2022-05-01

"ゴッホは欺く(上/下)" Jeffrey H. Archer 著

名画にまつわるミステリーは、枚挙にいとまがない。ダ・ヴィンチ、ピカソ、フェルメール... そして、ゴッホ。
原題 "False Impression"... これに「ゴッホは欺く」との邦題を与えた翻訳センスはなかなか...
さて、誰を欺いたのか?名画には贋作がつきまとう。高値がつけば尚更。
しかしながら、偽物も侮れない。少なくとも、優れた画家の手によらなえれば成立し得ない。技術はオリジナルと互角か、それ以上か...
とはいえ、偽物がオリジナルを超えることはできない。少なくとも、経済的価値や政治的価値においては。オリジナルには、人を狂わす何かがあるらしい...
尚、永井淳訳版(新潮文庫)を手に取る。


大富豪や権力者たちに、美術品コレクタをよく見かける。純粋に芸術に親しもうとする人、えげつなく漁りまくる人、戦利品とされた時代もある。広く知られる話では、ナチスの高官たちが名画を漁りまくったという事実がある。ウィーンへの復讐か、イデオロギーの後ろ盾か、それとも資金作りか、脂ぎった動機はいくらでも拾い上げられる。
本物語では東京が一舞台を担っているが、バブル全盛期には、日本人が国宝級の西洋美術品を落札する様子がしばしば報道された。棺桶まで持っていくと豪語し、人類の遺産を私物化していると非難される輩まで飛び出す始末。
優れた美術品には、それを蒐集するだけで征服感を満足させるものがあると見える。確かに、偉大な芸術作品には、作者の意図を超越した社会を代弁する力がある。
ただ、盗んだ名画を金に替えることは、古くから難しいとされる。それが本物であるだけでは足りない。正当な所有者であることも合わせて証明する必要がある。むしろ、証明書の方が貴重だったりして...


本物語の主役は、「耳を切った自画像」。ファン・ゴッホの熱狂的な愛好家たちにとって究極の高み。
英貴族の女主人は破産寸前で、ファイナンス会社に名画を売りに出すことを持ちかけられる。ある晩、女殺し屋が侵入して女主人は命を落とす。殺し屋は左耳を切り取って、雇い主にメッセージとして送ったとさ。名画だけでなく、遺産もろとも略奪しようという魂胆か...
「この世に買収できない人間はいない!」
ファイナンス会社の美術品コンサルタントを勤める女性は、雇い主のあくどいやり方に我慢できず、殺された女主人の方につき、純粋な買い手を第三国に求める。ファイナンスへの負債を返済し、家の資産を債権者たちから守り、なおかつ税金を納めるのに充分な金額で売却できる相手を求め、舞台は東京へ。
「日本人は駆引きを弄する相手には我慢がならない国民性だった。」
一方、ファイナンス会社の会長は、ファン・ゴッホを手に入れてご満悦ときた。しかし...
「ファン・ゴッホが左の耳を切り落としたことは小学生でも知っているぞ!... しかし、彼が鏡を見ながら自画像を描いたこと、そのせいで右耳が繃帯で覆われていることは、知らない小学生だっていますよ。」


展開にせよ、文体にせよ、軽快なリズムに乗せられて、つい一気読み!
大体、ジェフリー・アーチャーという作家は、全体の設計図をきちんと完成させてから書き始めるのではなく、あるアイデアが浮かぶと筆の勢いに任せて一気に書きあげるタイプだそうな。読者同様、先が見えないままスリルを味わいながら書き進めるんだとか。いささか強引ではあるが、酔いどれ天の邪鬼は暗示にかかりやすい。
そして、学生時代にハマった「ケインとアベル」を読み返したくなる今日このごろであった...

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