2023-11-12

"その言葉、異議あり! - 笑える日米文化批評集" Michael S. Molasky 著

「本書は、不良学者の無駄な時間の産物... まず役立たないという、へそ曲がりの意向から成り立っている。」こう宣言するマイク・モラスキーさん。
それでも、「逆説的に、このような、単なる遊びのつもりの非実用主義の姿勢こそ、知的な発見に不可欠」と自ら鼓舞する。いや、開き直りか。未練は男の甲斐性よ!
副題に「笑える日米文化批評集」とあるが、笑えるというより苦笑か。いや、冷笑か。アメリカ人の目で日本を観察し、日本ツウの目で祖国アメリカを振り返り、疑問に思うことを皮肉まじりに物語る。やはり文化ってやつは、距離を置いて眺める方がいい。それで文化論に遠近法が成立するかは微妙だけど。
それにしても、アメリカと日本を往き来する曖昧な立ち位置は、居心地が良さそう...

「どちらの社会の完全なるインサイダーでもアウトサイダーでもない、そのような立場だからこそ、想像力を刺激され、批評眼が磨かれる。」

モラスキーさんには、ジャズ喫茶論(前記事)と居酒屋文化論(前々記事)にしてやられた。この大学教授ときたら、自ら「フーテンのモラ」と名乗り、日本全国をハシゴ。これを文化研究などと称し、思うままに日本探訪記を綴って魅せる。それこそ、日本人よりも日本人っぽい文脈をもって...
本書は、所々で英語のニュアンスを日本語で要約してくれるものの、あまり英語の勉強にはならない。むしろ、和製英語や日本語の使われ方に違和感を持つエピソードの方が興味深く、日本語の勉強になるから、語彙の逆輸入現象!とでも言おうか...
そういえば、むかーし、日本人のくせに着物も着れへんのか!とガイジンさんに大阪弁で馬鹿にされことがあったっけ。おかげで今では、出かける時は必ず和服である。

本書の言葉遊びは愉快!実に愉快!
語彙の乏しいおいらだって、言葉に関しては、いろいろ思うところはある。言語は使いやすく、分かりやすい方向へ流れ、意味合いも時代に流されやすいのは確か。この柔軟性こそが言語システムを進化させ、人類を進化させてきたのも確か。ただ、ネアンデルタール人のおいらが、現代語についていけないだけのことである。

言葉の乱用が、言葉を安っぽくさせるところがあるのも確か。本書とは関係ないが、例えば、謝罪や所信表明で見かける「真摯に受け止めます!」といった言い回しのおかげで、「真摯」という用語は、おいらの頭の中で胡散臭いという意味に変調される。
差別用語ともなると、有識者や教育家どもがこぞって目くじらを立てるが、それを禁止したおかげで、もっと具体的で過激な言葉を浴びせるのでは、差別を助長しているように見える。しかも陰湿に。昔の映画を鑑賞していると、なんでこれを禁止用語にせにゃあかんのか、と思うこともある。差別意識を問題提起する映画も成り立たなくなるのでは...
そもそも、差別のない社会ってあるのか。言葉を禁ずるより、言葉をどう意識するかの方が問題であろうに。そんなことを考えながら読んでいる読者も、かなりのへそ曲がりということであろう。

「検閲官のようにあれもこれも使用禁止語とするような『政治的に正しい』ならそれでよしとする、安易なポリティカル・コレクトネスはつまらないと思っている。いや、はっきり言えば、差別用語だからといってある表現を禁止する行為自体は怠け者のやり方だと思う。それよりも、その単語に付着しているイデオロギーや、それが含む偏見的発想などを、なるべく印象に残るような形で明るみに出せば、少なくとも良識ある人ならば、もう少し自覚して使うようになることを期待できると思う。あるいは初めてその問題点を意識した人は、その表現を使わないようになるかもしれない。」

さて、いつも長過ぎる前戯はこのぐらいにして、数多い体験談の中からちょいと気に入ったところを拾ってみよう...

1. 盲人に道を教えてもらう超方向音痴!
モラスキーさんは、超人的な方向音痴だそうな。自分の子供から「ザ・U ターン・キング」と嘲笑されるほどに。東京で迷子になった時、 なんと!盲人に道を教えてもらったという。相手が白い杖を手にしていることにも気づかず。すぐに謝ろうとしたが、丁寧に道順を教えてくれたそうな。
目が見えるから、本当に見えているとは限らない。真理ともなると、盲人よりも見えていない事が多い。ただ、見えた気になっている事も多いので、それで相殺され、うまくバランスされるのだろう...

2. 取扱説明書はホラー映画?
日本の家電品の取扱説明書は、古典的なホラー映画に似ているという。その構造は、こんな感じだそうな...
まず、表紙デザインで読者に安心感を与え、油断させる。次に、危険!警告!事項によって脅し、そして、穏やかな注意!お願い!でやや安心させ、ようやく本題である使い方の説明で、さらに安心させる。だが再び、故障や異常などの対処で不安に陥れ、最後に、アフターサービスの説明で再び安心させて、完結!オーブントースターひとつとっても、爆発しそうで使えねぇじゃん!
しかし、契約書ともなると、欧米のドキュメント文化の方が詳細に仕組まれていそうである。近年、日本でも通信サービスや保険などで事細かく記載されるようになったが、安易な宣伝パンフレットで決めちまう習慣は如何ともし難く、まともに契約書を読んでいる人はごくわずかであろう。
尚、携帯の解約を、本書では奴隷解放宣言と称している。

3. SPAM vs. spam
日本語で "spam" といえば、迷惑メールのことだが、アメリカで "SPAM" というと食料品をイメージするそうな。それは、すでに調理された保存肉のことで、冷蔵庫がまだ普及していない時代に人気を博したとか。第二次大戦中の兵士の糧食にあやかって、これから死んでいく人間に喰わせる肉!といった意味にもなるらしい。
ジャンクメールにジャンクフードをかければ、同じスパムってかぁ...

4. Bush & Rice
Bush とは、ジョージ・W・ブッシュ元大統領。Rice とは、コンドリーザ・ライス元大統領補佐官。二人の対照的な人物像は、アメリカという国の二面性を反映しているという。それぞれの出身地から、テキサスなまりの強烈な白人男性と、南部なまりをまったく見せない黒人女性という配置。
ブッシュは、マッチョな言葉遣いで乱れた英語を多用し、挑戦的なフレーズを好む。
対して、ライスは、言葉を慎重に選び、外交官のように正確さと曖昧さを織り交ぜる芸達者ぶりは、馬鹿にされるような隙を与えない。ブッシュは、父親も大統領なら、裕福な家系を後ろ盾に。ライスは、人種的なハンディを克服する上で完璧な英語を操り、完璧な仕事をする必要があったと見える。
このような人物配置は、アメリカ民主主義を語る上で、あるいは、政治的メッセージとして重要な意味を持つ。
では、日本は?閣僚に女性を何人配選ぶかで騒いでいるようでは、女性に失礼であろう。やはり個々の能力を語らないことには...

5. 日本人の日本人論
日本はユニークだ... 日本語は難しい... 日本は島国だから... 日本は単一民族だから... といった類いの日本人論に物申す。昔から馬鹿げていると指摘されてきた議論だが、それも優越主義の表れか。
片言の日本語を喋れば、言語障害者のように見られ、それで見た方はというと、まともな日本語を喋っているのかも怪しい。近年、「おもてなし」なんて用語も、日本文化特有の意識として使われる傾向があるが、世界を見渡しても、もてなさない文化の方が珍しい。
人間ってやつは、帰属意識のようなものが自然に身につくもので、他に対して何かと優越したがるものである。
しかし、皮肉はなかなか厳しい...
「単一民族論は純血幻想に依拠しているイデオロギーであり、論理的に極限まで追求したら『近親婚こそ理想的だ』という結論に行き着くはずである。」

6. 大と小の体験!
初めて来日し、トイレで流そうとしたら、「大」と「小」の文字に戸惑ったそうな。漢字の意味は知っていたという。しばらく考えて、突然、意味を悟り、無事に難を逃れたとさ...
「初めて異文化に接する時、まさにこのような小さな体験が大きな比重を占めるようになるものだ...」

7. せめて名前だけでも幻想を...
アメリカの街づくりでは、自ら破壊した自然を道路などの名前だけで復活させるような自然回帰幻想があるという。
対して日本では、密集した住宅状況からの解放願望が、マンションやアパートの名前に反映されているとか。
"mansion" を辞書で引くと大邸宅や豪邸といった意味がひっかかる。これを集合住宅という意味で用いるのは日本だけらしい。
日本では、マンションに限らず、横文字がオシャレと言わんばかりに多用される。それで飽きてくれば、イタリア語に。ダサいとなれば、おフランス語!そして、学者までも横文字を乱用。高級そうな用語で実体を誤魔化そうとするのは、どこの世界も同じか...

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