2020-09-27

"奇跡の脳 - 脳科学者の脳が壊れたとき" Jill Bolte Taylor 著

 ショパンの調べに乗せて、お決まりの TED.com を散歩していると、パワフルな脳科学者の Talk に出逢った。
表題 "My stroke of insight..."
stroke は脳卒中、stroke of ~ で、一撃で生じる、といった意味になる。なるほど、「脳卒中」という言葉に「衝撃による洞察やひらめき」といった言葉を掛けているわけか...
これに触発されて、竹内薫訳版(新潮文庫)を手に取る。

話し手の名は、ジル・ボルト・テイラー。脳神経科学の第一線で活躍していた彼女は、37歳のある日、脳卒中に襲われたそうな。幸い一命は取り留めたものの左脳が著しく損傷し、言語中枢や運動機能をはじめ、人格の制御回路までも機能しなくなったという。脳科学者が脳卒中になるとは、なんとも皮肉な運命。だがそれが、科学者として一段と覚醒させることに...
左脳マインドから解き放たれた右脳マインドは、自由奔放に振る舞う。言語中枢が機能しないために口うるさい人格から解放され、まるで大脳宇宙の右半球を謳歌するような。8年に及ぶリハビリを経て回復を遂げた彼女は、現在の心境を「ニルヴァーナ」と呼び、穏やかに語ってくれる。ニルヴァーナとは、インド哲学に由来する言葉で、輪廻からの解放といった意味が含まれる。
アーサー・C・クラークは、こんな言葉を残した... 十分に発達した科学技術は魔術と見分けがつかない... と。まったくである。
「波打ち際を散歩するように、あるいは、ただ美しい自然のなかをぶらついているように、左の脳の『やる』意識から右の脳の『いる』意識へと変わっていったのです。小さく孤立した感じから、大きく拡がる感じのものへとわたしの意識は変身しました。言葉で考えるのをやめ、この瞬間に起きていることを映像として写し撮るのです。過去や未来に想像を巡らすことはできません。なぜならば、それに必要な細胞は能力を失っていたから。わたしが知覚できる全てのものは、今、ここにあるもの。それは、とっても美しい...」

ジルの言う脳の回復とは、どういう状態であろうか。「古い脳内プログラムへのアクセス権の再取得」といった定義をすれば、一部しか回復できていないという。脳の補完機能ってやつは、まさに驚異的!
左脳で損傷を受けた細胞を再生することはほぼ不可能でも、これを右脳でリカバリする可能性がある。意思の力がそうさせるのか。彼女は、脳内のニューロンの伝達経路を再構築したおかげで、左脳マインドに蔓延る嫌な人格とおさらばし、新たな人格を獲得したというのか。右脳マインドによって、悟りの境地を開いたとでもいうのか...
左脳マインドと右脳マインドは、まるでジギルとハイド。柔らかく言えば、建前と本音。本物語に、本音の解放という潜在願望を見る。
二重人格といった性質は、多かれ少なかれ、どんな人間にもあるのだろう。少なくとも、右脳と左脳で機能を分け合っているからには。その間にある脳梁ってやつのおかげで、絶え間なく情報交換することができ、互いに協調し合うことができる。それが、一つの人格の上で制御されているうちは可愛いもの。
しかし、自分の脳が発する言葉に耳を傾けることは難しい。自分自身の力で自我を覗くことは難しい。だからこそ、言葉を必要とする。とはいえ、言葉の力は、しばしば強すぎる。集団社会では尚更。自我を鎮めるには、少しばかり弱めておきたい。そして今、彼女は左脳が損傷したおかげで、言語機能が完全に沈黙してしまった。これを絶好のチャンスと受け入れるには、よほどの修行がいる...
「自己中心的な性格、度を過ぎた理屈っぽさ、なんでも正しくないと我慢できない性格、別れや死に対する恐れなどに関係する細胞は回復させずに、固体のようで、宇宙全体とは切り離された『自己』を取り戻すことは可能なの?あるいは、欠乏感、貪欲さ、身勝手さなどの神経回路につなぐことなしに、お金が大切だと思うことができるでしょうか?この世界のなかで、自分の力を取り戻し、地位をめぐる競争に参加し、それでも全人類への同情や平等な思いやりを失わずにいられる?」

ジルは、脳科学者らしく状況を観察し、事細かく自己分析を試みる。分析をするからには、それを記述する道具が必要だ。人間は、固体として存在している。少なくとも、そう意識しながら生きている。それを確かめるために言葉を欲する。
しかしながら、ジルは、自分の存在を流体のようだと語る。自然の中を流れ、春の風にでも揺られているような。彼女は、春風駘蕩の奥義を会得したのだろうか...
実は、人間精神を束縛しているものは、言葉かもしれない。言葉で組み立てられる論理的思考かもしれない。神が沈黙しているのは、自由を謳歌している証かもしれない。
そもそも、精神とはなんであろう。単なる原子の集合体ぐらいなものか。少なくとも脳の構造はそうなっている。ならば、原子の流れに身を委ねて生きるほかはあるまい。そして童心にかえり、脳の構築をやり直せるほどの流動性を会得したいものである...
「そもそも意識とは、機能している細胞による集合的な意識にほかならないとわたしは考えています。そして大脳半球の両方が補い合い、継ぎ目のないひとつの世界という知覚を生じさせるのだと、確信しています。」

DNA という分子は、地上で最も成功した遺伝プログラムかもしれない。人体を形成する細胞は、細胞核にある DNA の指令によって形成される。すべての型の細胞は遺伝子の組がほぼ同じ。遺伝子、RNA、タンパク質による複雑なメカニズムが、活性化部分のスイッチをオン/オフしながら多様な細胞をこしらえる。まるでプログラマブル・デバイス!
汎用的な論理セルが多数集積され、一つのセル内で必要に応じて配線をつないだり切ったりしてカスタマイズし、それぞれの機能の集合体として全体回路を構成するデバイスモデルに似ている。
となれば、左脳の死んだ機能を、右脳に復元させることも可能かもしれない。そもそも、人体の成長過程において、どの機能が右にあり、どの機能が左にあるといった基本的な配置が決まっているとしても、ニューロンの伝達経路まで同じとは言えまい。右利きの人もいれば、左利きの人もいる。そのネットワークの微妙な違いが、個性ってやつか。
右脳と左脳が持っているそれぞれの機能は、けしてバランスのよいものではない。大まかに、直観的にイメージする右脳と、言語的に考える左脳といった役割があるにせよ、概念や全体像を理解することに長けている人もいれば、記憶力や計算力に優れている人もいるし、たまには、左右で逆の役割を担っているかもしれない。人間らしさは、やはり気まぐれに求めたい...
「回復するまでに、頑固で傲慢で皮肉屋で、嫉妬深い性格が、傷ついた左脳の自我の中枢に存在することを知りました。エゴの心の部分には、わたしが痛手を負った負け犬になり、恨みがましくなり、嘘をつき、復讐さえしようとする力が残っていました。こんな人格がまた目覚めたら、新しく発見した右脳マインドの純粋さを台無しにしてしまいます。だから、努力して、意識的にそういう古い回路の一部を蘇らせずに、左脳マインドの自我の中枢を回復させる道を選んだのです。」

0 コメント:

コメントを投稿