頭痛に悩まされて2週目である。酒とたばこも断って精神衛生にも悪い。医者に処方してもらった薬も痛みは無くなるが薬が切れると痛みは倍化する。ますます酷くなるようだ。もう我慢できない。酒を飲む。久しぶりに満足感でぐっすりと眠る。今朝は妙に頭がすっきりだ。痛みは軽減した。酒は百薬の長とはよく言ったものだ。その分異常に肩が重い。誰かが乗っかっているようだ。いや、本当に誰かが乗っかっているに違いない。きっと綺麗なお姉さんだ。妙に気持ちいい疲労感だからである。つまり、頭痛の正体は綺麗なお姉さんを肩車していたのだ。
これから得られる教訓は何だろうか?現象からは本質を見抜くことが難しいということである。本書は、そうしたネタである。
「ヤバい経済学」はずっとマークしていた本である。いまいち踏み込めなかったのはタイトルがダサい。サブタイトルに「悪がき教授が世の裏側を探検する」とある。なんとなく陰謀めいておもしろそうでもある。そこそこ人気もあるようだ。そうこうしているうちに、ちょうど「増補改訂版」が発行された。宣伝文句に「おまけが100ページ以上追加」となっている。アル中ハイマーはバーゲンに弱い。ついショッピングカートをクリックしてしまうのである。
本書の第一印象は経済学の本ではない。様々な社会現象の相関関係と因果関係について分析している。その分野は、犯罪、教育、スポーツ、政治、ギャング、出会い系、子育て、犬のうんこまで飛び出す。著者自身が本書にはテーマがない、この研究を雑学とギリギリのところだと言っているぐらいである。最初アル中ハイマーは社会学だという印象を持っていた。ここで「経済」を我が家の辞書で調べてみると、意外と多くのことが書かれている。その中で目を引いたのが、「人間の生活に必要な物を生産・分配・消費する行為についての一切の社会的関係。」とある。社会的関係?んー。もうちょっと視野を広げる必要がありそうだ。
本書は、ここで扱う経済学の定義を説明している。
経済学はインセンティブに人々がどう反応するかを統計的に測る学問である。こうした手段を社会現象に応用してもいいだろうということである。そもそも経済学とは、決まった対象があるわけではなく方法論の集まりであるという。なるほど、個人の欲求と社会規範の衝突から生まれる行動パターンの分析であると捉えられる。アダム・スミスは、利己的な人間が自分の利害と社会の道徳とを区別できるのはなぜか?ということを問題意識していたらしい。
本書のフレーズに
「道徳が望む世のあり方についての学問だとすると、経済学は実際の世のあり方について学ぶ学問である。」
とある。やはり経済学の真髄がここにありそうだ。
アル中ハイマーにしてみれば、自然科学や数学は哲学で、社会学は心理学を束ねたもので、経済学だって一種の統計学だと思っているぐらいで、無理にボーダーラインを引くこともないだろう。
混ぜ合わせてシェイクすれば美味いカクテルができるかもしれない。どんな世界も混ぜ合わせる分量しだいで味はどうにでもなるのだ。ということで、アル中ハイマーは本書を名酒事典に分類するのである。
本書は、人間の行動には、経済的インセンティブ、社会的インセンティブ、道徳的インセンティブが働くという。経済学者は、相関関係を調べても、そこから因果関係までを分析しきれていないと批判している。確かに、人間の行動原理に、あまりにも経済的インセンティブを強調し過ぎるきらいは感じる。本書は、こうした表面的な分析から踏み込んで様々な社会現象から因果関係を暴こうする。
1. 犯罪の減少
中でも大きく取り上げているのは全米における犯罪者の大幅減少に対する考察である。いままで増加傾向にあった犯罪件数が1990年を境に大幅に減り始めた。アル中ハイマーは、好景気が社会不安を解消すると思っていた。本書も、一般的にはそう思うだろうと、いかにも見透かされたように語る。それも一理あるのだが、経済的な犯罪の減少という傾向は無く、どんな犯罪も減少傾向にあることと、その減少幅からして決定的な説明がつかないという。では、警察力の強化はどうか?これも十分効果はあるが、同じく減少幅からして説明不足である。そもそも、警察力を強化するということは、犯罪が増えている時なので、厳密な測定は難しい。刑の強化も、もちろん意味はあるだろう。ただ、死刑制度は、実質執行される確率が低いためあまり抑止力は働いていないという。また、人口の高齢化により犯罪率が減るというのもあるだろう。人間はまるくなるのである。「文明の衝突」の著者サミュエル・ハンチントンが同じようなことを言っていたのを思い出す。若年層人口が20%以上を占めると社会的に不安定になるといった話である。しかし、実際は若年層の絶対数が減ったのではなく、医療技術の進歩などで寿命が延びているのである。
では、その真相は何か?それは中絶の合法化である。親から望まれて生まれたのではない人間の犯罪率に着目している。1990年代は、法律の施行から、ちょうど生まれてくるはずだった人間がティーンエイジャーになる頃である。つまり、犯罪率の最も高い年代にさしかかる頃である。これは、ルーマニアの独裁者チャウシェスクが中絶禁止をした時の話と対比している。チャウシェスクは、国力アップのために人口を増やす政策を取った。そして、中絶を許可していれば、生まれてこなかったはずの子供達の反乱によって失脚することになる。アル中ハイマーは、この結論には妙に納得させられる。しかし、学者やメディアから道徳的な理由で思いっきり攻撃された様も語られる。それも想像はつくのである。
なんの本だったか忘れたが、他でも読んだ昔話も登場するのでメモっておこう。
「あるとき王様は、国中で疫病が一番よく起きる地方にはお医者さんも一番たくさんいると聞きました。王様がどうしたかって?すぐさま医者をみんな撃ち殺せとお触れを出しましたとさ。」
2. 選挙へ行く心理
投票には、時間や労力がかかるだけで生産的なものはない。国民の義務を果たしたという漠然とした感覚がなんとなくあるぐらいである。どこの国も民主主義が安定すると投票率が下がる傾向にあるようだ。その中でスイスの例はおもしろい。スイス人は投票が大好きらしい。それでも長い期間で見ると投票率が下がる傾向のようだ。そこで、郵送での投票という新しい方法を導入した。投票用紙が郵送されてくるので、それに書き込んで返送すればよい。投票所へ行く手間を無くせば投票率が上がるという考えであるが、投票率はおうおうにして下がっていった。最近ではインターネット投票という案もよく耳にする。インターネット投票にすると手間がかからず投票率が上がると主張する評論家も多い。おいらもインターネット投票の方がありがたい。しかし、スイスの例は投票コストが下がっても投票率には影響しないことを示唆している。投票する人は社会的インセンティブが働いているだけなのかもしれない。
一部の大学の経済学部では、経済学者は投票所にいるのを見られると恥ずかしいという説があるらしい。合理的な人間ならば、一票が選挙結果に与える影響を考えると無駄な行為であると判断しそうである。では社会的インセンティブへ誘導する手段はあるのだろうか?三十路も過ぎれば、だいたいが凝り固まった概念に支配されて考え方を変えるのは難しい。向上心でもあれば突然目覚めたりする可能性はある。概念が固まる前となると教育がものを言いそうだ。宗教色の強い集団は奇妙なインセンティブが働くのか?団結力も強い。そのおかげで自由意志を持った人々は余計に一票の無力感に襲われる。社会風潮で誘導することはできないだろうか?少なくとも、金バッチの選挙戦術とそれを扇動するステレオタイプでは逆効果であるのは間違いない。
3. 完璧な子育て
子育てでは親馬鹿のアルゴリズムを暴いてくれる。優秀な子供ができる相関関係とは、家に本がたくさんあるとか、初産が30歳以上だとか、経済的地位が高いとか、様々な条件を考察している。例えば、本がたくさんある家には優秀な子が多いが、親が毎日本を読んでやったり、美術館に連れて行ったりといった行為は無駄であるなどである。つまるところ親自身の教育や知識レベルが重要であって子育ての段階では手遅れであることが語られる。親がどんな人生を歩んできたかが問題であるというのが真相のようだ。ちなみに、アル中ハイマーの親が読書している姿を見かけたことはかつてない。英才教育に頼る人は、自分自身を誤魔化しているということかもしれない。むしろ親が自分自身を堂々とさらけ出して、ぐうたらであるならば反面教師にもなりうるかもしれない。何事も誤魔化しと卑怯が一番ひどいのである。優れた親と優れた環境が完璧な子育てにつながるとは限らないと思うのだが。また、遺伝子の影響もあるだろうということは容易に想像できる。産みの親と育ての親では、どちらの影響が強いのだろうか?もし遺伝子に支配されるとしたら、うちの家系を見ているだけでぐれるしかないではないか。ここでアル中ハイマーは科学的にある可能性を提起する。生物遺伝子の突然変異である。
本書の仮説は、専門家に思いっきり批判された様も語ってくれる。もちろん支持者も多い。著者は、現実の世界で人々がどんな行動をとるかについて筋の通った考え方を持つことを求めている。本書を読んで得られる効果は何だろう?お金が儲かったりするのだろうか?著者は多分ダメだろうと言っている。ただ、今までの通念を疑ってかかるようにはなるだろう。物事を見かけの現象から少し離れたところで分析できればありがたい。しかし、アル中ハイマーには無理である。それもこれもDNAのせいである。そして、甲高い声で叫ぶのだ。「こんな酔っ払いに誰がした。遺伝子の馬鹿やろう!」
2007-08-19
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