2006-12-23

"成功者の告白" 神田昌典 著

タイトルからして、まず近づかないのだが、なぜか立ち読みしてしまった。
なぜだろう?おいらは潜在意識と闘うのである。きっと本屋の陳列が絶妙だったにちがいない。
とかく成功者の本というのは美化されたものばかりという先入観がある。しかし、本書はダークサイドの話だから読んでしまうのである。
おいらは、人の不幸を楽しむ、お下劣さんである。
ブログネタにするからには買わないわけにはいかないのである。

事業の成功者には、ある負のパターンがあるらしい。
・成功の頂点で大事件に巻き込まれたり、病気や急死。
・成功者として出版した途端、会社の業績が急降下。
・カリスマ経営者の家庭は破綻。夫婦別居で愛人。
・投機で巨額な利益を上げるものの事故や病気で若死に。
このプロローグに誘われてしまったのである。
ベンチャー企業の社長さんは愛人やらラテン系のお姉ちゃんやらが好きである。という話を友達の友達から聞いた。おいらには別世界でカルチャーショックを起こすのである。

本書はフィクションである。主人公が会社からリストラされ、奥さんと子供をかかえて仕方なく独立するという物語である。
おいらもリストラに遭ったようなもんだから気持ちはわかるのである。
あるベンチャー企業に在籍していた。入社1ヶ月もしないうちに、いつかは辞めるだろうと思った。その日以来、机の中に退職願を潜ませ日付を書き込めば即提出できる状態にしていた。結局4年間在籍。当時はそれなりに苦しかったのだろうか?全く思い出せない。おかげでアル中ハイマーになってしまった。

「年収がそんなに高くない人は高そうに見せる。ヒルズ族などはブランドスーツを着込む。年収の高い人は低そうに見せる。年収が高いと面倒なことがある事を知っているからだ。」
おいらの年収は思いっきり低い。しかし、高そうに見せない。高そうに見せる金がないからだ。この時期、年末の寒さと共に虚しさを感じる。ストーブの上でおでんを煮込んで一杯飲む瞬間が幸せなのである。

「今のような激しい時代に、安定するということは会社に依存することではない。安定とは自分で自分の人生を切り開く能力に比例する。」
とは言え、なかなか自分でレールを敷く勇気は持てないものである。
しかし、ビジネスプランを構築できていなくても独立しなければならない場合もある。おいらはこういう追い込まれた状態を少々楽しめるのである。Mなのかもしれない。

「統計的に成功する確率の極めて高いのが既存市場のニッチを狙って起業することだ。会社寿命はかつて60年と言われた。1970年代には30年となり現在では15年。2010年になると10年にまで短命化する。会社や事業の寿命が個人の労働可能寿命よりも短くなることは歴史上初めてのことである。」
このあたりは、ピーター・ドラッカーを引用している。
おいらは、つい最近"初めて読むドラッカー"シリーズを読破したところだ。この感想文も近々本ブログにて公開予定である。

「創造欲は性欲と根源は同じ。男が独身で起業すると社内の女性と結婚する確率が高い。男が世帯持ちだと社内の女性と不倫して、その後結婚するケースもある。」
どっかで聞いたような?きっと気のせいだろう。アル中ハイマーは"フィクション"の意味が理解できないでいる。

「売上を毎年2倍増やす急成長会社でも、堅実に安定させる会社でも創業4年もすると8割方はマネジメント上の問題に直面する。この時期に重要なのは売上ではない。マネジメントチームを作ることだ。」
全く同じことをドラッガーも語っている。マネジメントできない経営者はどんなに売上を上げていても必ず失速すると。
本書で上げているマネジメント上の問題とは、「社員の病欠や遅刻、社員が居つかない、配送上の問題、売掛金の未回収、品質低下、社員のモラルダウン、社員が社長の悪口を言い出す、社員の謀反・脱藩。」

「日本の会社の90%以上が年商10億以下の零細・小企業だ。なぜならば、年商8億ぐらいの会社が、来年は10億と意気込み問題にぶちあたり、逆に売上を下げる。ほとんどの経営者がこのパターンを繰り返す。」
なるほど。このパターンをほとんどの経営者が認識できないということか。

「マネジメント問題が発生すると会議をして統制化を図る。そしてルール化される。そのルールを破るのは、大抵社長である。だいたい社長というのは混乱ばかり招くもので一旦ストップすることを知らない。企業がシステム化しようとするときは邪魔な存在である。起業家と実務家の力が交互に働くサイクルが重要である。」
おいらは、こういう組織が嫌いなので、どこにも所属できないでいる。部下をマネジメントするなんて器量は到底持ち合わせないのである。

本物語では、ちょくちょく相談役として第三者のおやじがバーで登場する。
このおやじ、なかなか味がある。人生を悟っているがごとく。
そして最後に告白するのだ。「家庭が崩壊し娘を死なせたことを」
助言は自分の体験からくるものだったのである。
おいらは、物語で登場するおやじとは全く逆で大した人生経験がない。
にも関わらず夜の社交場で女性の悩みを聞いてあげる。
そして、つい"君に酔ってんだよ!"って口走る。そして金を巻き上げられ学習できないでいる。でも気持ちええ!アル中ハイマーとは、そうした病気なのである。

いよいよ物語の結末だ。
結局主人公は事業に成功、家庭も円満に戻る。
なんだよおー。ハッピーエンドじゃん!盛り上がりに欠けるよなあー。
実際のベンチャー企業の社長さんはこんな比じゃないよ。
濃厚な愛人が登場してくれなくっちゃなあー。酔いが覚めちゃったじゃん。昼メロにしちゃいまいちだよなあ。アル中ハイマーは本書の主旨を理解できないでいる。

本書は「独立して5年間に起こる典型的な出来事を複数の実話をベースにパターン化したものである。」と締めくくっている。
なるほど、すばらしい!フィクションということにすれば、なんでもありなのだ。しかし、本物語はおいらには全く実感できない。なぜならば事業に失敗しているからである。
おいらも独立5周年だ。ブログなんか開設してる場合ではない。
本を書くしかない。「失敗者の告白」。
ざっと、登場人物を見積もってみよう。
・事務所で"ケツが痛え!"と大声で叫ぶおかまのIちゃん。
・こいつと同棲しているO君。
・それを羨む美容師のSと、雑餉のM。
・いつも昼寝ばかりしているYせつ君。
こうして、アル中ハイマーはフィクションと現実の世界をさまようのである。

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