2020-07-05

"「ガロ」掲載作品 水木しげる漫画大全集" 水木しげる 著

巨匠水木しげるの作品と言えば、「ゲゲゲの鬼太郎」や「河童の三平」や「悪魔くん」ということになろうが、おいらは読んだことがない。テレビでも見たことがない。巷の評判で、タイトルを耳にするぐらいなもの。
この漫画家に興味を持ったのは、朝ドラ「ゲゲゲの女房」を観てからである。朝ドラにしても、こんなものに夢中になる母親たちを馬鹿にしてきた。15分ずつ小出しするようなものの、どこが面白いのか?と...
ところがある日、ケーブルテレビで一晩ぶっ通しでイッキ見をやっていて、なんとなく吸い込まれてしまった。ゲーテ哲学を重ねながら、好きなことをとことんやる漫画家魂!こいつぁ、まさに技術屋魂を物語っているではないか。おいらはゲーテ好きなエンジニアなので、暗示にかかりやすい。
そして、衝動のままに総集編 DVD を八千円ほどで購入したものの、観たいシーンがことごとくカットされていた。商売戦略か!?さらに衝動のままに、完全版 DVD-BOX 全巻を三万円超えで買う羽目に...

水木しげるといえば、太平洋戦争で左腕を切断したことでも知られる。おまけに貧乏神に取り憑かれ、どん底を這いずり回り、それでも笑い飛ばしながら生きていく... これがドラマの魅力である。
しかし、だ。これを総集編で成功物語としてまとめ上げてしまえば、どうも薄っぺらだ。そりゃ、大成功して安堵できるシーンも欲しいが、そんなものは一瞬でいい。おいらは大の前戯派なのだ。それに現実はそう甘くはない。だからといって、成功者だけが幸せというわけではあるまい。むしろ、成功者の方が余計な苦労を背負い込んでいるような気がする。好きなことをやって生きていくことのもどかしさ... これこそが、このドラマに見る哲学である。こうした見方も、酔いどれ失敗者の僻みであろうか...
「戦争では、みんなえらい目にあいましたなぁ。仲間も大勢死にました。死んだ者たちは無念だったと思います。みんな生きたかったんですから。死んだ人間が一番かわいそうです。だけん、自分は生きている人間には同情せんのです。自分も貧乏はしとりますが、好きな漫画を書いて生きとるんですから、少しもかわいそうなことありません。自分をかわいそうがるのは、つまらんことですよ。」
... 第14週「旅立ちの青い空」より

さて、月間漫画雑誌「ガロ」は、テレビドラマでは「ゼタ」という名で登場し、どうやら大人向けの皮肉の効いた作品が集められているらしい。
そして、これまた衝動のままに本書を手にとってみたが、こんなすげぇヤツが... 1964年刊行開始というから東京オリンピックと重なる。世間が高度成長時代を謳歌しているのを横目に、貧乏神に取り憑かれた漫画家魂が滲み出ており、ドラマのシーンと重ねながら読むとより味わい深い。というより、ドラマの方が、この掲載作品から引用したような感がある。
台詞の一つ一つに風刺が効いていて、原始本能を目覚めさせようと仕掛けてきやがる。人間ってやつは実にくだらない存在だけど、それを認めた上でくだらないことに打ち込み、無為に過ごす。これが、人間の本来の姿なのやもしれん。だからこそ、ユーモアは必需品となろう...
「人間は無意味なことをして、酔生夢死するように作られているんだ。有意義なことをしようとするから人生が苦界になるんだな。無意味こそ最高だよ。神の声だよ...」

肩書社会を皮肉るかと思えば、ペットの猫の飼い主が逆に猫を養うために飼いならされる。ゆりかごから墓場まで、という社会保障車のセールスマンが安心を売りに来れば、所得倍増計画にちなんで、分身の術で苦労を一方に押し付けて自分は楽をするという人格倍増計画を仕掛ける。どっちが本物で、どっちが分身かって?そんなことはどうでもええ。周りの人間だって、都合のいい方を本物とするだけのことよ...

ちなみに、錬金術とは、こういうものを言うらしい...
「錬金術とは、金を得ることではなく、そのことによって金では得られない希望を得ることにあるんだ。この世の中に、これは価値だと声を大にして叫ぶに値することがあるかね、すべてがまやかしじゃないか。」

ちなみに、文明の利器とは、こういうものを言うらしい...
「欲しがらせるだけで、ガマンするのが文明なんだよ!」
品物を欲しがらせ、欲望を刺激し、それで神経をすりへらし... 野蛮で無知な人種をこうした世界に誘い込むのが文明人ってか。満員電車で通勤!これも文明。勤め先で時間に縛られる!これも文明。国中のどの土地にも税金がかかる!これも文明。近代宗教が神の存在を知らしめたわけではない。原始の時代にも神がいた。しかも純真な神が...
子供から大人まで競争社会に慣らされれば、原始の時代に憧れ、魔の東京ジャングルから抜け出そうとする。未来のトウキョウは、都市の再開発、再々開発、再々々... いつも工事ばかりで騒音と公害に満ちているとさ...
とはいえ、未来を覗くにも勇気がいる。覚悟がいる。なによりも責任がいる。結婚相手まで見せられた日にゃ... 夢は現実と乖離するほど価値を増す。高度な文明社会を生きる人間が、高度な人間かは知らんよ...
「人間にとって未知は必需品なのだ!」

中でも傑作といえば、こいつかなぁ... 「妖怪マスコミ」
それは、電気掃除機のように作家や漫画家を吸い込む妖怪だとさ。養分を吸い取られた漫画家は、肛門の穴から出てくる。中には奇怪な漫画家もいて、食べられているかのように見せて逆にマスコミから養分を吸い取り、まるまる太って十年ぐらいして排出されるのもいる。それでも懲りずに巨大マスコミは、アリクイがありを喰うように作家や漫画家を貪るとさ...

「新講談 宮本武蔵」も捨てがたい!いや、全部捨てがたい...
武士の品位が高貴なものかは知らんが、品位ってやつは人を軽蔑する快感に浸る癖をつけるらしい。勤労を尊ぶあまり娯楽を蔑視し、大切な青春すら失ってしまった悔恨が仏像を刻ませておる。五輪書なるものを書いたがために、大衆は剣一筋に生きた変人につくりあげてしまったとさ...

付録される随筆「漫画講座」もなかなか...
「親切なる漫画の書き方」と題しているところにも皮肉まじりな。おそらくここは真面目な体験談なんだろうけど...
漫画家の道とは、カラッポの頭とカラッポの財布をもって、誰もがうちのめされてきた道だそうな。才能は最初からあるわけではない。労せずして充実した頭なんぞありえない。不遇な時期でも、いや、不遇だからこそ、古今東西の名作を読破するくらいの心がけがいるという...
ちなみに、池上遼一がアシスタント時代を振り返って... 仕事場には「無為に過ごす」と張り紙されていたそうな...

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