しかし、これらの偉業がおまけの存在では、科学や哲学の観点からすると不幸であろう。しかも、ひたすら複雑な演算過程が黒板に示され、それが正しいかなどアホな学生に検証できるはずもなく、有無を言わせず暗記科目に仕立てられた。科学が単なる暗記科目になり下がると悲劇だ!いや、喜劇だ!おかげで、電磁のスピン的現象を、数学の複素空間で角周波数的特性と適合することを感じる間もなく、ひたすら数式の霧の中をさまようしかなかった。著者の言葉を借りるならば、「天下り的な」思考ということになろうか...
本書は、そんな赤点小僧にも新たな視点を与えてくれる。その試みは感動モノだ。
マクスウェル方程式から始まり、大学の講義とは逆向きのアプローチがなされる。従来の講義では、電磁場の記述がスカラーとベクトルの範疇に留まるために本質的なことが見失われがちだと指摘している。そして、「テンソル」や「双対空間」という概念を積極的に導入している。特に、数学的な意味と物理的な意味を区別することに注意が払われ、「物理的次元」というものをかなり意識している。スカラー積やベクトル積で演算が規定できればありがたいが、そのために物理的次元が無視され、変換系の整合性がとれないということらしい。そもそも物理的次元が違えば、演算そのものが成り立たないような気もするけど...
まず、「計算的経済性よりも概念的合理性を重視する」と宣言される。電磁場を記述するには、その位置によって様々なエネルギー現象が生じるので厄介である。そこで電磁ポテンシャルを解析することになるが、反対称性が線形性を維持しながらうごめきやがる。反対称性の演算となれば、直観的には行列式のような記述が向いてそうだ。演算表記では、添え字で多次元が表現できるテンソルが有効であろう。変換行列の直交性が空間を同一視できるという考えは、データ解析の基本的な思考である。なるほど、点電荷のような3次元空間の物理現象を扱うには、2階のテンソルで記述するのが適しているというわけか。反対称性にもよく適合するようだ。
また、ベクトル表記にこだわれば直交基底の制約を受けるが、現実には非直交基底と対峙しなければならない。そこで、抽象度を高めるために双対基底を導入している。ある線形のベクトル空間に線形関数によって作用を施せば、新たなベクトル空間が形成される。更に、同じ線形関数によって作用を施せば、元のベクトル空間に戻る。これが「双対空間」というものらしい。双対とは、2回対称性という意味のようだ。
有限次元において線形的な作用が認められれば、系の変換もイメージしやすい。MRI(磁気共鳴画像装置)のように体内が撮影できるのは、磁場という物理量で空間の方向や位置を測定できるからであり、それも双対性のような関係によって系の変換ができるからである。反対称性テンソル場は、電磁気学の数学的、幾何学的側面において中心的存在であるという。そして、反対称テンソル場は微分形式ということになる。微分形式とは、微分方程式を幾何学的に捉えようとした共変テンソル場といったところであろうか。よって、幾何学的にイメージさせてくれる grad, curl, div といった微分演算子との関係が重要となる。こうした幾何学的思考が、マクスウェル方程式をエレガントに魅せてくれる。
マクスウェル方程式が生まれた当時は、まだ電磁波が発見されておらず、ましてや光が電磁波の一種などという認識もない。だが、マクスウェルが導入した変位電流密度項 ∂D/∂t は、波動的な解を与える。その伝搬速度 1/√(ε0μ0) が、光速の実測値とよく符合したことから、光が電磁波であることが確信されたという。ε0, μ0 は、それぞれ電気的、磁気的な定数であり、光とはまったく無関係に見える。しかし、マクスウェル方程式には光速の不変性が示され、後に相対論との間で論争を繰り広げることになる。
運動の相対性と光速の不変性の矛盾を解決する原理では、ローレンツ変換がその役割を果たす。光速が不変と主張したところで、現実には赤方偏移や青方偏移といったドップラー効果が観測される。となれば、相対論との矛盾を回避するために、変数を別に求めなければならない。そこで、別の慣性系において時間の進み方が変わるということになる。いわゆる「同時性の破れ」というやつだ。「ローレンツ短縮」とは、運動する物体の長さが、別の静止系から眺めると、運動方向に短縮して観測される現象である。光速に近づけば、時間が短縮し、空間が歪むというわけだ。この統一見解の立場から、電磁気学はローレンツ短縮に帰着するという考えが広くあるようだ。本書は、ローレンツ変換の近似であるガリレイ変換を用いて直観的な考察を味あわせてくれる。
1. 天下り的な概念
「廃棄されるべき概念」として紹介される永久磁石の例は興味深い。磁化をつくる要素は小さい環状電流である。しかし、一般的には、電気双極子のアナロジー的発想から正負の磁荷の対、すなわち磁気双極子なるものを想定する。その最たるものは、小学校の理科で習うアレだ。N極とS極は色分けまでされて、別の物質が存在するかのような印象を与える。子供の頃、N極とS極の境界はどうなってるんだ?って考え込んでしまった覚えがある。思考の節約という単純な動機で用いられる物理モデルの典型である。これを脱却することはできまい。小学校の理科の象徴のようなものだから。だが、電磁気学の立場から、環状電流モデルで示されるべきだと指摘している。永久磁石の中で、電荷がサイクロトロン運動をしている様子は、とても磁極モデルなどでは説明ができないというわけだ。
また、電場と磁場を対称的に捉える立場として、電荷に対して磁荷を持ち出すケースが多いが、本書は相補的に捉えるべきだという立場を通している。
2. マクスウェル方程式
div D = ρ
curl H - ∂D/∂t = J
div B = 0
curl E + ∂B/∂t = 0
(E:電場, B:磁束密度, D:電束密度, H:磁場の強さ, ρ:電荷密度, J:電流密度)
分極P, 磁化Mを用いると、
D = ε0E + P
H = (1/μ0)B - M
(ε0:磁気定数または真空の誘電率, μ0:電気定数または真空の透磁率)
真空中(ρ = 0, J = 0, P = 0, M = 0)で方程式を解くと、
c = 1/ √(ε0μ0)
これが電磁場の擾乱(変化)する速度で、真空中の光速ということになる。
真空のインピーダンスは、Z = √(μ0/ε0) で定義される。
速度vで運動する電荷qが、電場、磁場から受ける力Fは、
F = qE + qv × B
これがローレンツ力である。
3. 電場と磁場
物理量が空間の各点に割り当てられた状況が「場」であり、それが室内の温度分布であれば温度場ということになる。ちなみに、ホットな女性の熱視線が渦巻くところは「夜の社交場」と呼ばれる。
ある点における場の量は、その点における微小変位ベクトルとして捉える。それは、点、線、面積、体積...などの次元に相当する、点スカラー場、力線ベクトル場、束密度ベクトル場、電荷密度場、密度スカラー場を対応させるイメージである。
領域の境界を∂で表すと、曲線Lの両端(P2, P1)では、P2 - P1 = ∂L、曲面Sの周辺の曲線では、L = ∂S、体積Vの表面では、S = ∂V となる。
∇ = ∂/∂x は、場の性質を持ったナブラ演算子で、何かのベクトル場を掛けることによって結果が得られる。こんな感じで...
- ナブラにスカラー場φ(関数)を掛けると,関数の勾配場が得られる。
∇φ = grad φ - ナブラとベクトル場Aのスカラー積をとると,場の湧き出しや吸い込みがあるかが得られる。
∇・A = div A - ナブラとベクトル場Aのベクトル積をとると,場の回転量(rot, curl)が得られる。
∇×A = curl A
マクスウェル方程式には、4つの場(E, D, B, H)が含まれている。D, Hは、純粋な電磁的な量だけではなく、媒質にも関係したハイブリッドな量である。4つの場は、電荷密度によってDが生じ、電磁場中のEによって力が生じる、あるいは電流密度によってHが生じ、電磁場中のBによって力が生じる、という関係がある。この場合、D, Hを「源場」、E, Bを「力場」と呼ぶことがあるという。電場のエネルギーは、コンデンサのように電場に逆らって電荷を移動させるのに要する仕事で、磁場のエネルギーは、コイルのように磁場を増加させる際に電流を維持するにの必要な仕事、ということはできそうだ。なるほど、回転楕円体の媒質で生じる磁場を眺めれば、帰還回路が形成される様子やループ利得が見えてくる。
4. ガウスの定理とストークスの定理
ベクトル解析の中心は、ガウスの定理とストークスの定理である。
力線ベクトル場の空間変化は、スカラー場として表される。
∫A・dL(境界は∂S) = ∫∇×A・dS(境界はS) ... ストークスの公式
力線ベクトル場Aから導かれる ∇×A は「渦場」と呼ばれる。渦場は束密度ベクトル場である。これは、2形式場 ∇ΛA (Λ: 反対称積)と見ることもできるという。
また、束密度ベクトル場Bの空間変化は、体積場として表される。
∫B・dS(境界は∂V) = ∫∇・B dV(境界はV) ... ガウスの公式
束密度ベクトル場Bから導かれる ∇・B は「湧き出し場」と呼ばれる密度スカラー場である。これは、3形式場 ∇ΛB と見ることもできるという。
こうして眺めていると、階数が1だけ異なる場が、微分積分によって関連づけられる。こんな感じで...
- 点スカラー場は階数0で、式φ(x) = ∫grad φ・dL によって、力線ベクトル場の階数1となる。
- 力線ベクトル場は階数1で、式∫A・dL = ∫curl A・dS によって、束密度ベクトル場の階数2となる。
- 束密度ベクトル場は階数は2で、式∫B・dS = ∫div B dV によって、密度スカラー場の階数3となる。
5. デルタ関数
点電荷とは、小さい領域に局在する電荷分布を理想化したもので、原点で電荷密度が無限大になるという特異性を持つ。この特性は超関数のデルタ関数を用いると、うまく適合する。あの忌々しいインパルス応答だ。
デルタ関数は、ディラックによって量子力学の定式化のために導入されたという。原点で連続な関数f(x)に対して、
∫f(x)δ(x)dx = f(0)
を満たすものと定義される。インパルス応答のように、∫δ(x)dx = 1 を満たす適当に滑らかな関数であれば、デルタ関数でモデル化できるというわけだ。これを電磁気学で用いるには、三次元に拡張する必要があるという。
6. クーロンの法則とビオ・サバールの法則
電場、磁場に関する基本法則は、それぞれクーロンの法則とビオ・サバールの法則である。点電荷が電場に対応するならば、点電荷の運動が磁場に対応すると考えればよさそうだ。ただ、点電荷といってもあくまでも概念的なモデルであって、それに相当する運動、すなわち点電流なるものも物理的に存在しないから厄介である。電流は導線の中を電荷が移動している状態である。よって、電束密度の変化量を積分するようなイメージになる。電荷の積分を統計的に用いるとでも言おうか...
クーロンの法則では、磁場が生じない「静電場」を想定する。電荷分布が時間的に変化しない時、磁場は存在せず、時間的に変化しない電場だけが存在することになる。
一方、ビオ・サバールの法則では、電場の生じない「定常電流による磁場」を想定する。電流分布が時間的に変化しない場合の磁場を考えて、電荷分布を0と仮定する。この状態は、しばしば「静磁場」と呼ばれるそうな。しかし、「磁場は運動する電荷に付随するもので、本質的に動的なものであり、相応しい呼び方とはいえない。」と指摘している。
電荷が一定速度で運動すれば、やはり電場を形成するだろうし、磁場だけが存在するような状況を想定することは難しい。そこで、電流の流し方を工夫する。面の閉路に沿って電流をループさせることを考え、微小面積の総和(積分)として捉える。点電荷が閉路で等速運動すると考えれば、運動の慣性系で捉えることができそうか。マクスウェル方程式の時間依存部分は、静電場と定常電流の磁場の二つの系から眺めることができそうだ。
7. 電磁気学と量子論の関係
マクスウェル方程式は、量子論の発見に貢献した。アインシュタインの光量子仮説からディラックの量子電気力学に至るまで。本書は、量子論との深い関係として、荷電粒子を量子論的に扱うために必要なハミルトニアンとアハラノフ - ボーム効果を紹介してくれる。
ハミルトニアンとは、全エネルギーに対する物理量を抽象化するようなもので、通常の物体では運動エネルギーとポテンシャルエネルギーの合計として想像できる。だが、量子の世界となると、波動的な要素が加わり、想像もできない現象が生じる。量子論の解析では、このハミルトニアンが重要な役割を果たすそうな。
電磁場の解析では電磁ポテンシャルを調べるわけだが、量子力学における電磁ポテンシャルの重要性を示す典型例が、アハラノフ - ボーム効果だという。なんと!荷電粒子が存在する領域において、電場や磁場が存在しないにもかかわらず、電磁ポテンシャルの影響を受けるというのだ。磁気単極という状態が存在しうるというわけか。
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