2024-03-10

"饒舌について 他五篇" プルタルコス 著

プルタルコスといえば、その大作に「対比列伝」がある。ToDo リストにずっと居座ってるヤツの一つ。ちょうど、澤田謙の編纂版「プリューターク英雄伝」でお茶を濁したところ(前記事)。
だが実は、「モラリア(倫理論集)」ってヤツもある。邦訳版で全 14 巻にも及ぶ大作で、エッセーの起源ともされるそうな。ついでに、こいつもお茶を濁すとしよう。だからといって、どちらも ToDo リストから抹殺できずにいる。未練は男の甲斐性よ!

本書は、その大作の中から「いかに敵から利益を得るか」、「饒舌について」、「知りたがりについて」、「弱気について」、「人から憎まれずに自分をほめること」、「借金をしてはならぬこと」の六篇をつまんでくれる。ソーシャルメディアでも見かけそうな題目が並び、現代病の根源を拾い集めたような...
尚、柳沼重剛訳版(岩波文庫)を手に取る。

1. 最高の敵は己の中に...
敵があってこそ得られる利益がある。愚者は友人関係すらぶち壊しちまうが、賢者は敵対関係までもうまく利用するらしい。目を光らせる者がいて、修正される振る舞いもあれば、他人を観察することによって、自分の長所や短所が見えてくることだってある。人に騙されて高い授業料を払い、それで賢くなることも...
虚栄心は人間の本能的な性癖の一つだが、そんな悪癖までも利用しちまう人たちがいる。樽犬先生(ディオゲネス)ともなれば、祖国から追放され、財産を没収され、そんな不遇を閑暇と哲学の道へ転じた。賢者とは、なんと抜け目のないヤツらだ。
愚者は、成功よりも失敗に学ぶことが多い。ならば、友よりも敵に学ぶことが多いのやもしれん。恋愛よりも失恋に学ぶことが多いのやもしれん。結婚よりも離婚に学ぶことが多いのやもしれん。
わざわざ自ら失敗を招く必要もあるまいが、愚者は自ら体験してみないと分からない。そして、自分は悪くない!と、なんでも他のせいにできる性分は、ある意味幸せである。
おまけに、敵意が生じれば、憎しみとともに妬みが生じ、他人の不幸を喜ぶ気持ちまでも芽生えさせる。「嫉妬は憎悪よりも、和解がより困難である。」とは、ラ・ロシュフーコーの言葉。嫉妬こそが最も厄介な敵やもしれん。今こそ、嫉妬を感じないようにする修行を...

2. 沈黙不能症
ソーシャルメディアに誹謗中傷の嵐が荒れ狂う時代では、沈黙の仕方も難しい。論争では、言葉で勝利することが第一の目的となり、真理なんぞ二の次三の次。ソフィストたちが育んできた弁論術の伝統は、いまやプレゼン技術として受け継がれる。ただ、技術がいくら進歩しようとも、古くから伝わる訓戒は変わらない。見た目より中身だ!言葉より実行だ!と...
お喋り屋が欲望を満たすのは、すこぶる難しい。人に聞いてくれ!と言いながら、自分は聞く耳持たず。他人に目を光らせておいて、自分自身には目を背ける。
それでも、お喋り屋が周囲を黙らすという意味では、人に沈黙を教えている。そればかりか、言葉の不毛を教えている。
酒呑みが、黙っていられるもんか!それで酒呑みに説教されてりゃ、世話ない...

「哲学が饒舌の治療を引き受けるとなると、これは厄介でむずかしい。用いられる薬は言葉だが、言葉は聞かれてこそ効き目があるのに、おしゃべりな人間は決して人の言うことには耳をかさず、のべつしゃべってばかりいるからである。そして、この他人の言葉に耳をかさないというのが、沈黙不能症という病気の最初の兆候である。」

3. 弱気の正体は依存症か...
弱気で他人の奴隷になるか、自己賛美で自己愛の奴隷になるか、借金でお金の奴隷になるか、いずれも似たり寄ったり。
しかし、人間ってやつは何かに依存せねば生きてはゆけぬ。アリストテレスは、人間を「ポリス的動物」と定義した。ポリスとは単に社会を営むだけでなく、最高善を求める共同体というような哲学的な意味も含まれているが、ほとんどの人間が社会に依存しながら生きている。社会制度がどんなに不完全であっても、その制度に文句を垂れようとも、その仕組みに依存せずには生きては行けぬ。自己責任なんぞクソ喰らえ!自立なんぞ悪魔にでも喰わしちまえ!それでミイラ取りがミイラに...
依存症に打ち負かされた弱気は、多くの不遇を呼び寄せる。不評の煙を逃れようとも、逃げ方が下手なもんだから、却って炎上よ。断ると気まずいかなぁ... という気持ちに憑かれ、無茶な要求までも引き受け、後の祭りよ。ノーが言えないのは、本当に相手への気遣いか。却って揉め事を増幅させてはいないか。
しかしながら、弱気がすべて悪いとは言えまい。無防備な強気よりはましかも。不当な要求で、厚かましく要求してくる連中は、断固として拒否!恥知らずを思い知らせてやれ!思慮分別に欠ける人間から憎まれるのは本望よ!

ゼノン曰く、「何だと、愚か者めが。その友人とやらは、お前に対して不当不正な所業に及んでいるのだから、お前を恐れてもいなければ、お前に対して恥ずかしいとも思ってはおらぬ。しかるにお前は、正義のためにそやつに刃向かう勇気がないのか!」

0 コメント:

コメントを投稿