2019-02-17

"エドガー・アラン・ポー 怪奇・探偵小説集(1)" Edgar Allan Poe 著

奇っ怪なものに触れると、心までも奇っ怪になる。陰鬱の感染力はよほど強いと見える。そこにあるは不気味さと恐怖感。恐怖感を説明することは意外と難しい。ふと冷静になってみると、なにゆえこんなものを... と。なんとなく... といった感覚が輪をかけて妄想を掻き立てる。
一方で、説明が不要なほど明らかな恐怖感がある。生きながら埋葬され、棺の中でもがき苦しむのを想像すれば、身の毛もよだつ。もし、火葬中に目を覚ましたら... と。生に執着すれば、最大の恐怖は死ということになる。死臭ほど不気味さを演出するものはあるまい。そんな臭いのしてきそうな作品群... 「黒猫」,「大うずまき」,「ウィリアム=ウィルスン」,「早すぎた埋葬」,「細長い箱」,「アッシャー家の崩壊」の六篇が、ここに収録される。
尚、谷崎精二訳版(偕成社文庫)を手に取る。

毎日、夜になると眠る。これを一時的な眠りとすれば、死は永遠の眠りと位置づけられる。その違いはなんであろう。一時的な眠りでは夢を見る。では、夢を見るか見ないかの違いか。いや、熟睡すれば、夢も見ない。眠りの中で認識論を語るのは難しい。なにしろ無意識な自我を相手取るのだから...
しかし、人間の本質はむしろ無意識の領域にありそうだ。たとえ行動が意識できたとしても、その動機を説明することは難しい。怖いもの見たさ、といった衝動はどこからくるのか。やってはいけない!と分かっていながら、ついやっちまうのはどういうわけか。退屈病がそうさせるのか。刺激を求めすぎて哲学病を患えば、天邪鬼精神を旺盛にさせる。そして、意識と無意識の境界は、生と死を分ける境界にも見えてくる。人生とは、生まれながらにして生と死の狭間をさまよっているようなものか...
すべての物事を認知できるような全知全能な人間なんていやしない。どんな人間にも、認知できない領域がある。知らぬが仏というが、それはどうやら本当らしい。神はその能力ゆえに思い煩い、言葉にもできないでいるのやもしれん。言葉が発せられるのは、まだ余裕のある証か...
死生観は、生ある者の深層心理を支配する。では、死する者にとっての死生観とは、どんなものだろう。少なくとも、生きている間は生きている者同士で騒ぎ、死んだら死んだ者同士で静かに言葉を交わし、生きている者に邪魔をされたくないものである...

「黒猫」
愛猫の名はプルートー。それは閻魔という意味。もともと優しい性格で動物好きな主人公は、この猫の喉首をとらえ、目玉をえぐりとる。この愚行を呪いながら身体中に熱を帯び、執筆中ときた。そして、涙を流しながら、首に縄をかけ、木に吊るして殺してしまう。さらに、呪われた行為は妻に及ぶ。愛という衝動に悪戯という衝動が重なると、こうも残虐非道になれるものなのか...

「大うずまき」
ノルウェーのロフォーテン諸島海域に「メイルストロム」という大うずまきがあるそうな。海峡の中心には、地球の中心を貫いてどこか遠くへ出る深淵があると伝えられる。例えば、ボスニア湾はその一例とされるとか。この手の言い伝えには、海の怪物伝説が語り継がれ、漁師たちを恐れさせてきた。そして、老人の容貌をした男が体験談を語る。大うずまきに吸い込まれ一命をとりとめたものの、冷静に振り返ってみると、あまりの恐ろしさに一夜にして髪が真っ白になっちまったとさ...

「ウィリアム=ウィルスン」
善と悪が一人の人間の中に共存する。心の葛藤の末、片方がもう片方を殺してしまう。だが、生き残った方も自ら抹殺せずにはいられない。恐ろしい良心を相手取る男の運命は...

「早すぎた埋葬」
19世紀初頭、生きながらの埋葬の惨事がフランスで起こったそうな。事実は小説よりも奇なりというが、どうやら本当らしい。
しかし、ここでは実際に生き埋めにされた恐怖を描いているのではない。あれこれ想像することで恐怖心を煽っているだけ。死と見間違えられた昏睡状態から目を覚ますと、そこは狭く窮屈な棺の中。絶対的な暗黒と深海の沈黙に支配され、いずれ肉体を蝕むであろうウジ虫の大群が襲ってくる。そんなことを想像しながら、疑惑が駆け巡る。なぜこんな目に?ヤブ医者の犠牲か?人体を医学的に無理やり生きているように見せかけることは可能であろう。だが、生きることと死なないということは同意ではない。機械仕掛けの人体を永遠停止と定義できるものとは。実体の死よりも、想像の死こそ真の恐怖というものか...

「細長い箱」
船上で不気味さを醸し出す箱の中身を想像するお話。箱は船倉ではなく、主人公夫妻の船室に運ばれた。主人公は画家で、箱の中身は絵であろうか。いや、後から思えば、妻というのは、あれは召使いだったのか。船は嵐に襲われて難破。海に放り出された箱を追って、主人公も海の底へ。箱の中身は愛妻だったのか...

「アッシャー家の崩壊」
思い悩んだ兄は、人里離れた古い館に旧友を招く。兄妹は双生児で、妹は遺伝的な神経疾患を患っているという。兄はほとほと疲れた様子。やがて妹は息を引き取ったと告げ、亡骸を地下室に安置する。だが実は、妹は生きていたと告白する。生きていると知っていながら棺の中に閉じ込めたというのである。隠者は断末魔とともに蘇る。重い黒檀の扉が開くと、妹が震えながら立っていた。彼女は兄に覆いかぶさり、断末魔の苦しみのうちに死ぬ。彼は恐怖心の犠牲となったのか。そして、アッシャー家の館も崩れ落ちたとさ。
ところで、ヒポコンデリーという病があると聞く。心気症とも呼ばれる。病気を苦に、精神障害までも引き起こす負の連鎖作用のような。妹がなんらかの病気であったことは本当であろう。だが、深刻な精神病を患っていたのは兄の方であったか...

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