2014-08-03

"連分数のふしぎ" 木村俊一 著

ピタゴラス教団は、整数では表せない数を忌み嫌い、隠蔽工作に走った。「万物は数である」を崇拝する者たちにとって、無理数は宇宙の理性に反する存在だったのである。自然数を分母と分子に配置する表記法に限界を感じるのは、現代人とて大して変わるまい。実際、あらゆるデジタルシステムは実数演算を近似値で誤魔化している。浮動小数点演算で答えが合わないと騒ぐ新人君を見かければ、IEEE754の意義を匂わせてやればいい。
ところが、だ!
ここに分数の底力を魅せつける一冊がある。連分数とやらを用いれば、無理数とて正体が暴けるというのだ。黄金比だろうが、超越数だろうが... はたまた、閏年も、12音階も、松ぼっくりも...
自然数、恐るべし!

連分数とは、分母の中に分数が含まれ、その分数の分母にさらに分数が含まれ... というように分数が階段状に連なったもの。こいつが本格的に活躍を始めたのは17世紀頃だが、古代ギリシア人はこれに近い思考法を知っていた。ユークリッドの互除法が、それだ。二つの数における最大公約数を求めるとは、約分しながら既約分数に迫ることであり、まさに連分数の発想である。もっともユークリッド原論では除算ではなく減算で示されるので、より厳密に言えば、互減法とするべきだという意見も耳にする。共通した線分の長さを除いていくという意味では、互除法でそれほど違和感はないけど。
それはさておき、問題は単純な操作の繰り返し回数にある。連分数における有理数と無理数の境界は、連なり方が有限か無限かだ。とはいえ、古代ギリシア人だって無限の連なり方を想像できなかったわけがなかろう。自然数が無限に連なることを数直線上で表せば、循環小数や循環連分数といったものも想像できそうなもの。幾何学表記の無限は神に崇められても、整数論表記の無限は悪魔とでもいうのか?神も、悪魔も、人間がこしらえた概念であることに違いはない。数が宗教の域に達すると、もう手に負えん...

ところで、平方根を語呂合わせで覚えたりする。一夜一夜に人見頃... 人並みにおごれや... 富士山麓オウム鳴く... 円周率は、30桁もあれば事足りる。産医師異国に向かう、産後厄なく産児、みやしろに虫さんさん闇に鳴く...
そういえば、この手の覚え歌で英語版をあまり聞かない。単語の文字数を割り当てる技は見かけるが、ゼロはどうするんだろう?なぁーに、心配はいらん。ゼロが登場するのは30桁より後ろだ。遥か果てにファインマン・ポイントという理性の配列があることを知らなくても、男性諸君のπ(オッパイ)好きは変わらんよ!

1. 初期値と周期性の原理
小数点以下を10進数で1から順に並べた数を、「チャンパーノウン数」と呼ぶそうな。

  0.1234567891011121314...

こうした規則性は連分数との相性の良さを予感させる。小数の循環パターンが見抜ければ、数値解析も容易となろう。問題となるのは、循環しないか、循環してもパターンが長すぎる場合だ。本書は、数の並びのパターンが見抜けなくても、連分数を用いれば数の正体が見抜ける可能性を匂わせてくれる。
数列の生成パターンで有名なものにフィボナッチ数列がある。最初の数を{1, 1}とし、{0, 1}でもええが、後は2つの数を足して次の数を作るということを繰り返す。

  {1, 1, 2, 3, 5, 8, 13, ...}

これに似たもので、「リュカ数列」というものがあるそうな。最初の数を{2, 1}とし、後の操作は同じ。

  {2, 1 ,3, 4 ,7, 11, 18, 29, ...}

このような数列の重要性は、初期値と繰り返される操作という二つで構成されるアルゴリズムの単純さにある。この事例では足し算されるが、引き算でも、剰余算でも、それこそどんな関数でもOK!思考原理は、等比数列や等差数列、はたまたユークリッドの互除法やニュートン法も同じだ。このような数列アルゴリズムは、デジタルシステムを設計する際の検証法において、システムの苦手とするパターン生成、ノイズ発生器、乱数生成などで重宝できる。分数は割り算であるが、具体的な処理では多項式に排他論理を組み合わせることで等価性が得られたりする。連分数は、ある種の循環アルゴリズムという見方はできそうである。
もしかしたら、あらゆる数は何らかの循環性に支配されているのかもしれない。フーリエ解析では、三角関数の直交性を利用して成分分解すれば、どんな数でも近似値を、それなりに得ることができる。フラクタル解析では、縮小拡大、回転、反転といった単純な幾何学操作によって、どんな図形にも相似パターンを、それなりに当てはめることができる。あらゆる物理現象は、初期値、境界条件と言ってもいいが、これと周期性で決定できそうな気がする。もしかしたら、素数の出現パターンにも周期性があるのかもしれん。しかも、初期値が変わるだけで、まったく様変わりするような... 実は、多様性の正体とは、初期値の違いだけなのかもしれん。これを社会では環境と呼んでいる...

2. 黄金比と松ぼっくり
縦横比が黄金比となる長方形が最も美しい図形という説があるが、それは本当だろうか?美とは、周辺との調和によって生じる概念であり、絶対的な概念ではあるまい。少なくとも、人間の感覚に絶対というものはない。正五角形が崇められるのは、辺と対角線の長さの関係が黄金比になるからであろうか。古来、五芒星に宗教的な意味が与えられてきた。真ん中に現れる正五角形に対角線を引けば、正五角形の無限地獄へ誘なう... という魂胆かはしらん。
さて、黄金比は、x2 - x - 1 = 0 の解である。x2 =  x + 1 ... つまり、2乗すると1増えるような数。もちろん、黄金比を2乗しても同じ結果が得られる。

  ( (1 + √5)/2 )2 = (1 + 2√5 + 5)/4 = 1 + (1 + √5)/2

フィボナッチ数が一際輝いているのは、隣り合う2項の比が黄金比に近づくことにある。松ぼっくりが、宇宙においてどんな役割を果たしているのかは知らん。ただ、松ぼっくりの鱗片にフィボナッチ数が現れれば、ここに宇宙法則を感じずにはいられない。葉っぱたちが複雑に混在すれば、平等に太陽の光を欲する。互いに重ならないように満遍なく太陽の光を浴びることができれば、究極の民主主義像が描ける。その答えが、フィボナッチ数なのか?
本書は、次のような配列シミュレーションををやってみせる。

まず、葉っぱの付け方は...
最初に、1本目の枝を右方向に出し、丸い葉を1枚つける。
次に、一定の角度θだけ回転した方向に枝を出し、2枚目の葉をつける。枝は1枚目より少し長めにする。
さらに、同じ角度θだけ回転した方向に枝を出し、3枚目の葉をつける。枝は2枚目よりさらに長めにする。
以下、繰り返し...

次に、長さのルールは...
円形の葉の半径を1とし、1枚目の葉の長さは1、2枚目の枝の長さは√2、3枚目は√3、4枚目は√4(= 2)...
回転角θは90度とし、螺旋を描く。

これを有理数回転で配置すると徐々に隙間ができていき、無理数回転で配置するとうまいこと隙間を埋めることができる。自然界は、無理数回転を要請しているのか?
「有理数による近似がもっとも悪い無理数は、黄金比である。もしかしたら植物はそのことを知っていて、黄金比回転で葉っぱや松ぼっくりの鱗片を配置しているので、植物の渦巻きの腕の本数にフィボナッチ数が出てくるのかもしれない。」

3. 12音階と53音階
1オクターブを12の半音に分けた音階理論は、ピタゴラスが構築したとされる。その正体を、本書は16世紀に考案された対数と連分数を組み合わせて解き明かそうとする。対数は、実に奇妙ながら便利な道具だ。なにしろ、掛け算の世界を足し算の世界に変えてくれるのだから。おかげで、指数関数的に増加する物理現象を比例関係で考察することができ、電気回路では利得の概念が単純化できる。
さて、人間の耳は対数耳になっているという。確かに、耳の周波数特性は、計算尺のように数字が大きいところで目盛の幅が詰まっている。人間が音程の違いを聞き取るのは、周波数の差ではなく周波数の比である。ピタゴラスはそのことに気づいていたことになる。そして、一弦琴で弦の長さと周波数の関係を示した。
「ピタゴラスが "簡単な整数比であらわされる2音がよく協和する" という原理から、ド : ソ = 2 : 3 という周波数比を繰り返し適用することでピタゴラス音律を作った。その後、より簡単な整数比を実現するように改良された純正律があらわれ、さらに転調しやすく改良された平均律があらわれた。」

12音階平均律とは、対数の世界で12等分するということ、すなわち、2の12乗根をとることである。


本書は、12音階平均律よりもっと美しくなりそうな53音階平均律を提示している。しかも、モーツァルトの父レオポルトが書いたバイオリンの教則本にも、これにピッタリ合う記述があるそうな!


4. 近似と精度
無理数を連分数で近似する場合、精度の見極めでは、程よい次数で連分数を打ち切ることになる。その次数は、偶数次において小さめの近似、奇数次において大きめの近似、この間を振動している。
「αの連分数近似として p/q という分数が出てきたら、その誤差、つまり |α - p/q| は、1/q2 以下である。... αが無理数であれば、|α - p/q| < 1/q2 を満たすような整数のペア {p, q} が無限組存在する。」
ただし、これは2次の場合。n次の有理数の場合では「リウビィユの定理」というものがあるという。
「実数αはn次の代数的、つまり有理数係数のn次方程式の解としてあらわされる数であるとする。このとき、αの近似分数 p/q で、誤差が 1/q(n + 1) 以下のものは有限個しかない。」
さて注目したいのは、幾何学的なアルゴリズムで「中間近似分数」というものを紹介してくれる。X-Y 平面上において、整数座標の格子状に釘を打ち付けた様子を考える。そして、原点と目的の点との間を糸で張り、原点側で最初にひっかかる釘(0, 1)と(1, 0)の間で糸を上下させる。糸がどの釘で折れ曲がるかの中間点を拾っていき、その中間点を連分数の要素とすれば、近似分数が得られるという発想だ。
例えば、5/7 の近似分数を求める場合、原点(0, 0)と座標(5,7)の間を糸で結ぶと、折れ曲がる釘が(0, 1), (1, 0), (1, 1), (3, 2)、通過する釘が(2, 1), (4, 3)となる様子が示される。これらの座標が、連分数の中間近似分数に対応する。しかも、糸が上下する様子がそのまま誤差として見える。誤差関数もまた連分数で記述できるというわけだ。

5. マハーラノービスの問題
ラマヌジャンがケンブリッジにいた頃、友人のインド人数学者マハーラノービスが雑誌の難問コーナーから、こんな問題を見つけてきたという。
「通りの家がずらっと並んでいて、端から順番に1番、2番、... と番地番号がつけられている。さて、ある家の左側に並んでいる番地番号を全て足した数と右側に並んでいる番地番号を全て足した数がちょうど同じになるという。この家の番地番号は何番で、通りには家が何軒あるか?ただし、通りの家の数は50軒以上、1500軒以下とする。」
ラマヌジャンは、即座に50軒未満の場合で、通りの数が8軒、家の番地番号は6番と答えたそうな。

  1 + 2 + 3 + 4 + 5 = 15 = 7 + 8

他の解は、通りの数が49軒、番地番号が35番の場合。

  1 + 2 + ... + 34 = 34 x 35 / 2 = 595
  = (36 + 49) x (49 - 35) / 2 = 36 + 37 + ... + 49

これを幾何学的に表すと、底辺が軒数の49、高さが存在する番地番号の49、の直角二等辺三角形の面積で表すことができる。番地番号35は、その斜辺の過程のどこかにあるはず。すると、底辺と高さの比は √2 であり、その思考法では、連分数による √2 の近似法に置き換えられる。代数的には、通りの軒数をn、番地番号をm とすると、次の方程式を満たすような自然数の組(n, m)を求める問題となる。

  1 + 2 + ... + (m - 1) = (m + 1) + (m + 2) + ... + n
  1 + 2 + ... + n = (1 + 2 + ... + (m - 1)) + m + ((m + 1) + (m + 2) + ... + n)

この二つの方程式から

  n(n + 1)/2 = m + 2m(m - 1)/2 = m + (m2 - m) = m2

そして、n(n + 1)/2 が平方数になるような n を求める問題に変えている。答えは、(n, m) = (288, 204)。

  1 + 2 + ... + 203 = 203 x 204 / 2 = 20706
  = (205 + 288) x (288 - 204) / 2 = 205 + 206 + ... + 288

尚、本書には具体的な解法が紹介される。ちと複雑だが、なかなか興味深い!

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