2009-01-11

"素数に憑かれた人たち" John Derbyshire 著

「本書を読み終えてリーマン予想が理解できなければ、これから先も理解できないことを確信してもいいだろう。」と、前置きされる。本書は、リーマン予想の入門の入門書といったところで、厳密な数学者を対象としたものではない。これで理解した気になれなかったら落ち込むだろう。自らの馬鹿さ加減を再認識させられるかもしれないと思うと気合も入る。昔々、アル中ハイマーが美少年だった頃、このような本に出会えていたら数学で挫折せずに済んだかもしれない。いや!単に延命しただけのことかもしれん。ここには、言うまでもなくリーマンのゼータ関数が登場する。ゼータ関数は無限級数で定義された複素空間の有理型関数の一つ。この関数が注目される理由は、素数の分布に関する本質を内包しているからである。その気配に最初に気づいたのが巨匠オイラー。数論は離散的な対象を扱う一方で、解析学は連続体を扱う。その互いに相反する学派の中で、オイラーは数論を解析的に扱った。ここに数論の関心事の一つ「素数が自然数の中にどのように分布しているか?」という問題への探求が始まる。素数定理に最初に触れたのが巨匠ガウスと言われる。素数という純粋な数字を眺めていると、なんとなく純米酒が飲みたくなる。ついでに買って帰ろう。なぜかって?本屋の隣が酒屋だから。

素数といえば、直感的にまばらに存在し数が大きくなるとともに減っていく。そして、やがて無くなるような気がする。しかし、永遠に見つかることをユークリッドがエレガントに証明したのは有名である。では、次の疑問は、まばらになる様子に法則性はあるのか?与えられた数よりも小さい素数は何個あるか?これが本書で扱う問題である。数論の世界では、自然数、整数、有理数、無理数、そして複素数まで拡張することを研究する。その中で、リーマン予想は有名な数学上の未解決問題の一つで以下に示す。
「ゼータ関数の自明でない零点の実数部はすべて1/2である。」
これは、ゼータ関数を複素数空間に適応すると、0となる解は、実数部が1/2で虚数軸方向の直線上に現れるということを意味する。この直線がクリティカル・ラインであり、この直線上に現れる零点が「自明でない零点」である。リーマンは素数個数関数とゼータ関数の関係を示した。本書では、クリティカル・ライン上の点から得られるゼータ関数の特性は、複素平面で螺旋のような曲線を描き、何度も原点を通過しながら繰り返される様子を示している。この原点を通過する瞬間が、自明でない零点である。酔っ払いには、この螺旋が自然法則の謎めいた姿を象徴しているかのように映る。
ゼータ関数の自明でない零点は、ランダム性が表れる分野のモデルとしても使われる。物理学者フリーマン・ダイソンは、量子のエネルギー準位が、ランダムなエルミート行列の固有値と一致することを観測したという。また、数学者ヒュー・モンゴメリは、ゼータ関数の自明でない零点がランダムなエルミート行列の固有値と一致すると述べたいう。量子の振る舞いが素数分布と一致するとはなんとも信じ難い。更に、ゼータ関数の零点の虚数部分は、カオス系のエネルギー準位になるという。なんと、カオスのモデルにもなっているというから神秘と言わざるを得ない。ランダム性には、実は数学的に体系化できる何かがあるような予感さえする。インターネットの検索方法のように、優れた計算アルゴリズムの多くはランダム化に基づいているのも事実である。もしかしたら、リーマン予想によってアル中ハイマーのランダムな行動パターンも形式化できるかもしれない。夜の社交場をまっすぐに歩いているつもりでも、いつのまにか同じ店に何度も立ち寄る現象は、実空間の直線運動が虚空間の螺旋運動に対応する可能性を示唆する。この酔っ払いの足取りこそがクリティカル・ラインというものか?「自明でない零点」を「記憶のない例の店」と置き換えれば、ゼータ関数の正体が見えてくる。ここで、アル中ハイマーは、「人間社会の複雑系は、自然法則に従ってエントロピー増大へと向かい、やがて数学で体系化されるランダム法則に帰着するに違いない。」と熱弁する。そして、純米酒のまろやかさが体中に広がるのを、エントロピー増大の法則と重ねつつ、今日も夜の社交場へとランダム・ウォークするのであった。

アル中ハイマーの数学嫌いは、無限級数に出会ったあたりから始まった。無限級数を加算すると、直感的には無限大になりそうだ。
例えば、1 + 1/2 + 1/3 + 1/4 + 1/5 + 1/6 + ... = ∞
ところが、発散せずに収束する無限級数もあるから、数学は摩訶不思議である。
例えば、1/2倍していく数列の加算は、1 + 1/2 + 1/4 + 1/8 + ... = 2
確かに、1の次の数である2に対して1/2ずつ極限に近づくと考えれば、2を超えることはありえない。
また、分子と分母の和をとって次の項の分母とし、分子と分母の2倍とを足して次の項の分子とした場合、
1/1, 3/2, 7/5, 17/12, 41/29, ... , √2 に収束するという。
んー?有理数の数列が、なぜ無理数に収束するのだろうか?数学のトリックに嵌った感がある。
また、定義域の問題もおもしろい。例えば次の関数を考えると。
S(x) = 1 + x + x^2 + x^3 + x^4 + ..... は、
S(x) = 1 + x(1 + x^2 + x^3 + x^4 + .....) と変形できる。
S(x) = 1 + xS(x)
あれ?S(x)の右辺に自己言及するかのようにS(x)が現れる。
S(x) = 1/(1 - x)
つまり、1/(1 - x) = 1 + x + x^2 + x^3 + x^4 + .....
これは同じように変形を続けるとえらいことになりそうだ。無限自己言及とでも言おうか。数学は魔術か?いや!関数というのは、定義域を限定すれば、いろんな見え方をする。ゼータ関数も、定義域によって様々な姿を見せる。発散するものがいつのまにか収束したり、足し算の繰り返しが掛け算の繰り返しと等しくなったりする。定義域(人格)によっては、いくら飲んでも「俺は酔ってないぜ!」という主張も決して間違いではないのだ。

1. ゼータ関数
ゼータ関数は、以下のように表される。
ζ(s) = 1 + 1/2^s + 1/3^s + 1/4^s + ... = Σ n^-s
ζ(2) = (π^2)/6 は、オイラーの解いたバーゼル問題。
ζ(4) = (π^4)/90、ζ(6) = (π^6)/945
関数ζ(s)は、s > 1 の条件で収束するが、s = 1 あるいは、s < 1 で発散する。ということは、ゼータ関数は、s > 1 の定義域でしか使えないのか?ところが、数学のトリックというものは恐ろしいもので、s < 1 の条件でも収束するように見えてくる。ここで、以下の関数を考える。 η(s) = 1 - 1/2^s + 1/3^s - 1/4^s + 1/5^s - 1/6^s + 1/7^s - 1/8^s + ... 関数η(s)は、s > 0 で符号を相殺しながら収束することが証明できるという。これを変形すると、
η(s) = ( 1 + 1/2^s + 1/3^s + 1/4^s + ...) - 2 (1/2^s + 1/4^s + 1/6^s + 1/8^s + ...)
η(s) = ζ(s) - 2 × 1/2^s × ζ(s)
η(s) = (1 - 2 × 1/2^s) ζ(s)
ζ(s) = η(s) / (1 - 2 × 1/2^s)
つまり、ゼータ関数は、関数η(s)で表現できる。あれ?いつのまにかゼータ関数が、s > 0 の定義域でも収束しているではないか。
では、s < 0では、どうなるのか?ζ(s)とζ(1-s)の関係をオイラーが唱えている式がある。
ζ(1-s) = 2^(1-s) × π^-s × sin((1-s)π/2) × (s-1)! × ζ(s)
ちなみに、本書では、ガンマ関数による表記がなされていないので少々長ったらしいが、分かりやすさではこの方がありがたい。偉大なオイラーを信じると、ζ(4)が分かればζ(-3)が求まることが示されている。また、s = 1/2 の場合、特別な意味を持つ。1-s = 1/2 になるからである。 ここで、1-s = -2, -4, -6, ... の時、sin成分が0となるので、
ζ(-2) = 0, ζ(-4) = 0, ζ(-6) = 0, .... となる。
つまり、sが負の偶数はゼータ関数の零点である。これが「自明な零点」である。これぞ定義域のトリック!芸術の域に達した詐欺とは、こういうものを言うのだろう。

2. オイラー積
ここでエラトステネスのふるいの話が登場する。まず、2からの整数をすべて書き出す。そこから2の倍数を除く、そして、素数3の倍数を除く、次は素数5の倍数...と続けていく。すると、残るのは素数だけになる。この時、除こうとする素数pについて、p^2より小さい素数はすべて得られるはずだという主張である。
この考え方と似たようなことをゼータ関数でもやってみる。
ζ(s) = 1 + 1/2^s + 1/3^s + 1/4^s + 1/5^s +... について、
1/2^s, 1/3^s, 1/5^s, 1/7^s,...1/p^s (pは素数)の順に括っていく。
まず、ゼータ関数を1/2^s倍する。
(1/2^s)ζ(s) = 1/2^s + 1/4^s + 1/6^s + 1/8^s + ...
これを、ゼータ関数から引くと、
(1 - 1/2^s)ζ(s) = 1 + 1/3^s + 1/5^s + 1/7^s + ...
次に、これを1/3^s倍する。
1/3^s (1 - 1/2^s)ζ(s) = 1/3^s + 1/9^s + 1/15^s + 1/21^s + ...
これを、前の式から引くと、
(1 - 1/3^s)(1 - 1/2^s)ζ(s) = 1 + 1/5^s + 1/7^s + 1/11^s + 1/13^s + ...
これを繰り返すと、以下の式が得られる。
Σ n^-s = Π 1/(1-p^-s)、ただし、pは素数
オイラー積のおもしろいのは、正の数を成分とする無限個の和が、素数全体を成分とする積で表されることである。これは、s = 1 の時、左辺が無限大であることから、右辺の積も無限大となり、素数は終わらないことの証明にもなっている。素数が無限個あることは既にユークリッドが証明しているが、オイラーが解析的な手法を用いたことは注目すべきであろう。

3. 素数定理
素数分布の特徴は、数が大きくなるにつれて希薄になることと、その分布がランダムということである。素数定理は、自然数の中に素数がどのくらいの割合で含まれているかを論じた定理で、次のように表される。
π(N) ~ N/log(N)
π(x)は素数個数関数であり円周率とは関係ない。~(チルダ)は近似の意味。Nは自然数。ちなみに、PrimeのPに相当するのがギリシャ文字のπで、当時、ギリシャ文字への割り当ては枯渇していたという。確かに円周率と重なって紛らわしい。
素数定理からの帰結は以下のようになる。
(a) Nが素数である確率は、~ 1/log(N)
(b) N番目の素数は、~ Nlog(N)
逆に、これらの帰結が素数定理でもある。ここで、対数積分関数が登場する。
Li(x) = ∫1/log(t)dt
関数Li(N)が、N/log(N)よりも良い推定であることから、素数定理は以下のように表される。
π(N) ~ Li(N)
ちなみに、Nが大きくなればなるほど、その近似誤差も少なくなるという。

4. チェビシェフの「偏り」
素数を4で割ると、余りは1か3になる。そして、余りが3になる方が多い。ところが、その特異な偏りは、p = 26,861のところで破れるという。素数を3で割ると、余りは1か2になる。そして、余りが2になる方が多いが、その偏りは、p = 608,981,813,029のところから破れるという。いまではチェビシェフの「偏り」自体が偏った見方だという。

5. ビッグ・オー
ビッグ・オーは、引数が無限大に向かう時の関数の大きさに制限をかける方法である。その定義は、次のようなものである。 「十分大きな引数について、Aの大きさがBの定数倍を超えないならば、関数Aは関数Bのビッグ・オーである。」
ビッグ・オーは符号を気にしない。よって、ある関数f(x)が1のビッグ・オーというと、f(x) = 1, f(x) = -1 の2本の直線の間に永遠に閉じ込められることを意味する。関数Aは、関数Bの境界線を超えられないので、これは関数の比較には便利な記法である。ヘルゲ・フォン・コッホは、リーマン予想が正しければ、π(N)とLi(N)の絶対差は、√x log(x)のビッグ・オーと主張したという。
π(N) = Li(N) + O( √x log(x) )
これは、素数分布を定義している。

6. メビウス関数
ゼータ関数ζ(s) = Π(1/(1-p^-s)) の逆数をとる。
1/ζ(s) = (1 - 1/2^s)(1 - 1/3^s)(1 - 1/5^s)(1 - 1/7^s)(1 - 1/11^s)...
これは、無限にある括弧を掛けることになる。各項は、1とそれ以外の組み合わせの項でできている。ここで、無限個の1以外の数字だけを掛けるパターンに着目すると、1と1/2の間に存在するので、それを無限個掛けると0に収束する。全部1の項は、言うまでもなく1。
一つだけ、1でない数を掛け合わせる組み合わせは、
-1/2^s × 1 × 1 × ... = -1/2^s
-1/3^s × 1 × 1 × ... = -1/3^s
...
よって、1 - 1/2^s - 1/3^s - 1/5^s - 1/7^s - 1/11^s...
次に、二つの1でない数を掛け合わせる組み合わせは、
-1/2^s × -1/3^s × 1 × 1 × .... = 1/6^s
-1/2^s × -1/5^s × 1 × 1 × .... = 1/10^s
-1/2^s × -1/7^s × 1 × 1 × .... = 1/14^s
...
-1/3^s × -1/5^s × 1 x 1 × .... = 1/15^s
-1/3^s × -1/7^s × 1 x 1 × .... = 1/21^s
...
よって、ここまでをまとめると、
1 - 1/2^s - 1/3^s - 1/5^s - 1/7^s - 1/11^s ...
+ 1/6^s + 1/10^s + 1/14^s + 1/15^s + 1/21^s + ...
次に、三つの1でない数を掛け合わせる組み合わせは、(符号はマイナス)
-1/2^s × -1/3^s × - 1/5^s × 1 × 1 × .... = - 1/30^s
-1/2^s × -1/3^s × - 1/7^s × 1 × 1 × .... = - 1/42^s
...
よって、ここまでをまとめると、
1 - 1/2^s - 1/3^s - 1/5^s - 1/7^s - 1/11^s ...
+ 1/6^s + 1/10^s + 1/14^s + 1/15^s + 1/21^s + ...
- 1/30^s - 1/42^s - 1/66^s - 1/70^s - 1/78^s + ...
これを、四つの1でない場合、五つの...と続けて並び替えると、
1/ζ(s) = 1 - 1/2^s - 1/3^s - 1/5^s + 1/6^s - 1/7^s + 1/10^s - 1/11^s - 1/13^s + 1/14^s + ...
ここで見られる、右辺に登場する素数以外の数はなんだろう?
欠けている数字は、4,8,9,12,16,18,20,24,25,27,28,...のように何かの素数の平方で割れる数。この欠けている数字をアウグスト・フェルディナント・メビウスにちなんでメビウス関数と呼ぶ。これはμ(ミュー)で表し、以下のように定義される。
「定義域Nは、自然数で、μ(1) = 1
nが平方の約数を持つならば、μ(n) = 0
nが素数か異なる奇数個の素数積ならば、μ(n) = -1
nが異なる個数個の素数の積ならば、μ(n) = 1」

そして、ゼータ関数は、メビウス関数で以下のように表現できる。
1/ζ(s) = Σ(μ(n)/n^s)

7. メルテンス関数
リーマン予想に重要な関数としてメルテンス関数Mがある。
M(k) = μ(1) + μ(2) + μ(3) + ... + μ(k)
この関数は非常に不規則であり、ランダム・ウォークしながら振動するという。引数を大きくすれば、その絶対値は増加現象にあるが、以前として0を中心に振動する以外は、明らかになっていないらしい。

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