2015-07-12

"不思議の国のアリス" Lewis Carroll 著

童心に返る試みは、ガリヴァーの冒険物語で半ば失敗した(前記事)。今度は、アリスのファンタジー物語に縋る。この物語には、いつまで純粋な子供心を持ち続けることができるか?という問い掛けが秘められている。しかしながら、知識のなかった頃の自分をどうしても思い出せない。理性的に振る舞ったところで、心の中ではまったく違うことを思ってやがる。悪智慧や悪徳を知った今、もはやエントロピーの法則には逆らえない、ということか...

ルイス・キャロルこと、本名チャールズ・ラトウィッジ・ドジソンは数学者としても知られ、多くの理工系の書で紹介される。数学の心はパズルのような遊び心から発する。そして、数学は哲学である。アリスの冒険物語は、まさに言葉遊びに潜む哲学の妙技を魅せつける。
ルイス・キャロルの作品は、言葉の音調を大切にしているために、原書を読まないと充分に楽しめないという評判がある。むかーし、これを題材にした英会話セミナーに参加したことがあり、なるほどと感じたものだ。
子供は大人の言葉遣いや仕草を真似しながら物事を覚え、音韻との戯れが洒落の世界へいざなう。さらに、本書は翻訳版ならではの言葉遊びを魅せつけ、駄洒落の世界へいざなう。
例えば... ずぶ濡れの身体を乾燥させるために熱気あふれる政治演説が始まると、無味乾燥!と吐き捨てたり、ネズミは返事の代わりにチューしたり、年寄りの先生をティーチャーだから茶々と呼んだり、ウサギをばらして憂さ晴らしやら、そして、難しい哲学問答には、時間の無駄!と一言で片付け、ガキの直感力を魅せつける。おまけに、ニヤニヤするネコはニャーニャーとは鳴かないらしいし、カエルそっくりの召使はケロッとしているらしいし、魚そっくりの召使はギョッと驚くかは知らん...
ちなみに、あるバーテンダーは「酒に落ちる」と書いて「お洒落!」などと能書きを垂れていたが、棒が一本足らんよ!
それはさておき、著名な作品の中には、翻訳版からヒントを得て、第二版で更に洗練された作品に仕上げる、といった現象を見かける。原作が素晴らしいからこそ、翻訳者が釣られるということもあろう。本書の場合は、原作者と翻訳者で生きた時代が違うものの、それでもコラボレーションの妙技を魅せつける。
尚、数多い翻訳版の中で、河合祥一郎訳版(角川文庫)を手にとる。

「不思議の国のアリス」は、学寮長リドルの次女アリスのために書き下ろした物語が原型になっているという。狂っていると噂される三月ウサギに会いに行く時、もう五月だからそれほど狂っていないかもと言い、時間に呪縛された帽子屋さんに今日は何日かと訊ねられると、四日と答えるところから、この物語は五月四日ということになる。実在するアリス・リドルが1852年5月4日生まれで、この物語は誕生日プレゼントというわけだ。ルイス・キャロルは、少女のまま大人になってくれるよう思いを込める。
「見るもの聞くもの奇々怪々... 鳥や獣とお喋りはずむ... 語り手疲れて、もう限度... おそるおそる口にしてみる、続きは今度!すると声を合わせて、今が今度!楽しげな声が禁じる、THE END...」
好奇心こそ冒険心の原動力!それでいて、アリスはいつも人の役に立ちたいと願っている。だが失敗する度に、おうちにいる方が、ずっとよかった!と後悔のくり返し。それでも懲りない子供心。
寝床では、夢物語を永遠に語らせようとする子供の目を振り払うのは難しい。では、大人になったらどうだろう?なぁーに、より具体的な仮想空間に脂ぎった欲望を結びつけるだけのことよ。その証拠に、夜の社交場では、もう一杯とねだるホットな女性の目を振り払うのは難しい...

・第一章 ウサギの穴に落ちて
お姉さんが本を読んでいる側で、アリスが退屈していると、白ウサギが、遅刻だぁ!とつぶやきながら目の前を駆け抜けていく。好奇心旺盛なアリスは、ウサギが巣穴に飛び込むところを見ると、それを追って飛び込み、深い穴を落下していった。着いた所には、細長い広間があって、ドアが並び、すべて鍵がかかっている。片っ端から開けてみようとするが、どれもダメ。途方に暮れるアリスは、テーブルの上に小さな金色の鍵を見つける。それが小さなドアの鍵とピッタリ。ドアの先はネズミの穴ぐらいの通路で、覗きこむと素敵な庭が見える。さらに、テーブルには小瓶が置いてあり、「わたしをお飲み」と書いてある。それを飲むと、身体がみるみるうちに縮み、通路が通れるほど小さくなった。しかし、鍵をテーブルの上に置いたままで、今度は鍵が手に届かない。すると、テーブルの下に小さなガラスの箱を見つける。中にはケーキが入っており、「わたしをお食べ」と書いてある。

・第二章 涙の池
ケーキを食べると、地面が見えなくなるほど足がのびていき、頭が天井にぶつかる。寝そべって片目で庭を覗くことぐらいしかできず、アリスは泣き出す。そして、大量の涙を流し、広間には池ができた。そこに、めかしこんだ白ウサギが戻ってくる。革手袋と大きな扇子を持って。アリスが話しかけると、ウサギは驚いて手袋と扇子を落として走り去った。広間が暑かったので扇子で扇いでいると、身体が小さくなっていく。今度こそ庭へ行けるかと思いきや、またしてもテーブルの上の鍵が届かない。飲んじまったジュースは胃袋の中!喰っちまったケーキは胃袋の中!今度は、涙の池に溺れそうなほど浸かっている。池にはネズミや鳥獣たちが池に落ちてきて、ごったがえしていた。アリスが岸にあがると、ぞろぞろと続いてくる。

・第三章 党大会レースと長い尾話(おはなし)
さしあたっての問題は、ずぶ濡れの身体を乾かすこと。みんな風邪をひきそう。偉そうなネズミは、熱気あふれる演説を始めた。
「ローマ法王にその義を認められたウィリアム征服王に、やがてイギリスの民も恭順の意を示した。イギリスの民は指導者がいなかったため、侵略や征服の憂き目に遭っていた。マーシア伯爵とノーサンブリア伯爵であるエドウィンとモーカーは、征服王を支持した。愛国的なカンタベリー大司教スティガンドさえそれを得策と見てとって、ウィリアムを迎えて王冠を授けた... ウィリアム王の行動は当初おだやかなものであったが、ノルマン兵たちの無礼さは...」
アリスは、ちっとも乾かない!無味乾燥!と吐き捨てる。ドードー鳥は、難しいことじゃ解決できない、単純な党大会レースが一番!と叫ぶ。それは、円のコースを描いてひたすら走るというもの。よーいドン!もなく、好きな時に走りだし、好きなときにやめる。レースというからには誰が勝ったのか?みんな勝ったのじゃ!党大会とは、勝手に喋りまくって、内容も堂々巡りというわけか。
騒ぎが収まると、みんなが輪になって座り、ネズミにもっと話を聞かせてくれと頼む。ネズミは、いまだに尾を引いている悲しい話を始める。アリスは、ネズミの長い尻尾に惚れ惚れし、どうして悲しい尾なのか?分からない。ネズミさんはネコとイヌが怖いんだとさ。アリスは、自分が可愛がっているネコの話を始めた。ネズミを捕まえるのが上手で、小鳥を食べちゃう!なんて言ったもんだから、鳥獣たちは逃げ出し、ひとりぼっちになった。

・第四章 ウサギのお使い、小さなビル
そこに、やって来た白ウサギが何やらつぶやいている。死刑にされちゃう!裁判官は、ウサギをばらして憂さ晴らしってか。ウサギの探しものは革手袋と扇子。アリスはお手伝いさんと間違えられ、ウサギの家からそれを取ってくるよう命じられる。
アリスは、家の中に小瓶があるのを見つけると飲んでしまう。すると、身体がみるみるうちに大きくなり、天井に達して身動きができなくなる。ウサギが家に戻ってくるとドアが開かない。馬鹿でかいアリスが家の中にいるとは知らず、トカゲのビルを使って追い払おうとするが、うまくいかない。ついに家を焼き払おうという声が。外から投げ入れられた小石がケーキに変わり、それを食べると身体が小さくなった。アリスは、やっと家から出られ、森へと逃げていった。
森では巨大なイヌと出会い、じゃれてくるものの、押し潰されそうになる。さしあたっての問題は、身体の大きさを元に戻すこと。何かを食べたり、飲んだり、しなくっちゃ!しかし、何を?ちょうど、キノコの上に座ってキセルを吹かす青虫と目が合う。

・第五章 青虫が教えてくれたこと
青虫は訊ねた。あんた誰?
「よく分からないんですけど、今のところは... 少なくとも今朝起きたときは自分が誰だか分かっていたんですが、それから何度も変わってしまったみたいで... その自分が分からないんです。わたし、自分じゃなくなっているんです。」
このフレーズは、大人が語ると、高度な哲学をやっているように映るだろう。見かけの大きさが変わっているだけで、急に大人になったり子供になったりしているわけではない。もちろん精神が成長しているわけでもない。歳相応に、ちゃんとしろ!と説教されたところで、そう変われるものではない。
青虫は訊ねる。どのくらいの大きさに戻りたいのかね?つまり、どのくらい大きな人間に、どのくらい精神を成熟させたいのか?とも解釈できる。世間には、もう少し背がほしいやら、もう少し美しくなりたいやら、もう少し賢くなりたいやら、で溢れている。そして今、自分にあんた誰?って問うてみても、よく分からんよ!
青虫はキノコの効用を教える。一方をかじれば大きくなり、もう一方をかじれば小さくなると。一方とは、どっち?なかなかの難問だ。人生とは、まさに試行錯誤の中にある。少しかじると、顎が足に押し付けられるほど身体が縮み、もう一方をかじると、肩が見えなくなるほど首がひょろひょろと長くなる。そして、ハトにヘビと間違えられる。ヘビじゃない、女の子です!と言っても、ハトは信じない。ハトは訊ねる。卵を食べるか?やっぱり食べるじゃないか。それとも、女っていうのはヘビみたいなものか?
アリスはキノコの両端をかじりながら、なんとか大きさを調整し、一件落着!そして、森の中を歩いていると小さな家を見つけ、住人を驚かさないように小さくなる側のキノコをかじって家に近づく。

・第六章 ブタとコショウ
そこは、魚そっくりの召使とカエルそっくりの召使のいる公爵夫人の家。アリスを見ると、魚そっくりの召使はギョと驚き、カエルそっくりの召使はケロッとしていたかは知らんよ。家の中では、公爵夫人が赤ん坊をあやし、料理人はスープをかき混ぜている。部屋中にコショウが漂い、公爵夫人はくしゃみをし、赤ん坊はその度に泣き出す始末。くしゃみをしないのは料理人とネコだけ。料理人は手当たり次第に、公爵夫人と赤ん坊に物を投げつける。なんと騒がしい家だろう。公爵夫人は言う。
「みんながよけいなおせっかいを焼かなければ、世界は今よりずっと速くまわることになるだろうよ。」
公爵夫人はチェシャーネコと呼ぶ。cheshire... 意味もなくニヤニヤ笑うということらしい。ニャーニャーと鳴いてうるさいよりましってか。ブーブー泣く赤ん坊をブタと呼ぶ。ブーブーと文句を垂れるのはブタどもってか。そして、アリスが赤ん坊をあやそうとすると、見る見るうちにブタの姿に変わり、森の奥へ走り去った。
ネコはニヤニヤしながら、アリスにどこへ行きたいか?訊ねる。アリスはどこかへ着ければいいと答える。目的なしの好奇心ほど教訓めいたものはあるまい。
ネコは、あっちは帽子屋が住み、こっちは三月ウサギが住み、どっちも狂っていると教える。アリスは、狂っている人のところへは行きたくないと言うと、ここじゃみんなが狂っていると答える。俺も、君も。アリスは自分は狂っていないと反論するが、狂ってなきゃ、こんな所には来ねぇよ。では、ネコのあなたは、なぜ狂っていると分かるのか?まずイヌは狂っていない、怒ると唸り、嬉しいと尻尾をふるから。ところが、俺は嬉しいと唸り、怒ると尻尾を振る。喜怒哀楽が逆転するのは、まさに大人の世界。本音と建前をうまく使い分けなければ、生きてはいけない。
アリスは帽子屋さんは見たことがあるので、三月ウサギの所へ行く。五月だから、それほど狂っていないかもしれないと。ネコは、急に姿を出したり、消えたりする特技を持っている。アリスは驚かさないで!と頼むと、ニヤニヤ笑いだけを残す。ニヤニヤ笑いなしのネコは見たことがあるけど、ネコなしのニヤニヤ笑いってのは初めて!実体がなく、抽象論で煙に巻くのが哲学の常套手段ってか。

・第七章 おかしなお茶会
三月ウサギの家では、大きなテーブルを囲んで、ウサギと帽子屋がお茶会をしている。二人の間にはヤマネが眠っていて、クッション代わりにされている。そして、謎かけが始まる...
席は空いてないよ!たっぷり空いているじゃないの!ワインをどうぞ!でも、お茶しか見当たらない。ないものを勧めるなんて失礼!いや、招かれもしないのに座る方が失礼!
さて、謎かけは...「大ガラスとかけて書きもの机と解く、その心は?」
答えられるなら、思ったことを言ってくれなきゃ!言ってるわよ!少なくとも、言ったことを思ったんだもん、同じことでしょ!ちっとも同じじゃない。食べるものが見えると、見えるものを食べるが同じか?手に入れたものが好きと、好きなものを手に入れるが同じか?眠るとき息をすると、息をするとき眠るが同じか?結局、謎かけの答えは???
これは... 人間は死ぬ、ソクラテスは人間である、ゆえにソクラテスは死ぬ... の類いであろうか。三段論法批判と解するのは行き過ぎであろうか?哲学問答などと大袈裟に吹聴したところで、駄々っ子と大して変わらない。ヤマネが熟睡するのも道理である。
ところで、三月ウサギは、三月に時間さんと喧嘩したという。ハートの女王陛下が催したコンサートで、歌の調子が外れて、時間を殺害しておる!首をはねよ!と命じられた。時間さんは、何をお願いしても聞いてくれない。だから、いつまでも6時のままで、お茶しか用意されないとさ。つまり、三月から時間に幽閉されたウサギというわけだ。時間ってなんだろう?時間さんに話しかけたことすらない!アリスは時間の無駄と吐き捨て、その場を去る。ガキの直感、恐るべし!
次に、一本の木にドアがついているのを見つけ、入ってみると、あの細長い広間に出た。今度こそうまくやろう!小さな金色の鍵をとって、庭に続くドアの鍵を開けた。そして、キノコをかじって背丈を小さくし、通路をくぐり抜けると、やっと美しい庭へ到達した。

・第八章 女王陛下のクロッケー場
トランプの四隅に手足のついた庭師たちが、相談している。赤い薔薇を植えなければならないところを、間違って白い薔薇を植えたもんだから、女王陛下に見つかると首が飛ぶって。そこに、ハートのマークのついた兵隊、廷臣、賓客、そしてジャックとキングの行列が通りかかる。いつも、首をはねよ!と命じる女王陛下。アリスは庭師を匿って植木鉢に隠す。アリスは、クロッケーに参加するよう命じられる。そこに白ウサギが近寄ってきて、公爵夫人が死刑宣告を受けたと耳打ちする。公爵夫人は女王陛下をひっぱたいたという。アリスは愉快に笑う。
そこには、ヘンテコなクロッケー場。ボールはハリネズミ、クラブはフラミンゴ、ボールをくぐらせるアーチはトランプの兵隊が身体を弓なりに反らしている。競技者は自分の順番など待ったりせず、一斉にプレーをやるもんだから、あちこちでハリネズミを奪い合う。一分ごとに、女王陛下は、この者の首をはねよ!と声を張り上げる始末。
アリスは不安になって逃げ道を探していると、空中にチェシャーネコのニヤニヤ笑いが浮かび上がる。会話していると、興味深そうに王様が近づいてきた。無礼なネコの態度に、わしをそんな目で見るな!と命じると、アリスは、ネコにも王様を見る権利あり!と答える。女王陛下は、ネコの首をはねよ!と命じる。しかし、胴体が見当たらず、処刑人は首のはねようがない。女王陛下は即刻実行できなければ、ここにいる全員の首をはねよ!と命じる。王様とて例外ではない。みんながアリスに助けを求めると、公爵夫人のネコだから、まず公爵夫人に聞かなければならないと助言する。

・第九章 海ガメもどきの話
公爵夫人はアリスとの再会を喜ぶ。このお婆ちゃんは教訓好きの性癖がある。すっかり死刑宣告されたおかげで、クロッケーの試合は落ち着きを見せる。その教訓は、愛こそが世界を動かす!だとさ。教訓は盲目に崇められるものの、アリスにだって考える権利がある!と反論する。女王陛下が試合そっちのけでアリスと、その場を去ると、王様が全員釈放!と小声で伝えて、めでたしめでたし!
女王陛下は、海ガメもどきの話を始める。そして、グリフォンにアリスを海ガメもどきのところへ案内し、やつの話を聞かせろ!と命じる。グリフォンは言う。傑作だよ!つもりになっているだけだよ!首をはねよ!と命じても、誰も処刑されない。何も悲しむことなんかないとさ。海ガメもどきにしても、実は、海ガメになったつもりでいるのか。女王も、王様も、偉くなったつもりでいるだけか。アリスは、生まれてこのかた命令されたことがないので、命令というものが分からない。
海ガメもどきは言う。実は本物の海ガメで海の学校に通っていたと。先生はティーチャーだからティーとお茶で茶々と呼ばれる。授業料の明細には、フランス語、音楽、センタク授業... 特別料金とある。アリスは、洗濯と選択を混同する。それから算数は、めでたし算、かぜひき算、かびかびぶっかけ算、わりぃわりぃ算。カビと美化ではえらい違い。他には、古代おせっかい史と現代おせっかい史、チンプン漢文など、へんてこな時間が振られる。無断な時間を割くから時間割ってか。

・第十章 ロブスターのおどり
海ガメもどきは、素敵なロブスターの踊りを実演してみせた。何かと教訓めいたことを言ったり、歌を暗唱させたり、踊りの形式を覚えさせたりするのがお好きなこと。しかし、子供の好奇心ってやつは、なにかと強制しようとする大人の思惑に対して反発しようとする。
ちなみに、タラ(大口魚)は、たらふく食うから、そう呼ぶのだそうな。
この楽しい一時に、裁判の始まりが告げられる。

・第十一章 タルトを盗んだのは誰?
ハートのジャックが、女王陛下のタルトを盗んだ容疑で引き出される。裁判官は王様で、それに12匹の陪審員の動物たち。あの白ウサギが罪状を読み上げる。最初の証人は帽子屋、続いて料理人、三人目にアリス。

・第十二章 アリスの証言
アリスの名が呼ばれると、身体はすっかり大きくなっていたので、立ち上がッタ時にスカートのすそで陪審員席をひっくり返す。
白ウサギは、まだ証言があります!と囚人の書いたと思われる詩を提出。だが、ジャックは否定し、陪審員も筆跡が違うと証言する。王様は、名前がないことが怪しく、いっそう不利な証拠だとし、せめて名前を書けばよかったと言い出す始末。女王陛下の命令は、例のごとく、首をはねよ!アリスは、詩の内容はどうでもいいの?と弁護する。王様は詩を読み上げるよう命じるが、まったくチンプンカンプン。にもかかわらず、確固たる証拠だと決めつける。意味がないことは結構、手間が省けるんだってさ。判決が出ると、すっかり元の身体の大きさに戻ったアリスはついに口にする。あなたたちみんな、ただのトランプじゃないの!すると、トランプが空中に舞い上がり、アリスに一斉に飛びかかる。
もがいているうちに、目がさめる。アリスは川べりで姉の膝枕で寝ていた。姉は、妹のヘンテコな冒険話をすっかり聞いて思いに耽っていると、夢を見る。夢には妹が登場。今、不思議の国にいることを知っている。そして、目がさめると、つまらない現実に帰ることも知っている。姉は、自分の子供時分を思い出しながら、妹がどんな大人になるかを想像する。はたして無邪気で素敵な心をいつまで持ち続けられるであろうか、と...

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