2020-02-09

"最後の一壜" Stanley Ellin 著

寒い冬空に小雨がちらつき、モヤモヤ感の残る中、お決まりの古本屋を散歩していると、ちょいと風変わりな推理小説に出会った。ヘミングウェイが推理小説を書くと、こんな風になりそうな... いや、悪趣味な風刺小説といったところか...
主人公たちは滑稽な生き様を痛快なほどに曝け出し、ニヒルな笑いをさそう。しかもここには、十五もの短篇が群れてやがる。短篇はええ。仕事の合間のオアシス。忙しいからこそ病みつきになる。おまけに、おいらの読書人生の基本ジャンルが推理モノときた。無論、この衝動を抑えられるはずもなく...

分かりやすいということが、世の中をいかにつまらないものにしていることか。いかに騒々しくしていることか。分かりやすさに群がる社会では、ちょいと分かりにくいものに癒やされる。説得力ある言葉より、オブラートに包まれた言葉に救われる。単純明快な振る舞いにでなく、モヤモヤ感の満ちたチラリズムに色気を感じる。小説の世界には、いつまでも読者自身が読み解く余地を残してもらいたい。歯切れの悪い描写で想像を掻き立ててもらいたい。でなければ、すぐに退屈病に襲われる。滑稽な人間社会は、皮肉屋にとっての理想郷。苦難をも皮肉まじりに生きられれば... スタンリイ・エリンは、自作短篇をこう評したとそうな。
「人間の性質に含まれる邪悪の条痕を扱うもので、それはまた人間性をかなり嘆かわしいほど魅力的にしている。」

そこには...
無実の罪で処刑された歴史事件の重々しさに、これを追求して明るみになった真実の軽薄さを投射したり、賭博熱で破滅した息子に現金に執着する母親を重ねたり、真冬の暖房器をめぐるアパートの家主と住人の揉め事という平凡な光景に、おそらく醜怪極まりないであろう殺人行為を埋もれさせたり... といった二元投影論に。
恋敵の肖像画を切り裂こうとした嫉妬女を自ら振りかざしたナイフで返り討ちにし、リアリティを追求した映画プロデューサを等身大の石像にし、ワイン狂を殺す最上の方法に最高級ワインを床に注ぐ... といった意地悪ぶり。
おまけに、贋金が贋の人間をつくるのか、誠実さの裏の顔にころりとくれば、現実逃避に明け暮れる五十過ぎの男は夢の中の小娘に御執心ときた。貧乏画家を喰い物にしてきた画商マダムが喰い物にされ、たった10ドルで人殺しができるかの賭けにそれが優秀な兵士の証明ってか。
はたまた、大都会というジャングルに住む息苦しさや、世間で讃美される正義という観念に嫌みを効かせ、世代間の価値観の違いを浮き彫りにし、孤独死を恐れて面倒な人間関係も惰性的に、貧乏人はますます貧乏に... といった現代社会が慢性的に抱える問題を嘲笑って魅せる。
こいつは、本当に推理小説なのか?クライマックスのオチでどっと疲れが... 思考回路がクタクタになると、モヤモヤ感もクタクタになるらしい...

尚、本書には、「エゼキエレ・コーエンの犯罪」、「拳銃よりも強い武器」、「127番地の雪どけ」、「古風な女の死」、「12番目の彫像」、「最後の一壜」、「贋金づくり」、「画商の女」、「清算」、「壁のむこう側」、「警官アヴァカディアンの不正」、「天国の片隅で」、「世代の断絶」、「内輪」、「不可解な理由」の十五作品が収録される。

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