2016-10-23

"ロシア皇帝の密約" Jeffrey H. Archer 著

本棚の奥底から出土された考古学的発見から、さらにもう一冊。読んだ記憶がまったくないということが、いかに幸せであるか!なんでも新鮮に感じられることこそ、アル中ハイマー病患者の真骨頂!それは、学生時代から進歩がない証でもある...

この物語は、「ケインとアベル」や「めざせダウニング街10番地」といった財界や政界のサクセスストーリーから一転し、むしろ処女作「百万ドルをとり返せ!」に近い冒険活劇。平凡な一市民がふとした事から陰謀に巻き込まれ、次々に迫る偶発的な危機に翻弄される。なぜ俺が?そう、巻き込まれ型スパイ小説ってやつだ。素人の行動パターンがプロを撹乱するが、単純なミスによって結局はチャラ... これもよくあるシナリオ。
ジェフリー・アーチャーは、スキャンダル沙汰で一旦政界を退くが、1985年、サッチャー首相によって保守党副幹事長に抜擢された。この作品は浪人中に執筆されたものであり、いわば原点に立ち返った作品と言えよう。
陰謀の渦巻く世界では、知りすぎたために命を縮める。無知でいることが、いかに幸せであるか!推理小説ってやつは、そんな無知な酔っぱらいを退屈病から救済し、おまけに、麻薬のごとく病みつきにさせやがる...

1. 帝政ロシアとアメリカの条約とは...
1867年、帝政ロシア外相エドワルド・デ・シュテックルとアメリカ国務長官ウィリアム・シュワードとの間で協定が結ばれた。アラスカ購入と噂される条約である。やがて訪れる革命の機運。ボリシェヴィキの台頭によって皇帝一家の運命は決まった... ここまでは歴史的事実である。
さて、物語は...
皇帝ニコライ2世は条約書をある名画の裏に隠して西側へ送り、家族と自身の安全を図ろうとした。実は、条約には買い戻しの条項があったとさ。ニコライ2世は、命乞いのために、あらゆるハッタリをかましたという説があるが、真相は知らん。
「皇帝が命とひきかえにレーニンになにを約束したか知っているかね...」
ある名画とは、聖ジョージの竜退治を描いた「皇帝のイコン」。この美術品は、数日間宮廷から消えたという召使の証言がある。それは、1915年、ヘッセン大公エルンスト・ルートヴィヒの訪問後のこと。ちょうどドイツとロシアは戦争の最中、そんな時期にヘッセン大公がわざわざロシアへ何をしに来たのか?巧妙な推理小説には、しつこいほどの前戯が欠かせない...

2. 「皇帝のイコン」の行方は...
1966年、元英陸軍スコット大尉は、死んだ父から名画「皇帝のイコン」をスイス銀行に遺された。なぜ、スコットの父親がこの名画を受け継いだのか?スコットの父親も軍人で、第二次大戦後のニュルンベルク裁判でナチス上級戦犯の警護隊の指揮官に任じられた。息子への手紙には、ヘス、デーニッツ、シュペーアらを寛大に扱う一方で、ゲーリングには反感を覚えたことが綴られる。処刑前夜、ゲーリングは私的な面会を申し入れ、手紙を託したという。手紙には絵画を贈与する旨が...
ヨーロッパ中の美術品を漁りまくったことで悪名高いゲーリング。彼は青酸カリのカプセルを飲んで自殺した。絞首刑に処せられるべき人物が、人前でその死を晒すべき人物が...
毒物の入手経路は?最後に面会したスコットの父親が疑われ、無実の汚名を背負って生きてきた。この絵画にどんな重大な意味が隠されているかを、スコットは知らない。おそらくゲーリングも知らなかっただろう。知っていれば、身の安全を図るために西側と交渉する武器となるのだから...

3. KGB と CIA の追跡
ソ連では、ブレジネフ書記長が「皇帝のイコン」が偽物であることを見つけ、本物には重大な条文が隠されていた可能性に気づく。そして、KGB に奪還を命じる。本物の流れた経路は、ヘッセン大公からナチスか...
戦後、発見された多くの絵画は本来の所有者に返還されたが、まだ行方不明のものが相当数ある。国家が危機にあれば、事態をいち早く知る政治家が資金を海外に逃避させるのは常套手段。そして、人目に晒したくない財産は中立国にあるスイス銀行を経由する。おそらく、ここに世界中の大多数の国家が頼みにできるほどの個人資産が眠っていることだろう。
尚、現在スイス当局は、マネーロンダリング防止法により、疑わしいと思われる資産すべてに報告の義務を課すなどして、取り締まりを強化している。それは、あらゆる国家でも同様に、出入りする資金を厳重に監視しているはずだ。とはいえ、いまだ隠れ蓑としての中立国の存在は大きい。
KGB情報部のロマノフ少佐は、スイス銀行に眠ったままの可能性を探った。しかし、一足先に絵画はスコットが回収していた。そして、スイスからイギリスへ帰還するまでのスコットの逃亡劇が始まるわけだが、なぜかこの事態にアメリカが気づく。誰かが情報をリークしているに違いない。KGB と CIA にスイス警察やフランス警察が介入し、誰が敵で誰が味方やら?
頼みは、RPO(ロイヤル・フィルハーモニー オーケストラ)のコントラバス奏者の女性ロビン・ベレズフォードが、ひょんなことから手助けしてくれること。スコットは、RPOのチャータするバスに乗り込んで国境を目指すのだった...

4. 重要なキーワードとは?
スコットは「皇帝のイコン」という絵画ごときで、なぜ二大大国に追われるのか納得がいかない。絵画をよく調べてみると、フランス語で書かれた機密文書らしきものが隠されている。フランス語に疎いスコットだが、単語を一つ一つ丹念に調べると、どうやら 1867年の条約書らしい。目につく文字は... 1966年6月20日... 720万ドル... 7億1280万ドル... そして重要なキーワードは...
「やがてフランス語でも英語でも綴りが同じ一つの単語のところで目の動きが止まった。」
その頃、ホワイトハウスでは、ジョンソン大統領がつぶやく。
「アメリカ合衆国の一州を返還する史上初の呪われた大統領になるのはまっぴらだな。」
今日は、1966年6月17日。この文書が、三日後に効力を失うとしたら。しかも、同じジョンソンが絡んでやがる。1867年にアンドリュー・ジョンソンがロシアから買った土地を、1966年にリンドン・ジョンソンが売って返さなければならない。
ところで、なぜこんな馬鹿げた条件に同意したのか?土地購入価格が720万ドルで、インフレは事実上まだ知られていなかった。当時の政治家は、売った価格の99倍、すなわち、7億1280万ドルで買い戻すことができるとは微塵も考えていない。インフレにかかれば、百年の価値をも覆すのだ。
ソ連にしてみれば血を流さずに、アメリカの早期警戒システムを無力化できるばかりか、ソ連の短距離ミサイル基地に変えるチャンスが転がってきたのだ。二大大国が目の色を変えるのも頷ける。
尚、本物語には、肝心なキーワードがどこにも見当たらない。まぁ、仏語でも英語でも綴りが同じというだけで、それが地名であろうことは、すぐに察しがつくのだけど、はっきり言ってくれないと眠れそうにない...

5. ロマノフの運命とスコットの気晴らし...
スコットは、ルーブル美術館に絵画を隠した直後に、フランス警察に保護される。そして、ユニオンジャックのはためく大使館のジャガーに乗せられ安堵するが、よく見ると愕然!1801年、グレートブリテン及びアイルランド連合王国となってからのユニオンジャックは左右対称ではない。イギリス政府の車なら間違った向きにつけるわけがない。スコットは理解した。KGBに捕らえられたことを。
ロマノフは、父親の名誉を回復するための証拠がソ連側にあると言って、取引を持ち出すが、スコットは拒否。そして、十分に恐怖を匂わせながら、激しく拷問にかける。
「拷問は大昔からの名誉ある職業だ... 性行為と同じく拷問においても前戯は最も重要な要素だ...」
だが、スコットは隙を見て脱出に成功。絵画を回収してダンケルク経由でドーヴァー海峡を渡り、無事イギリスへ帰還する。それを知ったブレジネフは、KGB議長に対してあからさまな不興を示す。
そもそも「皇帝のイコン」が偽物だということをレーニンが気づいてさえいたら。都合の悪いことは、すべて死者のせいにするのがロシアの伝統芸か。だが、レーニンは批評を超越した存在で、生きている者の中からスケープゴートを見つけることになる。
ただ、物語はこれでは終われない。スコットは、ついにロマノフを葬る方法を思いつく。ソ連大使館に連絡し、取引を持ち出す。本物と偽物を交換したいと。父の潔白を証明する文書も一緒に。そして、取引は成立し、ロマノフは本物の回収に成功。だが、彼は「皇帝のイコン」の持つ本当の意味を知らなかった。真相を知った途端に命が危うくなるのが、スパイの宿命!
一方、スコットは、ゲーリングの独房に毒薬を持ち込んだのが父親ではなかったことを知って御満悦!とはいえ、世間に公表できる代物ではない。内閣文書が解禁となる1996年まで待てば、真相は明らかにされるだろうか?

0 コメント:

コメントを投稿