2023-03-12

"世界で一番美しい分子図鑑" Theodore Gray 著 & Nick Mann 写真

原題 "Molecules"
本書は、「世界で一番美しい元素図鑑」の続編。
元素は普遍のカタログとも言うべき周期表において規定されるが、分子にそんなものはない。今のところ百十数もの原子番号が振られ、原子は単体でも存在しうるが、地上では、そのほとんどが互いに結合し、分子となって存在している。結合の組み合わせは無数にある。カテゴリに分類することさえ不可能なほどに...
となれば、これを逆手に取って、選出の基準もやりたい放題!ここに、酸や塩基について語ったくだりは見当たらない。あくまでも著者の目線で、興味深く、本質的で、有用で、美しい、と思うものをぶちまけてくれる。
例えば、相性の悪さのたとえで「水と油」という表現があるが、これを見事に調和させてみせる石鹸の魔法や、色や匂い(臭い)がどのような元素の組み合わせで生じるかといった、世界を構成する物質の仕組みを独善的に教えてくれる。
セオドア・グレイの軽妙な文章と、ニック・マンの鮮麗な写真の結合も見逃せない。分子結合とは、ある種の相乗効果を言うらしい。いや、足の引っ張り合いも...
尚、若林文高監修, 武井摩利訳版(創元社)を手に取る。

分子の構成要素をなす原子の中で、とびっきりの存在があるとすれば、それはなんであろう...
太陽は、水素をむさぼり喰うことで地球にまで光を届け、地表では生命の源となる。恒星が輝けるのは、その中心部で大量の水素が核融合してヘリウムになるからだ。水素とヘリウムときたら、原子番号 1 と 2 で周期表の最上段に崇められ、まるで湯上がり気分の王子様気取り...

しかしながら、地球ではまったくの別物が主役を演じている。本書は宣言する。
「現代の化学のリアルな躍動の中心は炭素!」
炭という名からして燃えカスをイメージさせ、エネルギー変換の媒介役となる。その元素分布は、石油、石炭、天然ガスなど多岐に渡り、高価な鉱物で名高いダイヤモンドは自然物で最も硬い結晶物として崇められている。同素体も幅広く、グラファイト(黒鉛)やカーボンナノチューブなど、その実用性は計り知れない。

いや!そんなことよりも、はるかに重要な意味がある。それは、生命を生み出す元素だということだ。有機化合物の定義に至っては、炭素を含む化合物の総称... といったことが辞書にある。
但し、炭素塩、二酸化炭素、一酸化炭素... などと例外リストが長々と続き、どうもスッキリしない。
これらの定義で注目すべきは、炭素が特別な元素で、生命体には欠かせないってことだ。まさに、DNA、RNA、タンパク質などは炭素を骨格に形成され、地球には炭素系生命体で溢れている。地球外生命体には、炭素系ではないものもいるかもしれんが...

「炭素は、高度に複雑化した鎖や環や樹枝状の連なりやシートを形成することができる唯一無二の元素であり、複雑で変化に富む三次元構造を作れるようなやりかたで... それどころか、そうした構造を作るのを促進するようなやりかたで... 結合しています。...<略>... 有機であることの根幹には、鎖や環を作りたがる炭素の性質があります。その性質に他の元素も呼応して分子ができるのです。」

分子とは、原子と原子が結合したものを言うが、そのメカニズムはいかに...
原子の電子殻に空席があれば、そこに他の原子の持つ電子が入り込んで空席を埋め、電子を共有して結合する... といったことは、義務教育で叩き込まれた。しかし、それでは結合する力を説明できていない。
本書は、静電力を持ち出して説明を試みる。元素を決めるのは原子核の中の陽子の数だが、元素の振る舞いを決めるのは原子核の周りにある電子である。
「化学とは、つまるところ電子の挙動に関する学問!」

静電力は数学で記述できる。だがそれでも、静電力の正体となると、お手上げ。力学は謎めいている。力の作用は物理量として明確に算出できるのに、その正体となるとまるで分からない。万有引力の法則という古典的な力学の領域ですら。
ただ人間ってやつは、どんな現象でも作用さえ明確に算出できれば、その正体までも分かった気になれる、実におめでたい存在なのだ。実際、物質の正体を知らなくても、作用さえ分かれば、いくらでも実用化しちまう。精神だって、その正体となるとまるで分かっちゃいないのに、精神作用だけで人を操ることができる、少なくともそう信じている。いつか精神を分子構造で説明できる日は来るだろうか...

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