2009-01-05

"アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない" 町山智浩 著

正月早々、書店の入り口に山積してあるのを手に取った。アル中ハイマーは、陳列の罠にコロッと嵌るのであった。ペーパーバックスは立ち読みで済ませられる手軽さがいい。それにしても本書は笑える。読み終わろうとしたその時、店員のお姉さんから「そんなにおもしろいですか!」と声をかけられた。そんなにニヤニヤしていたのだろうか?思いっきり照れて「この本を頼む!」とドスの利いた声でお返しした。ペーパーバックスのコーナーで綺麗なお姉さんが笑顔で話し掛けてくれば、いつも買うに違いない。

自宅で冷静に読むと、これが世界の覇権を握った国家なのかとムカついてしまう。狂信した保守派の婆さんが登場すると、「女性に選挙権を与えるな」「原爆を落としたら日本人は羊みたいに従順になったわ」「環境破壊なんて左翼のデマよ。人間は地球をレイプする権利があるの」などと叫ぶ。これは、ちょっと大げさ過ぎやしないかい?そこで、知り合いのアメリカ人にこんな本があるんだけどって紹介したら大笑いしだした。あながち大げさでもないらしい。英語が少ししか分からない日本人と、日本語が少ししか分からないアメリカ人の会話は異様なものがあるようだ。通りかかったオーストラリア人の女性が大笑いしながら加わってきた。彼女は日本語にも英語にも精通している。二人の分析はなかなかおもしろい。まあ、日本に住むような外国人は革新的で知的な人種であろう。そして、アメリカ人は是非これを英訳してくれって頼むので、日本には「知らぬが仏」という諺があることを教えてやった。アメリカ人の中でも出身地などで考えも違うのだろうが、このアメリカ人は西海岸出身だ。ただ、オーストラリア人がニューヨークに住んでいたというから、この二人の意見はそれなりにバランスされているのかもしれない。おいらの周りは革新的な考えを持った人種が多い。いや正確には、社会に対して愚痴ってる奴ばかりと言った方がいいだろう。
ところで、二人は「日本人はなぜ中国のことを辛口で言わないのか?」と質問してきた。「それは、社会的に抹殺されるのを恐れているからだろう。」と答えると、二人は妙にうなずいていた。ちなみに、中国人女性を追いかけて大連まで行ったことがあるなどという記憶はない。

本書は、アメリカはさすがにスケールが大きい!と随所に感じさせてくれる。その馬鹿さ加減、政治家の問題発言、呆れたメディア、宗教に汚染された国家などなど。そこには、外国について何も知らず、聖書以外の価値を完全否定するブッシュ的なアメリカ社会がある。本書は、あらためて政教分離の大切さを教えてくれる。
デヴィッド・ミンディック著「投票者数/なぜ40歳以下のアメリカ人は時事ニュースを知らないか」によると18歳から34歳のアメリカ人で新聞を読むのは3割に満たないという。CNNの視聴者の平均年齢は60代だそうだ。おいらでもケーブルTVで深夜に眺めている。大新聞を読まないのもインターネットの方が有意義だという意見も多い。ただ、インターネットでチェックするにしても、アメリカ人のこの年齢層では11%に過ぎないという。ちなみに、おいらはこの年齢層から仲間はずれだ。んー寂しい!

アメリカが仕掛ける戦争は、本当にテロ撲滅のためなのか?と疑問に思う人も少なくないだろう。キリスト教原理主義とイスラム教原理主義とで繰り広げられる宗教戦争であって、これに世界が巻き込まれているだけではないのか?9.11テロとイラクを勝手に結びつけて戦争を仕掛けても、その証拠はない。大量破壊兵器も見つからない。アメリカの若者達を大義名分のない戦争で死なせている。9.11テロの前からイラクの大量破壊兵器を調査して、なんでもいいから口実を探していた国である。そういえば、ブッシュに真っ先に支持を表明した首相がいた。今年オバマ政権が誕生するが、大変な問題を残されて気の毒である。政治家は前代の政治家が残した批難材料をそのまま引き継ぐ宿命を背負う。

1. 福音派
アメリカ人の無知の根底には、「無知こそ善」という「反知性主義」があるという。歴史学者リチャード・ホフスタッカーによると、この原因はキリスト教福音主義にあるという。福音主義とは、聖書を一字一句信じる生き方で、特に過激なのは聖書福音主義と呼ばれるらしい。まず、相手の人格を全否定して自我を崩壊させ、真っ白な状態で教義を叩き込むのが洗脳の基本テクニックである。これは宗教に限らず、共産主義の思想改造にも見られる。そもそも、州法で進化論も教えてはならないお国柄だ。科学がこの国を豊かにしているにもかかわらず、福音派にとって科学は敵である。そもそも、科学は宗教を否定したわけではなく、真理を求めただけなのだ。聖書以外の書物を読まないことを誇りに思う輩が大勢いるのだそうだ。知識を身に付ければ聖書に疑いを持つ。となれば、無知は聖書に純粋に身を捧げることになる。神の正体を知るために、自ら神になるしかないとでも考えいているのだろうか?それにしても、本書で紹介される宗教家のスキャンダルはおもろい。レイプやコールボーイとの肉体関係などなど。なるほど、神はどんな極悪人でも無条件に愛するから、宗教家は神を熱心に信じるわけだ。こうした福音派が人口の3割を占めるというから恐ろしい。そこに目を付けたのが共和党で、福音派が強力な票田になっているという。その他にも、無知の原因は、右派メディアの暴走、教育の崩壊などがあるという。ちなみに、リック・シェンクマン著「我々はどこまでバカか?」によると、日本に原爆を投下した事実を知っているアメリカ人は49%に過ぎないという。ほんまかいな!

2. 絶対禁欲性教育
ブッシュ政権が推進するものに絶対禁欲性教育というものがあるという。結婚するまで一切の性交渉をしないというものだ。「絶対」であるからには避妊法は一切教えない。学校は禁欲のガイドラインから外れると助成金が受けられない。その結果10代の妊娠者が続出、その一方で中絶は殺人だと教える。レイプされても中絶できない。この教育では、セックスの禁止のみが強調され、オーラルやアナルなら大丈夫という知識が横行したという。その結果エイズ感染者も増える。親心としては、娘には結婚するまで純潔を守ってもらいたいだろう。だが、自分が子供の頃を思い出せば、単なるエゴイズムでしかない。人間社会には善悪が共存する。悪を直視しなければ、理想を夢見るだけの脳死状態に陥る。
ここで、昔記事にもしたが、レヴィットとダブナー著「ヤバい経済学」を思い出す。犯罪の減少についての考察で、犯罪件数が1990年を境に大幅に減少した原因に中絶の合法化を挙げている。これは、親から望まれて生まれたのではない人間の犯罪率に着目したものだ。1990年代は、法律の施行からちょうど生まれてくるはずだった人間がティーンエイジャーになる頃である。この考察でも、宗教家から批難されたと愚痴っていた。

3. 戦争の外注
イラクには、警備会社や傭兵派遣会社から5万人働いているという。冷戦が終わってアメリカ軍が縮小されたので、兵員不足を民間企業が穴埋めする。彼らは民間会社であって目的は金である。本書はブラックウォーターという会社を紹介している。そして、彼らはイラクに憎しみをばらまいているという。民間人虐殺事件などで、彼らはゲリラが銃撃してきたと主張して、やりたい放題なのだそうだ。イラク政府はさすがに我慢できず、ブラックウォーターの活動を禁止する声明を出したという。ブッシュ大統領は慌てて彼らにもアメリカ軍の規則に従わせるとなだめたそうだが、身を守るためだったら規則を破る権利を認めたというから慰めにもならない。レーガン政権以来、共和党は政府の仕事を片っ端から民営化してきたが、ついに軍隊までアウトソーシングしてしまったということか。
エジプトの学生がアメリカを嫌うのはムバラク大統領を支援するからだという。ムバラク大統領は軍事独裁政権であるが、アメリカ政府は反共で反イスラム原理主義というだけで支持する。なるほど、かつてイランと対立したフセイン大統領やソ連と戦うアフガンのイスラム派も支援していた。サウジアラビアでは、余計なことを言うと思想犯として斬首されるという。石油のある大金持ちの国では一握りの人間に独占され、貧困層はイスラム過激派に身を投じる。その憎しみは、サウジ政権を支援するアメリカに向けられる。本書は、次々にタリバンに身を投じる若者たちがいる現実を指摘する。
「テロの原因は自爆するほど追い詰められた惨めな生活なのだから。イスラム教のせいですらなかったのだ。」
テロの首謀者を捕まえたところでテロは終わらないということか。

4. 格差社会
「ウォルマート/激安の代償」という映画があるらしい。ウォルマートは徹底的な価格破壊戦略でチェーン店を広げた世界最大級の企業である。何でも激安になるのは、消費者にとってはありがたい。しかし、その実態を次のように語る。
「近くにウォルマートがオープンした町では、代々続いてきた地元の店が客を取られていっきに潰れる。まるで爆撃機のようだ。20年ほど前から、アメリカの小さな町のダウンタウンはどこもゴーストタウンになっている。」
地元の店が潰れればウォルマートで働くしかない。従業員の賃金も異常に低い。正社員の半分は貧困層として社会福祉を受けているという。政府から受ける援助の総額は年間16億ドル。つまり、本来ウォルマートが支払うべき賃金を税金が補助しているというのだ。なんだそれ!この非情なコスト削減にもかかわらず、CEOの年収は約27億円!いまや、アメリカの全ての大企業がウォルマートのマネをしているという。そこには、低賃金労働者や貧困層を構造的に作り出している実態がある。最低賃金で1ヶ月生きられるかといったワーキング・プア人体実験映画まで登場する。生活がぎりぎりな上に、ちょっとでも病気しようものならたちまちホームレスに転落する。アメリカは先進国で唯一国民健康保険がない国なので、高い民間の保険に入るしかない。したがって、国民の15%以上が健康保険に入れない。アメリカの国民全体の平均年収は約450万円であるが、国民の総収入97%を上位20%の富裕層が独占している。しかも、社会保障制度を株式で運用するから、金融危機に陥れば奈落の底へと落ちる。アメリカン・ドリームとは、貧困層から毟り取るということか?もはや、資本主義が正常に機能しているとは思えない。プッシュ政権が金持ちと大企業に大減税を進めた結果、税金を支えているのは中産階級だという。日本では、地方分権を訴える動きが活発だが、アメリカに比べればまだまだ救える余地がある。いまのうちに政治が機能しなければ同じ轍を踏むであろう。政策が後手になると、投入する税金は大幅に拡大する。それが、日本の現状とも言えるのだが。アメリカは日本にしてみれば素晴らしい反面教師ではないか。

5. サブプライム
サブプライムローンにはデタラメな貸し付けの実態がある。本書は年収360万円の若造に2億円の住宅ローンを貸し付けた例を紹介している。マイホームを持つという夢は日本でもアメリカでも同じようだ。ローン会社はあらゆる手段で客を取り込む。しかし、返せなければ破綻するのは見え見え。そこで登場したサブプライムローン。金融屋は他人の預金を使ってとんでもない金融商品を考え出す。貸す金は他人の金、儲けた金は自分の金なのだ。当然不動産価格に目を付ける投機筋が現れる。クレジット会社は、支払い能力のない連中にカードを持たせて破産させる。まるで麻薬の売人。アメリカのGDPは依然として世界一位だが、その70%は個人消費(日本は57%)だという。しかも莫大な貿易赤字をかかえる。ろくに収入もないのに買ってばかりの国。カード利用者のうち、期限までに返済できないのは32%にのぼるという。サブプライムローンの次の時限爆弾はクレジットカードと言われているらしい。

6. 医療格差というより健康格差
病人を見殺しにする医療保険、これは日本も似たようなものだろう。ただスケールが違う。アメリカの場合は、保険のイメージがちょっと違う。HMO(健康維持機構)というシステムで、医師への報酬を保険会社が支払うという仕組み。つまり、医療内容を保険会社が管理する。となれば、医療コスト削減のために、医師に手抜き医療を推進する。医師は、医療拒否して保険会社の支出を減らせば、それだけ評価されて奨励金がもらえるという。同じように保険会社の職員も支出を減らせば給料が上がる。しかも、過去に病歴があると加入拒否される。要するに、健康な人ばかり受け付けるシステムということだ。健康な人はより健康に、病気がちな人はより病気になるというわけか。ちなみに、アメリカの医療費は世界一高いという。なんだこの矛盾は?いくら民間でも、昔はこれほど医療拒否することはなかったという。クリントン政権時代、ヒラリー夫人は国民健康保険の実現を目指したという。だが、議会は「アカになるより病気で死んだほうがマシだろ」と脅したという。全般的に、社会主義っぽい制度に対して、強烈な拒否反応を示すお国柄のようだ。また、議員が、保険会社の政治献金や、天下り先を目当てにしている現実もあるという。

7. 保守とリベラル
アメリカの保守とリベラルの対立は、日本の右と左の対立とはかなり様子が違うようだ。共和党の伝統的な保守思想とは自由主義のことだという。あれ?リベラルって自由のことじゃなかったけ?そもそも、アメリカは伝統主義のイギリスから逃れた自由の国である。アメリカのイデオロギー論争は、いろんな自由の争いであって、共和党の「自由」と民主党の「平等」の対立だという。リベラルとは、社会的リベラルという意味だそうだ。よって、民主党はリベラルということになる。これを保守派はアカと呼ぶらしい。なるほど、学校で習ったのとはイメージも違うし、分かりやすいのがいい。自由放任主義が強くなると、政府の権限は小さいほど良いことになる。だから軍隊も民営化となるのか。経済政策の立場も、アダム・スミスを始めとする新古典派が強いのはなんとなく見て取れる。新古典派は世界恐慌時代に大失策を演じる。そこで、ケインズ派の登場でニューディールのような公共事業で立て直す。しかし、一旦成功すると原理主義が蔓延るのが経済学である。ケインズ派の弱点は公共事業ならなんでもあり、つまり、ピラミッドでもええのだ。どこかの行政は相変わらずピラミッド造りに励む。人類には、完全な「平等」を徹底的に追求した結果、自由を失い、官僚主義、共産主義、そして全体主義へとなった歴史がある。そこで、「自由」という概念が重要な役割を果たす。つまり、両輪がバランスしなければとんでもない社会体制ができるわけだ。では、ネオコン(新保守主義)ってどういう位置付けにあるのだろうか?新しい自由放任主義というより全体主義っぽいイメージがある。アメリカの伝統に不干渉思想のモンロー主義があるが、積極的に軍事介入を続けているのだからこれとも違う。ネオコンは、もともとリベラルのような?左翼のような?とにかくその方面からの転向組だという。彼らには「トロツキズム的な世界改革の理想」があるという。これはうまい表現だなあ!ちなみに、トロツキーはスターリンの古参ボルシェビキの大量虐殺にあった一人で、亡命先のメキシコで暗殺された。もっともスターリンの場合、イデオロギー論争というよりはライバルの暗殺が目的であるが。
ところで、日本の二大政党の自民党と民主党の違いってよく分からん!

8. おもろいメディア
本書は、FOXニューズをブッシュ政権の大本営と蔑む。ホワイトハウスの晩餐会でコメディアンのスティーヴン・コルベアのホメ殺しのスピーチは笑える。
「貧乏人に告ぐ!貧乏をやめろ!諸君らが貧乏なせいで大統領が責められる。貧乏なのは愛国心が足らない。」「アメリカをダメにするリベラルなマスコミ関係者だらけでヘドがでます。いや、FOXニューズは違いますよ。両サイドの意見を報道しますから。大統領の意見と副大統領の意見を。」「ブッシュ政権をタイタニック号にたとえる人がいますが失礼な話です。この政権が斜めに傾いているのは沈んでいるのじゃなくて上昇しているんです。飛行船ヒンデンブルグ号のように!(ちなみに、ヒンデンブルグ号は上空で爆発した。)」
隣に座っているブッシュの顔は真っ赤になったという。しかし、ホメ殺しは延々と終わらない。このスピーチを新聞やテレビは報道しなかったが、チャンネルC-SPANだけがノーカットで放送し、YouTubeにアップされ数百万人が観たという。コルベアのスピーチは、記者たちにも向けられる。
「ブッシュ大統領になって5年間、ホワイトハウスの記者の皆さんはずっとイイ子ちゃんでした。無茶な減税や、イラクに大量破壊兵器がなかったこと、野放しの地球温暖化についても、あまり大統領に突っ込みませんでした。記者の皆さんはそれを追及しない節度がありました。さあ、もう一度ホワイトハウス記者の決まりをおさらいしましょう。何かを決めるのは大統領。それを記者に伝えるのは報道官。記者は大統領のお言葉を書き写す....(と続く...)」
この言葉は、某国の記者クラブに捧げたい。

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