2010-06-20

"研究室ですぐに役だつ電子回路" 阿部寛 著

「屁理屈はどうでもよいから、こんなことを実際に測定したいというときに、間違いなく測定できる手法を知りたい。」
これが、本書のコンセプトだそうな。とはいっても、基本的な理屈は知っておかなければなるまい。最小限の理論で役立つ実践的な方法といったところだろうか。そして、伝送系やマイクロ波における回路理論をコンパクトに綴ってくれる。ただ、トランジスタやオペアンプを使った、ちょっとした回路製作を期待していたが、この点ではいまいちか。それも、物性屋からの視点が色濃いからであろう。おいらには、ちょっと違った感覚を味あわせてくれておもしろい。
今宵はなんとなく新人時代を思い出す。最近、新人君と接する機会が多く、失敗談を曝け出すようにしている。ちなみに、新人君を勇気づけるための失敗ネタは、いくらでも提供できる。
主語に「友達の友達は」と付けながら...それって自分のことか?アル中ハイマー病患者に定かな記憶を期待するもんじゃない。武勇伝を重なることは、後に笑いネタにできるからいい。だから、いまだに失敗に快感を覚えるのか?

今では、ほとんどソフトウェア寄りの仕事ばかりで、すっかり回路製作に縁が無くなった。昔は、「回路治具」と呼んでいたが、今でも使われる言葉だろうか?方言かもしれないなぁ。要するに大人のおもちゃである。経験してきた電子回路の仕事といえば、主にデジタル回路に実装するためのアーキテクチャ設計といったところだろうか。おいらにとってアナログ回路は、デジタル回路の実験のための補助的な位置付けにしかない。アナログは物理数学の領域にあり、苦手な分野から逃げ回っていたという経緯がある。とはいっても、システムを安定に動作させるために、安定化電源や確実なリセット動作は必須である。三端子レギュレータを使って、安価な電源回路ぐらいは製作したものだ。システムが複雑化すれば、電源シーケンスを疎かにすると、ラッチアップや過電流の原因ともなる。ちなみに、素子を何度か燃やしたことがあり、先輩から呆れられたものだ。
電池駆動となると些細な工夫が必要になる。電源オフ時にマイコンを動作させて、EEPROMやフラッシュメモリにバックアップさせたい場合は、遮断回路にも気配りする。
デジタル回路はノイズ源でも悪名が高いので、システムの誤動作には肩身が狭い思いもした。
また、実験室では、テスト用の簡易的な周辺回路が重宝する。例えば、振幅や周波数やデューティ比を制御できる発振回路や、モノマルチを使った簡単な信号発生器や、ピーク検出器といったものである。デジタルシステムでは、ビット誤り率を計測するカウンタ回路も便利である。
主に使う知識といえば、差動回路や帰還回路といったところだろうか。ほとんど理論は無視してカットアンドトライで誤魔化していた。差動の対称性が、耐ノイズ性に優れているのはなんとなく感覚で分かる。微小信号でも、双方でスイングすれば伝送系で効果がありそうに感じる。その重要な特性は、外因に対する同相の除去効果である。帰還回路では、負帰還で高精度の信号処理をしたり、正帰還で発振器を作ることができる。
こうしたテスト用回路を、すべて高価な装置に頼ることは非現実的であろう。

パソコンと連携してデータ解析するのは便利である。当時、測定器のI/F仕様は、GPIBやHPIBといったものが主流だった。当時は、I/F仕様は自然に頭に入っていたような気がする。自作ボードとパソコンを接続する時に手軽なのがRS-232Cで、マイコン制御するのにアセンブラで記述しても大して手間がかからない。今では、USBを持った市販ボードや雑誌の付録ボードなどが登場して、随分と手軽になったようだ。しかも、大規模なFPGAが搭載されたボードも登場して、CPUやDSPのソフトウェアコアも体験できる。
おいらの新人時代に、ちょうどプログラマブルデバイスが登場した。ザイリンクスのLCAが登場したのが80年代。PALやGALが登場し、74シリーズで組み上げていた時代には画期的だった。まだ、FPGAなんて言葉すらなかった時代である。1000ゲート規模のLCAにランダムロジックを実装すると、動作周波数3MHzで動かすのも苦労する。しかも、使用効率30%ぐらいまで下げないと動作せず、手探りで分割しながら基板の修正にも追われるなど、メーカー公表値で全く動作しなかったのを覚えている。とても製品に搭載するなんて発想もなく、実験レベルのデバイスとして認識されていた。こうした記憶を掘り起こせば、現在のFPGAの性能の高さは驚異的である。なにしろ、アマチュアでも高機能の回路設計を楽しむことができるのだから。
ところで、どんな学問でも言えるのかもしれないが、プロとアマの境界線がだんだん曖昧になっていくような気がする。情報化が進み、知識を得るのが便利な世の中になればなるほど、アマチュアの中から優れた専門知識が誕生することも珍しくない。プロの能力として差別化するのも大変な時代とも言える。そして、プロ意識を持続することも難しくなろう。悲しいかな!興味のあることにしか反応できないアル中ハイマーは、プロ意識とは永遠に無縁である。

1. 実験環境と心構え
本書は、実験における心構えから語られる。そして、乱雑な環境には研究者の基本姿勢が現れるという。そういえば、新人時代、先輩から整理整頓の大切さを指摘された。ボードの製作では、ノイズを抑えるための配線の美しさというものがある。実際に、乱雑な設計やスパゲッティ配線は、怪しい動作をする。
また、抵抗やコンデサーといった部品素子の在庫をチェックして、不足分を予算化するのは新人社員の仕事である。逆に、便利な部品や、興味のあるICなどを、予算に組み込む特権がある。とはいっても、知識が乏しいので先輩の影響力を強めるのだが...そのうち要領を得て、試したい実験のための部品をこっそりと揃えることができるようになる。そして、ICや部品や測定器のカタログを眺めるだけで楽しくなったものだ。
本書は、予算が豊富にあると、必要以上に高価で高機能な測定器を買おうとする悪弊に陥ると指摘している。なるほど、バブル時代になると予算も通りやすく、下っ端のおいらでさえ、高価な計測器をほぼ占有できた。GHz帯の測定器など、何の研究に使うんだと皮肉られたものだ。当時のマイコンは、8bitが主流で動作周波数もせいぜい10MHzぐらいだから、オーバースペックであったのは間違いない。実験室では、古びた実験机が汚くて買い換えを提案したりもしたが、年季のはいった木製の机にもそれなりに意味があった。スチール製だと電磁波が反射するので、電気的に影響のない材質でなければならない。
また、測定器や装置などの配置も馬鹿にはできない。長時間の実験では、疲れない姿勢を保ちたい。効率的で無駄のない実験室というのが理想であろう。研究所ということもあって、実験環境は空間的にも恵まれていた。実験机も大きく、オシロスコープ、ロジアナ、スペアナ、コンピュータなどが自由に配置できた。しかし、環境が恵まれていると実感したのは転職してからである。人間は、自分が優遇されていることに、気づきにくいものであろう。

2. 材料のインピーダンス
「インピーダンスは、一般に電子回路、電子部品材料の交流の入力に対する応答から定義される量で、交流電圧に対する交流電流の流れにくさを表す量である。直流の電気抵抗は、周波数がゼロのインピーダンスということもできる。」
この言葉は、さりげないようで、インピーダンスの複素特性をうまいこと表現しているように思う。電圧や電流は、現実には実数の量であるが、電圧と電流が絡み合うと位相関係があって厄介となる。もし、回路が線形であれば、複素空間に持ち込んで最終的な量を実数部として扱えばいいだろう。本書は、物質の複素誘電率を求める例から、材料のインピーダンス測定が、物性物理学の理解につながることを匂わせてくれる。しかし、物質のインピーダンスを測定することは現実に難しい。例えば、コンデンサの電場分布では、エッジ効果も考慮しなければならない。インピーダンスの測定といえば、基本中の基本であるが、その奥深さを教えてくれる。位相があるということは、共振する場合もああれば、うまいこと打消し合うように構成することもできる。こうした特性を利用して、様々な回路アイデアが登場する。位相の測定だけでも一苦労と言えよう。そこで、位相測定では、二重平衡ミクサ、矩形波間の遅延時間を測定する方法、掛け算器による位相を検出する方法、サンプリングによる高周波の位相検出が紹介される。昔、位相検出回路を、入力信号のトリガに役立てたりしたものだ。

3. 四端子法
本書は、材料の電気抵抗を測定するのに、四端子法を紹介している。ただ、理論は単純でも、おいらにはあまりない発想なのでメモっておく。プリント基板や配線パターンの設計者は、こうした発想が大切なのだろう。
単純に考えれば、材料の両端に電極を付加して、その電極間を測定すればいいはず。しかし、単に金属を真空蒸着しただけでは、オーミックな電極はできない。ちなみに、オーミックな電極とは、電極にほとんど電圧が印加されず、単に電流の流し口になる電極のことである。電極と材料の間には、複雑なポテンシャル障壁が形成されるので、電圧が障壁近傍に集中し、材料に一様に印加された状態にはならない。半導体ともなれば、小数キャリアの注入が発生したりと厄介である。
そこで、四端子法が多用されるという。まず、電流用の電極を材料に付加し、電極から十分に離れたところに測定用電極を二つ付加する。これはオーミックである必要はないという。つまり、電流用電極から十分に離れているので、奇妙な障壁近辺の現象に影響されることが少ないというわけか。

4. PLL回路
PLL回路は、位相差検出と、電圧制御発信器と、分周器で構成される。これは、テスト入力用の信号発生器で、位相をロックさせたりするのに便利である。おいらのおもちゃにもエントリしていた。
本書は、PLL用ICを使った例を紹介している。そして、発振の振幅制御にはPINダイオードを減衰器として使っている。また、ダイレクトデジタルシンセサイザ(DDS)の選別をしながら、理解していったエピソードも紹介してくれる。矩形波、ノコギリ波などの信号発生器は、ちょっとしたテスト入力用に重宝する。こうした信号発生器とPLLを組み合わせると、簡易的な試験がやりやすくなる。

5. マイクロ波
マイクロ波の帯域では、電磁波にも配慮しなければならない。電磁波の伝播特性は、マクスウェルの方程式によって与えられる。伝送系では、電場と磁場の成分が発生する。電流が流れると、磁場が発生し磁気エネルギーが発生する。回路理論的には磁界というやつか。また、電位差があれば、電場が発生し静電エネルギーが蓄えられる。つまり、伝送線路は、直列インダクタンスと並列容量による梯子型の等価回路をモデルとして扱うことができるというわけだ。そして、いかに損失のない伝送路にするかが問題となる。平たく言えば、インピーダンスに対する反射の現象で、うまくマッチングさせればいい。
本書は、伝送路に定在波が形成されるケースで、負荷インピーダンスを決定する様子が簡単に説明される。また、マイクロ波を解析する時に有効なスミス図表のちょっとした使い方も紹介してくれる。

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