2013-02-17

"戦略「脳」を鍛える" 御立尚資 著

軍事戦略では、まず孫子やクラウゼヴィッツを学ぶことになろう。しかし、相互に高度な戦略論を身につけていたとしたら、どうやって相手を出し抜けばいいだろうか?ここに矛盾の原理がある。教科書を学ぶだけでは、けして必勝の法則を見出すことはできないということだ。定石とは後解釈によって定式化されたものであり、戦略論のほとんどは過去の成功や反省に基づいている。だからといって、戦略論自体の意義を否定するわけにはいかない。実際、マイケル・ポーターに代表されるようなアカデミックな戦略論は、ミクロ経済学の視点で定量的に分析し、何らかの枠組みを提示してくれるという。
では、どこに差別化を求めるのか?本書は、「インサイト(insight)」という言葉を持ち出す。直訳すれば、直観力や洞察力といったところか。BCG(ボストン・コンサルティング・グループ)流に訳すと、こんな感じになるそうな。
「勝てる戦略の構築に必要な "頭の使い方"、ならびにその結果として得られる "ユニークな視座"」
定石そのものの知識よりも定石に至るまでの考え方を重視し、それを知った上でプラスαの思考や能力を身につけるということである。
「定石を超えた戦い方のイノベーションこそが、戦略の本質である。」

歴史を振り返れば、異端児たちがイノベーションの原動力となってきた。だが、日本の組織文化には異端児を嫌う風潮がある。企業の人事屋は、建て前では独創的で自立した人材を求めながら、実はそこを見ている。服従者となりうるかを。自立性は極めて自由と相性がよく、組織依存度を極力小さくしようとする意思の表れである。こうした性質は、同質人で構成される組織では、しばしば迷惑な存在とされる。組織の欠点をよく観察し、ズバリ言い当てるような人は、本音では和を乱す害虫のように見られる。そして、村社会では、自立性は孤立性へと追いやられる。
本書は、日本企業に往々にして見られるのが、エリートコースという名の「同質人材育成装置」だと指摘している。同じような大学出身で、似たようなタイプの人材を大量採用する傾向は、いまだ色濃くある。同様な経歴で同様な思考の持ち主の集団からは、偏重した相乗効果が働き、あまりイノベーションは期待できないだろう。今日、社会全体に閉塞感を漂わせているのは、こうした組織文化が根幹にあるからではないだろうか。
実は、社会がそうした閉塞感に見まわれるという予測は、10年以上前から指摘されてきた。本書も、その系統に位置づけていいだろう。些細な改革気運を徹底的に潰してきた組織ほど、今、大胆な改革が求められる。なんと皮肉であろう。イノベーションを機能させるには、日々の革新的思考の積み重ねにかかっている...はずなのに。

経営構造がまったく同じ組織というものは、ありえない。よって、経営コンサルタントの意見は、助言にしかならないだろう。確かに、彼らは専門家であり、様々な分析法を心得ている。だが、経営陣がそれを命令と受け取り、そのまま実行するのであれば、思考までもアウトソーシングしていることになる。すると、経営陣の仕事は何か?コンサルの接待係か?こうした危険を犯している組織は意外と多いようだ。部下に解決策を求め、まともなアイデアが打ち出せないと、社員に個性がないと嘆くオヤジたちがいる。自ら思考を放棄した者ほど、ないものねだりをするものであろうか?なんと驚くことに、採用試験の面接官を外部に依頼するところもある。こうなると、組織の存在意義を疑わなければなるまい。
問題の本質を一番理解しているのは誰か?それは、問題に直面した現場である。なのに、コンサルの打ち出す結論を鵜呑みにし、うまくいかなければ、戦略論そのものに懐疑心をもつ。そこに政治的な思惑が入り込むと最悪だ。重要なのは結論ではなく、結論に到達した思考法にあるはず。そして、コンサルタントたちの思考法を応用すれば、かなりの部分で解決策を具体化できるだろうに。実のところ、最適な解決法なんてものは、人の数だけ、場面の数だけ存在しうるものなのかもしれない。
どこの組織でも、斬新的なアイデアには予算がつきにくい。だが、挑戦しなければジリ貧に陥る。目先の売上に固執して将来の展望がなければ、どちらがリスクが大きいのやら?ちなみに、コンサルとは、混乱させる猿!と誰が言ったかは知らん。いや、(自ら)混乱する猿!だったか?

1. BCG流戦略論の公式
戦略とは、競争相手に対して優位性を築くことにほかならない。そのカギはユニークさにあるという。

  ユニークな戦略 = 定石(戦略のエッセンス) + インサイト
  インサイト = スピード + レンズ

スピードとは、定石を加工し、応用し、素早く仮説を立て、思考の進化をどんどん加速させること。そして、仮説そのものの有効性を厳しく検証する。これを競争相手よりも素早く実行できれば、勝てるという寸法よ。
レンズとは、ユニークな仮説を作り出すためのモノの見方。定石を加工し応用する上で、どこかで自分の思考を非連続的に飛躍させることができれば、その思考は際立つ。思考プロセスをワープさせるような、ある種の突然変異とも言うべき思考は、日々の思考の積み重ねから生じるものであろう。一度立ち止まって、自分の頭の使い方や癖を分析してみるのもいい。思考が混乱状態にあっても、我武者羅にやっているうちに余計な雑念が消え、突然開けた光景に出会うこともあろう。これを開眼と言うかは知らん。
インサイトは、体得するものだという。常に試行錯誤する癖とひたすら実践してみること、これしかないようだ。

2. 思考をスピードアップさせる三つの要素

  スピード = (パターン認識 + グラフ発想) x シャドウボクシング

優秀なコンサルタントは、いくつかのパターンを組み合わせ、状況を端的に把握することができ、素早く適した戦略の仮説を立てることができるという。そのために、物事を局面ごとに、パターン化する癖をつけ、それを記憶する訓練が有効だという。論理をゼロから積み上げるには、あまりにも効率が悪い。そこで、過去のデータや定石をパターン化して記憶しておくことがカギとなる。ユークリッド原論のように、公準や公理がパターン認識されていると、思考効率を高めるだろう。独創性とは、パターン認識を進化させた思いつきや気まぐれから生じるものであろうか。
グラフ発想では、事象を視覚的に捉える。だが、図で考えるだけでは不十分だという。シミュレーションできるほどの具体性、すなわち数学的に記述できるレベルまで掘り下げる。変数やパラメータが定義できれば、様々な仮説を想定することができる。粗くても、数値のイメージが持てることが大切だという。ただし、グラフ化には落とし穴がある。統計データにも同じことが言えるが、平均値を崇める傾向がある。イノベーションってやつは、平均値から乖離したところにヒントがある場合が多い。
シャドウボクシングでは、仮想敵を想定しながら、パンチを避け、パンチを繰り出す訓練をする。その基本的な思考は、批判的な視点で仮説をあらゆる方向から攻撃してみることだという。自分の思考を疑ってみることは、あらゆる知的作業において基本であろう。考えだした手法を、論理的にチェックし、仮説と検証を繰り返す。ここでは、幽体離脱するような感覚を持つことを奨励している。言うなれば、自己の中に第三者の目を養う訓練である。

3. 発想力のための三種類のレンズ

  レンズ = 拡散レンズ + フォーカスレンズ + ヒネリレンズ

拡散レンズでは、視野を拡げることを心掛け、ホワイトスペースを活用したり、市場だと思っていないところまでも観察する。あるいは、バリューチェーンを拡げてみるのもいいだろう。自動車会社が、支払いローンのためにフィナンス会社を作るとか。進化論的に観察することも重要だという。マーケティングは、進化論のS字カーブと同じような傾向を示すという。急増期から、やがて停滞期へと。
フォーカスレンズでは、狭く深く見ることを心掛け、購買行動の全体像と詳細の双方を把握する。詳細に把握するには、やはりユーザになりきることか。アンケートやインタービューで統計情報を集めるだけでは不十分。その視点では、消費者の妥協点を探ることが重要だという。不満なんだけど、当たり前と諦めているサービスは実に多い。また、有名人のカリスマ的行動による波及効果や相乗効果にも注目している。
消費者のタイプには大きく分けて、自己判断派となんでも相談派がある。ただ、いくら自己判断に自信を持っていても完璧な裏付けによるものではないし、誰でもちょっと不安に駆られれば判断が鈍る。したがって、誘導されやすいタイプをターゲットにする方がマーケティング戦略は練りやすいだろう。そして、サービスが相談役になると有効な場合があるという。
ヒネリレンズでは、逆バリをするという。株式市場では、相場の逆バリが有効な手段となる。デフレで積極的にM&Aを行うのも、逆バリの例。全体的に景気が悪い時に、弱っている競争相手を積極的に買収してしまう。すると、景気が回復した時に圧倒的に優位に立てる。
また、ネット社会では、集団の意識や行動が一斉に流されやすい。そこで、新しい商品やビジネスモデルのヒントを得るのに有効なのが、特異点を探ることだという。通常のデータからかけ離れたものをあえて探してみる。商品開発の場合、普通ではない特異な使い方をする特異なユーザを探す。地域別の営業戦略の立案ならば、全く売れない地域や、反対によく売れる地域を観察してみる。そんな特異点にこそ、イノベーションのヒントが隠されているとわけか。天邪鬼精神にこそイノベーションが潜んでいるかもしれない。
また、アナロジーを考えるという。そのために、表面だけでなく、構造的メカニズムや本質を捉えることがカギとなる。

4. コンセプトワード
人間がすべての事象を詳しく記憶することは不可能であろう。そこで、戦略のエッセンスをコンセプトワードとして覚えると、何かと幸せになれそうだ。人の言葉を名言集として蓄えることは意味があると思っている。事象に対して本質的で哲学的な分析をする癖をつける上でも。ここでは、コンセプトワードを、コスト系、顧客系、構造系、競争パターン系、組織能力系の観点から紹介してくれる。

コスト系
  • スケールカーブ... 生産規模や市場規模との関係から考察、あるいは合併統合の有効性など。
  • エクスペリエンスカーブ(経験曲線)... 同種の生産を繰り返せばコストは低下する。特に、歩留まりが重要な場合はそれが顕著だという。
  • コストビヘイビア... 規模によるスケールメリットをどこに見出すか。事業や商品を複数もつことで、スコープメリットをどこに見出すか。コスト構造をダイナミックに見ることが大切だという。

顧客系
  • セグメンテーション... どのセグメントをターゲットにするかの選択は、最も重要な意思決定になるという。顧客だけでなく、自社の営業改革、製品に至るまで、セグメント化して拡大するか撤退するかを分析する。
  • スイッチングコスト、ロイヤリティ、ブランド... 顧客が、他社の商品やサービスに切り替える、つまりスイッチングによるコストを高めることで、顧客のロイヤリティが高まる。ブランド構築はロイヤリティを高める典型的な手法。ロイヤリティの高い長期的な顧客の獲得。金銭的なスイッチングコストではなく、心理的なスイッチングコストを高めることは、新規ユーザを獲得するよりも効率的かもしれない。

構造系
  • V字カーブ... この収益性の法則には誰もがあやかりたいであろう。
  • アドバンテージマトリクス... 競争パターンの分析ツールで、縦軸に競争上の戦略変数を、横軸に優位性構築の可能性をとって視覚化する。すると、事業ごとに、規模型事業、特化型事業、分散型事業、手詰まり型事業とに分類できる。大会社がグループ会社のマネジメントで陥りやすい間違いが、子会社の属する事業の特性をきちんと把握しないことだという。
  • デコンストラクション... 既存構造を別の視点から捉える。新たな視点から事業構造を見直し、新たな事業展開とする。

競争パターン系
  • ファースト・ムーバー・アドバンテージ(先行利得)... 競争相手よりも先に行動して優位に立つ。
  • プリエンプティブ・アタック(先制攻撃)... 競争相手が予想していないタイミングで攻撃をしかけ、反撃の暇を与えない。大々的なキャンペーンなどがこれに属す。だが、いつも出血サービスに半額セールでは懐疑心を持つだけ。

組織能力系
  • タイムベース競争... 付加価値を産まない時間を取り除く。リードタイムを短縮。効率性と柔軟性。
  • 組織学習、ナレッジ・マネジメント... 結果を出す人材の秘訣を、誰もが理解できる形に言語化し、組織全体の能力とする。組織学習の根幹を、システマチックに実行できるように仕立てあげることが、ナレッジ・マネジメントだという。

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