原題 "On Growth and Form"... 生物の成長のかたちは、数学に看取られているのだろうか...
ここに、モナリザや北斎画、ウィトルウィウス的人体図に見て取れる黄金比やフィボナッチ数列といった用語は見当たらない。それでも、蜂の巣が形作る幾何学構造や、オーム貝、有孔虫、放散虫が形作る球形や等角螺旋形に魅せられれば、自然が織りなす芸術品に物理学を感じずにはいられない。それは、重力の仕業であろうか。地球上に存在する生命体の大きさ、重さ、動きの速さ、そして形には、おそらく最適化の原理が働いているのだろう。これこそ自然淘汰というものか...
尚、柳田友道、遠藤勲、吉沢健彦、松山久義、高木隆司訳版(東京大学出版会 UP選書)を手に取る。
「数学を自然科学にもち込んだのは数学者ではなく、自然そのものである。」
... カント
それにしても、これは生物学の書であろうか。生物界のニュートン力学とでも言おうか。ダーシー・トムソンという人が生物学者であることは確かなようだが、文学の才にも長け、古典学、数学、博物学を調和させたような学者であったとか。ここでは、生物の成長を大きさと方向を持つベクトル量として捉え、時間の関数を適合させて魅せる。
一般的に相似関係にある二つの物体は、表面積は長さの平方に比例し、体積は立法に比例する。質量が大きくなるほど慣性力が増し、重力の影響も大きい。大きな生物ほど相応の水分や栄養を必要とし、生存競争で生き残ることも、環境の変化に適応することも難しくなる。ヒトの大きさ、昆虫の大きさ、バクテリアの大きさ等々、それぞれの世界に物理法則が働く...
また、細胞を取り巻くエネルギー帯の考察は興味深い...
細胞には多種多様なエネルギーが関与するが、中でも表面張力との関係に注目して曲率との関係を論じて魅せる。細胞が群らがると表面張力の総体となって複雑化し、平衡状態が不安定となるは必定。
「平衡状態はボルツマンがいったように確率の言葉で表現できる。すなわち、ある系で高い確率で最も存在しやすい状態、あるいは最も完全に維持できる状態というのが、まさしく平衡状態と呼ばれる状態なのである。」
さらに、生物界に生じる非対称性の考察も見逃せない...
例えば、生物から取り出したブドウ糖やリンゴ酸の分子構造は、偏光面が一方向に旋回するという。植物の代謝によって左旋性の L-リンゴ酸や右旋性の D-グルコースは生じるが、D-リンゴ酸や L-グルコースは生じないとか...
「片方の対称性をもつ物質を両方の対称性をもつ物質の混合から選び出すことは生命現象の特徴であり、生物のみがこれを成しうる。すなわち、非対称性をもつものだけが非対称な物質を合成できる。」