2010-05-02

"珠玉の電気回路200選" EDN Japan 編

本書は、EDN Japan誌の「Design Ideas」で過去7年間の掲載記事から200を厳選したものだという。副題には「世界のエンジニアが生み出した」とあるので、高級なレベルについていけるか不安であったが、意外と単純なアイデアばかり。「単純さにこそ、崇高さがある!」というわけか。そこには、教科書に載ってそうなお馴染みなものから、実装のためにちょいと工夫したもの、あるいは回路テストのための便利な道具などが紹介される。中にはロジック的なものもあるが、ほとんどアナログ的な話題で、昔、真剣に悩んでいた問題も登場する。組織名や個人名も記載され、発案元がはっきりしているとは知らなんだ。ただ、年代が明記されないのが惜しい!こうした趣向(酒肴)は、アル中ハイマー世代に何やら懐かしいものを感じさせる。
今宵は、昔のくだらない体験談を語ってみよう。ちなみに、おいらはデジタル技術者である。いや!ほとんど設計もせず、ネットワーク整備や些細なスクリプトを書くぐらいなもので、その実体は雑用係だ!もはや流行技術にもついていけない。最近は教育係を仰せつかるので、暗に引退勧告されているのかもしれない。したがって、ハードボイルドをモットーに、ソフトなピロートークを持ち味に生きるのであった。

アナログ技術から逃げ回っていたおいらは、厳密にアナログ回路を設計したことがない。とはいっても、20年以上前は、実験室でアナログ技術から完全に逃避することはできなかった。実験レベルでは、いつも便利な素子を探してきて、それを使いまわすことに専念すればいいのだが...いずれアナログ技術は、すべてデジタル技術に置き換わると叫ばれた時代である。それが現在では、アナログ技術者の方がはるかに重宝されるから皮肉である。
デジタルシステムとはいえ、レギュレータぐらい使わないと火が入らない。安定化電源はシステムの命であり、リセット動作は確実さが求められる。電池動作ともなるとちょいと工夫が必要で、電池駆動の小型システムだからといって馬鹿にはできない。電源オフ時に、マイコンを動作させてEEPROMやフラッシュメモリにバックアップさせたい場合などは、遮断回路にも気配りする。デジタル回路はノイズ源でも悪名が高く、迷惑をかけないように気を使う。システムが複雑化すれば、電源シーケンスを疎かにすると、ラッチアップや過電流の原因ともなる。些細なところでは冷却ファンも耳障りだ。
実験用の周辺回路では、振幅や周波数、あるいはデューティ比を制御できる発振回路や、モノマルチを使った簡単な信号発生器が重宝する。ピーク検出器も、カットアンドトライをやる時に便利だ。デジタルシステムではビット誤り率を計測する道具も必要だ。今では、通信用LSIなどで似たような発想が見られ、誤り情報などの統計情報を収集する機構が組み込まれる。オペアンプは様々な用途に使える便利な素子であるが、その構造すら理解できずに、参考書や先輩のやる事を見様見真似で試していた。熟練者を観察していると、しばしば感心させられる。理論は単純でも、実用レベルとなると、職人とも言うべきおもしろい工夫が見られるからである。ノイズ対策はもちろん、入力インピーダンスの高いアンプともなれば静電気も問題になる。過電圧や過電流の保護といった安全面も考慮される。システムが小型化すれば消費電力の問題も大きく、部品削減といったコスト面にも気を配る。本書は、そうした些細な工夫でありながら、重要な技術が満載である。

デジタルLSIを設計するにしてもシミュレーション技術のしょぼい時代で、大型汎用機を使っていた。汎用機は会社の持ち物のくせに、管轄が違うだけでCPUの使用時間で課金され、別途予算をとらなければならない。おまけに、検証パターンの長さも今では信じられないほど短く制限される。したがって、実際にロジック素子を繋いで実機テストを行うのが必須だった。1万ゲートクラスでも、すべて汎用ロジックで組み上げるものだから、数十枚のユニバーサル基板を筐体に収納する。今風に言えばブレードコンピュータのような格好をしている。実機と設計情報が一致しているのを、どうやって保証するのか?という余計な問題も生じる。ちょうどプログラマブル・デバイスが登場した頃で、まだ実機に耐える性能が出せなかった。
経験的には、最初に火を入れた時、回路動作がまったくしないのと、回路動作はするんだけど微妙におかしな動きをするのとでは、後者の方が厄介である。まったく動作しない時は単純なミスであることが多いが、微妙に動作する時は微妙なミスが介在するので、その発見も困難になりがち。実験机ひとつにしても、スチール製だと反射で誤動作の元になる。古びた木製の机に愛着を持っていた。信号線にプローブをあてると動作するが、プローブを外した途端に誤動作するといったこともある。プローブ負荷がノイズを抑えるからだ。逆に、プローブ負荷が高速動作を妨害することもある。また、電源電圧レベルが大きいとノイズも強調されて誤動作するが、電源電圧レベルをぎりぎりまで下げると、ノイズも抑制されて動作することもある。配線のやり方ひとつでも、動作が不安定になる場合があり、スパゲッティ配線はプログラムと同様に誤動作の元になる。几帳面な技術者の配線は美しく、電磁ノイズも考慮されている。おいらは不器用なので、基板上に装着された不良LSIをパターンを壊さずに付け替えるのが苦手だった。QFPで、ピッチ1mm以下ともなればやる気がしない。任せろ!と言いながら平気で付け替える先輩の職人技はまさしく芸術品だ!だが、さすがにBGAは無理だろう。いや!彼ならやるかも。
本書を読んでいると、次々と懐かしい思い出が蘇る。そういえば、今ではハンダ付けすらやらなくなった。現在携わる仕事は、アルゴリズムやアーキテクチャの検証をソフトウェアで実行するぐらいなもの。ますます、泥臭いおもしろさから遠ざかっていく。それはそれで数学的で理論的でおもしろいのだが、大工さんの精神が仮想空間に閉じ込めらたような錯覚を感じることがある。昔は、ちょっとした回路キットが流行ったものが、プリント基板が高密度や多層構造になると人間が直接触れるには手に余る。その分、既に出来上がった基盤に搭載できるソフトウェア部品を豊富に体験できる。どちらも違ったおもしろさがあるのだが、双方を体験できるアル中ハイマー世代は幸せなのかもしれない。
おいらの前の世代になると、マスクパターンを三畳ぐらいの模造紙にプロットアウトさせて、人海戦術で蛍光ペンでチェックする様子を写真で見たことがある。当時、その模造紙は事務所の天井に飾ってあった。コンピュータ室では「ネズミホイホイ」なんてものを初めて見かけた時には驚いた。ネズミがケーブルをかじって、しばしばトラブルを起こしたそうな。そういえば、テレビ部隊の実験室には、股間用の防磁グッズが置いてあったのを思い出す。股間に高周波を浴びると女の子供しかできないという話があった。確かに先輩方の子供は女の子ばかりだった。電磁波はXY染色体に影響を与えるのかもしれない。ただ、Hが下手だと女の子が生まれるという説もあった。いまだに、こちらの方が説得力を感じる。

会社や組織によって文化が違うのも自然であろう。客観的であるはずの専門用語ですら、企業や組織によって微妙にニュアンスの違いを見せる。画像処理系と通信系という分野の違いでも、用語の使い方が微妙に違って戸惑うことがある。ずっと一つの組織に依存していると、組織文化に染まっていることすら気づかないものだ。そして、当り前のように文化を押し付け、言葉が通じないと馬鹿にされることもある。こっちが馬鹿だから仕方がないかぁ。宗教のように無条件で信じられるものがあるということは人を強くするものらしい。初対面で、専門用語の意識合わせを心掛ける人を見かければ、それだけで信用に値する。
仕事のやり方で最も文化の違いを感じるのは、検証に対する思想の違いであろうか。本書にも、設計のアイデアもさることながら、検証のアイデアも紹介される。ちなみに、日程会議の時、「設計が終わった時点で、検証も終わっているでしょう!」と主張するマネージャがいるのには、たまげた!その理由は「動作させながら設計するから」ということらしい。世の中には、信じられない文化が存在する。逆に、こちらにも世間からは信じられない文化があるのだろう。

では、ちょっと目に付いたところを軽く摘んでおこう。

1. 2相クロックのドライバ
2相クロックで駆動するデバイスでは、nチャンネルとpチャンネルのスイッチング速度にミスマッチが起こる。つまり、ターンオン時とターンオフ時の遅延時間が違う。そこで、増幅器と基準電圧を比較して、その電圧差を調整するといった補正手段を紹介している。

2. 音像位置操作用パンポット
モノラル信号をステレオ化する時に使われる機能としてパンポットがある。パンポットとはパノラマ分圧器のこと。ステレオ音場での音源(音像)位置を決めるわけだが、音源位置を変更しても音量が変化しないようにするために、左右を等電圧にするのではなく、等電力に制御する必要がある。その切り替えを簡単にスイッチイングする方法を紹介している。

3. コモンモード電圧(CMV)対策
CMVによる誤動作や性能劣化は、昔からある問題である。問題の原理は単純で、あらゆる箇所で基準電圧レベルを厳密に等しくするのは難しい。あらゆる箇所でグランドレベルを同一にするのも基本ではあるが、容易ではない。そこで、まず思いつくのは、グランド線を太くするという力技である。格好良くやるならば、信号系統を差動型の計装アンプで補正するといったことも考えられるが、信号線ごとに専用のアンプ回路を実装するのは現実的ではない。そこで、2個のオペアンプとマルチプレクサで一気にCMV除去する回路を紹介している。

4. 電池駆動
電池駆動の装置では、いつも大電流を必要としているわけではない。スリープ状態やパワーダウンモードがほとんどで、平均すると大した電流を必要としない。だが、瞬時には大電流を必要とし、それなりのエネルギー供給量が求められる。単純にはキャパシタを備えることで対処できるが、キャパシタの容量は厳密な計算が必要だろう。他にも電池を用いた装置には、いろいろな工夫が見られる。残量検出、パワーキャパシタ、電池寿命を延ばすための工夫、あるいは電圧計なしでも、コンパレータを使って電池電圧が測れるなど...

5. スイッチング電源
スイッチング電源といえば、電磁ノイズで悪名高い。よくEMIフィルタが使われるのだろうが、ノイズが大きくなると基板面積も要する。そこで、スイッチング周波数を変調することでEMIを低減できる方法を紹介している。つまり、PWMコントローラの周波数を変調するという単純な仕掛け。

6. 電話端子を利用した電源回路
うまいこと電話線を使って充電すれば、電気代が浮くなんてことを考えたことがある。電気通信事業法に違反するのはまずいのだが、その前に充電の仕掛けを自宅に構築する方がコストがかかりそうだ。

7. LEDドライバ
マイコンのI/Oポート1個で複数LEDを制御して、バーグラフを表示する方法を紹介している。ちょっとした表示にはLEDは手軽である。シフトレジスタと組み合わせれば、いろいろな表示の工夫ができる。ディスプレイ表示が高価な時代は、製品にも使われた。今では、周辺の明るさに追従して、LEDの発光強度を制御するなどは当り前であるが...

8. 基板の短絡検出
電圧降下法で基板の短絡を検出する安価な方法を紹介している。接続チェックをするだけでも設計者のストレスは大きい。接続状態を誤認すると非常にやっかい。テスターには、接続チェックで「ピッ!」と音が鳴るものもある。これは便利だと思っていたら、微小な抵抗値でも反応する。したがって、しっかり電圧値を確認しないと気が済まなかった。現在では、プリント基板も小さくなり、しかも多層構造で、短絡を調べるのも難しかろう。本書は、AC信号を利用したケーブル断線チェッカも紹介している。

9. ランダムなビット列生成器
デジタルシステムでは、ランダム発生器は重要である。ランダムデータは、ソフトウェア的に簡単に生成できるので、コンピュータを使えば楽である。だが、昔は、わざわざ雑音発生器を使って、ランダム信号を生成していた。擬似雑音発生器は、LFSRで簡単に構成できる。EORに帰還をかけたシフトレジスタで多項式を形成するのは、現在のアルゴリズムと同じだ。ランダム以外に、規則的な信号も現象を分析するのに便利である。こうした信号源を作るのにカウンタを駆使していた。巡回符号を作るようなイメージだ。本書は、周波数をN+1で除算する分周期や、M系列の生成を紹介している。

10. クロックの逓倍
理論上は同期クロックの逓倍は簡単である。分周器とPLLで実現できるから。だが、高速となると難しい。今では、高速なFPGAが利用できるので考えもしない。

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