2022-04-24

"大渦巻への落下・灯台" Edgar Allan Poe 著

副題に、「SF & ファンタジー編」とある。
ポーといえば、ミステリーやゴシック小説といったイメージだが、ヴァレリーにも称賛された宇宙論「ユリイカ」の感動には代えがたい。
しかし、この短編集が、SF?ファンタジー?
幻想的で、超科学的で、超自然的といえばそうなのだが、ポーの場合、ジャンルの概念すら意味をなさないような...

尚、本書には、「大渦巻への落下」、「使い切った男」、「タール博士とフェザー教授の療」、「メルツェルのチェス・プレイヤー」、「メロンタ・タウタ」、「アルンハイムの地所」、そして未完成作品「灯台」の七編が収録され、巽孝之訳版(新潮文庫)を手に取る。

「天においても自然においても、神のふるまいは人間のおよぶところではない。神の壮大にして深遠、かつ理解不能な御業(みわざ)に見合う模型も、人間の手で制作できるものではない。というのも、神の御業はデモクリトスの井戸より深いのだから。」
... ジョゼフ・グランヴィル

地球空洞説を時代背景に、ダンテ風の地獄、煉獄、天国を同心円状に連らねた大渦巻の中に、読者を放り込むかと思えば、立派な体格を自慢しながらインディアン戦争でボロボロになり、黒人従者に、脚をもってきてくれ... 手を... 歯を... 眼を... と、パーツで組み立てられるサイボーグ野郎の愚痴を聞かされる。

「そう、名誉進級の准将ジョン・A・B・C・スミスとは、どんな人物かと言えば... 彼こそは使い切った男だったのだ。」

精神病院を患者たちに乗っ取られ、正常者たちの方がたっぷりとタールを塗られ、じっくりとフェザー(羽毛)をまぶされ、独房に閉じ込められるフーコーばりの狂気を物語れば、こいつはどっちの側のセリフやら...

「精神障害者の脆弱な理性を背理法と見る議論は存在しません。たとえばここには、自分をニワトリだという妄想に駆られている男たちがいます。それを治療するには、まさにそれが妄想ではなく事実なのだと強調すること。むしろそれが事実なのをじゅうぶんに認識していないのがいかに愚かなことかと患者を非難すること。そして一週間のあいだ、ニワトリにふさわしい食事以外はいっさい与えないこと、精神障害なる用語は使わないこと。肝心なのは、すべての精神障害者に他人の行動を監視するよう仕向けること。精神障害者の悟性や分別を信用してやることは、患者に肉体と精神を与えることにつながります。このようにして、当院では精神障害者の付添人たちを雇う経費を浮かせているのです。」

AI 顔負けの自動人形の正体を見事に証明して魅せれば、興行主の思惑に見事にしてやられ、千年後の未来を夢見ては、大空をゆったりと飛行する大気球から人間社会を見くだす。
「貴兄はごぞんじかね、形而上学者たちが、真理へ到達する道はふたつしかありえないという奇妙な幻想から大衆を解放してから、まだ一千年しか経っていないことを...」
二つの道とは、演繹法と帰納法、あるいは、先験的方法と後天的方法のことらしい。

造園家の偉大な芸術精神を持ち上げてシャングリ・ラ並みの理想郷を造らせれば、幸福の正体である盲目の原理を暴かずにはいられない。
「人間の本性には何らかの隠れた原理が、すなわち至福の対極が潜んでいるという前提をことごとく覆していくのを見てしまった気がする。」

終いには、たった四ページの未完成作品で、灯台守の孤独感に未完成な思わせぶりで余韻に浸らせようとは...

時間は、善意にも、悪意にもなる。たった一分でも地獄のように長く感じるかと思えば、一年を与えられても天にも昇る気分のうちに一瞬で過ぎ去る。昨日はもう来ない。明日は来るかも分からない。現在に絶望すれば、未来に根拠のない希望を抱く。一方で、過去は片時も休まず未来を抹殺し続け、希望はすぐさま絶望で上書きされる。すべては幻想か。すべては意識の産物か。理想郷を夢見ようが、暗黒世界に身を委ねようが、結局は同じことかもしれん。まさに人生、未完なり...

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