階級を一旦チャラにすること。西欧列強国に対抗できる国家軍を創設するのに、藩の面子などどうでもいい。ましてや、武家も公家もあるまい。
歴史を眺めれば、いつの時代もグローバリズムと排外主義の綱引き。時代の流れは情報エントロピーには逆らえず、大局においてグローバリズムへと押し流されていく。
そして、明治維新で一気に爆発したものの、この改革は未完成のままで、自由主義への転換は未だ過渡期にある。日清、日露戦争で大国を相手にしての大勝利に国民が沸き立つ中、大正デモクラシーとあいまって自由主義と愛国心が強烈に結びつく。
次の段階では、帝国主義論をめぐっての論争へ移行し、村社会という日本社会の特性が、本来唱えるべく個人の自由を犠牲にする。ベンサムの功利主義から多数派の幸福を優先すると解し、ミルの自由論を集団的自由と解し、アダム・スミスの国富論が唱える生産拡張論を領土拡張論と解し、富国強兵とともに侵略的帝国主義へ。平民主義から国家社会主義へ、自由主義から帝国主義へ、という二重の転換期にある。
歴史を評価する時、いつの時代でも、あの時代は狂っていたと現代感覚で処断される。では、今の時代は?パスカルが言うように、やはり人間は狂うものらしい...

1. 帝国主義へ傾倒
蘇峰ほどの人物ですら、最初は平民主義を唱えていたものの、戦争を契機に帝国主義者となって日本膨張論を展開していく。
一方、愛山は、急激に西洋かぶれしていく日本社会に対して警告を発するものの、内村鑑三のキリスト教平和主義を反駁し、やはり国家社会主義へと傾倒していく。「人を殺す勿れ」を裏返して、「存在する権利あり」とするのが帝国主義論だというのである。ただ、愛山には一つの歯止めがあったという。それは人民の視点である...
「主体のなかに伝統的共同体が根深く存在していたのであり、この家族共同体理念が日露戦争後の、日本の外的・内的危機のなかで急激に膨張し、表面化してきたわけである。この点への透徹した認識こそが、日本国民に課せられた歴史的課題であったのであるが、蘇峰も愛山も、日本社会の根底に盤踞するこの関係と思想とを客観化し、克服することができなかった。そこに日本におけるナショナリズムの軌跡の悲劇があった。」

2. 吉田松陰論
維新革命の功績で、第一の人物を挙げるとなると悩ましい。蘇峰と愛山は、ともに思想面で導いた功績として、吉田松陰を挙げている。
ただ、思想の種を蒔いた者は、その成果を見ることができないのが歴史の皮肉である。自由と平等、そして権利という新たな道徳への展開は、自らの死を覚悟せねばならんのか。松蔭は獄中にあっても、囚人、監守、官吏たちを教化し、門弟たらしむる。そして、その意志を継ぐ松下村塾の門弟たち。
だが、思想とは、人間が編み出した最高位の虚構やもしれん。蘇峰は、「日本国を荒れに暴(あ)らしたる電火的革命家」と評す。
「彼は多くの企謀を有し、一の成功あらざりき。彼の歴史は蹉跌の歴史なり、彼の一代は失敗の一代なり。しかりといえども彼は維新革命における、一箇の革命的急先鋒なり。もし維新革命にして伝うべくんば、彼もまた伝えざるべからず。彼はあたかも難産した母のごとし、自ら死せりといえども、その赤児は成育せり、長大となれり。彼豈に伝うべからざらんや。」
さらに、蘇峰は「小マッチーニ」と呼ぶ。イタリア帝国建立時に活躍した革命家の一人だが、新イタリアは彼の唱えた共和国には程遠く、誇り高い態度を崩さずに死んでいったとさ。マッチーニ曰く、「吾人がなさんとするところは、単に政治的にあらず、徳義的事業なり。消極的にあらず、宗教的なり。」

3. 自由と平等
吉田松陰と同時代を生きた啓蒙的思想家に、福沢諭吉がいる。彼の言葉に「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」というのがあるが、彼らは自由と平等をどのように捉えたのだろうか。それは、能力主義までも否定したのではあるまい。
現実に人間社会は、人の上に人をこしらえ、人の下に人をこしらえる。ただ、あくまでも身分や出生に関係なく個人の努力によるものでなければならず、その意味で封建的な世襲とは相容れない。それゆえ、「学問のすゝめ」なのであろう。
しかしながら、学問とて流行モノに群がる。蘇峰は、当時の西洋化していく様を、フェニキア人が商業をもって征服し、続いてローマ人が腕力をもって征服するにも似たり... と回想している。確かに、西洋哲学には優れたものがわんさとある。モンテスキュー、ルソー、ミル、ヒューム、ホッブス、ロック、ベーコン... だがそれらは、孔子や孟子を否定するものではあるまい。
維新の時代に「自由」という用語が西洋的解釈で使われ始めたとしても、自立や自律といった概念は日本にも古くからある。自由とは、責任を前提とした自己抑制下にあるもので、他人のせいにするのでは自由を放棄したようなもの。けして自由放任とは相容れず、結局は中庸の哲学に辿りつくはずだ。そして、その中庸にも節度が求められるはず。愛山は、こう書いている。
「中庸の哲学は天道に重きを置くときは唯物論となりやすく、性に重きを置けば唯心論となりやすしとす。」
仏教は、徳川時代にほぼ唯一の国教とされ、その保護を受けた。僧侶が伝道せずとも、生まれてくれば、自動的に親の宗派に組み込まれる。民衆は邪宗門徒ではないことを宣言するために、信者の名簿に名を連ねる。まるで戸籍のごとく。こうした宗教原理は、惰性的な儀式と常識によって支えられ、哲理による疑問がわかなければ、精神的向上も望めない。宗教をして儀式の一種とさせ、今日、葬式仏教と揶揄されるに至る。
だがそれは、国民という帰属意識とて同じであろう。近代国家の枠組みが確立したのは、19世紀頃とそれほど古いわけではない。にもかかわらず、生まれてくると自動的にその国に属すよう命じられる。人はこの世に生まれ出ると、まず不自由を体験するわけだ。だから、自由に焦がれるのか?いや、他を知らなければ、それが常識で終わり、他を知ればそれに焦がれる、ただそれだけのことやもしれん...

2017-12-03

"Linux カーネル Hacks" 高橋浩和 監修

"GNU is not Unix !" という自由を象徴するような言葉遊びがあるが、"Linux is GNU ?" と問えば論争になる。人間の縄張り意識は果てしなく続く。自由をめぐってのものとなると尚更...
自己にとって自由精神ほど手強い相手はないかもしれない。自由になるためには知識がいる。それなりに金もいる。そして、なにより時間と空間がいる。空間は仮想的になんとか誤魔化せるし、コンピューティングの最も得意とするところ。そもそも精神空間がバーチャルな存在ときた。
だが、時間はそうはいかない。哲学が暇人の学問と言われる所以がここにある。凡人に出来ることと言えば、無駄な時間をできるだけ削ることぐらい。ただ、何が無駄で何が大切なのかが分からない。行き詰まると... 自分でやれない事は素直に諦めな!... とメフィストフェレスが耳元で囁く。誰かがヒントを与えてくれたとしても、手取り足取り教えてくれる者はいない。そこには、常に自己責任がつきまとう。だから自由なのだ。
なぜ、ハッキングの衝動に駆られるのか?自由を欲するが故に。環境をハッキングしては自分色に染め、アプリケーションをハッキングしては自分の手足とし、核をハッキングしてはすべてを手懐けようとする。なぜ、コンピュータを相手に?人の心をハッキングすることは難しすぎる。自己のハッキングを試みても、頭はいつも Kernel Panic !!
そして、監修者が冒頭から仕掛けてくる言葉が、いつまでも耳に残る...
「いまだ、ソースのないプロブラムは信用できないでいる...」

厳密に言えば、Linux は Unix とは認められていない。これだけ Unix ライクでありながら。これだけ PC-Unix という地位を確立していながら。その線引については様々な見解を呼びそうだが、やはりカーネルの仕組みにありそうか...
Linux の前身 Minix はマイクロカーネルであり、こちらの方が  Unix っぽい。ファイルシステムやメモリ管理などを独立したプロセスとしてカーネルの外に置くという方式は、小さな部品を集めて多様な処理をするという Unix 哲学に適っており、柔軟性も移植性も高い。ただ、実用性に耐えない!
一方、Linux はあえてモノリシックカーネルの道を選んだ。非力な x86 アーキテクチャのために、チューニング思想を優先したのである。それは、プロセス管理、メモリ管理、ファイルシステムなどのコードを一体化させ、一つのアドレス空間で実行するというやり方で、vmlinux に収められる。それでも、カーネルモジュールという動的に機能を追加や削除できる仕組みによって柔軟性が高められ、今では、x64, Alpha, arc, arm への移植性も担保される。しかも、このチューニング思想はリアルタイム性を重視する組込系システムとも相性がよく、いまや、Unix クローンとしての存在感は大きい。
こうした流れも、オープンソースによって後押しされてきた。オープンソースの世界とは、ソースコードが公開されるという事よりも、有能な人材を自由に解放するという事の方がずっと本質なのだろう。本書に名を連ねる方々も、これが趣味から昂じた世界であることを教えてくれる。
Unix を権威主義的とするなら、Linux は民主主義的である。ただ、あまりにも民主主義的すぎる。実に多くのディストリビューション、実に多くのバージョンが混在し、いまや単一のリポジトリでは管理しきれない。そこで、分散型のリポジトリ管理が求められるわけだが、本書は Git の有難味を改めて味あわせてくれる...

本書には、リソース管理やパフォーマンス改善、ファイルシステムやネットワークのハッキング、あるいは省電力化のためのテクニックなどが紹介され、それぞれに興味深い。
しかしながら、個人的に注目したいのは、デバッグ、プロファイリング、トレースといった検証の立場からの視点である。どんな問題にしても解決策の第一歩は、まず観ること、自分がどんな状態にあるかを知ること、そして、それを知るためのエラー検出機構の在り方を問うこと。システム検証で最も厄介なのは、自己矛盾に陥ることだ。
カーネルをいじれば、当然ながら、それが正常に機能しているかを検証する必要がある。エラー検出機構の在り方を問えば、エラー状態を定義し、それをシミュレーションすることになる。例外処理を定義することは意外と難しく、デバッグ機能をデバッグするとは、まさに循環論的な問い掛けなのだ。
政治家は「第三者会議」という言葉がお好きなようだが、それは客観的に正当性を担保できるからである。では、第三者とはどういう立場の人間か?メンバーは誰が選出するのか?そこに政治的な思惑が絡めば、既に自己矛盾を孕んでおり、第三者会議のメンバーを選出するための第三者... その第三者を選出するための第三者... というように無限循環論に陥る。ちなみに、似たような用語に「有識者会議」ってやつもあるが、それで正当性が担保されるかは知らん。つまり、完全な検証とは、無限の試みとも言えるのである。
本書には、クラッシュテストやフリーズ検出、さらには、意図的に Kernel Panic を発生させる方法についても言及される。最悪な状態に陥ってもなお、自動的に再起動できるような仕掛けを作ることも可能なのだ。とはいえ、Kernel Panic にも様々な異常状態があり、再起不能な状態も十分に考えられる。脆弱性をつかれたり、ハードウェアが破壊されたり。今日では一般的となったプログラマブルデバイスにしても、ハードウェアでありながら外部からプログラミングできる代物だ。人間社会は妥協で成り立ち、人間意識は妥協の中をもがき続ける。そして、システムも確率的な存在であり続ける...

1. Git 型民主主義
バージョン管理システムといえば、CVS を思い浮かべる。ちなみに、おいらは RCS に馴染んできたネアンデルタール人だ。
CVS では、リポジトリからローカル作業領域にソースコードを借り受け、修正したコードをリポジトリにコミットするといった手順を踏む。こうした単一型リポジトリは、複数の開発者が一つのリポジトリにコミットする。
一方、Git は分散型リポジトリを採用し、作業領域そのものがリポジトリとなる。ローカル領域がリポジトリとして完結しているという意味では、極めて民主主義的である。
Linux カーネルは、様々な形でソースツリーが存在する分散型の開発スタイルを持つ。最も代表的なソースツリーは、創始者に由来する Linus ツリー。他にも、将来のリリースに向けた linux-next ツリー。安定化バージョンの stable ツリー。モジュール毎に開発が進められる個別の開発ツリーといった形態があるようだ。そして、Linus ツリーが中央リポジトリとして認識されているが、それは暗黙的なもので、Git の仕組みにそのような階層的な定義はないらしい。
そういえば、社会人類学者レヴィ=ストロースは、首長の存在意義について、共同体の必要性から生まれるものではない... というようなことを語っていた。集団社会を形成する上で、それを仕切る者、すなわち政治的な存在が必要だとする考えは、世間では常識とされる。だが、人間が支配欲に憑かるのは本能的な欲望からであり、これに義務という意識が絡んで複雑化させる。誰もが参加できる開発組織では、権威的な存在は自然発生する以外には無用であろう。
ただ、メーリングリストには... コーディング規約に従っていないので直すように... といった指摘を見かける。指摘される側も、自発的なだけに恥ずかしい思いをする。誰もが参加できる!というのは、実はハードルが高い。実は、権威主義的な監視よりも民主主義的なプレッシャーの方が、はるかに厳しいのかもしれない。なるほど、分散型リポジトリとは、自己責任型であったか...

2. リソース管理
カーネルの主な仕事にリソース管理がある。CPU 時間を割当てるプロセススケジューラ、物理メモリや仮想メモリの割当て、ディスク I/Oの制御などである。
本書では、Linux カーネル特有なリソース管理法として、Cgroup(Control group)と Namespace(名前空間)、そして、この二つの機能を利用した LXC(Linux Container) の使用例を紹介してくれる。Cgroup 自体は、プロセスをグループ化するための機能とインターフェースを提供するもので、これを利用してリソース管理機能が実装されるという。Cgroup が提供するサブシステムは、こんな感じ...

$ cat /proc/cgroups

#subsys_name  hierarchy  num_cgroups  enabled
cpuset                2            1        1
cpu                   8            1        1
cpuacct               8            1        1
memory                9            1        1
devices               6           52        1
freezer              10            1        1
net_cls               8            1        1
blkio                 7            1        1
perf_event           11            1        1
hugetlb               4            1        1
pids                  5            1        1
net_prio              8            1        1

そして、Namespace を使うことでプロセスグループ毎に独立した PID や IPC、あるいは、ネットワーク空間やマウント空間を持たせることができるという。名前空間を分割するには、clone システムコールへの引数にフラグを設定して行う。

3. スケジューリングポリシー
スケジューリングポリシーのクラスは、大きく二つに分けられるという。TSS クラスとリアルタイムクラスである。マルチタスク環境では、一般的にプロセスは時分割で動作するが、実時間の保証が要求される処理では、静的に優先度を指定したい。これが、リアルタイムクラスである。例えば、こんなスケジューリングポリシーが定義されている...

SCHED_OTHER         : 標準 TSS クラス
SCHED_FIFO          : 静的優先度を持つ RT クラス
SCHED_RR            : ラウンドロビンでFIFOと違ってタイムスライスを持つ RT クラス
SCHED_BATCH         : 対話型でないとみなされ、休止時間による優先度の変更なし
SCHED_IDLE          : 他のプロセスがなくなって、やっと実行権が与えられる
SCHED_RESET_ON_FORK : リアルタイムクラスの実行を制限する特殊フラグ

スケジューリングポリシーに対するシステムコールも用意され、chrt コマンドは、ユーザレベルでスケジューリングポリシーを変更できる。おっと、i オプションに誘惑されそう。そういえば、おいらが好青年と呼ばれていた新入社員の時代、先輩からメインフレーム上でジョブの優先度を下げられるという悪戯をされたものだ。

# chrt --help
Show or change the real-time scheduling attributes of a process.

Set policy:
 chrt [options]   [...]
 chrt [options] --pid  

Get policy:
 chrt [options] -p 

Policy options:
 -b, --batch          set policy to SCHED_BATCH
 -d, --deadline       set policy to SCHED_DEADLINE
 -f, --fifo           set policy to SCHED_FIFO
 -i, --idle           set policy to SCHED_IDLE
 -o, --other          set policy to SCHED_OTHER
 -r, --rr             set policy to SCHED_RR (default)

Scheduling options:
 -R, --reset-on-fork       set SCHED_RESET_ON_FORK for FIFO or RR
 -T, --sched-runtime   runtime parameter for DEADLINE
 -P, --sched-period    period parameter for DEADLINE
 -D, --sched-deadline  deadline parameter for DEADLINE
  ...

また、リアルタイムクラスの CPU 時間を制限するための機能として、RT Group Scheduling と RT Throttling が紹介される。sysctl を使って取得と設定を行うには、こんな感じ...

# sysctl -n kernel.sched_rt_runtime_us
950000

# sysctl -w kernel.sched_rt_runtime_us=-1
尚、設定値 = -1 は、ランタイムクラスに対する CPU 時間の制限をなくす。

4. 省電力
電源管理のインターフェース規格に、ACPI(Advanced Configuration and Power Interface)ってやつがあり、動作モード、休止モード、シャットダウン状態でも若干の電力消費があるモード、あるいは、完全なシャットダウンモードといった電力状態が定義される。
ただ、この手の機能は昔からトラブルの元で、ハイバネーションにしても、ネアンデルタール人はことごとく機能をぶった切る性癖がある。とはいえ、最近はそうも言ってられない。実際、WON(Wake On LAN)といった機能は、外出先からジョブを覗くのに重宝している。例えば、いくつかのシミュレーションをバッチで実行させ、外出先からログを監視することで仕事をやっているふりができる。もちろん夜の社交場からでもアクセス可能だ。
本書は、OpenIPMI について触れてくれる。IPMI(Intelligent Platform Management Interface)も、リモートで電源管理できる仕組み。WON の場合、MAC アドレスを指定するために、マジックパケットが届かない場合があるが、IPMI の場合は、IP アドレスを指定するために汎用性が高いという。WON は、NIC が対応していれば利用できるが、VLAN や VPN などを経由すると、MAC アドレスが見えなくなったりする。
対して、IPMI は、ベースボード管理コントローラ(BMC)が搭載されている必要があり、サーバマシンなどに限定されるという。
また、アプリケーションの電力消費の指標を表示してくれる powertop コマンドを紹介してくれる。

# yum install powertop

# powertop
Summary: 5875.4 wakeups/second,  0.0 GPU ops/seconds, 0.0 VFS ops/sec and 32.4% CPU use

      Usage       Events/s    Category       Description
   21.3 ms/s     4417.5       Timer          hrtimer_wakeup
    2.7 ms/s     344.8        Timer          tick_sched_timer
    1.0 ms/s     143.7        Process        [rcu_sched]
  571.1 μs/s     142.7       kWork          cs_dbs_timer
    3.4 ms/s     134.1        Interrupt      [30] nvkm
   22.6 ms/s     107.3        Process        /usr/bin/gnome-shell
   43.7 ms/s     103.4        Process        gnome-system-monitor --show-resources-tab
    4.2 ms/s      60.3        Interrupt      [27] hpet5
    8.3 ms/s      55.6        Interrupt      [24] hpet2
   12.1 ms/s      52.7        Interrupt      [25] hpet3
  125.1 ms/s       1.0        Process        /usr/bin/X :0 -background none -noreset -audit 4 -verbose -auth /
    1.6 ms/s      24.9        kWork          nouveau_fence_work_handler
    1.4 ms/s      24.9        Process        /usr/libexec/mysqld --basedir=/usr --datadir=/var/lib/mysql --plu
    2.4 ms/s      23.9        Interrupt      [26] hpet4
  131.7 μs/s     23.0        Process        [usb-storage]
    7.3 ms/s      19.2        kWork          nv50_disp_atomic_commit_work
   20.4 ms/s      10.5        Process        [kworker/u16:1]
  160.7 μs/s     19.2        Process        [xfsaild/dm-1]
  158.5 μs/s     19.2        Process        [xfsaild/dm-2]
    2.1 ms/s       8.6        Process        [kworker/u16:3]
   27.0 ms/s      0.00        Process        powertop
     ...

5. SysRq キー : Magic System Request Key
本書は、クラッシュダンプの採取、クラッシュテスト、ウォッチドッグタイマによるフリーズの検出など様々なテクニックを紹介してくれる。
特に注目したいのは、キーボードの特定キーを使って、一発でカーネル内の情報を取得できる方法である。通常は proc ファイルシステムを覗くかコマンドで情報を取得するが、システムがフリーズするとコマンドも受け付けられない。そこで、SysRq キーというわけである。
この機能を使うためには、CONFIG_MAGIC_SYSRQ を有効にしてカーネルをコンパイルするという。
尚、RedHat 系では最初からカーネルに組み込まれていて、sysctl コマンドにより有効/無効を設定できる。ちなみに、CentOS 7 で試すと、こんな感じ...

# sysctl -w kernel.sysrq=1

あるいは、

# echo 1 > /proc/sys/kernel/sysrq

このマジックキーは、/proc/sysrq-trigger にコマンド発行することによって実行されるようだ。

# echo [key] > /proc/sysrq-trigger
尚、key は、b で reBoot, c で Crashdump...

6. perf tools
本書は、perf tools によるパフォーマンス解析、ftrace を使った動作解析、SystemTop を使ったプログラマブルトレーシングを紹介してくれる。これらの機能はカーネルの解析だけでなく、ユーザプログラムの解析やトラブルシューティングにも有用である。
perf tools とは、Linux カーネル上の統合パフォーマンスプロファイリングツールで、CPU 内蔵のパフォーマンスカウンタや、カーネルのトレースポイントを使ってプロファイリングが行えるという。
同様のツールに、Oprofile ってやつがあるが、カーネルとのメンテナンス頻度が違うために、サポートが追いついていないようである。perf tools はカーネルのソースコードにマージされているので、その点では安心できそう。実行イメージは、こんな感じ...

# yum install perf

# perf top
Samples: 991  of event 'cycles', Event count (approx.): 602222914
Overhead  Shared Object         Symbol
  9.94%  [kernel]              [k] module_get_kallsym
  5.64%  [kernel]              [k] ioread32
  4.27%  [kernel]              [k] format_decode
  2.73%  [kernel]              [k] vsnprintf
  2.48%  [kernel]              [k] number.isra.2
  2.43%  [kernel]              [k] kallsyms_expand_symbol.constprop.1
  2.43%  [kernel]              [k] string.isra.7
  2.39%  perf                  [.] rb_next
  2.35%  [kernel]              [k] __memcpy
  2.19%  libc-2.17.so          [.] __strcmp_sse42
  2.15%  perf                  [.] __dso__load_kallsyms
  2.06%  [kernel]              [k] strnlen
  1.96%  perf                  [.] rb_insert_color
  1.91%  libpixman-1.so.0.34.0 [.] pixman_edge_init
   ...

# perf stat -e cycles,instructions,cache-references,cache-misses,bus-cycles -a sleep 10

Performance counter stats for 'system wide':

  10,766,726,847      cycles
   8,240,154,632      instructions      # 0.77  insn per cycle
      92,804,452      cache-references
       8,681,674      cache-misses      # 9.355 % of all cache refs
       bus-cycles

    10.002226767 seconds time elapsed

7. PEBS と LBR
PEBS(Precise Event Based Sampling)とは、Intel Core マイクロアーキテクチャから導入されたパフォーマンスカウンタ。NetBurst マイクロアーキテクチャの一部でも採用されているようだ。適用できるイベントは限られるが、正確なアドレスを割り出せる。
従来のパフォーマンスカウンタは、イベント発生後に外部割込みを発生させるため、発生時点から少し遅れてしまい、正確なアドレスを検出できない。x86 アーキテクチャは、CISC命令を採用しているので命令長もばらばら。その点、PEBS はイベント発生直後のアドレスが取得できるという。
それでも、分岐命令に出くわそうものなら、追っかけるだけで大変だが、perf tools では、PEBS に LBR(Last Branch Record) を組み合わせて、分岐命令から逆算までやってくれるという。ただし、この機能を利用するにもプロセッサ次第で、未対応なら ENOTSUP エラーが返されることに...