2026-01-04

すべては神のせい!神様はズボラでなくっちゃ...

不運な境遇を神のせいにすれば、救われるだろうか。重い病を神のせいにするのと運命論で片付けるのとでは、どちらが楽になれるだろうか...

一方で、幸運な出来事には、誰はばかることなく自分の力だ!と断言できる。なんとおめでたいことか。しかし、そうでも考えないと、生きてゆくのは難しい。やはり人間には、神が必要なようだ。しかも、沈黙しておられる。なんて都合のよい存在であろう。神の声が聞こえると主張する者にとっても、神を信じない者にとっても...
神という存在は、迷い心から生じるのか。いや、迷い心を鎮めてくれるものなら、なんでもあり。悪魔の囁きにも耳を傾け、無神論者にもなるさ...

宇宙の摂理は完全かもしれないが、人間が知りうる摂理は不完全ときた!
古代の哲学者たちは、そのことに思いを馳せ、人間は人間自身を知りうるか?と問い続けた。プラトンが、人間は羽のない二本足の動物である... と定義した時、それで人間の正体を確信したわけではあるまい。アリストテレスが、人間は社会的動物である... と定義した時、それで人間社会の実体を確信したわけではあるまい。パスカルが、人間は考える葦である... と定義した時、それで人間の存在意義を確信したわけではあるまい。言葉でうまく説明できないからといって、それをまったく知りえないということにもなるまいが...

デモクリトスが、原子論を唱えた時、そこに実存と空虚の対立を見る。存在認識とは、虚像との対置において成り立つものであろうか。精神や魂も、理性や真理も、徳や正義も、そして、神も...
神が不敬虔者を罰するなら、神にも悪意があるに違いない。神が不完全なら、人間にとっても親近感がわくし、信じる気にもなれる。神様はズボラでなくっちゃ!

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