この書からは、神々と人間の祖先の系統、あるいはヘラス(ギリシア)各地の地名、河川、山、海の命名由来などを辿ることができる。だが、様々な諸説が絡み合うこともあって、その関連をまともに把握できる人はごく稀であろう。いかにもギリシア的で、論理的に説明しようとする努力は認めよう。だが、矛盾らしきものも目立ち、非常に読み辛い。それが逆に推理小説風でおもろい。こりゃ仕事にならん!読書の秋だねぇ~
訳者高津春繁氏によると、従来日本に紹介されるギリシア神話は、ヘレニズム時代の感傷主義の影響を受けた甘美の物語が多いという。特に、古代ローマ時代の詩人オウィディウスの愛の物語の影響が強いらしい。対して、本書の神話は、純粋に古代ギリシアの著述を典拠したギリシア神話の原典と言われる。また、ローマ神話の伝説を、故意的に無視しているという。例えば、アイネイアスの記述では、ローマ人があれほど苦心してトロイアの系譜に自己の祖先を結びつけたにもかかわらず、そのことに一切触れていない。アポロドーロスが、古代ローマ最盛期の人だとすれば、これは驚くべきことかもしれない。情熱的に語られる風潮を無視しながら、純粋に過去の伝説を典拠したという点では、文学的というよりも歴史学的に意義深いのであろう。矛盾する伝説をそのまま記述しているところも、異なる説が乱雑していたことを示している。アポロドーロスは歴史家なのか?権威や評判にあまり関心を持たなかったのかもしれない。
本物語は、まずカオスから生じる宇宙創生時代から始まり、ウーラノス(天空)、息子クロノス、孫ゼウスの三代に渡って王位が継承され、ついに、混沌とした世界から主神ゼウスの下で秩序ある世界が形成される。そして、神々はギリシア人の祖先たちをこしらえ、神々のひいきする人間たちの活躍を物語る。そこには、ペルセウスの怪物ゴルゴーン退治、ヘーラクレース伝説、アテーナイの伝説の王テーセウスなどの活躍があり、更にトロイア戦争を経て、智謀の勇士オデュセウス伝説までが綴られる。そして、物語全般において、雷オヤジのゼウスの気まぐれが重要な場面でかかわってくる。まさしく「俺が法律だ!」の世界だ。ゼウスは、神という特権的能力を発揮しながら、いかにも少女の喜びそうな馴れ親しい動物などに姿を変じ、気に入った女性に近づき交わりまくる。嫁さんに浮気がばれないように苦労しながら、お茶目な姿を曝け出すゼウス、節操のない全能者よ!おまけに、交わった女性とその子らは、ことごとくゼウスの妻ヘーラーの嫉妬の餌食となり禍いを背負う運命にある。なるほど、人間にとって神々は禍いの存在というわけか。現在でも、小悪魔という女神に化けた存在があるわけだが...どうやら秩序ある世界とは、ハーレムのことらしい。
さて、断片的ではあるが、ちょいと興味を惹いたところを記述してみよう。すべての系統を結び付け、その流れを矛盾なく記述するのは、アル中ハイマーの能力では不可能であるからして。
尚、宇宙創生時代は、ヘシオドスの「神統記」で語られる系譜と重なり、トロイア戦争以降は、ホメロスの「イリアス」や「オデュッセイア」とほとんど重複するので、軽く読み流した。多少、違う説も紹介されるのだが...
1. 宇宙創生時代とヘシオドスの「神統記」との違い
最初、ウーラノス(天空)が全世界を支配した。ウーラノスはガイア(大地)を娶り、ヘカトンケイル(百手巨人)たちと、キュクロープス(単眼の巨人)たちが生まれた。だが、ウーラノスは自分の子らを縛ってタルタロス(冥界)に幽閉した。ちなみに、「神統記」によると、この子供らは片っ端からガイアの腹中に閉じ込められたとされる。
ガイアは、ティーターン(タイタン)と呼ばれる息子たちとティーターニスと呼ばれる娘たちを生んだ。ここではティーターン族を男子6人と女子7人で分類され、女子にはディオーネーが加えられ、計13神となっている。また、アプロディーテーはディオーネーが生んだとしているが、「神統記」ではクロノスの男根から生まれたされる。
ガイアは、タルタロスに幽閉された子供たちを心配して、ティーターンたちに父ウーラノスを襲うように説き、ティーターンの末弟クロノスに金剛の斧を与え、生殖器を切り落とさせた。かくして、タルタロスに幽閉された子供らは解放され、クロノスが王位についた。しかし、クロノスは、再び兄弟たちをタルタロスに幽閉し、姉妹のレアーを妻とした。また、ガイアとウーラノスが、クロノスの子によって王位が奪われるであろうと予言したので、クロノスは生まれくる子供らを片っ端から呑みこんだ。これに怒ったレアーは、ゼウスを孕んだ時クレータへ赴き、ディクテーの洞窟でゼウスを生む。そして、ゼウスの身代わりに大石に産衣を着せて渡すと、クロノスはその石を呑み込んだ。
ゼウスが成年に達すると、オーケアノス(大洋)の娘メーティス(智)を協力者とした。メーティスはクロノスに薬を飲むように与えると、呑みこんだ子供らを吐き出した。ちなみに、「神統記」では、メーティスの協力は言及されていない。
助け出されたゼウスの兄弟たちは、クロノス率いるティーターンたちと戦争をする。戦争が10年になろうとする時、ガイアはタルタロスに幽閉された者たちを味方にすれば勝利するだろうと予言を与えた。そのとおりに味方にすると、キュクロープスはゼウスに雷光と雷電を与える。戦争に勝利すると、ゼウスはティーターンたちをタルタロスに幽閉した。そして、ヘカトンケイルを牢番とし、ゼウス自身に天空を、ポセイドーンに海洋を、プルートーンに冥府の支配権を割り当てた。
ガイアは、タルタロスに幽閉された我が子ティーターンたちのためにギガース(巨人)たちを生んだ。ギガース(Gigas)は、ジャイアント(giant)の語源でもあるようだ。ちなみに、「神統記」では、ギガースは切り取ったウラノスの男根の血から生まれたことになっている。また、ギガースとの戦い(ギガントマキア)は、「神統記」では言及されていない。
ギガースたちは神々によっては滅ぼせないが、人間が味方になれば退治できるという予言があった。ガイアは、人間の手によっても滅ぼせないような薬草を求めていた。だが、ゼウスは先を制してアテーナーを通じて人間の英雄ヘーラクレースを味方にして勝利した。
次に、ガイアはタンタルスと交わって半人半獣テューポーンを生んだ。これは、ガイアが生んだ最大の怪物で、百の竜の頭を持ち、頭はしばしば天の星を摩り、眼からは火を放つ。オリュンポスの神々は、テューポーンが天に向って突進してくるのを見ると、姿を動物に変えてエジプトへ逃げ延びた。ゼウスは雷光で応戦し、イタリアのシシリーに追い詰め、エトナ山に怪物を投げつけた。それ以来、エトナ山は火山になったという。
2. ギリシア人の祖先ヘレーンの誕生
「神統記」では、最初にゼウスの新政権に敵対したのは、イアペトス家であったとしている。本書にも、同じようにイアペトス家のプロメーテウス伝説と女の誕生が語られるのだが、ただ、最初の人間はプロメーテウスが水と土で創ったとしている。
プロメーテウスの弟エピメーテウスは、ゼウスが禍いのために人間世界に送り込んだ最初の女パンドーラーを娶り、娘ピュラーが生まれた。プロメーテウスの一子デウカリオーンは、ピュラーを娶った。ゼウスが「青銅時代」の人間を滅ぼそうとした時、デウカリオーンはプロメーテウスの助言で箱舟を建造し、妻ピュラーとともに乗り込んだ。ゼウスは大雨を降らしヘラスの大部分の地を洪水で覆い、高山に逃れた少数の者を除いて人間どもを滅ぼした。デウカリオーンは九日間箱舟で海上を漂いパルナーッソスに流れ着いた。雨がやむと、箱舟から降りてゼウスに犠牲を捧げた。ゼウスはヘルメースを遣わして、何でも望みのものを選ぶようにと言った。デウカリオーンは人間が生じることを選び、妻ピュラーはヘレーンを生んだ。ちなみに、ヘレーンの父はゼウスという説もあるらしい。
続いて、後にアッティカ王となったアムピクテュオーン、娘プロートゲネイアが生まれた。ヘレーンは山のニムフ(精霊)オルセーイスを妻として、ドーロス、クスートス、アイオロスが生まれた。ヘレーンは子供たちに自分の名前をとってヘレーン(ギリシア人)と名付け、その地を分配した。クスートスはペロポネーソスを得て、エレクテウスの娘クレウーサを妻として、二人の息子アカイオスとイオーンが生まれた。二人はそれぞれアカイア人とイオーニア人の祖とされる。ドーロスはペロポネーソス対岸の地を得て、住民をドーリス人と名付けた。アイオロスはテッサリアーを中心とする周辺の地を得て、住民にアイオリス人と名付けた。
3. イーナコスの後裔と牝牛にされたイーオー
オーケアノスとテーテュースの間にアルゴスにある河イーナコスに名を与えたイーナコスが生まれた。イーナコスは、オーケアノスの娘メアリーを娶り、息子ポローネウスとアイギアレウスが生まれた。アイギアレウスは子供がなくて死に、その地はアイギアレイアと呼ばれた。ポローネウスは、後にペロポネーソス全土を支配して、ニムフ(精霊)テーレディケーとの間にアーピスとニオベーを生んだ。アーピスは暴戻な僭主で陰謀によって殺害される。ニオベーは、ゼウスが人間の女と交わった最初の女で、ゼウスの息子アルゴスを生む。アルゴスは、ペロポネーソスの地を自分の名をとってアルゴスと呼んだ。
ややこしいが...この家系の何代か先に同名の怪物アルゴスが生まれ、全身に眼があり、力並びなく、アルカディアーを悩ましていた牡牛を退治して、その皮を身に纏っていたという。後者のアルゴスは、アルカディアー人に害を加えて家畜を奪うサテュロスを殺し、ガイアとタルタロスの娘で通行人を掠める怪物エキドナを退治した。
話を戻そう...アルゴスには一子イーアソスが生まれた。イーオーはイーアソスの娘だという。ただ、多くの詩人はイーナコスの娘だといい、ヘシオドスはペイレーンの娘としている。
イーオーは、ゼウスの妻ヘーラーの祭官の職にあったが、ゼウスに犯された。ちょうどヘーラーに発見された時、ゼウスは少女イーオーに触れて白い牝牛に変えてしまった。ヘーラーはゼウスから牝牛を乞いうけて、その番人にアルゴスを任じた。ゼウスはヘルメースに牝牛を盗むように命じるが、見つかってアルゴスを殺してしまった。これが、ヘルメースが「アルゴスの殺戮者」と呼ばれる所以だという。解放された牝牛イーオーは、まずイーオニア湾へ行き、トラーキア海峡を渡り、エジプトへ至り、そこで元の姿に戻ってナイル河辺でエパポスを生んだ。ヘーラーは追っ手を差し向けて、イーオーの子供をどこかにやってしまった。イーオーは子エパポスがビュブロス王のもとで保育されていることを知り、全シリアをさまよい歩く。そして、エパポスを探し出しエジプトに戻って、エジプト王テーレゴノスと結婚した。エパボスはエジプト王になったという。
4. ペルセウス伝説
アルゴス王アクリシオスは、娘から生まれる子供に殺されるであろうという神託を受けていた。彼は、それを恐れて娘ダナエーを青銅の室に閉じ込めた。しかし、ゼウスが黄金の雨に身を変じてダナエーの膝に流れ入って交わり、ペルセウスが生まれた。アクリシオスは、娘がゼウスに犯されたことを知ると、娘と子供を箱に入れて海に投じた。箱がセリーポスに漂着した時、ペルセウスはディクテュスに拾われて養育された。
ディクテュスの兄弟ポリュデクテースはセリーポス王で、ダナエーに恋をし、成人したペルセウスが邪魔になった。ポリュデクテースは、他国の王女と結婚のための祝宴を催すと称して人々を集めた。その席でペルセウスは、「祝いの贈り物としてゴルゴーンの首とて否とは言えない」と発言したので、ゴルゴーンの首を持ってくるように命じた。これはペルセウスを排除するための策謀である。ゴルゴーンとは、竜の鱗の頭を持ち、歯は猪のごとく大きく、手は青銅、翼は黄金という怪物の3姉妹で、ステノー、エウリュアレー、メドゥーサである。彼女らは見た者を石に変じる能力を持っている。メドゥーサだけが不死ではなかったので、ペルセウスはそこに狙いをつけて、アテーナーに導かれて首を切り落とした。首を切り取るや、有翼の馬ペーガソスとクリュサーオールが飛び出した。これはメドゥーサとポセイドーンの間の子だという。
ゴルゴーンの首を持ち帰る途中、ケーペウスが支配するエティオピアにさしかかると、王女アンドロメダが海の怪物の生贄として供えられているのを見つけた。ケーペウスの妻カッシエペイアが、海のニムフ(妖精)たちよりも美しいと誇ったから、海神ポセイドーンが憤慨して高潮と怪物を送り、娘を生贄にすれば救われるであろうと予言したのだった。ペルセウスはアンドロメダを見て恋をし、もし少女を救って妻にしてくれるならば、怪物を退治しようと約束した。ペルセウスは怪物を退治してアンドロメダを解放したが、彼女には婚約者がいた。ケーペウスの兄弟ピーネウスである。ピーネウスは陰謀を企てるが、ペルセウスはそれを察知して共謀者たちにゴルゴーンの首を見せて石に変えた。
そして、セリーポスへ帰還すると、ポリュデクテースの暴行でディクテュスと母ダナエーが祭壇に繋がれていた。ここでもゴルゴーンの首を見せて、ポリュデクテースとその共謀者たちを石に変えた。
次に、母ダナエーと妻アンドロメダをともなってアルゴスへ行く。それを知ったアクリシオスは、神託を恐れてアルゴスを去りラーリッサへ逃げた。ラーリッサでは、王が亡くなって、その供養のために運動競技が催されていた。ペルセウスは競技に参加するために、この地へやってくる。そして、円盤投げに参加して、偶然にもアクリシオスに当てて殺してしまった。かくして、アクリシオスは娘から生まれた息子に殺され、神託は成就したのだった。ペルセウスは、自分の手にかけて殺した者を継ぐことはできないと、アルゴスを去った。
5. ヘーラクレースの誕生
ペルセウスの子エーレクトリュオーンがミュケーナイ王になると、同じくペルセウスの子孫であるタポス島の王プテレラーオスの子供たちがやって来た。彼らは祖父メーストールの領地を要求したが、拒否されて戦になった。エーレクトリュオーンは息子たちの復讐を誓って、王国と娘アルクメーネーをアムピトリュオーンに委ね、自分が戻るまで娘の処女を守ることを誓わした。
ところが、帰還したエーレクトリュオーンにアムピトリュオーンが牛を引き渡そうとした時、1頭の牛が飛び出し、アムピトリュオーンが止めようとして棒を投げたところ、棒は牛の角に跳ね返りエーレクトリュオーンに当たって殺してしまった。この不幸な出来事によってアムピトリュオーンは追放され、アルクメーネーとともにテーバイに亡命した。
アルクメーネーは、兄弟の仇討ちをアムピトリュオーンとの結婚の条件にした。そして、アムピトリュオーンは、テーバイ王クレオーンにタポス攻撃の協力を求める。クレオーンはテーバイを苦しめている牝狐を退治することを協力の条件とした。この牝狐はテーバイ人の誰にも捕まらないと運命づけられ、毎月市民の子供一人を生贄に供えていた。そこで、アムピトリュオーンは、アテーナイのケパロスに助けを求めた。ケパロスの持つ犬は、追いかけたものは何でも捕らえる定めになっているから。アムピトリュオーンは、タポスとの戦争で得られるはずの分け前を与える条件で、その犬を連れてきた。しかし、ケパロスの犬が牝狐を追い始めると、牝狐が捕まることも、犬が獲物を取り逃すことも運命に反するので、ゼウスは両者を石に変えてしまった。結果的に牝狐が石になったのでOK。かくして、アムピトリュオーンはタポスへ攻め入り勝利する。
アムピトリュオーンがテーバイへ帰還する前夜、ゼウスがアムピトリュオーンに身を変じてアルクメーネーに近づいた。アムピトリュオーンが帰国すると、アルクメーネーが愛情を示さないので原因を尋ねると、昨晩一緒に愛し合ったなどと訳のわからないことを言う。アムピトリュオーンは、預言者テイレシアースからゼウスと一緒に交わったことを聞いた。アルクメーネーは二人の子を生む。ゼウスの子ヘーラクレースと、アムピトリュオーンの子イーピクレースの双子である。嫉妬したヘーラーは子供らを殺そうと、2匹の蛇を寝床に送った。アルクメーネーが大声で助けを求めると、ヘーラクレースが蛇を退治した。この逸話では、アムピトリュオーンがどちらが自分の子かを知りたくて蛇を投げ入れ、ヘーラクレースは蛇に立ち向かい、イーピクレースは逃げたので、イーピクレースが自分の子だと知ったという説もあるという。
6. ヘーラクレースの十二の功業
ヘーラクレースは18歳でキタイローン山の獅子を退治し、その皮を身に纏い、その開いた口を冑とした。ヘーラクレースは義父アムピトリュオーンが属するテーバイを助けてオルコメノスの軍と戦いこれを倒した。王クレオーンは、褒美として長女メガラーを妻として与え、3人の子供が生まれた。しかし、ヘーラーがヘーラクレースを狂わせ、我が子とイーピクレースの子を炎に投げ込んで殺してしまった。ヘーラクレースは、自らを罰して追放の判決を下し、デルポイに赴き、どこに居住すべきかを神に問うた。その時、巫女たちは初めてヘーラクレースと呼んだ。というのも、それまでアルケイデースと呼ばれていたからである。神託は、「ミュケーナイ王エウリュステウスに仕え、10の仕事を果たせ!」というものだった。そして、あの有名な「十二の功業」が語られる。
- ネメアーの獅子の皮を持ってくるように命じられた。
- レルネーのヒュドラー(水蛇)を殺すことを命じられたが、独力ではなかったのでカウントしてもらえなかった。
- ケリュネイアの鹿を生きたままミュケーナイへ持ってくることが命じられた。
- エリュマントスの猪を生きながら持ってくることが命じられた。
- アウゲイアースの家畜の糞を一日で運び出すことを命じたが、仕事の報酬をもらう約束をしたという理由でカウントしてもらえなかった。
- ステュムパーロスの鳥を追い払うことが命じられた。
- クレータの牡牛を連れてくるように命じられた。
- トラーキア王ディオメーデースの牡牛を持ち帰ることを命じられた。
- アマゾーン女王ヒッポリュテーの帯を持ってくるように命じられた。
- ゲーリュオネースの牛を持ってくることが命じられた。
- ヘスペリスたちの黄金の林檎を持ってくるように命じられた。
- 地獄の番犬ケルベロスを持ってくるように命じられた。
7. ヘーラクレースの死
ヘーラクレースはカリュドーン王オイネウスの娘デーイアネイラに求婚し、彼女を争って牡牛の姿をしたアケローオスと格闘した。そして、勝利しデーイアネイラと結婚する。だが、ヘーラクレースは、またもや誤ってオイネウスの近親の子を殺してしまった。オイネウスは、事故であって故意ではないと許したが、ヘーラクレースは法に従い追放されることを望んだ。そして、妻デーイアネイラと国を去った。
亡命先のトラーキアへ向う途中、河を渡ろうとすると、ケンタウロスのネッソスが座っていた。ヘーラクレースは、妻の河を渡る手助けを頼んだ。ネッソスは、渡っている間に彼女を犯そうとした。彼女の叫びを聞いて、ヘラークレースはネッソスの心臓を射抜いた。ネッソスは死に際に、自分の精液と血を混ぜるとヘーラクレースの媚薬になると言うと、彼女はその通りにして蔵した。
ヘーラクレースは国々を征服しながら進み、オイカリアを征服した時、王女イオレーを捕虜とした。デーイアネイラは、夫の愛情がイオレーに移ることを心配して、ネッソスの血を媚薬だと信じて、ヘーラクレースの下着に塗った。するとヒュドラー(水蛇)の毒が皮膚を腐蝕し始めた。ヒュドラーはかつてヘーラクレースが退治した大蛇である。ヘーラクレースは、下着を引き剥がすと、肉も一緒に引き剥がれるという悲惨な姿のまま船で運ばれた。これを知ったデーイアネイラは自殺した。
ヘーラクレースは、火葬壇を築き自分を燃やすように命じ、火葬壇が燃えている間に、雷鳴とともに天へ上ったという。そして、天でヘーラーと仲直りし、その娘ヘーベーを娶った。かくして、ヘーラクレースはオリュンポスの神々の一員となったとさ。
8. テーバイ建国とスパルトイ
ポセイドーンとリビュエーの間に、ベーロスとアゲーノールが生まれた。ベーロスはエジプトを支配し、アゲーノールはフェニキアを支配した。アゲーノールはテーレパッサを妻として、娘エウローペーと息子カドモス、ポイニクス、キリクスが生まれた。ゼウスは、エウローペーに恋をし、馴れ親しい牡牛に身を変じ、そのまま彼女を乗せてクレータに連れ去った。そして、ゼウスとエウローペーの間に、ミーノース(後のクレータ王)、サルペードーン、ラダマンテュスが生まれた。
娘エウローペーが失踪すると、アゲーノールは、娘が見つかるまで帰国を許さないと、息子たちに探索を命じた。ゼウスの仕業なので見つかるはずもなく、息子たちは帰国を断念し、おのおの異なる地に居を定めた。カドモスはトラーキアに、ポイニクスはフェニキアに、キリクスはフェニキア近傍に。
カドモスは、エウローペーに関する情報を得ようとデルポイに赴いた。だが、神は「エウローペーについて悩むのはやめて、牡牛が疲れて倒れた地に都市を建設せよ!」という神託を授けた。
カドモスが牡牛に出合ってその後をつけると、ある場所で横たわった。その地がテーバイである。
カドモスは、牡牛をアテーナーに捧げんと、従者を軍神アレースの泉に水を汲みに行かせた。だが、その泉は竜が護っていて従者の大半を殺した。カドモスは怒って竜を退治すると、アテーナーの勧めに従って歯を播いた。すると播かれた歯から男たちが現れた。彼らは「スパルトイ(播かれた男)」と呼ばれる。彼らは、ふとしたことから互いに殺し合い5人が生き残った。カドモスは、殺した者たちの償いで、アレースに「無限の一年」を仕えた。この1年は8年に相当したという。解説によると、8年を一周期とする古い暦法があって、殺人罪を償うための期間とされたという。この奉仕の後、アテーナーはカドモスに王国を与え、ゼウスはアプロディーテーとアレースとの間の娘ハルモニアーを妻に与えた。しかし、カドモスの子供らはヘーラーに狂わされ悲劇に見舞われることになる。
9. オイディプースとテーバイ国
テーバイ王が何代か続いてラーイオスが継ぐ。彼はイオカステーを妻とすると、「男子を儲けべからず」という神託を受けていた。生まれくる子が父親を殺すであろうから。だが、酒に酔って妻と交わり妊娠させてしまう。ラーイオスは、生まれた子の踵にブローチを刺して歩けなくして、キタイローン山に捨てさせた。しかし、コリントス王ポリュボスの牛飼が赤児を見つけてコリントスへ連れ帰り、王妃ペリボイアが養子として育てた。これが、オイディプースでその名は「足が腫れる」という意味があるという。
オイディプースは、同輩の者よりも優れた成人になると、それを妬んで偽りの子と罵られた。誰も自分の本当の両親のことは教えてくれない。そこで、デルポイへ赴いて両親のことを尋ねた。そして、「自分の故郷へ赴くなかれ、父を殺して母と交わるであろうから」という神託を受けた。オイディプースは、両親はコリントス王夫妻であると信じて、コリントスを去った。そして、戦車に乗ってコリントスから離れる途中、戦車に乗ったラーイオスに出会う。ラーイオスの伝令が道を開けよ!と命じたが、オイディプースは従わず、格闘となってラーイオスを殺した。
オイディプースがテーバイへ着くと、クレオーンが継いでいた。テーバイは、テューポーンの子スピンクスという怪物に襲われていた。怪物は女面に獅子の体を持ち、鳥の羽を持っていた。スピンクスは「四足、三足、二足になるものは何か?」という謎かけをした。テーバイ人は、謎かけが解ければスピンクスの難から逃れられるであろうという神託を受けた。多くの者が謎が解けず喰われてしまう。ついにクレオーンの子が犠牲になった時、謎解きをした者にラーイオスの妻イオカステーを与えると布告した。オイディプースは、それは人間であると答えた。「赤児の時は四足で這い、成人して二足、老年になっては杖を使って三足となるから」
謎が解かれると、スピンクスは山から身を投じて王国に平和が戻った。オイディプースはテーバイ国を継ぎ、イオカステーを実母と知らずに妻とし、エテオクレース、ポリュネイケース、アンティゴネーが生まれた。しかし、妻が実母であるという真実を知ると、それが許せないのか?母を縛り、わが身を目盲にして、自分をテーバイから追放した。オイディプースは、娘アンティゴネーとともに、アッティカのコローノスに来て哀訴者として坐した。そして、アテーナイ王テーセウスに受け入れられて、間もなく死んだという。このあたりは「ラーイオスを殺した者をテーバイから追放しろ!」という神託を受けたという説もあるらしい。
その後のテーバイは、オイディプースの子エテオクレースとポリュネイケースが、互いに一年ごとに国を治める協定を結んだ。だが、エテオクレースが王位を独占したため、ポリュネイケースはアルゴス王女を娶り、七将とともにテーバイを攻めた。両軍は決議によって、エテオクレースとポリュネイケースの一騎討で決することにした。だが、相討ちとなって両者は死に再び戦闘となり、テーバイが勝利する。クレオーンはテーバイ王権を継承し、アルゴス人の死骸の埋葬を禁じて棄却させた。しかし、アンティゴネーは、密かに禁を破って、ポリュネイケースの死体を盗んで埋葬した。これがクレオーンに見つかって、彼女は生き埋めにされた。10年後、アルゴスの七将の子供らが、父の復讐としてテーバイに遠征し、テーバイは陥落した。
10. アッテイカとアテーナー
アッティカの初代王ケクロプスは、ガイアの子で人間と大蛇を混合した体を持っている。この時代、オリュンポスの神々は、おのおの自己の特有の崇拝をうけるべき都市を獲得しようと競っていた。
まず、ポセイドーンがアッティカに来て、三叉の戟をもってアクロポリスの中央を打ち、エレクテーイスの泉を湧き出させた。この泉は、アクロポリス山上のエレクテイオン神殿中にある井戸のことらしい。
その後、アテーナーが来て、パンドロセイオンにオリーブの木を植えた。パンドロセイオンは、アクロポリス山上のエレクテイオン神殿の西方にあるらしい。
そして、ポセイドーンとアテーナーの間でアッティカの争奪が生じた。ゼウスはどちらの神の都市とするかを、オリュンポスの十二神を審判役とした。そして、ケクロプスはアテーナーが最初にオリーブの木を植えたと証言したために、アッティカの地はアテーナーのものとなった。この都市は、アテーナーの名をとってアテーナイとなる。これに怒ったポセイドーンは、アッティカを海中に浸した。
11. アテーナイの伝説の王テーセウス
アテーナイ王アイゲウスは子がなく悩んでいた。そこで、デルポイへ赴き、「酒袋の突き出た口を解くなかれ、アテーナイの頂きに着くまでは」という信託を受けた。だが、彼には神託の意味が分からない。アイゲウスはアテーナイへの帰途につきトロイゼーンを通った時、その王ピッテウスの客となる。ピッテウスには神託の意味が分かり、娘アイトラーを近づけ妊娠させた。
アイゲウスは、アイトラーに男子を産んだならば、誰の子と言わずに育てるように命じた。そして、岩の下に刀とサンダルを隠し、この岩を押しのけて、これらの物を取ることができたら、父の名を明かしアテーナイへ送りだすようにと言った。この男子がテーセウスである。成長したテーセウスは、岩を押しのけて刀とサンダルを取り、アテーナイへ急いだ。途中、悪人たちが蔓延る道を掃討した。テーセウスの「六つの武勇伝」である。
- 最初に「棒の男」ペリペーテースを殺した。鉄棒で通行人を殺すから。
- 次に、「松曲男」シニスを殺した。通行人に松の木を曲げさせるのであるが、たいてい力足らずして跳ね上げられて殺すから。
- 凶暴な牡の猪パイアを退治した。
- スケイローンを殺した。通行人に自分の足を洗わせ、洗っている時に深みに投げ入れて、巨大な亀の餌食としたから。
- ケルキュオーンを殺した。通行人に相撲を強いて殺したから。
- ダマステースを殺した。ある人々は、これをポリュペーモーンと呼ぶという。二つの大小のベットをしつらえて通行人を客に招き、小さい者は大きなベットに寝かせ、ベッドと同じ大きさに引き伸ばし、大きい者は小さなベッドに寝かせ、体のはみ出た部分をノコギリで切り落とすから。
怪物ミーノータウロスへの貢物が送られる時期になると、テーセウスは三番目の貢物に加えられた。怪物退治に自ら志願したという説もあるという。貢物のいきさつは、ミーノース王子アンドロゲオースがパンアテーナイア祭の競技に招かれた時、アイゲウスの命でマラトーンの牡牛退治にやったところ、牡牛に殺されたという事件があったという。ただ、すべての競技に勝ったアンドロゲオースを、競技相手が嫉妬して殺したという説もあるらしい。いずれにせよ、ミーノース王子がアテーナイで亡くなり、怒ったミーノース王は講和の条件として、怪物ミーノータウロスの貢物として、7人の少年と7人の少女を要求した。当時、勢力を誇っていたミーノース国にアテーナイは屈服していたのだった。
テーセウスがミーノースに着くと、ミーノース王女アリアドネーが恋心を抱く。そして、妻にしてくれるなら、援助しようと申し出る。テーセウスは、ダイダロスの迷宮(ラビュリントス)の出口に導くように頼んだ。アリアドネーは糸玉を渡し、テーセウスはその糸を扉に結び付け、その糸を辿って案内させた。ミーノータウロスと出会うと勇敢に拳を打って殺し、迷宮の出口まで糸をたどって脱出した。
テーセウス一行とアリアドネーは船でナクソス島に着いた。この島で、ディオーニューソスがアリアドネーを奪い、レームノスへ連れて行ってしまった。
あらかじめ、父アイゲウスは、船は黒い帆を持っていたので、もし生きて帰れば、船に白い帆を張るように命じていた。テーセウスは、アリアドネーが奪われた悲しみで、白い帆を張るのを忘れていた。船が近づくと黒い帆のままなので、テーセウスは死んだものと思ったアイゲウスは絶望して自ら海に身を投げた。その海が、「アイゲウスの海」という意味でエーゲ海と呼ばれるという。
テーセウスは、アテーナイ国を継承した。そして、ペイリトゥースと協力して、ゼウスの娘を後妻にすることにした。テーセウスにはスパルタ王女ヘレネーを、ペイリトゥースには冥界の王妃ペルセポネを妻にと。すると、ラケダイモーン(スパルタ)人とアルカディアー人が攻めてきて、アテーナイを攻略した。テーセウスは、スキューロス島のリュコメーデース王のところに身を寄せたが、深い穴に投げ落とされ死んだ。
12. ペロプスとペロポネーソス半島
ピーサの王オイノマオスには、娘ヒッポダメイアがいた。オイノマオスは、娘を溺愛していたせいか、彼女と結婚した男の手にかかって死ぬという神託を受けていたせいか、求婚者たちをことごとく殺していた。というのも、求婚者にコリントス地峡まで競争して逃げおおせた者に、娘を妻にさしだすという条件を出していたのだが、オイノマオスは軍神アレースからもらった武具と馬を持っていて、求婚者には到底勝ち目のない競争だったのである。
タンタロスの息子ペロプスもまた求婚に赴いていた。彼は、ポセイドーンから有翼の戦車を与えられて自信を持っていた。ヒッポダメイアはペロプスの美貌に恋心を抱き、御者ミュルティロスに援助を頼んだ。ミュルティロスはオイノマオスの戦車に細工をすると、オイノマオスは手綱に絡まって引きずられるようにして死んだ。ペロプスはヒッポダメイアを妻にするが、ミュルティロスが犯そうとする。それを知ったペロプスはミュルティロスを海に投じた。ミュルティロスは、投げられる時にペロプスの子孫に呪いをかけた。
やがて、ペロプスにはアトレウスなどの多くの子が生まれた。アトレウスは王位継承で骨肉の争いをし、アトレウスの子アガメムノーンとメネラーオスはトロイア戦争に明け暮れるといった具合に、その子孫たちは呪いによって、血なまぐさい運命を背負わされたのかもしれない。ちなみに、ペロポネーソス半島は「ペロプスの島」という意味があるらしい。
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