2019-12-29

"スイスの凄い競争力" R. James Breiding 著

原題 "SWISS MADE: The untold story behind Switzerland's success."
そこには、アメリカンドリームに遜色ない成功物語の数々。いや、気質においては、むしろ地道な勤勉性を武器に... 流行技術に惑わされない千里眼を自然に身にまとっているかのように...
スイスも、日本も、天然資源の乏しい国。険しい山々に囲まれながらも優れた輸送システムや鉄道システムを構築し、なによりも几帳面さを誇る国民性に親しみを感じずにはいられない。多くのニッチな部門で世界的な地位を獲得してきたのはギルド魂の顕れか、日本のモノづくりを支える金型産業などに垣間見る職人魂に通ずるものがある。

しかしながら、決定的な違いは自立性であろうか。つまりは生き方である。スイス株式会社と日本株式会社とでは、性格も随分と違うようだ。行政だけでなく企業体も、なにかと中央の意向を伺うムラ社会に対して、大きな政府を嫌い、中央集権化を嫌い、連邦国家として自治独立の道を歩んできた。結束力によって西欧列強国と渡り合った日本に対し、自立中立を誇示して大国を撥ね付けたスイス。小国でありながら自立性が堅持できたのも、アルプスという地形的要素がある。とはいえ、小国は大国より弱い立場にあり、結束力を欠いてはサクセスストーリーも長続きしない。
本書は、地政学的な視点からスイス国民に育まれてきた自立性と開放性、これに起業家精神を結びつけて、スイス経済の強み、すなわち、Swiss Made の強さを物語ってくれる。ここには、文化的使命感もなければ、スイス流イデオロギーも見当たらない。あるのは人権尊重ぐらいなもの。それだけで充分ということか...
尚、北川和子訳版(日経BP社)を手に取る。
「同規模の国で、スイスのように比較的平等に報酬を分配する一方で、高水準の可処分所得を達成している国はない。スイスに近い規模の国でさえ、これほど多くの産業で主要な地位を維持してはいない。先進国のどの国も、多額の債務によって未来の世代に負担を負わせ、年金や医療費に対する幻想を抱かせている。国民一人ひとりがこれほど力を持ち、その声の重みを確信している国はない。ほとんどの西側の民主主義国において、政治家や公共部門に対する世論がこれ以上ないほど厳しい時代にあって、スイスの統治制度の有効性は、成功のための強力な指標である。」

中世の貧しい山国の最初の輸出品は傭兵だったという。勤勉で忠誠心の強いスイス人は、ヨーロッパ各地の戦争に引き出された。ちなみに、バチカン市国の衛兵も伝統的にスイス傭兵が務めているらしい。それが現在では、スウォッチ、オメガ、ロレックスといった時計ブランド、ネスレ、リンツといった食品ブランド、UBS、クレディ・スイス、チューリッヒ・インシュアランスといった金融ブランド、エフ・ホフマン・ラ・ロシュ、ノバルティス、ロンザといった医療品ブランドなど、世界的なブランドを多く生み出している。
これらのブランドの発明者の多くが、迫害から逃れてきた移民や亡命者、そして、その子孫だという。つまりは、もともと培われてきた自立性と外国籍に対する開放性の融合が、この国の原動力というわけである。スイス人にも気づかない気質が移民たちに受け継がれ、富の創造者としての開かれた道を提供する。土着の文化はどっしりと居座り、むしろ外国籍の人々によって強化されていく。これは日本人が最も見習うべき気質かもしれない。少子化問題で騒いでいる昨今、片言の日本語しか喋れない日本人がいてなんの不都合があろう。押しつけなければ守れない文化なら廃れるしかあるまい...

ハンニバルのアルプス越えは英雄伝説として語り継がれるが、この自然の要砦が各地の交流を妨げ、自立性を育んできた。とはいえ、ヨーロッパのド真ん中に位置し、政治野望のためにここを通らないわけにはいかない。軍隊や商人が、この中間点に荷物や財産をちょいと預けるだけで利子が稼げる。古代ローマ時代から資産管理が資産を生み、金融業を発達させてきた。
注目したいのは、政治や宗教によって迫害された人々の避難場所として機能してきたことである。ユダヤ人やユグノーなどがヨーロッパ中から押し寄せ、自立性を保ちながらも彼らを受け入れる土地柄は、グローバリズムの先駆者を見る思い。グローバリズムとは、全体的な画一化を言うのではなく、多様なローカルの調和を言うのであろう。その根底に人権尊重がある。
レーニンなどの政治亡命者が、この地を活動拠点としたことは周知の通り。ヒトラーの野望にも屈せず、独立精神を堅持してきたスイス国民は、二十世紀にはすでに EU 懐疑論をくすぶらせ、EFTA(欧州自由貿易連合)を選択した。今、ポンドを保有するイギリスがブレグジットで騒いでいるさなか、スイスフランに威厳を感じずにはいられない。
一方で、金融システムの守秘義務が各国からの干渉を退け、王侯や独裁者たちの財産の隠れ蓑になったり、マネーロンダリングといった闇取引の恩恵にもなってきた。国際色豊かな人材、文化、政治の通路は、自立と自律のバランスが問われてきたお国柄とも言えよう...

ところで、スイス連邦国家は、古代ギリシア時代の個性ある都市国家群を彷彿させる。世界経済フォーラムではダボスが存在感を示し、国際決済銀行ではバーゼルが金融の目を光らせ、国際連合の多くの専門機関がジュネーヴに置かれ、多くのスポーツや芸術団体がチューリッヒを拠点とする。
ただ、バーゼルの住人を一つとっても、チューリヒやベルンやジュネーブに対してあまり一体感を見せない。それぞれの連邦で法人税率の安さを競えば、多国籍企業の呼び水となる。だが、法人税率だけが魅力ではあるまい。
スイスは中立国だが、無抵抗主義ではない。しっかりと国民軍を保有し、政府は「民間防衛」の書を国民に配布している、と聞く。戦争の放棄と国防軍の放棄では意味するものがまったく違う。自立と自由の精神という気質こそが、この国の強みであり、もはや、スイスという国そのものがブランドなのである...

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