2010-06-06

"プリンキピアを読む" 和田純夫 著

プリンキピアは、全三編で構成される大作で、その正式名称を「自然哲学の数学的原理」という。学生時代、どこぞの図書館で見かけたことがあるが、その分厚さと風格から生涯で一度は読んでみたいと思ってきた。多くの科学書において、偉人の中でもニュートンは別格のように評され、それを実感してみたいから。しかし、この古典は絶版中であり、その入手は難しそうだ。中古でも凄い値がついていて貧乏人には辛い!いずれ図書館を利用したいところだが、とりあえず本書でお茶を濁すことにしよう。

ニュートンは、運動の3法則と万有引力によって、惑星の軌道が楕円であることを証明した。これは、コペルニクス仮説の数学的証明でもある。その証明にケプラーの法則が重要な役割を果たしたことは言うまでもない。天動説と地動説によって科学界が分裂していた時代、その混乱を収束させたのがこの書と言われる。
ニュートン曰く、「プラトンもアリストテレスもわが友なれど、真実こそ、より大いなる友なり」
この言葉は、アリストテレスの言葉「プラトンはわが友なれど、真実こそ、より大いなる友なり」をもじったもので、古代ギリシャ時代から受け継がれてきた体系からの脱却が込められている。
ニュートンが、ガリレオやデカルトに関心を持ったことは間違いないだろう。ちなみに、第2法則はニュートンの運動方程式と呼ばれるが、プリンキピアにはガリレオの発見と記されるそうな。ならば、ガリレオの運動方程式と呼んでもよさそうなものだが。アリストテレス的な思考では、物体の運動はやがて減衰するかのような感覚に見舞われる。つまり、天動説を裏付けるためには、地球の運動が静止しているという理論が必要である。対して、ガリレオは慣性の法則によって運動の永続性を示した。つまり、地動説はもちろん、すべての物体が運動を続けていても、相対的に説明ができれば宇宙は成り立つということである。物体の運動を説明するのに、どんな座標系を持ち込んで定義したところで相対的な観点でしかない。人類は、絶対的な運動も説明できなければ、絶対的な静止の存在すら知らない。そして、永久に絶対的な価値観に到達することはできないだろう。

本書は、「プリンキピア」の意外な面を見せてくれる。それは、デカルト学派をはじめとする渦動説の批判書になっているというのだ。新しい説を証明すれば必然的に古い説を否定することになるのだが、あからさまに批判しているらしい。
渦動説とは、物体の運動は互いに接触し合うことで生じることを前提として、宇宙空間に充満する物質の存在がなければ天体は動かないとする仮説である。これはアリストテレス思想を継承したもので、いずれエーテル仮説を登場させることになる。時代背景からしても、その攻撃対象が天動説と渦動説にあったことがうかがえるのだが、ニュートンの目的はもっと壮大なものと言わざるを得ない。地球は天体の一つに過ぎず、すべての天体運動は数学的に説明できることを示した。それは、人間の主観的直感の地位を引き下げ、数学的客観性の地位を押し上げたと言えるだろう。
この大作には、200もの命題が掲載されるという。それだけでも、堅苦しい難解な書であることが想像できる。本書は、ニュートンの天才振りを実感するためには第一編と第二編の命題を地道に読むのが真髄だという。ただ、ニュートンが主張したかったことは第三編に現れるそうな。多くの読者が、第三編に辿り着く前に数学の難しさで挫折するらしい。そこで、次のように励ましてくれる。
「現代人にとってプリンキアを難解な書物にしている。しかし明確な論理に基づく議論なのだから、一歩ずつ進んでいけばわからないはずはない。」

ここで最も注目したいのは、微積分の概念である。微積分学はライプニッツ以降で開花することになるが、そのアプローチではライプニッツと対立関係にある。ニュートンの特徴は、代数学的な方法ではなく、幾何学的な作図方法が用いられる。この視覚的方法は、数学の入門者にとってありがたい。現在では高校数学のレベルだが、当時、極限の視覚的証明は感動ものだったに違いない。ニュートンが第2法則で、力の定義を質量と加速度の積で示したのはお馴染みである。加速度は速度の変化率であり、つまりは微分である。速度は物体の位置座標の変化率であり、これまた微分である。ニュートンは運動法則に、微積分の概念を埋め込んでいる。考えてみれば、楕円の面積を考察する時に、極限的な求積法を用いるのは自然な発想のように思える。既に導関数を学んでいるから、そう思うのかもしれないが...
楕円方程式は、長半径a、短半径bとすると、次式で表わされる。
x^2 / a^2 + y^2 / b^2 = 1
更に、x方向に x = a sin ωt で運動し、y方向に y = b cos ωt で運動しているとすると、次式が導かれる。
(sin ωt)^2 + (cos ωt)^2 = 1
x = a cos(ωt + θ)としても、楕円であることに変わりはない。つまり、x方向とy方向で三角関数の直交性質を利用しているわけだ。ここには解析学の概念が内包されている。昔、「フーリエ解析」を「楕円解析」や「三角関数解析」と呼んでもいいじゃないかと思ったりもした。周期を持つという意味では、円運動も波動も同じである。そして、モジュロ計算という発想も成り立つ。したがって、酔っ払って目が回るのも、千鳥足でゆらぎながら歩くのも、空間運動としては同列に扱えるはずだ。故に、アル中ハイマーの年齢はモジュロ計算されるのであった。

1. ニュートンは仮説が大嫌い!
ニュートンは、万有引力を中心とした重力理論で物体の運動を示した。しかし、重力の正体については言及を避けている。
ニュートン曰く、「私は仮説を作らない」
この言葉には、エーテルを登場させるような仮説への批判が込められる。後に、重力の正体は、アインシュタインが時空の概念を持ち出して曲率で説明されることになる。
ニュートンは、太陽系の重心から太陽の位置がずれていることを意識したという。それでも、太陽系の中心が動くということは、宇宙の中心が動くことにはならないと考えたらしい。太陽系の重心こそが宇宙の不動の中心であり、太陽自体は太陽系の中で動いていると結論付けたという。彼ほどの偉人ならば、太陽系が宇宙の中心ではないと想像することも容易であっただろうに。ここには、宗教観から脱することができない何かがあったのだろうか?いや!観測できない仮説を排除しただけのことかもしれない。
太陽系の構造を眺めれば、神秘としか言いようがない。太陽を中心とする惑星は、同じ方向に運動していて、それぞれの円周は、ほぼ同一平面上にある。惑星の衛星も、ほぼ同じ平面上で、回転方向も同じ。しかも、それらが相互に衝突しないように絶妙に配置される。宇宙空間は立体的なのだから、わざわざ平面的に仲良く配列されなくてもよさそうなものだが。ニュートンは、他の恒星系も太陽系と同じような体系だとすれば、神の仕業でしか説明できないと語ったという。仮説を持ち出すぐらいなら、すべて神のせいにしちゃえ!ってなもんか。「プリンキピア」は、ニュートン独自の神学を見せてくれるのかもしれない。

2. ニュートンは定数を気にしない!
惑星軌道の近日点と遠日点の移動についても言及しているという。つまり、楕円運動の方向も回転しているということ。惑星は太陽方向からの力を受けており、その力は太陽からの距離の2乗に反比例する。軌道がほぼ楕円というだけでも逆ニ乗則は十分に説得力があるのだが、更にその誤差についても楕円運動の方向が移動することで正確に証明できるという。そして、天体間の向心力を「重力」と名付け、すべての物体がもつ普遍的な性質と見なした。また、重さと質量の違いを明確にしているという。物体の重さとは、地表上でその物体が受ける重力を意味する。質量は、物体の持つ慣性の大きさとなり、つまりは加速されにくさになる。つまり、慣性とは、物体が運動状態を保持しようとする一種の抵抗力である。重さと質量は別物と定義しながら、重さは質量に比例するという重力性質を述べている。そして、万有引力を二つの互いの物体の質量の積で表す。
F = G・m1・m2 / r^2
(F: 万有引力、G: 物体に依存しない定数、m1,m2: 二つの物体の質量、r: 互いの物体の距離)
ちなみに、ニュートンの時代、Gは解明されていなかったらしい。一般的に、ニュートンの定理の表現には、定数を気にしない風潮があるそうな。比例係数なんてどうでもよく、空間の違いによって決定すればいいだけのこと。なるほど、真理へ向かう抽象化のセンスは抜群である。比例係数を明確にしなければならないのは、物理学を実践する場合に限られるのであって、法則としてはあまり意味がないのかもしれない。少なくとも哲学的にはあまり意味がなさそうだ。

3. 天体の重力と形状
地球と月が完全に球対称であれば、地球と月の中心間の距離を考えればいいだろう。天体が完全な球対称ならば、天体のすべての構成要素がその中心に集中していると見なせるだろうし、重力に対して逆二乗則を適用すれば、天体の中心からの距離を考えればよいことになる。この性質は、天体の重力を受ける側にも適用される。
更に、球体が空洞ならば、物体の内部では重力が働かないという定理もある。球面の内部では、どの点においても、球面からの互いの重力が打ち消しあい、合力はゼロになるからである。
では、球面の外部ではどうなるのか?それは、球面の中心へ向かい、中心からの逆二乗則が成り立つという。これも同じように、球面から受ける重力の合力から求まるわけか。
また、電気力も、クーロンの法則により逆二乗則が成り立つ。電荷が一様に分布した球面の内部では、電気力が働かないという原理は、電磁気学でも同じである。
こうしたことを踏まえて、球状ではない天体の重力はどうなるのか?ここで用いられる積分の概念は目から鱗が落ちる。ニュートンが巧みな求積法の創始者であることが実感できるから。彼は地球の形状を解析し、惑星は自転軸方向にわずかに扁平した形になると主張したという。自転の遠心力により、地球は赤道方向に膨らむと考えられるが、当時はまだ解明されていなかった。そこで、自転軸の長さと、垂直方向の直径との比率を計算し、地球表面上の緯度の違いによって重力の変化を考察している。それほど難しい問題ではないのだが、力学の源泉を眺めているようで感動してしまう。
また、潮汐理論についても言及している。当時から、潮の満ち干が月や太陽の影響があることは、なんとなく分かっていたそうな。ニュートンは、万有引力の作用で潮汐現象を説明したが、海水自体にも重力の影響があることが見逃されていて、後に指摘されたという。この天才でもチョンボがあったらしい。

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