2019-12-22

"現代ファイナンス論" Zvi Bodie & Robert C. Merton 著

なにを血迷ったか!こんなものを手にして...
ツヴィ・ボディとロバート・C・マートンは、MIT大学院時代から優れたチームとして讃えられたという。1997年、マートンはマイロン・ショールズとともにノーベル経済学賞を受賞。あのオプション評価モデルとして名高いブラック・ショールズ方程式によって...
しかしながら、このノーベル賞のスターらが結成した LTCM は、自らの破綻によって悪名を留めてしまう。世界規模の金融危機の裏舞台では、いつもデリバティブの評価理論がウォール街を席巻してきた。先物、オプション、スワップと... 要するに、経済学の理論は、価値評価と価値交換の方法論で、だいたい説明がつくというわけか。経済という用語は、「経世済民... 世を經(おさ)め、民を済(すく)う」という意味に発すると、聞いていたが...
そしてそれは、比較にならないほどの大規模なリーマンショックによって再現されることになる。おかげで、この酔いどれ天の邪鬼にとっての経済学は、最も敬遠すべき学問分野となったのだった...
とはいえ、世界がお金で動いていることは、紛れもない事実。現在、年金運営や資産運用を自己管理する必要があり、ファイナンス理論に無知でいるわけにはいかない。本書を懐疑的に眺めながらも、教科書として参考にしてみる分には悪くない。教科書ってやつは、万能な処方箋ではないのだから。それに、サミュエルソン学派がそんなに悪いとも思えないし、それどころか大作「サムエルソン経済学」には幾分世話になっている。
ここでは、こう定義される。
「ファイナンスとは、時間軸上において、希少資源をどのように分配するかを研究する学問である。」

おそらく、人間社会のようなカオス系において万能な方法論なんてものは存在しまい。仮に存在したとしても、人間の能力でそれを見極めることはできまい。AI なら見極めるかもしれんが...
どんなに優れた方法論をもってしても、同じ考え方を持つ者ばかりが集まると全く機能しなくなる。ゼロサムゲームでは尚更。ことお金となると、人間には一つの成功例に群がる習性がある。光に集まってくる昆虫や、太陽に向かって伸びる草木のように...
しかも、当分は儲けることができるため、群衆はそれを崇めるようになる。経済学で決まって唱えられるのが「利益の最大化」ってやつだ。本書にも登場する。では、利益ってなんだ?ダーウィンは、なにも弱肉強食を唱えたわけではあるまい。種が共存するためには、多様性こそが鍵だとしたのではあるまいか。種の分岐とは、いわば生き残る智慧である。市場でも、多種多様な欲望が集まれば機能するのであろうが...
その処方箋として、客観性を強めるための数学的方法論が悪いとは思わない。イールドカーブを眺めるにしても、社会学的な視点から興味深いものがある。実際、福利厚生、年金、生命保険など、あらゆる社会的制度が数理統計学によって成り立っている。ただし、万能薬として崇められた時、非常に危険となる。
偏微分方程式の基本的な思考法に、想定しうる変数を微分形式の総和で構成するという考え方がある。ブラック・ショールズ方程式もその一つで、ここでは五つの変数で構成される様子と、そのうち四つの変数が直接観察できる形で解説してくれる。株価、行使価格、無リスク金利、オプション満期などがその変数である。こうした思考法には連続関数が前提されているために、アトラクタのような現象に陥るとまったく機能しなくなる。物理学風に言えば、ブラックホールに遭遇すればあらゆる力学系が無力化するってことだ。これは、微分方程式が抱えいてる根本的な性質である。同じ方法論に取り憑かれた人間が市場に群れるということは、まさにそうした状況にある。
したがって、問題は、数学的方法論にあるのではなく、これを用いる人間の側にあるということになろう。デリバティブに限らず、価値評価の問題は価値観の多様化とともに永遠につきまとうであろう...

ファイナンシャルプランニングで資産運用の話題になると、必然的にリスク分散や分散投資といった考えに及ぶ。税金、投資、不動産、教育、相続、老後など、こうした話でファイナンシャルプランナーの言葉を鵜呑みにするような生き方は避けたいものである。
さて、分散投資における戦略は、個人的にはポートフォリオ理論に落ち着いている。おいらには、最も保守的なインデックス戦略で充分。ただし本書は、ポートフォリオ選択の戦略で万人に通用するものはない!と警告している。現実的には、数学的な方法論を用いながらも、手探りで経験的に構築することになろう。いずれにせよバランスシートが読めないようでは話にならない。
ちなみに、西欧の会計システムは宗教との結びつきが強く、神への貸し借り報告書としてバランスシートを書くことに義務の意識が働くようである。先進国と呼ばれる国々で、自分自身のバランスシートも書けないのは日本のサラリーマンぐらいなものであろうか...

また、投機の心理学も避けるわけにはいくまい。投機家は、自らリスク・エクスポージャーを増やして利益の最大化を目指す。逆にヘッジングは、リスク・エクスポージャーを減らすことによって利益を守ろうとする。本来はそうした役割分担があるが、現実には、同一人物や同一機関が投機家とヘッジングの両方を演じる。ヘッジングは、インシュアリングとも違う。インシュアリングでは、前もってプレミアムを支払って損失を回避する。プレミア'とは、保険や信用保証やオプション契約など。
リスクをヘッジすれば、損失を被る可能性を軽減できるが、同時に利益を得る機会を犠牲にする。逆にインシュアリングは、プレミアを支払っているために利益を得る機会を犠牲にしない。こうしたリスク分散や分散投資といった保守的な戦略は、しばしば利益の最大化と相反する。
そして、LTCM の行動パターンが透けてくる。なるほど、本書は反省の書であったか...
ところで、この手の書にきまって登場するのが「サヤ取り」の話だが、本書には、なぜか用語すら見当たらない。ただ、うまい表現を見つけた...
「一物一価の法則とは、競争的市場においては、2つの資産が同じであれば、価格も同じになることをいう。一物一価の法則は裁定(arbitrage)によって実現される。裁定とは、同一の資産間の価格差を発見し利益を得ようとする動きをいう。」

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