2015-07-05

"ガリヴァー旅行記" Jonathan Swift 著

ガリヴァーの冒険物語に初めて触れたのは、おいらが愛らしいという評判だった年少の頃。絵本の映像が瞼の内側にかすかに蘇る。たまには童心に返りたい!と思ったのだが...
尚、翻訳版がいろいろある中で、平井正穂訳版(岩波文庫)を手に取る。

こいつを文学作品として読むのは初めて。子供心をくすぐるのは、小人国リリパット、大人国ブロブディンナグ、空飛ぶ島ラピュータ、馬人国フウイヌムの四つの国を訪れるという設定だけで、実のところ大人向けの風刺小説であった。まさか!これほど政治色が強いとは... ちなみに、ラピュータは宮﨑駿映画「天空の城ラピュタ」の題材となった。
"Gulliver" とは、騙されやすい愚か者といった意味である。この好奇心旺盛な愚か者は、人間社会の代表者のごとく別世界を訪れ、故国がいかに優れているかを吹聴して回る。しかし、国王たちの率直な質問に答えていくうちに、最も愚かな社会は自分の住む故国の方であることに気づいていく。
社会嫌い、人間嫌いへ誘なうような、それでいて心地良い。子供が素直に面白がる一方でこのような思いに駆られるのは、魂が邪心の塊となった証であろう。腐敗した大人心を純粋な子供心に訴えるのは、果てしなく難しい...

ジョナサン・スウィフトは、自分自身を船医レミュエル・ガリヴァーという旅行者に仕立て、旅行記を執筆した。非国教会派ジャーナリストのダニエル・デフォーの「ロビンソン・クルーソー」が好評だったことも影響があったようである。本物語が、少年少女に人気を博すとは想像だにしなかったことだろう。どんな境遇にあれば、これほど複雑で捻くれた作品が書けるのか。スウィフトは、生まれた時すでに父は亡く、母も彼をダブリンに置き去りでイングランドへ帰り、孤児同様に伯父の家で養育されたそうな。そんな境遇から終生自分の出生を呪い、女性への愛憎という二重の屈折した感情を持ったという。
不本意ながら得た聖職者の地位も、皮肉な運命であろうか。イングランド国や国王を称賛しながらも、国教会批判、啓蒙思想批判、産業革命批判、近代科学批判、哲学批判、そして女性蔑視が巧みに盛り込まれる。これぞ皮肉屋の真骨頂!アイルランド貧民の逆襲とでもしておこうか...

まず、二つの小人国の間に配置される巨人の態度は、中立的な国際機関の必要性を唱えているのか?逆に、大人国にあって小人と罵る様子は、図体ばかりデカく、精神が成長できないことの皮肉か?はたまた、空飛ぶ島における啓蒙的科学技術は、伝統的農業を荒廃させた風潮への批判か?仕舞いには、馬人の美徳に啓蒙され、人間である妻子の汚臭に耐えられず、飼っている馬の臭いに安らぎを感じようとは。もはや風刺の枠を超越し、人間そのものに戦慄すべき呪詛へと導かずにはいられない。スウィフト自身、様々な論文や詩を書きながら、この物語が運命づけるように狂人となって死んでいく。墓碑には「激しい怒りももはやその心を引き裂くことできぬ」と刻まれ、遺産は遺志によって狂人のための病院設立の費用にあてられたという。物書きを飯の種とする著述家は、言葉によって精神をえぐり、自我をえぐり、ついに狂気へ向かう衝動に魅せられるのであろうか...

・第一篇 リリパット国渡航記
航海中に難破し、ただ一人島に流れ着く。目が覚めると、両手両足と髪の毛が地面に縛り付けられ、身動き一つできない。身の丈が6インチにも満たない連中が、ぞろぞろと身体をよじ登ってくる。そこは、リリパットという小人の国だった。国民は数学の才に長け、機械工学にかけては達人の域に達し、この巨体を葡萄酒で眠らせた隙に車輪つき運搬技術で運ぶ。逃げられないと観念したガリヴァーは、剣と拳銃の押収に従い、法に従って署名捺印。穏やかな人柄が好評を博し、歓待される。
さて、リリパット国は、皇帝と首相が共存する政治体制で、二つの大きな災厄に直面しているという。一つは国内の激しい党派争い、二つは外敵による侵攻の脅威。
トラメクサン党とスラメクサン党は互いに旗幟を鮮明にするために、一方は高い踵の靴を履き、他方は低い踵の靴を履く。ハイヒール党とローヒール党は、イギリス議会のトーリー党(王権派)とホイッグ党(民権派)の風刺で、宗教的には国教会内の高教会派(ハイ・チャーチ)と低教会派(ロー・チャーチ)のこと。外敵とは、ブレフスキュ国。それはフランスのことで、ヨーロッパ中に飛び火したスペイン継承戦争と重ねている。
戦争の理由というのが... 卵を食べる時、大きな方の殻を割って食べるのが昔からの慣習であった。ところが、皇帝の祖父が子供の時分、習慣通りに割ろうとした時、うっかり指を切ってしまった。そこで勅命が発せられた。今後、小さな端から割るべし!背いた者は重い処罰を与えると。これに国民は反発し、ある皇帝は命を失い、またある皇帝は王冠を失うという有り様。叛乱者は、ブレフスキュ国の援助を受けて亡命するのが常であった。卵を大きな端から割る!と大声で叫びながら亡命する連中と、それを抹殺してやる!と叫ぶ連中の罵り合い。国民は、簡単で分かりやすいキャッチフレーズでいきり立ち、戦争は、実にくだらない揉め事で国民の命を犠牲にする。大きな方の端を割る人々にローマカトリック教徒を、小さな方を割る人々にプロテスタント教徒を重ねる展開は、教義の問題を揶揄する聖職者スウィフトの本領発揮。イースター・エッグ、すなわち復活祭と絡めた風刺である。
ガリヴァーはブレフスキュ艦隊の侵入を防ぐために、海上に流すか軍艦どうしを衝突させ、海峡を歩き回って軍艦を拿捕する。また、宮殿が火事に見舞われると、巨人の放尿で3分間で鎮火するという活躍を見せる。しかし、ブレフスキュ艦隊をやっつけたことに、お株を奪われた海軍提督が陸軍大臣らと図って陰謀を画策。火事で放尿した下品ぶりに皇妃は激怒し、拿捕した敵の兵士の命を助けた罪を問い、ガリヴァーを叛乱罪で糾弾する。だが皇帝は、温情のために眼を潰すだけの軽い罰にしようとする。失明ならば慈悲深い刑というわけだが、冗談じゃない。ブレフスキュ国へ脱出し、歓待を受ける。
両国間に巨人ガリヴァーを配置しているのは、中立を促す大国の役割、あるいは国際連合のような国際機関の必要性を暗示していると解するのは、行き過ぎであろうか...

・第二篇 ブロブディンナグ国渡航記
水を補給するためにボートが陸地へ出され、これに同乗するが、一人取り残される。そこは、あらゆる物が巨大な大人族の国であった。リリパット国とは反対に、今度はガリヴァーの方が小人となり、農夫に捉えられ、箱に入れられて見世物とされる。噂が広まると宮廷に招かれ、王妃が買い取る。国王は誰にも劣らない学殖豊かな人物で、歯を徹底的に調べ、肉食動物であることを確認する。はたして、この小人の存在をどう説明するか?学者たちが議論が尽くし、その結論は、レルプラム・スキャルキャス(自然の戯れ)、つまり、できそこない、奇形人間の類い。スコラ学派あたりへの風刺か...
「すべての難問を処理することの驚嘆すべき解決策を考え出したのは、アリストテレスの追随者たちが自分の無知をごまかそうとして笑止千万に用いた、神秘的原因(オカルト・コーズ)というあの例の昔なじみの言い逃れを軽蔑した近代科学の教授諸君だった。これこそ、人間知識の発展に対する筆舌につくし難い貢献といわなければならない。」
王妃はガリヴァーを寵愛し、食事時も傍から離さない。その一方で、王妃つきの侏儒(こびと)たちがいる。とはいえ、彼らは30フィート近くもあり、ガリヴァーを自分よりも小人として見下す。
小人と蔑んで罵り合う態度は、現在にも見られる。巨人国が小人国を笑うように、逆にこちらも失笑を禁じえない。人間ってやつは、自分を馬鹿にしている愚かな自分には気づかないものらしい。
「われわれ人間の偉大さなんてものも、ここにいるまるで虫けらみたいな小さな連中にさえ真似をされるのだから、考えてみればつまらないものだ... しかも、この連中は名誉を表わす肩書きや栄爵制度ももち、小さな巣や隠れ穴をせっせと造って、家だとか都市だとか称している。衣装や設備に粋をこらしているかと思うと、恋もする、戦争もする、詐欺も働く、裏切りもする、というではないか。」
王妃つきの女官たちは、虫けらのように礼儀もへったくれもない、傍若無人として描かれる。乳首に跨がらせて悪戯をするなど、清楚なおいらは思わず赤面してしまう。あまりにも酷い有り様に読者の許しをえて省略させていただくと、痛烈に皮肉をこめる。オヤジたちの現代風女性への偏見は、いつの時代にも見られるものだが...
次に、議会制度、裁判制度、教育制度などイギリスの政体が優れていることを説明すると、国王は軽蔑の念を示す。要するに、陰謀、叛乱、殺人、虐殺、革命、追放への対処法ばかりではないか。こういったものこそ、貪欲、党派心、偽善、背信、残酷、憤怒、狂気、憎悪、嫉妬、情欲、悪意、野心が生んだ最悪の事態ではないか。人間社会は、腐敗作用の相殺によって成り立っていると言わざるをえない。
「国家に対して有害な意見をもっている人間に、その意見を変えろというのもおかしいし、腹の中にしまっておけと言わないのもおかしい。どこの国の政府であれ、前者を強制するのはまさに圧制だし、後者を強制しないのは、その政府が弱体である証拠だ。」
さらに、火薬の製法を伝授しようとすると、究極の殺戮兵器に国王は慄然とする。どうして非人間的な道具が必要なのか、呆れるほかはないと。しかしながら、この国でも長い間、全人類が免れえないあの病癖、貴族の権力欲、人民の自由欲、王の絶対的支配欲という三大欲望に悩まされてきた、と本音をもらす。

・第三篇 ラピュータ、バルニバービ、ラグナグ、グラブダブドリッブおよび日本への渡航記
航海中、日本の海賊船に連行される。中に一人のオランダ人、同じプロテスタントだが、殺したがっている。だが、日本人の船長は殺さないと約束する。同じ信仰よりも異教徒の方が慈悲深いとは...
ガリヴァーは、オランダ人の仕打ちで小さな丸木舟に一人おっぽり出される。無人島に漂着すると、巨大な空飛ぶ島ラピュータに遭遇。魚釣りをしている人影が見え、ハンカチを振って大声で叫ぶと、先端に座席が固定された鎖が降ろされ、引き上げられた。
ここの住民は奇妙な性癖があり、財力のある連中は「叩き役」というのを一人雇っているという。その役割は、会話の最中に、喋る側の口を叩いたり、聞く側の耳を叩いたり。どうやら深い瞑想癖があるらしい。階段を登っている途中でも瞑想に耽るものだから、叩き役のおかげで、やっと危険が回避できるという有り様。宮廷には地球儀や天球儀など、数学用器具が所狭しと並べられている。自我に篭もる自然哲学者への皮肉であろうか。
尚、Laputa(ラピュータ)とは、Lap は高い、untuh は統治者という意味で、Lapuntuh が訛った言葉というのが原住民の説。だが、ガリヴァーはこの説に懐疑的で、Lap outed ではないかと考えている。Lap は海面に反射する太陽光線の輝き、outed は翼と解するのが妥当だという。いずれにせよ解釈を押し付けるつもりはなく、読者に委ねると言っているが... 啓蒙思想への皮肉であろうか。
ラピュータ人の表現法は、もっぱら数学と音楽に依存しており、モノや美しさなどは幾何学用語で表現される。菱形、円形、平行四辺形、楕円形など。おかげで住居はどれも傾いている。紙面上で定規とコンパスを用いるやり方は巧みだが、実用数学を軽視した結果生じる欠陥だという。
また、女性たちは陽気そのもので、亭主を馬鹿にし、他からやって来る男たちに血道をあげる。陸地から大勢の男どもが納税のために島にやってくるので、大胆な痴態で大っぴらに戯れる。空中の空想家よりも、陸上の実践派の男に惹かれるという寸法よ。ガリヴァーにも女どもが群がり、まるでハーレム気分... ユートピアを唱える王立協会への皮肉であろうか。
さて、この島の運命を握っているのは、一個の巨大な天然磁石。「天文学者の洞穴」と呼ばれる場所から底部に厚い鉱石(アダマント)の層があり、巨大磁石が支えられている。そして、バルニバービ国には磁鉄鉱が豊富で、その反発力で国王の統治する領土内を自在に移動できるという仕掛け。したがって、ラピュータは領土外に出られない。
地域で叛乱や内乱が起こると、鎮圧する方法は二つあるという。一つは、上空に留まって日光や雨を遮り、飢饉と病気で罰を課す。二つは、それでも収まらない時、頭上めがけて島を降下させ、全滅させる。実際は、最後の手段に及ぶことはない。住民の反感を買って領土が滅茶苦茶になるだけだし、ラピュータの損傷も懸念され、割れたりすれば再び空を飛ぶことも叶わない... まるで核の抑止力。

ガリヴァーは、ラピュータ島を去り、バルニバービ国の首都ラガードへ。豊かな田園風景が目に入り、貴族に歓待される。そこは、みっともない時代遅れの農場経営とされ、国中で悪い手本として軽蔑されている。しかし、他の領地は荒れ果てている。国民は上京しては皆、ラピュータかぶれになって帰ってくる。学問、言語、技術が啓蒙され、再開発プロジェクトによって首都ラガードに企画研究所が設立される。そのために伝統的な農業は廃れ、国土は見渡す限り荒廃してしまったという.。ちなみに、大研究所で「万能科学者」とされる人物は、物理学者ボイルを指しているという説があるらしい。企画研究所は、英国王立学士院を指すようだ。
いつの時代でも、手っ取り早い方法論に人々は群がる。現在でも、How-to 本が氾濫している。この科学者の宣伝文句は、どこぞで見かけたような...
「技術や学問を身につける従来の方法がどんなに骨の折れるものか、誰でも知っている。ところが、わたしが考案したこの方法によれば、どんな無知な人間でも、安い費用であまり骨も折らずに、立派に哲学や詩や政治や法律や数学や神学に関する書物が書ける、特殊な才能や勉強の助けなしに充分立派に書ける。」
政治に関する企画者たちを集めた研究施設もある。寵臣を選ぶための方策では、まったく理想主義、いや夢想家。福祉やら平等やらと、まったく政治家の好きそうな単語を並べるだけ。人間社会には病魔と腐敗がつきもので、権力への癒着、陰謀の類いは高貴な国会議員に蔓延する。そこで、ガリヴァーは正当性を監視する機関の必要性を指摘し、長く滞在したことのあるトリブニア国のことを話す。土地の者はラングデンと呼ぶ。尚、Tribnia のスペルを変えると Britain。Langden のスペルを変えると England。
やがて、ガリヴァーは帰国を考える。ラグナグ島は日本の東にあり、日本の皇帝と同盟を結んでいることを知る。日本へ行けばヨーロッパへの船便が期待できるが、ラグナグ島への船便が当分ない。
その間、グラブダブドリッブという近くの小島を観光。グラブダブドリッブとは、妖術師や魔法使いの島という意味だという。族長に面会すると、アレキサンダー大王やシーザーなどの偉人たちを蘇らせる。族長の祖先ユニウス、ソクラテス、エパミノンダス、小カトー、トマス・モアと彼自身の6人は、冥界で六頭政治を行い、全歴史を見渡しているという。アリストテレスが現れると、知識の多くは推測の域にあって、自然哲学者とて多々誤ることを認める。過去の偉人たちには、素直に誤ちを認められるだけの器量が残っている。いかに近代史が歪曲されているか。歴史家どもの筆にかかると、臆病者が絶大な戦功をたて、愚か者が賢明無比な策を用い、おべんちゃらが誠実になり、祖国を売った者が美徳で迎えられ、無神論者が敬虔な信仰者を演じ、密告者が真実を持っていたことになるとさ。
ようやく、ラグナグ国行きの船便を見つける。ラグナグ人は礼儀正しく寛容な民族で、「ストラルドブラグ(不死人間)」のことを教えてくれる。ガリヴァーは、もし不死が与えられたら、どんな風に人生を計画するだろうかと夢想する。凡人の感覚では、命に期限がなければ計画する必要もなさそうに思える。いや、不死と不老は違う。凡人が欲するのは不老長寿であり、老衰と永遠に戦うのはむしろ地獄となろう。高齢者はいずれ法的に死者同様に扱われ、世間から厄介払いされる。ならば、死は救済措置となろう。
やっと、ラグナグを後にし日本へ。ラグナグ王との誼みに免じて、オランダ人に課せられる儀式「踏絵」を免除してほしいと願い出る。そんな懸念を示した外人はお前が初めてだと、怪訝そうに言われる... キリシタン迫害をチクリ!

・第四篇 フウイヌム国渡航記
今度は船長となるが、雇った船員が海賊であったために船は乗っ取られ、未知の国に置き去りにされる。そこで、奇妙な動物と遭遇。身体は毛深く、顔は平ぺったく鼻はぺちゃんこ、唇は厚く口が大きい、賤しい知能の持ち主。短剣で立ち向かうと、大声で叫んで仲間が集まり、数匹が木に登って糞尿を浴びせかけてきた。そこに二頭の馬が近づいてくると、彼らは一斉に逃げ出す。
二頭はまるで人間のように協議している様子で、ガリヴァーに触って観察を始める。その起居動作は合理的で整然としているばかりか、犀利で聡明である。魔法使いに動物にされた人間か?もし、そうなら言葉が解せるはずだと話しかけてみる。こちらの言葉は解せないが、なにやら言語を操っている様子。その会話から、「ヤフー」という言葉を聞き取り、鸚鵡返しに発音すると驚く。馬は別の言葉を教えようと「フウイヌム」と発音する。そして、家に連れられると、なんと馬が家事をやっている。家畜をこれほどまでに教化できる人間がいるのか?いや、フウイヌムという馬の姿をした高度な知的動物であった。対して、毛深く何でも食べる野蛮な種族をヤフーと呼んでいるが、人間の成れの果てか?尚、Yahoo! との関係は知らん。
ガリヴァーの姿はヤフーに近い。違いとえいば、毛深くないことと、衣服を着ていることぐらい。フウイヌムには衣服の概念がないので、身体と衣服の関係がどういう構造になっているか分からない。また、フウイヌムの言語には、嘘とか虚偽といった言葉がないので、醜態を表す時はヤフーの行動になぞらえる。
ガリヴァーは、いつも品を保つために服を着ているが、寝所では服を脱ぐ。ある日、召使は服を脱いでいる姿を目撃し、ヤフーの姿に似ていることを報告する。ガリヴァーは、自分はヤフーでないことを示すために、故国の優れた政治制度について説明する。だが、フウイヌムには、権力、政府、戦争、法律、処罰といったものを表す適当な言葉がない。つまり、悪徳による支配によって、どうして社会が成り立つのか?を説明する術がないってことだ。
長期に渡る戦争で多くのヤフーが死ぬことになるが、戦争を仕掛ける原因は何か?と主人は訊ねた。領土や人民を支配するだけでは物足りないという動機、あるいは君主の野望、時には悪政を糾弾する民衆の不満をそらすために。敵が弱いというだけでなく、敵があまりにも強すぎるという理由もあれば、同盟に従うという理由もある。大義名分や正義なんてものは、いかようにも解することができるのが、人間社会というもの... などと説明したところで、フウイヌムに戦争というものを理解させることはできない。そもそも同じ人間仲間を傷つける動機が、理解できないのだ。
「理性の所有者だと称している者がこれほどの残虐行為を犯しうるとすれば、その理性の力は完全に腐敗堕落しきっていて、単なる獣性よりもさらに恐るべきものとなっているではないか、と疑わざるをえない。」
あらゆる人間を守るために考案された法律が、時には特定の人間を滅ぼす結果となる。嘘や欺瞞の概念のないところに、弁護士の存在意義をどう説明するのか?いかなる人間であれ、法廷で自分を弁護することは法律違反とされる。では、第三者がなぜ真相を知りえるのか?しかも、金を払って雇うとは?実際、弁護料の差異で弁護技術が加減され、判決が左右される。
「弁護士なんてものは、その商売から一歩でもはずれると、あらゆる点で殆ど例外なしに無知で愚かな連中だ。他人との交際も拙劣極まりなく、あらゆる学問や知識を必死になって目の敵にしている。専門の職業の場合もそうだが、それ以外の場合でも、何かの話題について論じ出すと、人間に関わっている普遍的な理性を言語道断なほど蹂躙する欠陥がある。」
説明をすればするほど、ますます人間とヤフーが一致してくる。主人は、ヤフーの特質を語り始める...
隣の地域のヤフーに対して虎視眈々と機会を狙い、殺そうとする。お前の言う戦争ってやつだ。その策略が失敗すると、あるいは外敵が見当たらないと、今度は仲間内で諍いを始める。お前の言う内乱っやつだ。この国には、いろんな場所で光彩を発する「輝く石」が出る。ヤフーはこれに目がなく、朝から晩まで掘り当てようと必死。しかも激烈に争う。お前の言う所有権ってやつだ。おまけに、第三者がこれ幸いとばかりに介入してくる。お前の言う、訴訟ってやつだ。ヤフーは実に狡賢く、陰険で復讐心が旺盛、身体は頑丈なくせに心は臆病ときた。したがって、傲慢、卑屈、残酷になるというわけだ。なるほど、人間ってやつか!
ある日、ガリヴァーが川で水浴びのために素っ裸になると、雌のヤフーが情欲に燃え、抱きついてきた。ヤフーが性交を求めてきたのだから、自分がヤフーであることを否定できないではないか...

フウイヌム国の総会で議題とされたのは、最も醜い賤しいヤフーを地上から抹殺すべきか否か。抹殺論者は、他の国でヤフーが理性者を偽ってフウイヌムを隷属していると主張する。主人は、総会で決定された勧告を実行するよう迫られる。理性ある動物が集団的な決定に強制されるとは、いかんともしがたい。主人は苦悩し、船を造って帰国させた。ガリヴァーは、フウイヌムから追放された哀れなヤフーというわけか。
ニュー・ホランドに到着すると土着民の矢を受けて負傷し、ポルトガル船に連行される。そして、洞察力の優れた船長ペドロ・デ・メンデスの手厚い歓待を受ける。船長の人間性によって、ようやく賤しいヤフーと人間の類似性から解放された。
しかしながら、フウイヌムの美徳に魅了された自分が、いかに啓蒙されているかを感じる。声や話し方、歩き方や身振りまでそっくりで、友人から馬みたいと馬鹿にされる。
「理性の命ずるままに生きているフウイヌムたちは、いくら立派な性質をもっているからといって、それを自慢してはいなかった。それは、私が自分に手足があるからといって何もそれを自慢にしないのと同じである。もちろん、手足がなければそれこそみじめなものに違いないが、それがあるからとって威張りくさる奴がいたら、気違い沙汰という他はなかろう。」

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