2021-07-18

"アリストテレース詩学/ホラーティウス詩論"

古代文化の対決か。それとも、伝統の継承か...
ギリシア代表はアリストテレースの「詩学」、ローマ代表はホラーティウスの「試論」。片や自然哲学者として体系的に論述して魅せ、片や芸能詩人として風俗的に口述して魅せる。詩作という行為を、人間の普遍性に位置づけている点では両者とも同じだが、アリストテレースは、詩を味わうには教養や知性が必要で、大衆に理解できるものではないとし、ホラーティウスは、大衆が親しんでこそ人間の本質が露わになるとしている。
ホラーティウスがアリストテレースの文献に影響を受けたかどうかは知らんが、堅苦しい見識から砕けていくのは、時代の流れというものか。それで、大衆が賢人化していくのか、賢人が大衆化していくのかは知らんが、大衆は臭い!
アリストテレースにしても、師プラトーンが描いたイデア論の理想高すぎ感を、やんわりと砕いて反論した張本人でもある。当時の大衆の意味合いも現代感覚とは大分違うだろうが、ホラーティウスが詩作への意識をやや大衆寄りにしたということは言えそうか...
尚、松本仁助・岡道男訳版(岩波文庫)を手に取る。


音律を伴うものすべてが詩ではない...
当時の語り手は、なんでも音律を伴っていたようである。叙事詩や抒情詩から、悲劇、喜劇、ディテュランボス(酒神讃歌)、アウロス笛やキタラー琴による語り、そして、政治家の演説や医学の論文まで。アリストテレースによると、ホメーロスを詩人と呼ぶに相応しいが、エムペドクレースは自然学者と呼ぶのが正しいとしている。
どんな文章でも、短い句で構成して音律をともなえば、詩のように見える。だが、へロドトスの作品を韻文にしたところで、歴史の書であることに変わりはない。詩は、美しいだけでは足りない。どこか崇高で、心地よく、癒やされるものでなければ...


悲劇と喜劇の格付け...
人間の普遍性を探求するに、意識の格付けなんてナンセンス。ただ、悲劇と喜劇の格付けでは、アリストテレースも、ホラーティウスも、似たような意識を見せる。悲劇は優れた人間の再現で、喜劇は劣った人間の再現... といった意識である。そんな感覚は現代でも色濃く残っており、お笑い芸能が低俗に見られがち。
しかしながら、動物学では、笑うのは高等な動物の証とされ、喜劇の原理こそ、まさにそれである。歌舞伎や能といった伝統芸能にしても、元を辿れば滑稽芸。世阿弥の風姿花伝にしても、滑稽を芸術の域に高めた結果。
人間の情念ってやつは、死を思わせれば、だいたい悲しみを誘うが、笑いは、そうはいかない。実に多様で、実に文化的で、その人の生き様を反映し、道化を演じるには高等な技術を要する。一度も笑いの得られない日があれば、無駄な一日を過ごしちまったと損した気分にもなる。あの世でニーチェあたりが愚痴ってそうだ... 笑いとは、地球上で一番苦しんでいる動物が発明したものだ... と。


最も重要なのは「筋」...
アリストテレースは、詩で最も重要な構成要素に「筋」を挙げている。今風に言えば、シナリオか、物語性といったところか。そして、普遍性と必然性によって説得力を与えると。
自然な合目的性こそ、高度な精神体現というわけか。喜劇では、矛盾も、不合理も、不自然さも利用する。ゆえに、悲劇の方が技術的には高尚という見方もできよう。
ホラーティウスは、やや砕けて全体のバランスを重要視しているが、矛盾や不自然さとなると抵抗があるようで、「分別を持つことが詩を正しくつくる第一歩!」としている。
しかし、だ。詩人に道徳的義務を背負わせるのはどうであろう。読み手だって、そんなものを押し付けられれば、息苦しくなる。矛盾も、不合理も、不自然さも見せない人間なんて、むしろ味気ない。やはり芸術には狂気の沙汰がなければ。詩には救われる。欠点だらけの狂気の詩人に、親しみを感じ、癒やされる。詩人に人間を救え!社会の模範となれ!などと、ふっかける気にはなれんよ...


人生はドラマチックに...
詩人が狙うは、有用性か、喜びか、あるいは、その両方か。詩に人間の本質を見るという意味では、哲学と目的を同じにする。つまりは、人生論の語り手として。
アリストテレースは、詩の要素の一つに、驚き、あるいは、ドラマ性を挙げている。感動するということは、ある種の意外性が含まれる。人生には、飽き飽きする日常を盛り上げてくれる何かが欲しい。
ちなみに、ドラマ(ドラーマ)の語源は、ドラーン(行為する人)からきているらしい。詩とは、「行為する人の再現」というわけである。
やはり、人生にはリズムと調べが欠かせない。そして、ドラマチックに生きたいものである。日々、新たな発見があれば幸せになれそうだし、詩人でなくても詩人のように生きてゆけそうだ。しかし、凡人は目の前の幸せにも気づかない...

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