2026-02-08

"日常言語に潜む音法則の世界" 田中伸一 著

本書は、音韻論をめぐる物語。日本語や英語の具体例を添えて...
「音韻論」とは、言語の機能を見据えつつ、音形を追求する分野だという。日常言語がコミュニケーション手段となれば、自ずと音声と意味の連携が焦点となる。意味を持つ音声を「言語音」と呼ぶそうな。咳払いや笑い声など非言語的な音声でも意味を持てば、それも言語音ということらしい。

言語音には様々な立場があり、意味を補助する場合もあれば、それ自体が意味を持つ場合もある。意味を与えるかどうかは、話し手と聞き手の双方次第。それは、経験的なものか、普遍的なものか。いずれにせよ、音声は口により発せられる。
口の形のために音声が制約されるのか、あるいは、思い通りの音声を発しようとするために口がこのような形に進化したのか。そして、そこに法則めいたものがあるのか。言語が人間精神と深く結びつく以上、そこには普遍性と多様性の駆け引きが渦巻く。生命の進化とは、そうしたものなのかもしれん...

似たような分野に、「音声学」というのがある。論と学は、学問分野としての格の違いか、あるいは抽象度の違いか。いずれにせよ、言葉の意味にかかわる以上、社会学やコミュニケーション学に留まらず、心理学や生理学、あるいは認識論ともかかわることになろう...

「音韻論は、言語体系内において音声を互いの関係で捉える『関係論』といえる。であるがゆえに、本来は連続体であるはずの音声を言語ごとにどのように相対的に範疇化し、それが体系内においてどのように分布し変化すれば有意味な言語単位になるかのメカニズムを探ろうとする...
これに対し、音声学は、音声を連続体という実体のままで捉える『実体論』である。音声がコミュニケーションのために存在する以上、なるべく効率よく、つまり発音しやすく聞き取りやすくできているはずであるから、いろいろな言語の音声実体がどのような機能を備えているかについて、生理・音響・知覚の面からその絶対値を探ろうとする...」

音韻論にせよ、音声学にせよ、物理現象としては、周波数スペクトルと関わる。日本語と英語の発音では周波数帯が違い、言語として捉える認識メカニズムにも違いが生じる。日本語の五十音は、文字と発音でだいたい一対一の関係を持つが、英語のアルファベット26文字は発音記号と一対一で対応せず、発音記号となると実に多彩である。そのためか、日本語は喋れればだいたい読み書きもできるが、英語は喋れても読み書きができないというケースも珍しくない。

母音だけでも大まかに、3母音体系、5音母音体系、7母音体系がある。日本語は、5母音体系とされるが、世界の言語で共通しているのは {a, i, u} の3音。それは、色の三原色のようなものであろうか。人間の知覚能力は、三つの周波数の組み合わせで説明がつくのかもしれない。欧米語では、短母音や長母音に、複合母音が加わり、さらに多種多彩となる。

本書では、音の体系に見られる様々な関わり合いを外観していく。音素と規則の関わり合い、規則と制約の関わり合い、そして、規則と規則、制約と制約の関わり合いを。ある規則が別の規則を邪魔することもあれば、ある制約が別の制約の弊害になることもあり、自己言及と自己矛盾が渦巻く。

言語の力学では、普遍性を求める力と多様性を求める力が働き、その落とし所として最適形が論じられる。いや、妥協形という言うべきか。問題解決においては、やり方次第で結果は良くも悪くもなり、多くの分野で最適化の理論が幅を利かせる。言語学においても、「最適性理論」なるものがあるらしい。それが本当に最適な解をもたらすのかは知らんが、人間の持つ順応性は計り知れない。文法にも限界があり、暗黙のルールのようなものが生じる。言語の世界では、例外はつきもの。
そういえば、五十音の中でハ行だけが濁音と半濁音があるのも奇妙な話。ちなみに、プログラミング言語においても例外処理は欠かせない。

人間社会は、しばしば省略形を新語として出現させる。スマホやパワハラなど。こうした現象は、単純に効率性を促しているところもあるが、集団力学における合言葉のような意味合いもあろう。だから、知らない新語に出くわすとバカにされる。人間の優越主義は如何ともし難い。
ちなみに、パソコンはパーコンでも良さそうだが、長音のリズムが悪い。ワープロはワドプロでもよさそうだが、濁音が耳に障る。

文法は言語の規則とみなされているが、会話中に文法なんてものを意識しているだろうか。そういえば、文法は規則ではなく、規則性だ!と言い放った文学者がいた。文法を知らなくても用法を知っていれば、日常会話は成り立つ。単に、こんな風に言うとか、そんな風に言わないというだけのこと。それは、極めて慣習的で経験的なもの。

文字が主体か、音声が主体か、それは考え方にも影響を与える。そこで、思考のバリエーションを増やそうと思えば、他言語を学ぶというのも一つの選択肢となろう。周波数スペクトルの側面から、音楽を言語の一つとする手もありか。思考状態では、リズミカルな言葉が欲しい。名文や名言はたいてい音調がいい。心に響くものは、リズムをともなうらしい...

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