「君主論」に触れたのは十五年ほど前。そして、共和国に焦点を当てた「フィレンツェ史」やディスコルシこと「ローマ史論」にも触れてみたが、未だ消化不良!マキャベリの政治思想に少しでも近づけるよう名言集を手に取るも...
名言の効用とはなんであろう。行動指針の一つに、言葉で説明できるか、ということがある。言葉は動機を明確にし、やるべきことも明らかにし、名言はそれを後押ししてくれる。
「言葉で表現できる行動をせよ!」
おいらは、完全に一貫性を持った著述家を知らない。どんな著述家も、どこか多面性を具えている。偉大な著述家ともなれば抽象レベルが高く、それゆえ勝手な解釈や誤った解釈を招き入れる。
だとしても、彼らの著作はそんなものまで呑み込んじまうから、そりゃ、飲まずにいられない。まぁ、理解からは程遠くても、偉人の言葉というものは生きてゆく上で励みとなる。凡人ばかりか、凡人未満にも... 愉快!愉快!
「ともかく現在に生きよ。過去の豊かさから学ぶことを忘れず...」
こと政治の世界では、理想郷を掲げると、逆の形が出現する。憎悪ってやつは、悪行からだけでなく、善行からも生じる。どんなに優れた政体を打ち立てようとも、どんなに高尚なイデオロギーを掲げようとも...
「ダンテは言う、過去の歴史を学ぶことこそが科学であると。また、学んだ歴史について人と語り合うことも科学である。」
古くプラトンは著作「国家」の中で政治指導者に哲学者を据えた理想像を描き、マキャベリは著作「君主論」の中で政治に必要な力量と決断力を持つ君主像をちらつかせた。
しかし、どんなに優れた政治指導者が出現しても、これに続く者は愚人ども...
古くアリストテレスは、最高の政体は君主政で次が貴族政、そして最悪な政体が民主政と愚痴めいたことを弟子たちに漏らした。マキャヴェッリもまた、「フィレンツェ史」や「ローマ史論」を通して共和国の欠点を炙り出した。
現実に、君主はすぐさま僭主に成り下がり、貴族は贈賄の類いにまみれ、民衆とて移り気が激しく暴徒の群れと化す。人間が人間を統治するには、善だけでは不十分!善も悪も人間の本質であり、やはり社会には法というものが必要なようだ。統治する側にも、統治される側にも...
「時の経過がもたらす各種の恵みを楽しむと良い。時はあらゆる種類の出来事をもたらしてくれる。悪に似た善や善ともまごう悪を...」
どんなに善良に生まれつこうが、どんなに優れた教育を受けようが、人はやすやすと堕落しちまう。自らの野心に踊らされ、他人の悪徳に誘われ、やすやすと悪事に手を染める。人間とは、そうしたものだということを心得ておく必要がありそうだ。偉人たちから何を学ぶか。それは、善行だけでなく悪行からも...
「卓越した人物は、どのような環境に置かれても常に変わらない。運命が彼らを高い地位に就かせたり、あるいは虐げさせたりすることがあっても毅然として変わらず、常に不屈の心を持ち続けることができる。」
