2015-12-06

"自己増殖オートマトンの理論" John von Neumann 著

ジョン・フォン・ノイマン... このプログラム内蔵方式電子計算機の創案者は、情報工学の歴史において最初のページに登場するクロード・シャノンやノーバート・ウィーナーと並び評される。1949年、彼はイリノイ大学で「複雑なオートマトンの理論と構成」と題して、5回の講義を行ったそうな。その概要は、次の3行で始まる。
  • 高速デジタル計算機の論理的構成と限界
  • 計算機やその他の自然オートマトンおよび人工オートマトンの比較
  • 自然に見出される神経系の比較からの推測
本書は、この講義をアーサー・W・バークスが編纂したものである。
「計算機と自然の有機体との間の重要な類似点と、そしてそのような異なるが関係のあるシステムを比較することの発見的な意義とを意識して、彼は、その両者を含む理論を求めた。彼はこのこれからつくる体系的理論を、オートマトンの理論と呼んだ。」

コンピュータ工学を論ずる時、論理学や情報理論が中心的な話題となるのが普通であろうが、ここでは熱力学や確率論といった不確定な性質の方に目が向けられる。特に注目したいのは、生物学との融合を唱えている点である。
「オートマトンの形式的研究は、論理学、通信理論、生理学の中間領域に属する問題である。それはこの3分野のどれか一つだけにとらわれた立場で見たのでは片輪なものになってしまうような抽象化を内包している。」
ここに題される自己増殖とは、神経系の自己複製や自己修復をも含む自立性や自律性といった機能を持つ有機体としての存在である。コンピュータ構造を論理的に記述しようとすれば、λ定義の可能性や一般帰納性との等価性、あるいはチューリングマシンの計算限界性を問うことになろう。
一方で、純粋に神経細胞モデルを構築しようとする研究の立場がある。プロセスを公理化するのではなく、基本細胞をモデル化するだけで、あとは細胞間の振る舞いと自己能力によって機能を進化させようという目論みである。単純系から複雑系への自発的移行、もっと言えば、有限チューリングマシンから無限増殖マシンへの進化とでもしておこうか。複雑な精神構造が、もともと純粋精神の原型なるものから始まったとすれば、プラトン流イデア論にも通ずる。はたして理想化された神経細胞の集合体が、どんな解を弾き出してくれるのか?これは、ノイマン流進化論である。ただし、導かれる帰結が進化か?退化か?はたまた神の創成か?悪魔の創成かは知らん...

オートマトンの理論には、複雑系に立ちはだかる二つの問題を抱えている。それは信頼性と自己増殖性の問題で、両者はトレードオフの関係にある。信頼性が複雑度の限界を決定することになるが、自己増殖性の機能を有するにはかなり複雑なオートマトンを要する。その構成には、必要最小限の器官組織と適切なサイズというものがありそうだ。人体の大きさや複雑さ、あるいは人口においても、地上で人間社会を営む上で、しかも秩序の維持と犯罪の発生確率との均衡において、適切な規模を保とうとしている。おそらく民主主義が機能しやすい規模や限界というものがあるのだろう。それが、地表面積や重力との関係から決定されるのかは知らん。
本書では、信頼度については、確率性の観点から有機体の組み立て可能性を論じ、自己増殖については、論理性の観点から最小単位である細胞構造を論じている。さらに、細胞組織の議論に論理的万能性の追求があり、こう結論づけている。
「したがって、von Neumann の 29 状態細胞構造中に、万能 Turing 機械の計算を行うことができ、かつまたそれ自身を増殖できるようなオートマトンを埋め込むことができる。」
進歩には自己触媒的な側面を持つわけだが、論理的にたった 29 の状態で万能細胞を構築できるとは、にわかに信じがたい。数学的には、非線型の問題と特異点の問題に着目し、非線型偏微分方程式に大きな役割を与えている。
実際、連続解だけが存在すべきとされる中で、突然、不連続解に重要な役割を与えることがある。生物学で言うところの突然変異ってやつだ。連続した意志エネルギーの蓄積から生じる開眼のような。連続性と離散性の協調にこそ、その真意が内包されていそうである...

1. お馴染みのコンピュータ構造
基本的な考察は、お馴染みの...
構成要素については、高速記憶装置、中央演算装置、外部記憶媒体、入出力装置、および中央制御。プログラミングについては、高度に帰納的な手続きと再帰的手続きのコード化、そしてサブルーチン化やライブラリ化といった構造的方法、及び言語系の階層構造。設計については、回路素子を速度、寸法、信頼度、エネルギー消費の面から考察し、インダクタンスやコンダクタンスが生み出す非線型な物理特性を数学的にどう扱うか。
...といったところであろうか。
本書は、理想化された計算素子を採用することに、二つの利点があるとしている。一つは、設計者が計算機の論理設計を回路設計から分離できること。二つは、オートマトン理論の方向への第一歩、つまり、理想的な神経細胞、記憶器官の採用にほかならないこと。人間がいかに自分自身を論理的に設計できるか?これが自然オートマトンの投げかける問いである。
とはいえ、オートマトンの理論には、素子の故障確率までも含まれる。数理論理学では、理想化されたスイッチと遅延素子の完全性、すなわち決定論的な操作しか扱わないが、現実世界では、故障や誤動作への対処の方が重要となる。
したがって、連続的数学と離散的数学の双方を扱うことになり、解析学的にならざるをえない。具体的には、アナログ制御とデジタル制御の協調、そして、複雑な連立非線型偏微分方程式を解く能力を自己に問うこと。今日、デジタル時代と言われながら、設計現場では、微小信号の検知、高周波制御、省電力設計などで高度なアナログ技術が要求される。すべてをイエスかノーかの二項対立というビット概念で制御できればいいが、しばしば回路素子の遅延が問題となる。プラグラミングとは、スイッチの関数表を構築するようなもので、遅延は厄介な問題だ。位相の小さい信号に対しては、制御が容易であっても、一旦発振が始まると、高度な安定発振の状態に陥り、制御不能となる。ただこれを、神経系の応答時間としてモデル化することはできそうか...

2. 五つの自己増殖モデル
ノイマンは、オートマトンモデルを論理の側面と組立の側面から追求している。そして、論理的万能性、組立可能性、組立万能性、自己増殖性、進化性の面から論じ、五つのモデルを考案している。

[運動学的モデル]
プロセスやアルゴリズムなどの処理手順の観点から、運動、接触、位置決め、融合、切断などの幾何学的運動を扱う。尚、力やエネルギーの問題は無視。その基本構造は、感覚的要素(知覚のような)、運動的要素(筋肉のような)、論理的要素(分岐)、記憶要素(遅延)などで構成され、情報を蓄えて処理する。

[細胞モデル]
論理学的、数学的に扱うには、運動学に着目するよりも、細胞に着目した方が構成がイメージしやすい。全く同じ有限オートマトンが各細胞に組み込まれ、無限空間において自己増殖を促し、次世代の生成を促す。各細胞は 29 の状態を持つ有限オートマトンで構成され、隣接する四方の細胞と直接に1単位時間か、それ以上の遅延を伴って通信し合う。数学的には、行列でモデリング。

[刺激 - 閾 - 疲労モデル]
細胞モデルを基礎とする。無限構造の細胞モデルに 29 状態のオートマトンを採用し、疲労と閾値の機構を追加。より現実組織に近い神経細胞モデルとして、絶対不応期と相対不応期の概念を組み込む。神経系に、ある刺激によって活動電位が一度発生すると、二度目の刺激では反応が低下し、興奮も和らぐ。この時期が不応期であるが、全く興奮しない時期が絶対不応期で、多少の興奮をともなう時期が相対不応期である。相対不応期の活動電位は、振幅が小さく、伝達速度も遅い。疲労度によって興奮する閾値が変化し、抑制能力も変化するという仕掛け。スイッチ作用、出力の遅延、作用を制御するための内部記憶、そしてフィードバック作用を組み合わせた構成。

[連続モデル]
まだ未完成のモデルだが、液体中の拡散過程を示す連立非線型偏微分方程式を採用する予定だったようである。解析学の技法を用いて、自己増殖の連立偏微分方程式を、刺激 - 閾 - 疲労モデルと結びつける構想だったとか。数学的な問題は、神経細胞の興奮作用、閾作用、疲労作用を記述する偏微分方程式を定式化すること。神経細胞は、他の神経細胞からの入力によって刺激され、これら入力刺激の合計が神経細胞の閾値に達すると、細胞体の外から内へナトリウムイオンが流れて興奮させる。イオンの流れ、すなわち拡散によって細胞体が脱分極される。この拡散と脱分極が軸索、すなわち神経繊維を伝わって神経細胞の発火となる。発火後、カリウムイオンが神経細胞の内から外に拡散して、神経細胞を再び分極する。ナトリウムとカリウムの化学平衡は、やがて回復する。化学的な拡散が基本的な役割を演じるという仕掛け。ノイマンは、連続モデルと称しながらも、非線型な拡散型偏微分方程式を選んだという。
それは、離散性から連続性への回帰という道筋が示されるかのような。あるいは、連続系の微分方程式を離散系の差分方程式で置き換え、デジタル計算機によって近似解を求める道筋とも言えようか。いずれにせよ、偏微分方程式の境界条件が重要な役割を演じることになる。連続モデルと細胞モデルの対比は、アナログ計算機とデジタル計算機の協調という見方もできよう。

[確率的モデル]
ノイマンは、生涯を通じて確率論の応用に興味を持っていたという。状態遷移が決定論的に決まるのではなく、確率的であるようなオートマトンとは?自己増殖、すなわち進化を論じるからには、やはり突然変異を無視するわけにはいかない。とはいえ、自然淘汰説の定量化とは途轍もない構想と言わねばなるまい。状態の考察では、論理学では真と偽、神経細胞では興奮と静穏、そして、入出力、刺激と応答、枝分かれ... といった具合に展開され、こららの論理積、論理和、否定などの基本操作で、単純なステートマシンを構築するイメージ。静穏検出では、興奮可能性と興奮不能性を区別し、機能不全をも含み、さらに潜像状態が考察される。潜像を持ち出すのは、幻想や幻覚の類いまでもモデル化しようという魂胆か?そして、効率の悪い単純で弱いオートマトンが、効率の良い複雑で強力なオートマトンにいかにして進化できるかを問う。

3. 29状態オートマトンの雰囲気を記述してみよう...
まず、単純な二次元正方格子から、状態の関係を時間と空間において定式化する。座標 θ = (i, j) によって指定される領域を、ベクトル空間上で加法的量として捉える。その最近隣は、(i±1, j), (i, j±1) の4点と、斜め隣りの (i±1, j±1) の4点。状態遷移は、この二次元空間を無限に動き回る。

  ν0 = (1, 0)
  ν1 = (0, 1)
  ν2 = -ν0 = (-1, 0)
  ν3 = -ν1 = (0, -1)
  ν4 = (1, 1)
  ν5 = (-1, 1)
  ν6 = -ν4 = (-1, -1)
  ν7 = -ν5 = (1, -1)




しかしながら、細胞構造の論理的万能性を、ひたすら二次元空間に求めている点は、ちと抵抗を感じないではない。各細胞の連結を三次元空間で構想すれば、遷移の方向を立体交差で考察でき、より細胞器官モデルに近づけられるはずだが。あるいは、伝達関数を簡略化するための戦略であろうか?ノイマンは、どうやら自己増殖オートマトンを二次元で構成したかったようである。

次に、普通刺激を T0、特別刺激を T1 といった具合に記述し、伝達状態、合流状態、興奮不能状態、潜像状態を定義する。

伝達状態 Tuae
  u = 0, 1 : 普通刺激と特別刺激
  a = 0, 1, 2, 3 : 右、上、左、下
  e = 0, 1 : 静穏状態と興奮状態

合流状態 Cee'
  e = 0, 1 : 静穏状態と興奮状態
  e' = 0, 1 : 次に続く静穏状態と興奮状態

興奮不能状態 U

潜像状態 S
  ∑ = θ, 0, 1, 00, 01, 10, 11, 000




さらに、これに加えて次の∑に対する S が定義される。
  ∑ = 0000, 0001, 001, 010, 011, 100, 101, 110, 111
尚、これは、Tua0 と C00 を T000, T010, T020, T030, T100, T110, T120, T130, C00 の順にとったものと同じ。




そして、全部で、伝達状態 16(2 x 4 x 2)、合流状態 4(2 x 2)、興奮不能状態 1、潜像状態 8 の 29個になるというのである。へ~...

4. 遷移規則の雰囲気を記述してみよう...
有限オートマトンは、前述のように 29 状態を持つとされる。無限オートマトンは、この有限性に初期状態を与え、その後は、単位時間 t における細胞状態と4つの直隣りの細胞状態への遷移だけで拡張されていく。そして、時刻 t+1 における細胞状態は、遷移規則によって決定している。その遷移の概略はこんな感じ...

種類名称記号個数遷移規則の概略
興奮不能U1 直接過程は U を潜像状態に変えて、その後、Tua0 か C00 へ。
逆過程は、Tuae や Cee' を殺して U へ。
普通刺激合流Cee'4 自分に向いた T0ae から論理積で受け、自分に向いていないすべての Tuae へ2倍の遅延で発信。
自分に向いた T1a1 によって殺されて U へ。殺す作用は受信より優先。
伝達T0ae8 自分に向いた T0ae から及び Cee' から論理和で受け、出力方向へ。
  a) 自分に向いていない T0ae へ、および Cee' へ、
  b) U または潜像状態へ、直接過程として、
  c) T1ae へ、逆過程で殺すために、
単一の遅延で発信。
自分に向いた T1ae によって殺されて U へ。殺す作用は受信より優先。
特別刺激T1ae8 自分に向いた T1ae から及び Cee' から論理和で受け、出力方向へ。
  a) 自分に向いていない T1ae へ、
  b) U または潜像状態へ、直接過程として、
  c) T0ae または Cee' へ、逆過程で殺すために、
単一の遅延で発信。
自分に向いた T0ae によって殺されて U へ。殺す作用は受信より優先。
潜像S8 これは直接過程の中間状態(参照図:中間状態における遷移)。
U に向いた Tua1 は Sθ へ。その後、S は、
  a) 一つでも Tua1 が自分に向いていれば、S∑1 へ。
  b) それ以外は、S∑0 へ。
そして、Tua0 または C00 になることによって直接過程は終了(参照図:直接過程における遷移)。

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