2023-11-26

"山椒魚戦争" Karel Čapek 著

カレル・チャペックは、チェコの作家...
チェコというと、重々しい歴史を背負った印象がある。それもステレオタイプであろうが、歴史を遡ると、やはり重々しい。フランツ・カフカの場合、ちと異質な世界を魅せてくれたが、暗い感触は、やはり重々しい。

首都プラハは度重なる戦渦に巻き込まれてきた。神聖ローマ帝国の時代には「黄金のプラハ」と形容されるものの、「プラハ窓外放出事件」を発端に、ローマ・カトリックと改革派の衝突から三十年戦争に至る流れがあり、この地にプロテスタントの源泉を見る思い。しかも、チェコ語禁止などの文化弾圧を受けてきた。
ナチス占領下には、親衛隊大将ラインハルト・ハイドリヒ暗殺の報復として、リディツェ村の住民が老若男女問わず殺害され、村の存在そのもが抹殺された。戦後、リディツェと名のる町があちこちに出現することに...
東西冷戦時代には、「プラハの春」と呼ばれる変革運動が、ソ連主導のワルシャワ条約機構に弾圧され、チェコスロバキア全土を占領下に置いた。
チェコという地には、自由を求める不屈の精神が育まれると見える。本書も、その影を引きずるかのように...

本物語が諷刺であることは、疑いようがない。実際、ナチスがプラハを占領した時、いち早くゲシュタポがチャペック邸にやってきたそうだが、幸か不幸か、チャペックは既に病死していたそうな。

さて、人類がまだ知らぬ未開の地に、高度の知能を備えた生物の世界があるとしたら...
科学的に地球の構造を外観すると、中心には核があり、その周囲にマントルの層があり、その上に地殻が乗っかっていることになっている。だが、それだけだろうか。この地球で、人類にだけ与えられたとされる進化エネルギーが、他の生物にも... という可能性はないのだろうか。物語は、海底奥深くに棲む黒々とした生物との遭遇に始まる。山椒魚に似た姿から魔物と怖れられたが、実は高度な知能の持ち主であったとさ...
尚、栗栖継訳版(ハヤカワ文庫)を手に取る。

生物の種が、この地上を支配するための要件とはなんであろう。知能か。数の原理か。宇宙の重力法則に従えば、一つの要件として、おそらく種全体の総質量が物を言うであろう。アリやハエがいくら繁殖したところで、人類の総質量には遠く及ばない。文明の発達が人口爆発を引き起こし、地上の支配者へ加速させた、ということは言えそうだ。人類に、その資格があるかは知らんが...
では、人類の総質量を上回るほどに繁殖した生物がいたとしたら。しかも、人類に劣らず知能を発達させて...

「もし人間以外の動物が、文明とわれわれの呼んでいる段階に達したとき、人間と同じような愚行を演ずるだろうか。同じように、戦争をやるだろうか。同じように、歴史で破局を体験するだろうか。トカゲの帝国主義、シロアリのナショナリズム、カモメあるいは、ニシンの経済的膨張を、われわれはどんな目で見るだろうか。もし人間以外の動物が、『知恵があり数も多いおれたちにのみ、世界全体を占拠し、すべての生き物を支配する権利があるのだ』と宣言したら、われわれはどう言うだろうか。」

生産と消費を高めることで経済が成り立つ世界では、労働力こそが鍵。文句も垂れず、従順な働きアリは貴重な存在だ。人間は人間を奴隷にしてきた。
一方で、珍種は金になる。しかも、進化した山椒魚は賢く、うまく飼いならせば、人間以上に儲かりそうだ。奴隷商人はどこにでも湧いて出る。動物愛護団体の目を掠め、山椒魚シンジケートが裏社会を牛耳る。選りすぐりの山椒魚は売られ、買われ、交尾させられ、人類をはるかに超える数に繁殖させられる。
しかし、賢い山椒魚は奴隷の代役だけでなく、ご主人様の代役も務まるときた。そして、奴隷叛乱のごとく人間に襲いかかる。
戦争となると、人間を相手にする方が、はるかにやりやすい。同族同士であれば、相手が何を考えているかも分かるし、なにより互いに殺し合うのは人間の得意とするところだ。
21世紀ともなれば、気候温暖化で海面が上昇し、山椒魚の水陸両用体質の方が優位となろう。山椒魚相手では掴み合いにもならないし、海中に向かって銃剣突撃もできない。人類の肉体も海中で生きられるまでに進化させなければ...
そもそも、山椒魚は戦争というものを知らない。だからこそ、合理的に支配し、合理的に抹殺する手段を考案できる。最終的解決ってやつか。知能の発達は恐ろしい。実に恐ろしい。もはや人類は、AI の支援を仰ぐほかはない。それで、AI の奴隷になってりゃ世話ない!

「現在、地球上には、文明化した山椒魚が、約二百億住んでいる。それは全人類のほぼ十倍である。このことから、生物学的必然性と歴史的論理によって、次の結論が出てくる。すなわち、山椒魚は、抑圧されているがゆえに、解放されねばならず、同質であるがゆえに、団結せざるを得ず、そしてこうして、世界始まって以来最強の勢力になった暁には、必然的に世界の支配権を握らざる得ない、ということである。そのとき、山椒魚は人間の存在を許すほどおろかだ、と諸君は思うだろうか。征服した民族や階級を絶滅させないで、奴隷にしたことによって、常におかした人間の歴史的誤りを、山椒魚がくりかえす、と諸君は思うだろうか。人間はエゴイズムから人間と人間とのあいだに新たな差別を、永遠につくり出し、その後、寛容の精神と理想主義から、ふたたび、そのあいだにかけ橋を渡そうとしたのだが、山椒魚も、そのような誤りをくりかえす、と諸君は思うだろうか。」

そしてついに、この長編の最終章で、著者は自問自答しながら山椒魚(サラマンダー)の正体を論じて魅せる...

「チーフ・サラマンダーは、人間なんだ。本名は、アンドレアス・シュルツといってね。第一次大戦当時は、曹長だったんだ。」

チーフ・サラマンダーとは、山椒魚総統のこと。その総統が第一次大戦で曹長だったとなると。盲目的に襲いかかる山椒魚どもはナチス軍団か。
ノルマンディー沖でフランス巡洋艦が山椒魚に魚雷攻撃を喰らえば、U ボートの襲来だ。ただ、海の怪物だけあって、航空機の操縦は苦手と見える。
山椒魚どもは、哲学や芸術というものを知らない。しかし、ボスのお気に入りとなれば、それを収集にかかる。ナチス高官どもの絵画略奪のごく。
そして、本能的な虚栄心と征服欲を剥き出しに山椒魚ダンスに熱狂し、最大のエロチックなイリュージョンを演じる...

「山椒魚には、もちろん精神はない。その点、人間に似ている。」
... G・バーナード・ショー

「マルクス主義者でさえなければ、山椒魚でも、なんでもよい。」
... クルト・フーバー

「きょう私は自作のユートピア小説の最後の章を書きおえた。この章の主人公はナショナリズムである。すじはまったく単純で、世界ならびに人間の滅亡。これは論理のみに基づいた、なんともうとましい一章である。そう、しかし、こういう結末のつけようしかないのである。人類を滅ぼすのは、宇宙の災害ではまずなく、国家・経済・面子といったもろもろの要因だけなのだ。諷刺作品を書くのは、人間が人間たちに向かって語ることのできる最悪のことである。これは、人間たちを非難するのではなく、彼らの実際の行動と思考から単に結論を引き出すだけのことなのである。」
... 付録「異状なし」より

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