音楽鑑賞にアルコール成分が欠かせないように、アルコールをやる時には、BGM が絶対に欠かせない。どちらが主役かって?どちらでもいいではないか。トスカニーニが軽快なコスモポリタンを引き立てれば、フルトヴェングラーが濃厚なアブジンスキーを演出してやがる。それはアプロディテ的な女神の誘いか、それともファウスト的な悪魔の囁きか。マスターに「コスモポリタンのフローズンって作れないの?」と挑発すると、これがフローズン版の別名「コスモポリちゃんです!」とすぐに応じてくる。客の方はというと、既に「アブちゃん好きー」状態でチャイコフスキーとの区別もつかないときた。さらに、スピリタスで追い打ちをかければ、96% の人格が崩壊する。これは、天国への道か?地獄への道か?どちらの道を行こうが、本人が気づかなければ、しらふでも同じことではないか...
バーには、大人のこだわりが満ち満ちている。バックバーは、バーテンダーの鏡!と言われ、ボトル群の背景がバーテンダーの後ろ盾となって、君に酒の味が分かるのかい?と挑戦状を叩きつけてくる。店の雰囲気はオーセンティックに演出され、生け花やお香といったささやかな演出もあり。そうなると、客だって勝負せずにはいられない。必死に予備知識を身につけてスマートにオーダーしようと。ホットな女性を連れていれば尚更だ... などと息巻いていたのは、二十年くらい前であろうか。くつろぐための場所で、なぜこうも緊張感を煽るのか。
しかし今では、オーダーせずとも、「これ飲んでみて下さい!」と勝手に出され、注文の仕方がまったく分からなくなっちまった。ある種の自動化システム!人間ってやつは、贅沢に慣らされると思考が停止する。いや、カウンターでは余計なことを考えず、人生について考えよ!と導いているに違いない...
かつて錬金術師たちは、蒸留してできる強いエキスを、ゲール語で Uisge-beatha(ウィシュケ・ベーハ)と呼び、これが訛ってウィスキーと呼ばれるようになったと伝えられる。そう、「生命の水」って意味だ。こいつを飲み干すことによって幸せになれるなら、まさに魔術!
はたまた、ワインから蒸留の過程を経て、これにキリスト教が結びつくと、ラテン語で spirit と呼ばれた。そう、「聖霊」って意味だ。蒸留技術とは、実に恐ろしい。腐った液体を昇華させ、聖者の血とさせるのだから。蒸留崇拝はジン、ウォッカ、テキーラ、ラムへと受け継がれ、いまや世界四大スピリッツとして君臨している。
さらに恐ろしいことに、アルコール濃度に比例して口元の筋肉までも操られ、真実の血清と化す。俗に言うレディキラー・カクテルってやつを企てたところで、自白させられるのはこっちの方だ。そして、マダムキラーはマダムにやられる。
パンチの強いレディたちにも御用心!ピンクレディ、ホワイトレディ、パッシモレディが妖精のごとく色鮮やかに誘惑してきても、半分以上はドライジンだ。ローズカクテルにも、棘があると分かっちゃいるが、つい手が出る。血塗られた女ブラディメアリーときたら、トマト風味が優しく、心地よい眠りへといざなう。身ぐるみ剥がされぬように...
いくら飲みやすく、柔らかく、ブレンド、ビルド、ステア、シェークと技を駆使したところで、脳内に分泌されるアルコール成分は足し算とはならない。掛け算か、いやもっと強烈な冪演算か、いずれにせよ廃人への道をまっしぐら。
そして、女性に向かって、君に酔ってんだよ!とピロートークを仕掛けても、心の中では、氷に向かって話しかける。君って冷たいね!と。ウィリアム・ジェームズという人は、うまいことを言う... 人生は生きるに値するか?それはひとえに肝臓にかかっている... と。
1. カクテルの定義
カクテルの定義は、「ベースに何らかの材料をまぜたミックス・ドリンク」だそうな。そして、ソーダー割りも、水割りも、カクテルの一種だという。チューハイとサワーの違いもよく分からんが、焼酎を炭酸で割れば、これもカクテルの一種ということになる。ノンアルコールも何かを混ぜれば、これもカクテルか。風邪っぽい時に卵酒を飲んだりするが、これもカクテルか。
この定義からすると、カクテルという用語はともかく、その始まりはかなり古いことになる。古代ギリシャ・ローマでは、ワインは濃縮して保存したために、飲む時には水で割る習慣があったという。古代エジプトでは、水で薄めるだけでなく、ビールにハチミツやナツメヤシなどを加えて新たな風味を加えたという。中国の唐では、ワインに馬の乳を混ぜて発酵させた乳酸飲料が飲まれたという。中世ヨーロッパでは、ワインにスパイス、砂糖、シナモンなどを混ぜて飲んだとか。
製氷機が誕生したのは1870年頃、ミュンヘン工業大学のカール・フォン・リンデ教授によって発明されたと伝えられる。バーで氷が利用できるようになったのは19世紀頃で、冷たい飲み物としての本格的なカクテルは、それからということになる。
また、コロンブスが発見したのは新大陸だけじゃない。新大陸から持ち込まれたものは、トウモロコシ、ジャガイモ、サツマイモ、トマト、カカオ、煙草、ブドウ(ラプスカ系)、パイナップル、バニラ、トウガラシなどで、酒の飲み方に大きく影響を与えた品々である。
ところで、ノンアルコールでもバーで飲めば、不思議と酔えるらしい。いや、何か盛られているに違いない。その証拠に、毒を盛ってくれ!とバーテンダーに目で訴えている旦那を見かけた...
2. カクテルという名の由来
cocktail とは、雄鶏の尻尾という意味。本書は、この由来について四つの説を紹介してくれる。いずれもアメリカ大陸で生まれた説か。
「樹の枝説」
場所は、メキシコのカンペチェという港町。イギリスの船員たちが酒場で飲まされたのは、ラムやブランデーにいろいろなものを混ぜた飲み物だったという。当時のイギリスでは、酒はストレートで飲むのが当たり前だったとか。そこで、カウンターの中で木製のスティックで混ぜている少年に、それは何?と船員が聞くと、少年はスティックのことを聞かれたと勘違いして、スペイン語で「コーラ・デ・ガジョ(雄鶏の尻尾)」と答えたという。木の皮を剥いでつくったスティックが雄鶏の尻尾に似ていたとさ...
「鶏尾説」
独立戦争の頃、酒場の女店主が反独立軍の大地主宅に侵入し、自慢の雄鶏を盗みだしたという。雄鶏を調理して、オリジナルのさまざまな酒をまぜてつくって、ふるまい、美しい尾は酒の瓶にさして飾ったとか。これが、女店主のオリジナルドリンクとなったとさ...
「コクチェ説」
ニューオリンズにあるフランス人店主の薬局で、薬草酒とコニャックをまぜたコクチェが売られていたという。やがて、コクチェが「複数の酒をまぜたもの」の総称となり、アメリカ風に訛ったという。もとはフランス人がつくった薬草酒だとさ...
「闘鶏説」
自慢の闘鶏を盗まれた田舎町の旅館の店主。父を気遣った美しい娘は、闘鶏を見つけたものと結婚すると発表したという。眉目秀麗な兵士が闘鶏を持って現れた祝いに、自宅にある酒をまぜてふるまったとか。その闘鶏の美しい尾を称えた祝酒だったとさ...
3. 禁酒法とタイアップ
悪法と呼ばれた禁酒法は、なぜ成立したのか?プロテスタントの牧師や女性信者は、反移民、反カトリック運動として禁酒運動をやったという。ヨーロッパ系移民が、酔っ払っては暴力や犯罪を起こしていたとか。酒好きのアイルランド系移民にカトリック教徒が多いことも影響したようである。そして、1920年の選挙で女性参政権が認められ、賛成派多数で成立。
しかしながら、道徳によって厳しく処罰するほど、人間ってやつは、より巧妙な手口を編み出す。必要悪を完全に禁止すれば、アングラ界が活況となるは必定。麻薬のごとくマフィアの主力ビジネスとなり、取締官との癒着、買収が横行。地下へもぐった酒場では所場代や用心棒代を請求。おまけに粗悪な密造酒が出回り、美味く飲むための技術が進化し、腕のいいバーテンダーが引っ張り凧となる。合法的に飲むには、禁酒法施行前に大量に買い込んだ酒を飲むか、処方された薬として飲むか、国外へ行くか。そして、アメリカの禁酒法時代にバーテンダーの輪が世界に広がったとさ...
4. 世界最古のアルコール
世界最古のアルコールは、ブドウを発酵させて醸造されたという。つまり、ワインだ。誕生の歴史は明らかではないそうだが、紀元前二千年頃に成立した最古の文献「ギルガメッシュ叙事詩」の粘土板には、こう彫られているという。
「ノアは船大工たちに牛や羊を殺して与え、赤葡萄ジュース、酒、油、白葡萄酒を飲ませて、方舟をつくらせた...」
また、紀元前四千年のメソポタミア文明初期の遺跡から、ブドウを搾る石臼が発見されているという。ただし、古代のワインは、神に捧げる供え物という意味が強かったようである。
やがて、「パンはわが肉、ワインはわが血」というキリストの言葉がヨーロッパ各地に広まり、王侯貴族や修道院が、神の気を引こうと競ってワインの品質を向上させてきた。さらに植民地時代に、宣教師の派遣で、アメリカ、アフリカ、オーストラリアなどにもワイン作りが広まった。
5. ラムと奴隷制度
ラムの歴史には、悲しい奴隷制度の影がつきまとう。ラムの故郷はカリブ海の西インド諸島で、その誕生はサトウキビが持ち込まれたことがきっかけだったという。ラム誕生には、スペイン探検家が蒸留技術を西インド諸島に伝えたという説と、蒸留技術を持ったイギリス移民がつくり始めたという説の二つがあるとか。
現地人の「酔って興奮した(ランバリオン)」という状態を表す言葉が語源になったというのが通説だそうな。ヨーロッパ、西インド諸島、アフリカという大西洋における三角貿易の発展は、奴隷制度の産物ということもできよう。
尚、行付けのバーでは、ラムの良さを教えてもらい、よくストレートで頂いている。おらいはラムちゃんの奴隷だっちゃ...
6. テキーラの厳しい基準
このメキシコの酒は、偶然の産物のようである。18世紀のスペイン統治時代、ハリスコ州テキーラ村に近いアマチタリヤ山で大きな山火事があったという。焼け跡には、たくさんのマゲイ(竜舌蘭の一種)が黒焦げて、甘い香りを漂わせていたとか。村人が何気なく潰して舐めてみると、甘くて美味しいことから、やがて蒸留して誕生したと言われる。
1902年、植物学者ウェーバーが最適な竜舌蘭の品種を特定し、「アガベ・アスール・テキラーナ」と命名したという。メキシコには竜舌蘭が約400種類も生育しているが、テキーラ村を中心とする特定地域で栽培される、この品種を使った蒸留酒だけが「テキーラ」と名乗ることができるそうな。公認生産番号が与えられ、製造方法もハリスコ州の政府機関に厳重に管理されているという。
2017-05-07
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