2024-03-17

"FACTFULNESS" Hans Rosling, Ola Rosling, Anna Rosling Roennlund 著

TED talk でハンス・ロスリング氏を見かけたのは、十年ぐらい前になろうか。彼が亡くなって、五年が過ぎたというのも不思議な感じ。今でも生き生きとした講演が観覧できるのだから...

産業革命で最も偉大な発明は何か?それは、洗濯機だ!この発明こそが、退屈な時間を知的な読書の時間に変貌させた魔法だ!と豪語したコミカル調が蘇る。
少子化問題で子供をどんどん産みなさい!と触れ回り、経済政策では消費を煽るばかりの政治家や有識者を尻目に、世界規模の人口増殖の方に問題意識を向ければ、マルサスの人口論を読まずにはいられない。経済学では、古びてしまったとされる理論を。いまや産んじまえば、なんとかなるって時代でもあるまい。ハンスは、貧困層の生活水準を引き上げることが人口増加の抑制につながる、と唱えるのであった...
尚、上杉周作、関美和訳版(日経BP社)を手に取る。

"FACTFULNESS" とは、ハンスの言葉で、データや事実に基づいて世界を読み解く習慣を言うらしい。本書の共著者でもある息子オーラ、妻アンナと共にギャップマインダー財団を設立。Gapminder は、統計情報を五次元で視覚化するツールとして知られ、ここでは国別に、所得、健康、寿命、人口の関係が示される。
こうして眺めていると、国の有り様が多種多様に富み、先進国と途上国で区別する国際機関や各国政府の要人たちの言葉が空虚に感じられる。先進国という呼称に固執する国もあれば、都合よく使い分ける国もあったり、あるいは、貧困国とされながらも最優先される必需品がスマホだったり。
本書は、10 の思い込みを提示してくれる。"FACTFULNESS" とは、これらの克服から見い出せるものらしい...

  1. 分断本能... 世界は分断されているという思い込み
  2. ネガティブ本能... 世界はどんどん悪くなっているという思い込み
  3. 直線本能... 世界の人口はひたすら増え続けているという思い込み
  4. 恐怖本能... 危険でないことを、恐ろしいと考えてしまう思い込み
  5. 過大視本能... 眼の前の数字が一番重要だという思い込み
  6. パターン化本能... ひとつの例がすべてに当てはまるという思い込み
  7. 宿命本能... すべてはあらかじめ決まっているという思い込み
  8. 単純化本能... 世界はひとつの切り口で理解できるという思い込み
  9. 犯人探し本能... 誰かを責めれば、物事は解決するという思い込み
  10. 焦り本能... いますぐ手を打たないと大変なことになるという思い込み

しかも、賢い人ほどハマりやすいという。問題は、知識のアップデート。変化の激しい時代では、すぐに知識が廃れていく。勉強は学生の本分!などと言われるが、社会人だからこそ、経験を積めば積むほど、その必要性を感じる。
古い知識が役に立たないということではない。古い知識に新たな知識を重ね、その知識に至るプロセスも新旧で重ねれば、より強力となろう。重要なのは、学ぶ習慣である。マハトマ・ガンディーは、こんな言葉を遺してくれた。「明日死ぬと思って生きよ。不老不死だと思って学べ。」と。
そして、学ぶ習慣を支えてくれるのが、好奇心だ。様々な角度から学べば、いろんな面白味が見えてくる。多くの偉人たちが、読書批判をやりながら、熱心な読書家であったことも頷ける...

「なによりも、謙虚さと好奇心を持つことを子供たちに教えよう。謙虚であるということは、本能を抑えて事実を正しく見ることがどれほど難しいかに気づくことだ。自分の知識が限られていることを認めることだ。堂々と知りません!と言えることだ。新しい事実を発見したら、喜んで意見を変えられることだ。謙虚になると、心が楽になる。何もかも知っていなくちゃならないというプレッシャーがなくなるし、いつも自分の意見を弁護しなければと感じなくていい。好奇心があるということは、新しい情報を積極的に探し、受け入れるということだ。自分の考えに合わない事実を大切にし、その裏にある意味を理解しようと務めることだ。答えを間違っても恥とは思わず、間違いをきっかけに興味を持つことだ。... 好奇心を持つと心がワクワクする。好奇心があれば、いつも何か面白いことを発見し続ける。」

ただ、これら 10 の思い込みは、進化の過程で必要であったのではなかろうか。問題は、どれも感情を煽り、ちと行き過ぎるところにある。
人は何事も、善悪、白黒、勝ち組と負け組... などと、二項対立で捉えがち。おまけに、自分自身を優位なグループに属させ、ある種の優越主義に浸る。人はなんでも悪く考える傾向があり、隣の芝は青く見えるもの。進化の過程は右肩上がりに見えるもので、直線的に上昇するものと捉えがちだが、そのおかげで希望が持てる。
だが、実際には退化の時代もあったはず。そうでないと、自省というものが働かない。
そして、現在は、進化の時代か、退化の時代か、そんなことは知らんよ。
恐怖心は、人間の心理操作でもってこい。だが、恐怖と危険はまったく違う。恐ろしいと思うことはリスクがあるように見えるだけで、危険なことには確実にリスクが内包されている。ジャーナリズムは、分断意識を刺激し、恐怖心を煽って、注目を浴びようとする。
ソーシャルメディアだって、負けじと犯人探しに躍起だ。政治屋は手頃なスケープゴートに責任転嫁とくれば、大衆は、今すぐ手を打たないと大変なことになると焦る。
しかも、こんな複雑怪奇な人間社会を、ひとつの切り口で理解した気になれれば、すべての思考をたった一つでパターン化しちまう。こうした心理傾向は、いわば人間の本能である。
そして、これらの思い込みを克服できれば幸せになれるかも分からん。それで、ハンスさんは楽観主義者のレッテルを貼られたそうな...

「わたしは、楽観主義者ではない。楽観主義者というと世間知らずのイメージがあるが、わたしはいたって真面目な可能主義者だ。可能主義者とは、根拠のない希望を持たず、根拠のない不安を持たず、いかなる時もドラマチックすぎる世界の見方を持たない人のことを言う。ちなみに、可能主義者はわたしの造語だ。」

また、アフリカ連合主催の講演で、辛辣なツッコミを喰らった場面は、なんとも印象的である。しかも、穏やかな口調なだけに、なおさら辛辣に...

「図とか表はよくできましたし、話も上手だったけど、ビジョンがないわね!極度の貧困がなくなるって話ね。そこが始まりなのに、先生の話はそこで終わってましたね。極度の貧困がなくなれば、アフリカ人は満足だと思ってらっしゃる?普通に貧しいくらいがちょうどいいとでも?講演の結びで、先生はご自分のお孫さんがアフリカ観光に来て、これから建設予定の新幹線に乗る日を夢見てるっておっしゃいましたね。そんなのがビジョンだなんて言えます?古臭いヨーロッパ人の考えそうなことですよ。... (略) ... 私の夢はその逆で... アフリカ人たちが観光客としてヨーロッパに歓迎される存在になる。難民として嫌がられるんじゃなくてね。それが、ビジョンというものよ。」

0 コメント:

コメントを投稿