2012-10-28

"幾何学入門(上/下)" H. S. M. Coxeter 著

マンデルブロは、著書「フラクタル幾何学」の中で自己アフィン性について熱く語ってくれた。次は、基本に戻ってハロルド・スコット・マクドナルド・コクセターに挑戦してみる。しかし、これが入門書とは...手強い!
本書は、ユークリッド幾何学から、アフィン幾何学、射影幾何学、位相幾何学(トポロジー)、そして、四次元幾何学すなわち多胞体までを概観してくれる。20世紀になると代数学や解析学の発達により、幾何学は補助的な地位に追いやられた。コクセターは、幾何学の名誉回復の趣旨で、この書を記したという。そして、古典への回帰とその重要性を仄めかす。
「本書全体の流れる統一的な筋は、変換群の思想、一言でいえば、シンメトリー(対称性)である。」

幾何学の歴史には、ユークリッド原論の第五公準をめぐっての攻防がある。それは平行線公理と呼ばれ、五つの公準の中で、こいつだけが明らかに異質だ。ここに、ユークリッドは非ユークリッド幾何学の可能性を示唆していたと想像するのは、考え過ぎだろうか...などと発言すると学生時代に笑われたものである。
ここでは、第五公準を境界にして、アフィン幾何学と絶対幾何学とで区別される。アフィン幾何学とは、第五公準を崇める立場にあり、ひたすら平行移動で変換系を構築しようとするもの。逆に言えば、第三公準や第四公準で示される円や角といった概念を無視する。いや、疎かにするぐらいか。対して、絶対幾何学とは、最初の四つの公準だけに依拠する立場にあり、平行性の概念を無視するもの。こちらは完全無視か。いずれも非ユークリッド幾何学に位置づけられるが、どちらが抽象度が高いかは知らん。アフィン幾何学は、特殊相対性理論で適用したミンコフスキーの時空にも成り立つという。幾何学的操作の基本には鏡映、回転、併進があり、線対称や点対称といった対称性の原理に見舞われる。そして、ベクトルが強力な道具となる。

「ベクトルと平行移動とは、呼び名はちがっているが、事実上は同じものである。」...ヘルマン・ワイル

図形を分割して順序に着目すると、そこに連続性のなんたるかが見えてくる。分割単位を無限小にすれば微分に結びつく。
「ふつうに行われている平行の概念は、少し拡張して、2直線は共通点をもたないか、2点以上を共通するとき平行としておく方が何かとつごうがよい。」
連続の公理については様々な記述があろうが、一つはコーシー点列が極限を持つということは言えそうか。となると、ユークリッド幾何学の多くの命題はアフィン幾何学に属すのだろう。ただ、絶対幾何学と名付けるからには、こちらの方が高尚さを匂わせる。なんとなく聖書にも通じそうなネーミングだから。トポロジーのドーナツとコーヒーカップが同じ形だなんて宇宙人の発想としか思えないし、射影幾何学にしても透視図法(いわゆる遠近法)やケプラーの無限遠点は芸術の視点だ。デザルグの定理に関する記述は、まさに芸術家の眼を物語る。
「2つの三角形が1点を中心として配景的なら、それは直線と軸としても配景的であり、また逆に、直線として配景的なら、点を中心としても配景的である。」
しかし、いくら非ユークリッドを主張したところで、双方ともユークリッドの部分幾何学であることに変わりはない。物理空間であろうと、精神空間であろうと、どんなに空間概念が進化しようとも、ユークリッドの亡霊からは逃れられない。やはり、ユークリッドの作品と後世に渡って構築されてきた完璧な証明群は、人類最高の記念碑と言わねばなるまい。

「数学は真理であるばかりでなく、最上の美でもある。数学は、ちょうど彫刻のそれのように、冷たく厳しい美であって、われわれの弱点をひきつけることは絶対ない。数学は、この上なく純粋で、最高の芸術のみが示しうるあの強固な完璧さに達することができる。」...バートランド・ラッセル

解析幾何学で、絶対に欠かせないのが座標の概念である。おかげで、方程式が導入でき、あらゆる変換系が説明できる。行列式は一段と輝きを放ち、三角関数もまた生きるというもの。方程式を単純化して事物の本質に迫ろうとすれば、座標系の方に手を加えることだってできるし、幾何学的な形そのものが座標系になることだってできる。円錐曲線の性質は、放物線を特別な形状空間に幽閉する。まさに相対的な認識能力しか持てない人間の技である。座標系を勝手にいじるなんて、絶対座標系を持った神には思いつきもしないだろう。
「解析幾何学というのは、n 次元の空間の点を、座標という n 個の順序のついた数の組で表わす方法であるといってよい。」
精神空間が歪んでいれば、真っ直ぐなものも曲がって見えるだろうし、曲がったものが真っ直ぐに見えることもあろう。実際そういう言い方をする。心が曲がっているなどと。数学は直線を好むが、芸術心は曲線美を好む。美を競う女体は至る所に曲線を魅せつけ、女どもはくびれ作りに執心だ。男どもは男どもで右曲がりのダンディズムを目指す。精神空間に曲率があるとしたら、心が曲がっている方が正常なのかもしれん。そして、精神になんとなく角度があることを感じながら、三角形に憑かれる。ピタゴラスの定理やヘロンの公式を眺めるだけで落ち着くのは、三角形に心のふるさとを感じるからであろうか?二体問題は完璧に解けるのに、三体問題になると途端に解けない。だが、人は皆、複雑で退屈しない空間がお好き。だから、三角関係や三面記事を好むのか?やはり心が曲がってそうだ。
非ユークリッド空間に馴染めば、2平面が交わっても直線を共有しないことがあると言われても、まごつくことはないだろう。しかし、主観には様々な曲率が混在しているように思える。曲率の違った空間を複合して精神空間を形成すれば、それは何幾何学と呼ばれるのだろうか?多重人格の正体は、多重曲率空間であったか...

「わたくしは、自分が世間の眼にどう映っているかは知らない。けれども自分自身としては、海辺にあそんでいて、時折ふつうよりもなめらかな石や美しい貝をみつけて楽しんでいる子供にすぎないのではないかと思われる。しかも真理の大洋はまるで未知のままに、わたくしの眼前によこたわっている。」...アイザック・ニュートン

本書の話題は、目が回るほど豊富だ。定規とコンパスで作図できる条件とフェルマー素数の関係、等長変換と相似変換、結晶格子学、黄金分割と葉序、テンソル記法とクリストッフェル記号、デュパンの標形、デザルクの定理、完全6点列、有限回転群とプラトン立体の関係、四色問題と六色定理、オイラーの多面体定理とヒーウッドの定理、多胞体とシュレーフリの公式など...難解ではあるが、眺めているだけでなんとなく癒される。こういう感覚になれるのは...真理の偉大さがそうさせるのか?やはり真理とは、人をMにするものらしい。

1. 完全6点列と調和点列
射影幾何学の最も美しい特質の一つは、双対原理であるという。射影平面上の定理では、「点」と「直線」という語を入れ替えても、定理が依然として成り立つというから驚きだ。共線変換では、直線を直線に、点列を点列に、線束を線束に、完全四角形を完全四角形に変換する。相反変換では、点を直線に、直線を点に、点列を線束に、完全四角形を完全四辺形に変換する。
尚、完全四角形とは、平面上の4つの任意の点を2点ずつ2組に分ける組み合わせは3通りあり、これらの点を結ぶと6本の直線が引け、その4点と6直線とでできる図形である。完全四辺形とは、平面上に4本の直線があり、どの2本も平行ではなく、どの3本も共通の交点をもたない場合、直線どうしの6個の交点からなる図形である。
「完全四角形の2組の対辺がそれぞれ垂直ならば、残りの1組の対辺も垂直である。」
また、無限遠点が特別な役割を果たさないという事実を強調するために、重心座標を放棄するという。具体的には、完全6点列が調和点列になる特殊な例を紹介してくれる。完全6点列とは、完全四角形の6直線を、その頂点を通らない任意の直線で切ってできる図形のことで、6点列が特殊な場合において調和点列をなすという。ちなみに、調和点列では、任意の点 A, B, C, D が直線上にある時、AB : BC = AD : DC の関係になる。
完全6点列の各点は、残りの5つの点から一意的に定まるわけだ。任意の点を直線上以外に選び作図していく様を眺めれば、調和点列は定規だけで作図できることが見えてくる。そして、調和点列を射影座標と見ることもでき、二次元空間を一次元空間に投射していると解することもできる。

射影幾何学の基本定理:
「射影変換は、1つの点列の中の3点と、他の点列の中のそれに対応する3点を指定すれば、一意的に定まる。」

2. 有限回転群と無境界仮説
回転とは、例えば集合 (a, b, c, d, e, f) において、a と b を交換し、 c を d に、d を e に、f はそのままといった変換をする。要するに部分的な巡回置換だ。こうした巡回群を、幾何学的に解釈するとどうなるか?例えば、正三角形を一辺について対称変換を行い、この操作を繰り返せば、正四面体が形成される。このような回転群は必然的に円軌道を描くだろう。しかも有限回に閉じられるはず。なるほど、有限回転群と巡回群は同型の群と見なすこともできそうか。次の記述が、五つのプラトン立体に通ずるのは言うまでもない。

「3次元の有限回転群は、巡回群 Cp(p = 1, 2, 3, ...)、二面体群 Dp(p = 2, 3, ...)、
四面体群 A4、八面体群 S4、20面体群 A5 にかぎる。」

ところで、有限回転群に支配された空間とは、どんな世界であろうか?1点を通るすべての直線が一巡して元へ戻るように、1直線上の点の集合は閉じている。有限の平面に閉じられる点が、直線上を永遠に進めば、元の位置に戻る。すると、回転群をどんどん細かく分割していき、無限集合に拡張しようとすると、直線はやがて曲率を持ち始め、ついには円になるということであろうか?距離の変換によって、直線は円に近づき無限遠となって極限は消滅する。数学的に言えば、集積点が消滅する。第五公準を仮定しなければ、永遠に円の中に幽閉されるではないか。これが宇宙の無境界仮説の正体なのか?んー...そうだと勝手に解釈しても、今度は曲率が負になる空間が説明できない。曲率が負になる空間を、単純に曲率が正の宇宙の外側の空間とすればいいのか?だとすると、宇宙の外側の空間では、二度と同じ位置に戻れないということか?そうかもしれん。これが時間の正体なのか?だから、人はいつも心の外で後悔し続ける。これを客観性と言うのかは知らん。人間が思考するとは、ハムスターが回し車の中で永遠に走っているような状態を言うのかもしれん。

3. テンソル記法とクリストッフェル記号
「有名なリッチの記法を導入しよう。この記法は意味深くもあり経済的である。この助けがなかったとしたら、一般相対論を定式化することはおそらく不可能であったろう。」
テンソルは、多次元の行列として表現できる便利な道具で、線形性を扱う時に病みつきとなる。例えば、ベクトル空間の基底 r1, r2, r3 に対して、双対基底 r1, r2, r3 を用いると、次のように表せる。

  rα・rβ = δαβ

δは、クロネッカーのデルタとして知られる。ただし、αとβは、単なる添字にすぎない。この記法を幾何学に持ち込むと、r1 は、平面 r2r3 に垂直で、長さは、r1・r1 = 1 となる。r2 や r3 についても同様。また、共変テンソル gαβ = rα・rβ と、反変テンソル gαβ = rα・rβ という二つの対称行列の積は単位行列となる。
そして、クロネッカーのデルタと似た交代記号を紹介してくれる。交代エプシロンとかいうもので、なかなか便利そうな形をしている。

  εαβγ = εαβγ = 1/2(β - γ)(γ - α)(α - β)

さらに、クリストッフェル記号を見せられると、ある種の巡回群が見えてくる。

  第一種クリストッフェル記号: Γij,k = 1/2{ (gjk)i + (gik)j - (gij)k }

これが測地線の大定理として紹介されると、精神空間もテンソル記法でモデリングできるのではないかと思えてくる。

4. デュパンの標形とオイラーの公式
デュパンの標形が、曲面率を与えるオイラーの公式になるプロセスは感動モノだ。

デュパンの定理:
「たがいに直交する3つの曲面系では、そのうちの1系の曲面上の曲率線は、かならず2つの系の曲面の交わりになっている。」

リューヴィルの定理:「すべての等角変換は球を球に移す。」

曲面がモンジュの形 z = F(x, y) で与えられると、導関数は次のようになる。

  z1 = ∂z/∂x, z2 = ∂z/∂y, z11 = ∂2z/∂x2, z12 = ∂2z/∂x∂y, z22 = ∂2z/∂y2

そして、マクローリン展開すると、次のようになるという。

  z = z(0, 0) + z1x + z2y + 1/2(z11x2 + 2z12xy + z22y2) + 1/6(z111x3 + ...) + ...
     = 1/2(b11 x2 + 2 b12xy + b22y2)

この平行平面の切り口は円錐曲線の形になっている。デュパンの標形とは次のようなもので、これと相似になるということらしい。

  b11 x2 + 2 b12xy + b22 y2 = ±1

また、標形上で任意の方向での動径の長さは、この方向での法曲率半径の平方根に等しいという。原点からのベクトル r(x, y, z) において、法曲率 k とすると、次の関係が得られるという。

  r = 1 / √|k|

これを極座標系に変換すると、曲面率を与えるオイラーの公式になる。

  k = k(1) cos2 θ + k(2) sin2 θ

5. オイラーの多面体定理とヒーウッドの定理

  V - E + F = 2 (V:頂点の数, E:辺の数, F:面の数)

これがオイラーの多面体定理である。任意のコンパクトな曲面上に対して成り立つ公式に拡張すると、次のようになるという。

  V - E + F = χ ≦ 2

χをオイラー - ポアンカレの標数と呼ぶそうな。
また、ヒーウッドの定理は、任意の曲面を塗り分けるのに十分な色数を規定する。
「種数 χ < 2 の曲面上の地図を塗り分けるには、高々 N 色で十分である。」

  N = {7 + √(49 - 24χ)} / 2

ここで種数について議論され、種数 p において次式が成り立つという。

  χ = V - E + F = 2 - 2p

尚、球面は種数0、円環面(トーラス)は種数1の閉曲面となり、この場合の種数は穴の数ということになろうか。ただ、ヒーウッドの公式は、以下の形の方をよく目にする。

  N = {7 + √(1 + 48p} / 2

6. 正多面体と正多胞体
正多胞体とは、3次元の正多面体すなわちプラトン立体を四次元に拡張したものである。正多面体は、正四面体、正六面体、正八面体、正十二面体、正二十面体の5種類ある。一方、正多胞体は、正五胞体、正八胞体、正十六胞体、正二十四胞体、正百二十胞体、正六百胞体の6種類ある。これらをシュレーフリ記号で表すと、次のようになる。
尚、シュレーフリ記号は、構成面の正 p 角形、各頂点に集まる面数 q とした時、4次元では {p, q} を胞(セル)と呼び、一辺に集まる胞数 r とすると、{p, q, r} の形で表す。


シュレーフリ記号V, E, F
正四面体{3,3}4,6,4
正四面体(立方体){4,3}8,12,6
正八面体{3,4}6,12,8
正12面体{5,3}20,30,12
正20面体{3,5}12,30,20
  (V:頂点の数, E:辺の数, F:面の数)


シュレーフリ記号N0, N1, N2, N3
正五胞体{3,3,3}5,10,10,5
正八胞体{4,3,3}16,32,24,8
正16胞体{3,3,4}8,24,32,16
正24胞体{3,4,3}24,96,96,24
正120胞体{5,3,3}600,1200,720,120
正600胞体{3,3,5}120,720,1200,600
  (N0:頂点の数, N1:辺の数, N2:面の数, N3:胞の数)

こうして頂点や辺や面や胞の数を眺めるだけで、対称性の原理に秘められた真理の数なるものの存在を予感させる。「万物は数である」と信じても不思議はないか。やはり、幾何学は宗教であったか。

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