2021-02-14

"宇宙戦争" H. G. Wells 著

原題 "The War of The Worlds"... それは、地球生物の世界と火星生物の世界の戦争であったとさ...
小説版に興味を持ったのは、映画版のナレーションに感じ入ったからである。トム・クルーズが主演したやつに。時代設定が違うにせよ、原作のフレーズがほぼそのままらしい。ナレーターは、ディスカバリーチャンネルの宇宙ドキュメンタリーでお馴染みの俳優モーガン・フリーマン。恋には、目で落ちるパターンと耳で落ちるパターンがあるらしいが、彼のささやきに、おいらはイチコロよ。
メディアの特質上、小説版の方が冗長気味で、翻訳者のセンスもあろうが、これはこれで違った味わいがあっていい...
尚、小田麻紀訳版(角川文庫)を手に取る。

「十九世紀末の時点で、いったいだれがあんなことを想像していただろう?この地球は、人間よりはるかにすぐれた頭脳をもつ生物によって監視されていたのだ。人間たちが日々の雑事にかまけているあいだ、やつらは入念に観察と研究をつづけていた。ちょうど、ひとつぶの水滴のなかでうごめき繁殖する微生物を、人間が顕微鏡でじっくりと観察するように。人間たちは、みずからの領土の安定にすっかり満足しきって、つまらない用事のためにこの惑星上で右往左往していた...」

人類は、天文学の発展とともに、地球外生命体の存在を夢見てきた。そもそも人類が存在しうるのは、隕石という砲弾によって地球というアクアリウムへ放たれた結果なのかもしれない。そして宇宙人は、生命体の観察だけでは飽き足らず、密かに遠隔操作で遺伝子注入の実験をやっているのかもしれない。人間が、劣等動物に対して遺伝子操作の実験を繰り返すように。混合種を作りながら、種の浄化という遠大な種の製造計画をもって。三次元空間の住民には多次元空間の住民が見えない。目の前にいたとしても...

しかしこれは、戦争と呼べるものであろうか。科学技術の差は歴然としている。それは、B29 に竹槍で対抗するようなもの。火星から打ち出された円筒の砲弾が毒矢のごとく地球の表面に突き刺さり、中から三脚の巨大戦闘マシンが... 後の SF モノで馴染みとなるトライポッドの出現である。こいつが放つビーム兵器のような熱腺に、人間どもは瞬時に捕獲される。彼らの狙いは、体内に流れる赤い血液。家畜にされれば、わずかながら生き長らえることができる。今まで、地球上で無視されてきた羊や牛たちの叫び声が...
彼らを極悪非道と呼ぶなら、人間はどうであろう。おこがましくて、慈悲の使徒などとはとても言えまい。土地開発のために多くの種を絶滅させ、同じ人類でさえ先住民を劣等種族として抹殺してきた。種が生きるとは、どういうことであろう。地球人は、存続のための絶え間ない闘争と解釈しているが、どうやら火星人も同じらしい。民の群れが空腹感に襲われると、所有権の尊重を放棄するばかりか、生きる権利さえ。もはや敵は、火星人か、地球人か。広大な宇宙では、知的生命体ってやつは悪魔の種に属すのやもしれん...
「アリは都会をつくり、日々をすごし、戦争をしたり革命を起こしたりする。だが、人間にじゃまだと思われたら、すぐに追いはらわれてしまう。それがおれたちさ。ただのアリなんだよ。ただの...」

火星人は、解剖学的にも明らかに地球的な生命体ではない。地球の濃密な大気の中では、ほとんど役に立たない大きな耳。大きな丸い胴体は、地球の重力では持ち上げるのも困難。手足の作りも、地球の環境には不向き。内蔵構造もすこぶる単純で、複雑な消化器官を持ち合わせていない。つまり、身体構造はきわめてシンプルで、頭がでかく、はらわたがない。
食事法もシンプルで、栄養を管のようなもので直接摂取する。回りくどく焼いたり煮たりと、料理なんぞしない。サプリがあれば、それで十分ってか。うん~... 実に、合理的だ!
眠りもしないらしい。鮫のように、泳ぎ続けていないと死んでしまうのかは知らんが。いや、眠らなくて済むなら、その方が幸せかもしれん。慢性的な不眠症や睡眠不足で悩まされるぐらいなら...
「注射による栄養摂取が、生理学的にみていかに有利であるかはいうまでもない。人間が食事や消化という行為に膨大な時間とエネルギーを浪費しているのを考えればわかることだ。人間の肉体の半分は、異質の食物を血液に変えるための腺、管、臓器によって占められている。消化過程と、それが神経系におよぼす反応は、人間の体力を消耗させ、その精神に影響を与える。肝臓が丈夫かどうか、胃腸が健康かどうかで、人間はしあわせにもみじめにもなる。だが、火星人は、臓器の状態によって気分や感情を左右されることはないのだ。」

しかし、人類は絶滅しなかった。地球人が試みた対抗策がすべて失敗に終わった後、地球上で最も謙虚な存在によって救われたのである。
生命体の構造は、環境に適合した合理的な特性を、進化の過程で獲得してきたわけだが、どうやら火星にはバクテリアのような微生物が存在しないらしい。だから、身体構造もシンプルというわけか。微生物も存在しない環境に、生命体が存在しうるかは知らんが...
人類の歴史は、感染症との戦いの歴史とも言えよう。ペスト、ハンセン病、梅毒、麻疹、天然痘、コレラ、チフス、結核、インフルエンザ、ポリオ、マラリア、エイズ、エボラ出血熱... そして、コロナウィルスである。
最初からワクチンは存在しないし、自力で体内に抗体を作る方が合理的である。中途半端なワクチン接種のために体内の免疫組織がバランスを欠き、新たな変異種を生んでしまう恐れもある。ウィルスは構造が単純なだけに進化も早く、ちょっとした刺激で突然変異することだってあるのだ。人類は、様々な病原体との戦いの中で、多様な抗体と複雑な消化器官を長い年月をかけて獲得してきた。環境が変われば、新たな器官を生み出し、不要な器官もでてくる。これが進化というものか。
あの大科学者は、こんな言葉を遺した... ものごとはできるかぎりシンプルにすべきだ。しかし、シンプルすぎてもいけない... と。自然淘汰の原理は、生命体を必要以上に複雑化しないものらしい。
「火星人が仲間の死体を埋葬しなかったり、見境なく殺戮をおこなったりしていたことは、彼らが腐敗現象について完全に無知であったことを物語っている。」

そして突然、火星人たちは地球上での活動を停止した。バクテリアに蝕まれ、死んでしまったとさ...
実に、あっけない幕切れ!恐竜の絶滅がどんなものだったかは知らんが、ひょっとしたら人類も...
「宇宙というよりひろい視野に立ってみた場合、火星人の侵略は、地球人にとって利益があったといえないこともない。それは、堕落のもっとも重要な原因となる未来に対するのんきな安心感を消し去ってくれただけでなく、人類の科学に多大なる貢献をし、さらに、人類共通の利益という概念をおおいに広めてくれた。それは同時に、広大な宇宙空間をへだてて先遣部隊の運命を見守っていた火星人に、教訓をあたえたのかもしれない...」

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