2025-12-21

"シンメトリーの地図帳" Marcus du Sautoy 著

数学をミステリー仕立てに...
本書は、シンメトリーという幾何学的性質を群論と結びつけて物語ってくれる。群論とは、数学界で最もミステリーな存在とでも言おうか。定義そのものは、そう難しくはない。結合法則が成り立ち、単位元が存在し、逆元が存在する。ただそれだけのこと。だが、この単純さ故に自然数の深遠さを告げている。しかも、こいつが幾何学の美の象徴たるシンメトリーと密接に関係するというのだから、むしろ群論の地図帳というべきか。
シンメトリーの要素は、図形を決定づける辺の数や面の数といった集合で表され、これらの数の演算と変数で組み立てられる方程式が絡む。つまり、方程式の解をめぐる問題でもある。辺の数が素数の正多角形のシンメトリー群という視点は、素数からゼータ関数へ、さらに楕円曲線へと導かれる。なるほど、群論とは、シンメトリーな言語であったか...
尚、冨永星訳版(新潮社)を手に取る。

自然界は、多種多様なシンメトリーに看取られている。雨粒や雪の結晶から素粒子まで。それはエネルギー効率が良いからであろうか。巻き貝はフィボナッチ数に現れる黄金比に従って殻を成長させていく。ミツバチは、六角形のクレマチスの花や放射状花弁が並ぶデイジーやヒマワリといった回転シンメトリーに惹かれ、マルハナバチは、ランやフォックスグローブやマメ科の植物といった左右対称の鏡映シンメトリーに惹かれる。ハチの目が、こうした幾何学を識別できるほどに進化したのは、そこに滋養エネルギーを感じとるからであろうか。
人間もまた、美術や建築、あるいは異性に対してシンメトリーな幾何学美に惹かれる。カノンは、その定義からして並進シンメトリーの一例。バッハの対位法には対称性が渦巻き、ゴールドベルク変奏曲がシンメトリーを奏でる。
周りを意識する生物には、常に不安がつきまとう。この不安から逃れるために法則めいた安定した存在が求められる。シンメトリーな居心地とは、そうした類いであろうか。生命体が厳しい環境で生き抜くには、自然界に点在するシンメトリーを見分ける能力が必要なのかも...

「自然のなかのシンメトリーは、いわば言語なのだ。動物や植物はシンメトリーを使って、遺伝的な優位から栄養に関する情報まで、実に多様なメッセージを伝えることができる。シンメトリーは、なんらかの意味があるという印であり、ごく基本的な... いや、ほとんど原始的といってもいい... コミュニケーション形態なのである。」

ところで、シンメトリーとはなんぞや。幾何学的な美的感覚の内にあることは確かだ。これを知りたければ、その構造を分解し、幾何学的な元素として分類していく。まずは、バラバラにして構成要素に還元せよ!人間の美に対する還元主義は旺盛と見える。自然数を素数で因数分解するように、シンメトリーの素数なるものを探求する。
しかしながら、シンメトリーの分類定理ができたとしても、化学の周期表のようにはいくまい。容易に化合物を作ったりはできないのだから。
そこで本書は、「...表」ではなく「アトラス(地図帳)」という語を用いてシンメトリー群のマッピングを試みる。アトラスとは、ギリシア神話の巨人神になぞらえてのことであろうか。正多角形にまとわりつく有限回転群から、ガロア群、リー群、マシュー群を辿り、196883 次元空間にして数論のモンスターが姿を現す。自然は偉大だが、自然数もまた偉大と言わねばなるまい...

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