2022-06-19

"経済分析の基礎" Paul A. Samuelson 著

「数学は言語なり」... J. ウィラード・ギィブス

これは、おいらが信奉している格言の一つ。まさか経済学の書で出くわそうとは。しかも、表紙をめくったら、いきなり掲げてやがる。
米国大学院では、一年目に理論とそれに付随する数学の修得に向けられ、「経済分析の基礎」は、第一に読むべし!とされるものらしい。ポール・サミュエルソンといえば、「経済学」という教科書的な大著があるが、これと並び評されるとか。
しかし、こいつぁ、本当に経済学の書であろうか。ルシャトリエの原理、オイラーの定理、ヤコービ行列、クロネッカーのデルタ、ラグランジュの乗数... と並べ立てられ、おいらの眼には解析学の書に見えてならない...
尚、佐藤隆三訳版(勁草書房)を手に取る。

数学には、連続性を保つ物理現象を扱う強力な道具に、微積分とやらがある。微分は、その時点における方向性や傾向を察知するのに役立ち、積分は、大きな流れや長期的な展望を掴むのに役立つ。経済現象は、ある種の社会現象で、そのほとんどが連続性に看取られている。たまーに、天災や人災によって、大恐慌やハイパーインフレなどの不連続な現象があるとはいえ...
景気には、必ず波が生じる。好況であっても、不況の業種が必ず生じる。一時的な流れに無理やり政策を施したり、特定の業種に助成金をバラ撒いたりすれば、経済全体を歪めてしまう。重要なのは、経済危機のような状況を未然に防ぐこと。そのために健康状態を常にモニタし、経済分析を怠るわけにはいかない。

本書は、この積分と微分の特徴に対応させて、静学と動学の観点を導入し、これらを協調させる様子を物語ってくれる。静学的観点では均衡状態を基底にし、動学的観点では、ある均衡状態から別の均衡状態への移行と見なし、比較静学と動学とが矛盾しないばかりか、相性の良さが論じられる。均衡状態からの移行を察知するには、数学的には、基準となる均衡状態から乖離する条件とパラメータを模作することになる。そして、「線型動学的体系」という用語の元で、重畳定理を基本に据えている。
経済理論ってやつは、人間の行動パターンに関して、合理的な経済人とやらを想定しがちだが、ここでは厚生経済学の立場から、その意義をアダム・スミスの道徳哲学に求めたり、均衡状態としてマルサスの人口論に触れながら、最適人口にも言及される。

また、ケインズ体系を単純化して、三つの変数、利子率 x1, 所得 x2, 投資 x3 に対して、三つの方程式、流動性選好 f1, 資本の限界効率 f2, 消費性向 f3 を配置し、符号だけで行列式を記述するだけでも、かなり経済動向が見て取れる。状態移行サインモデルとでも言おうか...

(sign fji) = + - 0
- + -
0 - +

ところで、微分と積分は、見事な対称性をなす。数学的対称性は、直交性として現れ、解析学には欠かせない性質である。
尚、直交性とは、幾何学で言うところの直角を、代数学的に抽象化した概念である。
本書にも、ちょいと顔を出すフーリエ解析にしても、正弦波と余弦波が美しい対称性をなす。数学的対称性があらゆる分析に有効なのは、物理現象を成分で分解し、互いの成分で打ち消す作用があるからである。ある現象を微分したものは積分すれば元に戻るし、積分したものは微分すれば元に戻る。物理現象を記述するのに、微分方程式ほど便利な道具もあるまい。便利だからといって使いやすいわけではないけど。そればかりか、使い方を間違えると大変なことになるけど。
こいつの組み立て方は簡単で、すべての変数を抽出し、各々偏微分した項の総和で記述できる。組み立て方が簡単だからといって、解くのも簡単というわけではないけど。
金融屋が群がるデリバティブ評価で有名なブラック・ショールズ方程式にしても、微分方程式である。

しかしながら、方程式には魔物が棲む。そう呼ばれるだけで、明確な答えが得られると錯覚しちまう。やはり微分には、方向性や傾向を嗅ぎ取るぐらいの役割にとどめておく方が合理的であろう。大局的に眺めるには積分で...
微分方程式の厄介なところは、初期条件と境界条件の見極めの難しさにある。経済理論では、多くの場合、均衡方程式に対して極大値や極小値を仮定する。企業戦略で利潤の最大化を想定したり、生産コストを最小で見積もったり。
その瞬間、瞬間に、最高な解を求めようとするから見誤るリスクも高くなる。幸福度ってやつは、ちょいと幸せぐらいがいい。幸せ過ぎるとツケを払わされることに。均衡状態において、軽いインフレが望ましいのは、そういうことではあるまいか。
金融市場にしても、大きく儲けようとはせず、損しなきゃええや... ぐらいの気持ちで参加する分には、そんなに居心地の悪い場所ではない。
但し、分析では、その瞬間、瞬間で最適化を試みるべし。この機会に自ら構築したポートフォリオと... にらめっこしましょ、笑うと負けよ!

0 コメント:

コメントを投稿