2020-09-13

"代替医療解剖" Simon Singh & Edzard Ernst 著

著者サイモン・シンと翻訳者青木薫のコンビに触れるのは久しぶりで、「フェルマーの最終定理」、「暗号解読」、「宇宙創成」に続いて四冊目。共著者に名を連ねるエツァート・エルンストは、彼自身が代替医療に従事し、様々な治療法の有効性と安全性を検証してきた第一人者だそうな。
尚、「代替医療解剖」は、文庫版に際して「代替医療のトリック」から改題されている。「トリック」ってやると皮肉めいたものを予感させるが、「解剖」ってやると真実に寄り添う姿勢が感じられる。中身は、露骨なほどに皮肉が効いているけど。原題 "Trick or Treatment ?" らしく...

この物語は、二千年以上前、エーゲ海に浮かぶ島コスに生を受けたある人物の警句を指針にしているという。それは、医聖ヒポクラテスの言葉...
「科学と意見という二つのものがある。前者は知識を生み、後者は無知を生む。」

科学は、真実について客観的なコンセンサスを得るために、実験や観察を繰り返し、議論を交える。一度結論に達してもなお、見逃している点はないか、間違いがありはしないか、とほじくり返し、自分自身の主張にも疑いの目を向ける。その意味では、自虐的な一面を曝け出すことに...
意見ってやつは、多数派に流されやすい。名声や権威ある者の意見なら尚更。主流派に逆らえば、理不尽な攻撃を喰らう。それは、医学界に限ったことではない。大衆社会では、最も宣伝のうまい者の意見が猛威を振るう。それだけに健全な懐疑心を保つには、よほどの修行がいる。本書には、「科学的根拠にもとづく医療」という言葉がちりばめられる...

ところで、医学は科学であろうか。いや、科学だ。間違いなく。いや、おそらく。では、医学に寄り添う医療はどうであろう。科学にも限界がある。けして万能ではない。少なくとも人類の知識では...
医療の現場では、しばしば身体の病よりも精神の病の方が手ごわい。しばしば医師の言葉よりも看護師の言動の方が頼りになる。
代替医療は、より正確に書くと「補完代替医療」となる。通常医療を補完する治療法ならば、それほど目くじらを立てることもあるまい。
しかし現実には、完全に独立した形で施術されるケースがあまりに多い。医師の意見を無視して併用したり、完全に通常医療に取って代わったりと。しかも、代替医療業界は、いまやグローバル産業に成長した。本書は、代替医療を「主流派の医師の大半が受け入れていない治療法」と定義し、何百万もの患者が、あてにならない治療法に金を使っている状況に苦言を呈す...

とはいえ、主流派の医師にも問題はあろう。そもそも、なぜ代替医療に駆け込むのか。通常医療に不満を抱く患者も少なくない。言いつけを守らないと、まるで罪人扱い。権威的で... 強制的で... 他の病気になりそう... そんな医師も少なくない。セカンドオピニオンといっても、なかなか言いづらい空気がある。そして、もういい!他の病院に行く!ってなる。言いやすい医師ほど、セカンドオピニオンなんて用語はあまり必要あるまい。すすんで別の病院や優秀な専門医を紹介してくれる医師もいるし、セカンドオピニオンによって横の繋がりを歓迎する医師もいる。
病は気から... とも言うが、人間精神において、気休めの占める領域は意外と大きい。プラセボ効果だって侮れるものではない。
ちなみに、うちの婆ぁやときたらジェネリック薬に拒否反応を示す。その薬のせいか分からないが、一度気分が悪くなって、ジェネリックと聞いただけでアレルギーときた。入院すると、国が奨励しているらしく、ジェネリック薬を強制されるので、病院にいるとかえって精神を病むから頭が痛い。おいらの場合は逆に、なるべくジェネリックを選択するようにしている。安ければ...
医者にかかれば、なにかと薬漬けにされる昨今、やはり気分の問題は大きい。合理性には、精神的合理性と物理的合理性があり、あとは使い分けるだけのこと。結局は、自己満足ってことか。自己陶酔ほど心地よい精神状態もなかろうて。
また、病気ってやつは、医師が一方的に患者を治してあげるというものでもあるまい。医師と患者が協力して立ち向かっていくものであろう。そこで、本音で語り合える主治医に出会えることを願うが、それにはちょいと運がいる...

1. 主要な四つの代替医療
本書は、主要な代替医療として、鍼治療、ホメオパシー、カイロプラクティック、ハーブ療法の四つに焦点を合わせ、付録では、三十以上もの治療法について外観させてくれる。

鍼治療...
古代思想を受け継ぎ、生命力の源泉とされた気の流れに応じた治療法。気の流れは体内の決まった経路を通り、これに沿って点在する経穴、すなわち、ツボを刺激することによって、気の流れを妨げているものを取り除く。古代の入れ墨でも、この経路に沿って掘られたという説を聞いたことがある。古代医学の気の流れは、近代医学の血液の流れと重なる。実際、瀉血があらゆる病気の治療法として用いられた時代がある。古代ギリシアから中世ヨーロッパに至るまで。ただ、おいらは鍼が恐い!

ホメオパシー...
同質療法とも呼ばれ、「類が類を治療する」という原理を利用する治療法。病気の原因となる物質が治療にも役立つという考えは、体内で抗体を形成するプロセスとも重なる。

カイロプラクティック...
脊椎を手で調整(アジャスト)して、腰痛の治療を行う。脊椎に与えた刺激は、神経系統を介して身体全体に渡り、今では、喘息をはじめ、どんな病気にも有効だとする医者が多数いるという。イギリスでは、主に腰痛や頚部痛の治療法として医療システムに組み込まれているとか。

ハーブ療法...
植物や植物エキスを用いる治療法。各地域に生息する植物と結びつき、最も古い歴史を持つとされる。おいらには、治療法というより健康法というイメージが強いが、どんな病気や予防にも効くと過大宣伝されるケースも見かける。

これら四つの代替医療は、それぞれに原理はもっともらしく、まだ良心的な方であろう。本書は、いずれの治療法にも、「プラセボ」が大きな役割を果たしているとしている。
とはいえ、人間にとってこれが一番効果がありそうな気がする。深刻な病でない限り。人間は感情の動物だ。主治医の言葉にしても、治療法を理解した上で任せているというよりは、医師を信じて任せている。科学的根拠と言われても、無知者は信じるほかはない。
例えば、地球が丸い!地球は太陽の周りを回っている!なんて常識とされる知識も学校で教わっただけのことで、自分自身で確かめたわけではない。ほとんどの知識が、信じるか、信じないか、で成り立っている。少なくとも、この酔いどれ天の邪鬼の場合は...

付録に目を向けると、胡散臭いものが勢揃い。おいらがよく利用するものでは、リラクゼーション、リンパドレナージュ、リフレクソロジー(足つぼ)、マッサージ療法といったところ。もっとも医療という意識はない。単なる気分転換。仕事で膠着状態にある思考回路を揉みほぐしてやるために。その意味では、バーに行ったり、バーバー(理髪店)に行ったりするのと同じ感覚。いくらなんでも、マッサージ師に癌を治してくれ!などとは言えまい。
しかしながら、藁にもすがる思い... という患者も少なくない。科学的に証明されてからでは遅すぎるという深刻な患者が。だから、現時点で科学的に立証できていなくても、近い将来、立証されそうな予感のする代替医療に縋る。だからこそ、本音で語り合える主治医が必要なのだ。
ちなみに、本書でも挙げられるサプリメントや漢方薬だが、これらを嫌う医者は多い。いや、勧める医師を見かけたことがない。西洋医学の立場では、そうなるのだろう。自然治癒を信条とする医師なら見かけたことがある。本人が病気になっても、絶対に痛み止めを飲まないそうな。痛みを感じるのは治癒に向かっている証拠で、自然治癒こそが最高の治療法というわけである。さすがに患者には処方するらしいけど...
他人から見れば、詐欺にあっているようでも、本人にしてみれば、安心を買っているということがある。宗教もその類い。お布施を捧げたから、今の災厄で済んでいると信じている人も少なくない。お布施を捧げなかったら、もっと酷い災厄にあっているはずだと。それで慰められるなら、これも見返りの原理というものか...

2. 臨床試験における客観性の壁
臨床試験の現場に目を向けると、客観性の壁にぶち当たる。そもそも、一人の患者で、一つの薬を投与するかしないか、一つの治療法を施すかしないか、ということができない。となれば、ある程度似たような症状の患者を集めて、同じ条件で試験をし、多くのサンプルを集めるしかあるまい。
しかしながら、同じ条件というのが、なかなかの曲者!条件設定をするのは観察者であり、それによって得られた統計情報は解釈の余地を与える。ベンジャミン・ディズレーリは言った... 嘘には三種類ある。嘘と大嘘、そして統計である... と。
著名人あたりが、この薬が効きました!などと、ちょいと吹聴すれば、製薬会社はたちまち大儲け、ヘタをすれば政治利用される。もっとも本人は利用されているなどとは思いも寄らない。人間の性癖の一つに、自分が良い目に遭うと、他人に喋りたくて勧めたくなる、という衝動がある。布教の心理学とでも言おうか...
本書は、「ランダム化プラセボ対照二重盲検法」という用語を持ち出す。盲検法では、患者に薬や治療法を伝えすに試験をやることによって、患者側の意識バイアスを抑制する。さらに二重盲検法では、医師にも伝えず、観察者側の意識バイアスも抑制する。しかもランダムで。こうした多重条件下で、プラセボに対処している臨床試験の現場を紹介してくれる。

3. 瀉血と四体液説
瀉血は、四体液説によく馴染んだ治療法である。四体液説では、人体に「血液、黄胆汁、黒胆汁、粘液」の四種類の体液が存在するとし、それぞれの性質と病理を関連づける。今日でも、四体液説のなごりを耳にする。あの人は、多血質でほがらかだとか、胆汁質でかんしゃくもちだとか、黒胆質で憂鬱症だとか、粘液質で無気力だとか。血気盛んという言い方も、その類いであろうか...
古代ギリシアの医師たちは、血液が体内を循環していることを知らず、病気になるのは血液がよどむためだと信じていたという。そこで、よどんだ血を取り除くことを主張し、病気に応じて方法論まで提示したとか。肝臓の病気には右手の血管を切り、脾臓の病気には左手の血管を切るといった具合に。
中世には、瀉血を受けられるほど裕福な患者は、修道士にその処理してもらったとか。1163年、ローマ教皇アレクサンデル三世は、修道士がこの血なまぐさい処置に携わることを禁止し、代わりに床屋が瀉血をやるようになったという。瀉血用の医療器具も進歩し、医療用ヒルまでも用いられる。ヒルは高額で売買され、市場を賑わしたとさ...
そういえば、理髪店の看板が赤白の縞模様で螺旋状に回転するのは、外科医の役割を果たしていた名残りとも言われるが、瀉血をやっていたことと関係があるらしい。赤は血液、白は止血のための包帯、円柱のてっぺんにある球は、真鍮製のヒル盥、そして、円筒自体は血液の循環を促すために患者に握らせた棒の象徴だとか...
ちなみに、アメリカ合衆国の建国の父とも言われるジョージ・ワシントンが瀉血で亡くなったとは知らなんだ。もともと持病があったようだけど。最初は風邪らしき症状で瀉血をし、さらに苦しみがるので瀉血を繰り返し、1リットルもの血を抜いたとか。偉大な人物の死は、伝統的に崇められてきた治療法に対して、医師たちが疑問を呈すきっかけになったとさ...
歴史は皮肉なもので、医者にかかれる裕福な人よりも、医者にかかれない人の方が死亡率が低い時代があったようである。瀉血が人口制限に一役買っていたのかは知らんが、ヴォルテールはこう書いたという...
「医師というのは、ろくに知りもしない薬を処方し、薬よりもいっそうよく知らない病気の治療にあたり、患者である人間については何も知らない連中である。」

4. 英皇太子に捧ぐ...
ところで、表紙の扉を開くと、いきなり意味ありげなフレーズが飛び込んでくる。「チャールズ皇太子に捧ぐ」と...
いち早く代替医療に関心を寄せた英皇太子は、通常医療との協力を奨励して「統合医療財団」を設立したという。科学ジャーナリストとして知られるサイモン・シンは、科学的根拠の示されない治療法に対して懐疑的な立場。実際、代替医療と呼ばれるあらゆる治療法に、多くの医師が疑いの目を向けている。
2008年、サイモン・シンは英国カイロプラクティック協会に名誉毀損で訴えられた。そう、本書が扱う四つの代替医療の一つだ。批判の矛先は、WHO や MHRA(英国の医薬品・医療製品規制庁)にも向けられる。翻訳者が改題したのも、こうした背景があったからであろうか...
ちなみに、イギリスでは、こうしたケースで名誉毀損で訴えられると、まず勝ち目がないという事情があったそうな。今は知らんが。国際的な団体や企業が事実上の口封じのために、イギリスを裁判地に選ぶことがよくあったとか。今は知らんが。国際司法界で噂される「名誉毀損ツーリズム(Libel Tourism)」ってやつか。自分に有利な判決が下される見通しのある外国の裁判所を探し回っては、そこに提訴するって寸法よ。
案の定、サイモン・シンは裁判に負け、裁判費用の負担ばかりか、多大な時間とエネルギーまでも奪われたという。しかし、科学者やジャーナリストたちが立ち上がり、これにコメディアンや芸能人なども加わって、カイロプラクティックを誇大宣伝するウェブサイトの摘発キャンペーンを展開。カイロプラクティック協会は、会員にサイトを閉鎖するよう通達したメールまでもリークされ、2010年に訴訟を取り下げたとさ...

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