2019-08-11

"インテリジェンス入門 利益を実現する知識の創造" 北岡元 著

インテリジェンス... この用語は、国家戦略と結びついて広まってきた経緯がある。情報活動というよりは諜報活動との結びつきが強く、きわめて政治色の強いイメージ。つい、盗聴や暗殺といった物騒なものを想像してしまう。しかしながら、ここには血沸き肉躍るスパイのエピソードなんぞ、とんと見当たらない。実は、そういうものを期待して本書を手に取ったのだけど...
だからといって期待外れに程遠く、目から鱗が落ちる思い。我が家の辞書を引くと、「知性、知能、理解力...」とある。確かに「諜報」という意味も含まれるが、それではあまりに視野が狭い。本書は、「判断や行動に直結する知識」と定義している。もっと言えば、その知識から創造しうるもの、といったところか。
人間の行動パターンには、自分の利益を守り、それを増進する、という動機がつきまとう。利益とは、なにも金銭欲や権力欲に発するとは限るまい。そういうものが、政治との結びつきが強いのは確かだけど。
ここでは、まず「自らの利益を自覚する」を根底の動機に据える。言い換えれば、自己を観察すること、自分自身をしっかりと知ること。インテリジェンスは、強い者よりも弱い者にとって強みとなりそうである。劣っていると自覚するからこそ、考え、工夫する。目先の儲けよりも、潜在的に得られる何かがあるかもしれない、と。目先の勝ち負けよりも、将来的に得られる大きなものがあるかもしれない、と。
まだ気づいていない利益、そういうものを見抜く目を持ちたいものである。情報とは、現実を写したもの。まずは観ること。そして、自己啓発、自己実現、自己投資の側面から読んでみる。なるほど、インテリジェンスとは、人生戦略と深く結びつく用語であったか...

1. 要求ありき...
まず、インテリジェンスを必要とし、利用する側に、カスタマ(顧客)とリクワイアメント(要求)の存在がある。一方、その要求に答えて情報を収集し、加工、統合、分析、評価、解釈のプロセスを経て、インテリジェンスを生産し、配布する側がある。これを「情報サイド」と呼んでいる。
要求ってやつは、状況に応じて刻々と変化するもので、その都度、両者の調整が必要となる。技術屋の世界でも、要求仕様が変化しなかったケースを経験したことがない。依頼元自身が要求を理解していないケースも珍しくなく、調整しているうちに相互理解を深めていくといったプロセスを踏む。そこで、プロトタイプといった方法が有効であるが、インテリジェンスの現場でも同じような形で試行錯誤を続けるようである。こうしたプロセスを「インテリジェンス・サイクル」と呼んでいる。
個人で完結するなら、カスタマと情報サイドの双方において一人二役を演じることになる。国家機関でも、企業でも、同じ組織内で構成すれば、一人二役と言えなくもないが、たいていは部署が違う。人員不足で一人二役を演じる部署もあろうけど...
もちろん、こうした思考構図は真新しいものではないし、ましてや政治の専有物でもない。ただ具体事例となると、国家安全保障や企業戦略の側面から解説され、CIA や MI5 といった組織を見かける。それも、著者が外交官という経歴の持ち主ということもあろうが、こうした構図を体系的に利用してきた最古の現場となると、やはり国家防衛の場ということになろうか。なぁーに、問題はない。国家防衛の原理は、自己防衛の原理にも応用できるし...
ちなみに、政府情報機関におけるインテリジェンスの意識は、その国の文化や歴史とも深く関係するようである。第二次大戦以前では、アメリカが戦時にのみ重要視したのに対して、イギリスは平時でも重要視してきた点で、その深みと徹底さが伺える。そして日本はというと... 伝統的に情報に疎いという噂は、どうやら嘘ではなさそうだ。
さて、思考の原理には、自問の原理が働く。疑問を持てなければ、思考を働かせることも叶わないし、要求も見いだせない。要求が見いだせなければ、工夫も見いだせない。そして、疑問のレベルが問われるのである。技術とは、こうした工夫の連続状態を言うのであろう。そして、インテリジェンスもまた、ある種の思考技術だと解している。有機体のごとくうごめくものだと...

2. 継続ありき...
本書は、伝統的な三分類法を紹介してくれる。ヒュミント(HUMINT: Human intelligence, 人的情報)、シギント(SIGINT: Signals intelligence, 信号情報)、イミント(IMINT: Imagery intelligence, 画像情報)の三つ。シギントとイミントが技術的手段なので、合わせてテキント(TECHINT:Technical intelligence)とも呼ばれる。
今日、情報の収集方法では、人を介したり、コンピューティングやネットワークを介したりと情報源も多様化し、直接的であったり間接的であったりと階層化も進み、複雑きわまりない融合物として捉える必要がある。
また、平面的に図式化した CIA の古典モデルを紹介してくれる。基本的なステップは、リクワイアメントの伝達、計画、指示、インフォメーションの収集、加工、統合、分析、評価、解釈、そしてインテリジェンスの生産、配布といった流れ。だが現実は、単純な平面図式では表現しきれない。
そこで本書は、立体的で螺旋的なモデルを提示してくれる。cia.gov あたりで見かけたような。ステップ毎に生じる変化に応じて、伝達1, 収集1, 配布1, 伝達2, 収集2, 配布2, 伝達3, ... てな具合に。こまめに生産、配布するとなると、まるでソフトウェアのアップデート。インテリジェンスは、継続的なプロセスだという。本書は、"CI(Competitive Intelligence)" というあまり馴染みのない用語を紹介してくれる。
「CI とは、SCIP(Society of Competitive Intelligence Professionals)によって、『それに基づいて、企業が行動や判断できるようになる程度にまで分析されたインフォメーション』と定義されているが、重要なのは、米国の政府情報組織が過去に培ってきたインテリジェンス関連の手法を企業に適用している点である。」
それは、Xerox, IBM, Motorolra などの大企業ばかりでなく、中小企業にも浸透しているという。マーケティングリサーチにおいて、CI 導入前は、市場状況をある時間で区切ってスナップショットしていたらしいが、導入後は、リアルタイムにアップデートしていく連続的な解析プロセスになったとか。インテリジェンス・サイクルもまた一回転で終わるのではなく、継続的な回転が求められるというわけである。
ただ、こうした思考プロセスは、どんな戦略論にもあてはまるだろう。孫子の兵法でおしまい!というわけにはいかない。クラウゼヴィッツ論でおしまい!というわけにはいかない。どんな優れた理論でも再検証を繰り返し、常に違った視点を養わなければ。やはり知識ってやつは、日常の連続体を言うのであろう。そりゃ、学生時代にいくら勉強しても、社会人になって勉強しなければ、すぐに馬鹿になる。知識を得たいという欲望は、自己の早期警戒機能を磨こうとする意欲... という見方もできよう。
賢い人間と仕事をしていると、やはり疲れる。おいらのような能力のない人間が対等に付き合おうと思えば、知識の予習は絶対に欠かせない。そして、人生観のアップデート呪縛は、うまく習慣づけるとワクワク気分にさせてくれる。人間ってやつは、死ぬ瞬間までアップデートを続けるしかなさそうだ...

3. 組織ありき?... いや、弊害?
インテリジェンス・サイクルは、必然的に柔軟性を備えることになり、当然ながら「常識」なんて言葉は忌み嫌われる。とはいえ、インテリジェンスを謳った組織であっても、やはり官僚化、硬直化の波を避けるのは難しい。どこの国でも政府絡みの組織では、カスタマが権威主義者ということがよくあり、情報サイドの方も高度な教育を受けているだけにプライドが高い傾向にある。
本書は、「ストーブパイプス」という用語を紹介してくれる。ストーブの煙突の複数形で、それぞれの煙突の間で相互連絡がないという意味。事例では、ヒュミントを担当する CIA、シギントを担当する NSA(国家安全保障局)、イミントを担当するNGA(国家地球空間情報局)の間で、連絡が悪くなりがちな状況を挙げている。ちなみに、おいらの好きな海外ドラマ「NCIS 〜ネイビー犯罪捜査班」では、CIA との縄張り争いがすこぶる激しく、おもろい。
また、「最小公分母(ローウェスト・コモン・デノミネータ)」という用語を紹介してくれる。数学では、最小公倍数という用語を使うが、分母の方に重きを置いている点に注目したい。分母の最小公倍数とでも言おうか。プロジェクトマネージャを経験すれば、チームの活力に共通意識が重要であることを知っているだろう。この意識の知的レベルが低下すると、チームそのものの存続が危ぶまれる。志が高く優秀な人材ほど逃げていくからだ。インテリジェンスの世界でも、同じことが起こるようである。問題解決に向かう意識が全員一致であれば、それに越したことはないが、やはり個人差が生じる。底辺を見捨てるわけにはいかず、意識教育が必要となる。コンセンサスと知的レベルの高さは両立できるか?この問題はかなり手強い!
「カスタマーを取り巻く現実を分析すればするほど、情報サイドの人間の視野は拡がって、特定の政策や企業戦略・戦術はむしろ相対化されてしまい、それらのいずれかをサポートするような立場からは、ほど遠くなっていく。インテリジェンスを担当するものに必要とされる視野とはこのようなものなのだ。このようにあらゆる特定の政策や企業戦略・戦術を相対化できるほどに、カスタマーの利益を理解できるような人材を育成することが、最も重要なのである。」

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