2009-10-04

"アナログCMOS集積回路の設計" Behzad Razavi 著

ほど酔い気分で本棚を眺めていると、なにやら懐かしい香りがする。おいらがエンジニアになった頃、アナログ技術が盛んであった。20年以上前かぁ。新人研修では、テレビ受信回路や映像制御回路などが題材とされ、まともなコンピュータ研修の無かった時代である。おいらは、アナログ技術が全く理解できず、トランジスタの等価回路なんて物理的にイメージできないでいた。アナログ技術は物理数学の世界で、デジタル技術は論理学の世界である。言い換えれば、前者は職人の世界で、後者は屁理屈の世界とも言えよう。アナログ技術は、技術習得に時間がかかり、おいらのような飽きっぽい人間には難しい。とっくに数学で挫折していたので、ラプラス変換と聞いただけで蕁麻疹が出たものだ。ちょうどその頃、ワンチップマイコンやプログラマブルデバイスが登場して、デジタル技術が流行り始めた。おいらは時代に救われた。だからといって、デジタル技術が簡単なわけではない。高集積化が進めば複雑なアルゴリズムが要求され、数学からは逃れられない。結局、落ちこぼれる運命は変えられない。当時、アナログ回路は無くなるといった意見も多かった。アナログ設計者は、デジタル設計者へ転職を考えるといった社会現象もあったぐらいだ。ところが、近年システムLSIの登場により、アナログ技術者は引く手あまたである。高速化や高密度化が進むと、すべてをデジタル化することは難しい。高速化の要求はアナログ乗算器を登場させる。そして、省電力化が進み、やっかいなデジタル信号の高周波ノイズでEMC問題の対策も盛んになる。高速な半導体メモリやプロセッサは、高速デジタル設計であっても、ほとんどアナログ設計と言われる。こうした時代の流れで、アナログ技術のセミナーは大盛況で、5年ほど前にいくつか受講した。本書はその頃、再勉強しようとして購入したものである。ちなみに、アナログ回路は、おいらにとってデジタルシステムを検証するための補助的な位置付けにしかない。実験室でちょっいと試すぐらいなもの。それでも、安価な安定化電源や確実に動作するリセット回路ぐらいは必要である。最近はソフトウェア的な仕事しかしないので、実験室とは10年以上ご無沙汰している。

最近、新人君と付き合う機会が多い。教育係を依頼されるからである。ちなみに、人に教えることほど嫌いなものはない。教えるものなんて何もないから、自分の馬鹿さ加減を暴露するようなものである。なるほど、暗に引退せよ!と仄めかされているのかぁ。こんなフレッシュな酔っ払いを年寄り扱いするとは。世の中が不景気だと、若い連中を遊ばせるわけにもいかず、教育が盛んになる傾向がある。そこで、本書を読み返す羽目になる。そもそも、技術教育なんて必要なのかも疑問である。技術は盗み取るものであり、学問は知識を得るまでの過程にこそ価値がある。
ところで、新人君たちは想像もつかない勘違いをする。だが、アル中ハイマーの武勇伝には敵わないだろう。ということで、新人時代の失敗を暴露するとしよう。もはや精神の泥酔者には羞恥心の欠片もない。なにしろ、電解コンデンサにプラスとマイナスがあることも知らずに使っていたのだ。では、スモーキーなモルトに誘われて、焦げ臭いところを紹介しよう。あるシステムでアナログ部とデジタル部の電源を分離させて、双方のGNDを解放して独立に制御していた。しばらくは正常っぽく動作していたが、ある日突然高価なチップが燃えだした。いや!溶け出した。先輩から「実験室が焦げ臭いぞ!」と指摘されて「ハッ!」となる。ラッチアップを起こしたのだ。他にも、部分的なモジュールではそれらしい動作をするのに、全体を組み上げると燃えたことがある。問題は、半導体の仕組みを物理的に理解していないことだ。トランジスタとは奇妙なもので、抵抗などの素子が無いにもかかわらず、それだけで等価回路が実現できる。ということは、半導体素子を多段につなぐと、回路全体で想像もつかない機能を持つ可能性がある。一つの素子に想定外の信号が入力されると、周りの電子部品と干渉してとんでもない動作をするわけだ。アナログ回路は、物性物理学を体で覚える世界だといことを実感したものだ。
また、CMOSデバイスで回路を組んでいると、繋がなくても微妙に動作することには驚いた。バイポーラと違って、CMOSデバイスは接続されていなくてもオンすることがある。TTLが常に電流が流れるのに対して、CMOSはスイッチングの瞬間にしか電力を消費しない。言い換えれば、バタバタする信号は瞬間ノイズでうるさいわけだ。信号線にプローブをあてると完全に眠るのだが、放すと微妙に動作する。ノイズが原因だと思ったが、実は配線されていなかったというオチだ。それを解明するだけで一日無駄にするという馬鹿さ加減!導通テストは馬鹿にはできないことを実感したものだ。ちなみに、テスターで導通を確かめるのに「ピッ!」と鳴る機能は怪しい。微小抵抗でも反応するからである。もともとCMOSは遅いという弱点を持っていたが、当時は速度の問題も解消されつつあり、ほとんどCMOSを使っていたような気がする。
それにしても、半導体とは奇妙な物質である。半分だけ導体とは、これいかに?
「導体のようで導体でない、でんでん!絶縁体のようで絶縁体でない、でんでん!」
外部から熱や光あるいは磁場や電圧といった刺激を与えることによって、電気特性が得られる物質である。バンドギャップが狭いからキャリア効果も現れる。P型とN型を接合することによってその効果も上がる。電源など駆動するための仕掛けが必要であるにせよ、増幅効果があるのは電子の流れを活発にするからである。バンドギャップ内はフェルミ準位近辺になり、電子が移動できるかどうかも確率論に持ち込まれる。こうした物理現象を眺めるだけでも、LSIの歩留まりが不安定なことは容易に想像できる。
つまり、半導体とは、泥酔状態が不安定で、酔ってんだか、酔ってないんだか、自覚できない物質というわけだ。いずにせよ共通した性質は、夜の社交場でホットな女性からちょいと視線ビームを浴びせられると、電流が走って痺れる。そして、精神のエネルギー順位が高まると「君に酔ってんだよ!」と囁きはじめ、その醜態はどんどん増幅される。ただし、女性の愛情障壁は固く、強力な電子ビームをもってしても簡単には突き抜けられないので、逆電流は流れにくい。一旦、逆電流が流れはじめると、一気に燃え上がるわけだ。

本書は、基本編と応用編の二冊に分かれるが、区別することもないだろう。むしろ上下巻とした方が適切だ。本書の目的は、最終的にデバイス動作を定式化して回路モデルを作るための知識を学ぶことである。そして、MOSFETの物理から始まってプロセス技術まで網羅される。MOSFETをスイッチとして使うならば、ゲートをオンするとソースとドレインが導通するという単純な構造である。しかし、ゲート電圧は?ソースとドレイン間の抵抗は?その抵抗は線形なのか?と悩み出すと頭が痛い。回路特性が線形性を保つならば、なにも悩まないだろう。おまけに、素子間のミスマッチが製造技術とレイアウトを悩ませる。高密度化が進めば、素子そのものの遅延よりも配線遅延の方が厄介になり、クロストークといった問題も発生する。
本書は、実験室で重宝した概念をいくつか紹介してくれる。高速性や微小信号を扱う場合、差動などの対称性を利用した概念がしばしば登場する。差動回路は、耐ノイズ性に優れているのはなんとなく感覚で分かるだろう。双方でスイングすれば、微小信号でも伝送系で効果がありそうに感じる。その重要な特性は外因に対する同相の除去効果である。
また、重要な概念にフィードバックがある。負帰還では高精度の信号処理ができたり、正帰還では発振器を作ることができる。信号の平均化という意味ではフィルタ効果もある。本書では、フィードバック回路の特性で、利得の鈍感化、端子インピーダンスの変更、帯域幅の拡大、非線形性の低減といった例が考察される。ただ、回路にループがあれば予期せぬ発振はつきもの。ループゲインが大きければ発振する可能性も高い。
更に、線形帰還システムの安定性と周波数補償を議論している。これはオペアンプの応用である。オペアンプはもともと差動増幅なので、そのままでも使えるし、その名称からアナログ演算にも使える。昔は、コンパレータやマルチバイブレータといったものに利用したのを覚えている。飽和領域で動作するMOSトランジスタは電流源としても使える。ゲートとソース間の電圧が定められても、ドレイン電流が定められなければ、電流源をバイアスする方法も必要となろう。そこで、電流源は既に定まっているものと仮定して、カレントミラーによって電流をコピーするといったことを考えたりする。デジタルシステムが専門とはいえ、振幅や周波数やデューティ比を自在に制御できる発振回路や、モノマルチといった簡単な信号発生器があると、実験に重宝したものだ。こういう状況を思い出していると、現在ではFPGAやCPUが搭載されたキッドが売られているから便利である。しかも、雑誌にも付属される。これは恵まれた環境とも言えようが、回路を燃やすような体験は難しいだろう。昔は、火を入れる瞬間もドキドキした。まさしく勉強に燃えていたのだ!

1. 雑音
アナログ技術者は絶えず雑音と葛藤している。アナログ回路設計とは、自ら創出する雑音と、周りから影響を受ける雑音の双方との戦いである。ちなみに、デジタル回路は雑音を発する側なので気軽だと思っていたが、雑音の悪魔と呼ばれ、いつも謝っていたような気がする。だから、酔うと謝り上戸になるのかもしれない。
雑音は、消費電力、動作速度、線形性とトレードオフの関係にあり、その特徴はランダム性にある。したがって、長期間の観察から統計論的モデルとして扱うことになる。雑音スペクトラムとして捉えれば、フィルタによって除去できるというわけだ。雑音には、熱雑音、ショット雑音など、その要因を上げれば切りが無い。本書は、MOSFETのゲート酸化膜とシリコン基板の界面で生じるフリッカ雑音を考察している。

2. 発振器
電子制御で発振器は不可欠である。それはプロセッサのクロックから携帯電話のキャリアにまで及ぶ。本書は、VCO(電圧制御発振器)の数学的モデルを検討し、周波数変調器として動作する様子を考察している。簡単なものではLC発振器が思いつくが、分かりやすいリング発振器にも触れている。昔は、インバータの多段によって、実験用に簡単な発振器を組んだものだ。そして、同期させるためにPLL(位相同期ループ)を使った。

3. デバイスモデル
デバイスのモデリングは困難で、シミュレーション値と測定値が違うことは珍しくない。本書は、ショートチャネル効果を理解するために、SPICEモデルを考察している。そして、MOSの理想的なスケーリング則とは何か?といった問題を扱う。半導体デバイスでCMOSが主流となる理由は、静的な消費電流がゼロであることと、MOSFETのスケーリングが容易であることであろう。スケーリングされたチャンネル容量が容易に見積もれなければ、製造工程に影響を与える。チャネル内で電圧低下といった現象があると安定した動作が望めない。熱雑音による電圧電流特性において、ダイナミックレンジが一定でないのは厄介である。また、しきい値電圧は、チャネル長によって変動する。よって、製造プロセスにおいてチャネル長の正確な制御が必要となる。ゲート電圧が上昇すると、ソース側のポテンシャルを上昇させたり、ドレイン電圧も表面ポテンシャルを上昇させる要因となる。これが、電荷の流れに障害を与えて、しきい値電圧を低下させ、ドレインとソース間の電圧による出力インピーダンスが低下する。縦方向の電界による移動度の劣化や、横方向の電界による原子運動によるホットキャリア効果の影響といった物理物性の世界は、最も苦手とするところだ。こんなものが理解できるレイアウト屋さんは尊敬してしまう。

4. プロセス
本書は、概念的な製造工程を想像させてくれる。基礎となるp型基板ウェーハの上に、nウェル、ソース - ドレイン領域、ゲート絶縁膜、ポリシリコン、nウェルと基板の電極、メタル配線が形成される。その工程はだいたい以下の手順となろう。
(1) ウェーハプロセス
(2) フォトリソグラフィ(回路のレイアウト情報をウェーハに転写する最初の段階)
(3) 酸化
(4) イオン注入
(5) 成膜とエッチング
(6) デバイスの製造(能動素子、受動素子など)
エッチング中、メタル領域では、イオンを収集し電位を上昇させるアンテナ効果が現れるという。そのため、製造工程中に、MOSデバイスのゲート電圧はゲート酸化膜を回復できないまでにブレークダウンする可能性があるわけだ。ゲート酸化膜にダメージが起こる可能性を最小限にするために、総面積を制限するのが一般的だという。大面積が避けられない場合は、エッチング中に大面積が直接ゲートにつながらないように切れ目を入れたりするわけだ。

0 コメント:

コメントを投稿