2023-03-19

"世界で一番美しい化学反応図鑑" Theodore Gray 著 & Nick Mann 写真

原題 "Reactions"
世界で一番美しい図鑑シリーズ... で、元素、分子とくれば、化学反応で三部作が完結する。本は、なにも読むだけのものではあるまい。セオドア・グレイの軽妙な文面にニック・マンの鮮麗な写真が化学結合すると、ノスタルジックな気分にもなれる。なにやら忘れかけていた感覚が蘇るような...
尚、若林文高監修, 武井摩利訳版(創元社)を手に取る。

科学の根底にある動機は、やはり好奇心か。脂ぎった好奇心なら、すぐにでも湧いて出る。お金や地位などと直結させて。しかし、純真な好奇心となると、なかなか湧いてこない。童心にでも返らねば。まったく、汚れちまった悲しみに... といった心境である。
それでも、化学実験にはワクワクさせられる。今でも、ナトリウムの塊をバケツの水に放り込みたくなったり。いや、今だからこそ...

人間が脂ぎっちまうと、脂ぎった化学反応に惹かれちまうのか。アルカリ金属を水と反応させると、引火性の高い水素ガスが発生する。古典的な爆薬ではニトログリセリンってやつがある。その瓶を落としたりした日にゃ...
さらし粉だって、衝撃を与えれば爆発する可能性がある。水道水の殺菌などにも使われる高度さらし粉の別名は、次亜塩素酸カルシウム... と、聞くだけで危険な香り。
爆発の本質は、急速に体積が増大する物理現象にある。つまり、時間と空間の急激な変化である。こんなものに惹かれるのは、時間と空間に幽閉された知的生命体の本能であろうか。ロウソクを眺めるだけで懐かしくなったり、炎を見るだけでワクワクするのも、本能的なものであろうか。
ちなみに、おいらは仕事場でお香を焚く...

キッチンにも化学物質のオンパレード!料理そのものが化学実験のようなもの。
化学実験のうってつけの見学コースといえば、酒蔵(さかぐら)である。酒造りは、一麹、二酛、三造り... と言われる。麹とは、蒸した米に麹菌というカビを生やしたもの。いわば酒とは、いかにうまく腐らせるか、という化学反応を利用した飲み物である。生あるものは死を運命づけられ、人間もまた、その過程で生じる腐らせ方が問われる。そもそも人間が生きるということは、喰って排泄するってことであり、その過程で様々な化学反応に看取られている...

ところで、化学反応とは、なんであろう。どういう状態を言うのであろう。ひと言で言うと、こういうことらしい。
「ただいま電子の移動中!」
そのメカニズムは、化学物質の結合か、あるいは分離の時に生じる。結合は電子の共有によって生じ、化学反応は電子の振る舞いと深く関わる。原子核では陽子と中性子が静かに収まっているのに対し、原子核の周囲を取り巻く電子殻では電子の嵐が吹き荒れる。電子の動きは、太陽の周りを公転する惑星のように行儀よくはない。その存在すら、本当にそこにいるのかどうか確率論でしか見い出せない、シュレーディンガーの猫のような奴らだ。

本書は、化学反応を特徴づける重要な概念に、エネルギー、時間、エントロピーの三つを挙げ、これらに電子の振る舞いを結びつけながら物語ってくれる。
エネルギーとは、たとえるなら落ち着きのなさを言うらしい。一旦、エネルギーを持っちまえば、どっしりと構えていられない。まさに電子がそれか。普段は、プラスとマイナスの電荷が釣り合って落ち着いているかに見えるが、内部ではポテンシャルエネルギーが疼き、掻きむしらずにはいられない。
そして、電子の持つポテンシャルエネルギーが結合の強さを決める。ポテンシャルエネルギーは高い方から低い方へ電子が落ちる時、その差分が運動エネルギーとして解放される。ビジネス界や政界を知るには、カネの流れを追え!と言うが、化学反応を知るには、エネルギーの流れを追え!というわけだ。
流れを追うということは、変化の時系列を辿ることになる。しかし、「時間の矢」と呼ばれる一方向性は、如何ともし難い。覆水盆に返らず... 喰っちまったラーメンの末路は排泄物... 空けちまったボトルにおとといおいで... といった格言は、けして逆戻りできない世界を謳ったもの。あらゆる物体が空間に対して様々な方向へ移動できるというのに、人間の認識能力だけが一方向性に幽閉されるとは、神もケチなことをなさる。
そして、時間の性質とすこぶる相性がよいのが、エントロピーだ。エントロピーは、しばしば乱雑さや混沌さの指標とされ、たいていの物理学の教科書で、ただ「増大する」と記述される。
だが本書では、ちょいと視点を変えて、エネルギーがどのくらい拡散するかの尺度としている。ある系において何通りのエネルギー分布が可能であるか、ここにエネルギーとエントロピーを結びつける法則が...

「エネルギー保存の法則は、(今のところ)説明が不可能です。この法則がこれまでに測定されたあらゆる状況下で絶対的に真であることを、極めつきの確実性をもって知っていますが、なぜそうなるのかはわかっていません。それに対して、エントロピーがなぜ常に増大するのかはわかっています。エントロピー増大の法則は、数学的な確実性によって真なのです。」

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