2023-03-05

"世界で一番美しい元素図鑑" Theodore Gray 著 & Nick Mann 写真

原題 "THE Elements"
世界を最も客観的に、合理的に、論理的に、構造的に、機能的に、効率的に... 表記したものとはなんであろう。人間の認識能力において、目くじらを立てるほど重要視するものに存在感とやらがある。それは、もともと主観的な感性の領域にあったが、科学の進歩とともに客観的な知性が、その領域を侵食しつつある。だからといって、完全に客観的な領域に入り込んでしまうことはあるまい。人間の思考そのものが、主観的なのだから...

実存の法則では、物理方程式がドラマチックに記述して魅せる一方で、周期表が無味乾燥な原子番号を淡々と羅列していく。太陽がむさぼり喰う H(水素) を一番目に掲げて。どんなに地味でもエッチが一番!やめられまへんなぁ~...
様々なマニアックの収集家を見かけるが、元素の収集が趣味というセオドア・グレイも、なかなか洒落ている。とはいえ、化け学の実験は命がけ。核物質をちょいと包んでくれ!というわけにはいかんよ...
尚、若林文高監修, 武井摩利訳版(創元社)を手に取る。

実体を理解できなければ、それをバラバラにして構成要素に還元せよ!
古代の自然哲学者たちが編み出した原子論的な思考法は、量子論や素粒子物理学に受け継がれてきた。人間の認識プロセスには、もともと還元主義的な思考が備わっているようだ。しかもそれは、自らの認識能力との折り合いにおいてなされる...

「いかなるものも、無に帰することはありえない。万物は分解されて元素に帰する。」
... ルクレティウス「事物の本性について」より

さて、周期表はすべて埋め尽くされたであろうか...
原子番号は、原子核に含まれる陽子の数で決まり、陽子はプラスの電荷を持つ。原子核の周りには電子軌道があり、そこにはマイナスの電荷を帯びた電子が陽子と同じ数だけ存在し、電気的に釣り合っている。
しかしながら、太陽の周りを回っている惑星のような軌道イメージではない。それは、不確定性原理に看取られた世界で、ある時間に存在する場所を特定させてはくれない。量子とはそんな奴らだ。そこに本当に存在するかも分からないとすれば、確率論に縋るしかあるまい。

本書は、「確率の雲」という用語を持ち出しているが、おいらはある種の確率分布と捉えている。
確率の雲には、s, p, d, f といった種類の軌道があるという。s 軌道は完全な球形で 1 つのタイプしかないが、p 軌道は互いに直行する三方向(x軸, y軸, z軸)に 3 つのタイプがあり、さらに、d 軌道は 5 つのタイプ、f 軌道は 7 つのタイプといった具合。
電子は内部状態にスピンを持ち、1 つの電子軌道にアップスピンとダウンスピンの 2 個が入ることができる。
例えば、水素は電子が 1 個で、1s 軌道。ヘリウムは電子が 2 個で、ともに 1s 軌道。これで周期表の最上段は定員いっぱい。
つまり、周期表の形を決めているのは、電子軌道の 1s から 7p までの充填順というわけである。充填の仕方が問題となれば、位相幾何学との相性も見えてくる。
そして、軌道はエネルギーの低い方から高い方へ順番に埋まっていくとさ...

原子番号と混同してしまいそうな物理量に原子量ってやつもあるが、ちと違う。それは、原子 1 個の質量で、だいたい原子核を構成する陽子と中性子の数の合計で決まり、複数の同位体が含まれればその平均値で表記される。
陽子、中性子、電子の数で元素が規定できるのなら、いくらでも人工的に作れそうなもの。かのニュートン卿までも錬金術にハマったのは無理もあるまい。実際、「人工元素」という用語も見かける。ただ、半減期が短く、あまりに崩壊が速く、哀れなほど短命であるがゆえに自然界で発見しにくいものを、瞬間的に無理やり状態を造り出しただけのことかもしれんが...

本書は、電子が存在する様子を三次元モデルでイメージさせてくれるが、軌道が埋まっていく様子はきわめて微妙かつ複雑で、義務教育で叩き込まれたように、最外殻の電子が一個失われて別の原子の電子が入り込んで化合物になる、といった単純なメカニズムではなさそうである。その方がイメージはしやすいけど。
化け学を理解する方便として、電子は離散的な軌道を持つ電子殻に存在するとすれば、最外殻の電子の数が同じ原子同士で、互いに似た化学特性を見つけることができる。これこそが周期表の根本原理であり、化学反応への理解は一番外側の電子殻を紡ぐ物語となる...




ざっと周期表を外観しておこう...
元素には固相、液相、気相があって融点と沸点も様々、まるで多様化社会を投影するかのようで、化合物ともなると、その組み合わせは無限の可能性を匂わせる。人間界にとって、有用な元素もあれば、どうでもいい元素もある。いや、まだ利用価値を見いだせないでいるだけかも...

上図の左から...
第 1 列目は、水素(原子番号1)はいささか例外的だが、それ以外はアルカリ金属と呼ばれ、水と反応すると引火性の高い水素ガスを発生する。ナトリウムの塊を湖に投げ込んだ日にゃ、とんでもないことに...
第 2 列目は、アルカリ土類金属と呼ばれ、アルカリ金属と同様、水と反応して水素ガスを発生する。ただ、アルカリ金属よりもおとなしい連中で、例えば、カルシウムなどは携帯式水素発生器に使われる。
中央の幅広いブロックは、遷移金属と呼ばれ、産業界でも大活躍。金属の代表といえば、鉄であろうか。こいつに錆びるという物理現象がなければ、これほど有用な物質もあるまい。
対して、金や白金のように、きわめて高い耐腐食性を持つものがある。黄金の永遠の輝きは他を寄せ付けないにしても、見た目で価値評価されるのは人間社会とて同じ。
遷移金属は、水銀以外はかなり硬い。いや、水銀もうんと冷やすと思いっきり凝固し、超伝導体として期待される。
右ブロックの赤茶色の左下三角形は金属、右上三角形は非金属。これらの金属は程度の差はあれど電気伝導性を持っているが、非金属は絶縁体である。
金属と非金属に挟まれたオレンジ色のブロックは、半金属とメタロイドの名を持つ日和見主義者たち。ハイテク産業で注目される半導体の材料は、ここに含まれる。半導体とは、半分導体ってことだ。それは、電圧や光や温度などの外的要因を与えることによって、電気を通したり絶縁したりできることを意味する。金属の様々な電気特性は、それだけで微量な信号を増幅させることができ、現代の通信システムに欠かせない。
右からの 2 列は、ハロゲンと呼ばれ、純粋状態ではとても扱いにくい奴ら。反応性が極めて高く、悪臭が酷い。例えば、塩素は第一次大戦で毒ガスに使用されたが、化合物になると、フッ素入り歯磨きや食塩などの家庭用品となる。
一番右端の列は、希ガス(貴ガス)と呼ばれる。貴(noble)は、下層階級に関心を示さず超然としているという意味。他の元素と結びつくことがほとんどなく、不活性な特性は、反応性の高い元素を閉じ込めるシールドに使われたり...
下の 2 段は、希土類と呼ばれ、上段はランタノイド、下段はアクチノイドと呼ばれる。それぞれ一つのマスに15個もの元素が配列され、ランタノイドはあまりにそっくりな元素ばかりで、本当に別々の元素なのか長い間議論されてきたそうな。放射性を持つ同位体が一つ存在するだけで、その一族のみんなが悪評を買うのは、人間社会とて同じ。
対して、アクチノイドは放射性元素ばかりで、ウランとプルトニウムが悪名高い。

下の 2 段は、あまりに似通った元素群のために拡張されたものだが、こうした拡張性は他にも発見されそうな予感がする。今のところ、7p を超えるエネルギーを持つ電子軌道は見つかっていないようで、周期表は二次元配列で事足りているが、いずれ三次元配列が、いや、多次元配列が必要になるのかも。宇宙の膨張が、次元を増やしながら空間を拡大しているのかは知らんが、その構成要素である元素だって... ついでに人間の認識能力だって...

おまけ...
セオドア・グレイは、煙と蒸気の違いをヨウ素に教わったと、その体験談を熱く語ってくれる。黒い背景に映えるヨウ素蒸気の写真を撮ろうとして随分時間を無駄にしたそうな。背景には、ダークモードが映えるってかぁ...
煙は光を反射する微粒子の集まりなので、黒い背景の前で横から光をあてれば写真に写る。
一方、蒸気はたとえ色付きの蒸気でも、黒い背景の前で写真に撮ることは不可能だという。光を当てても、光を反射するほどの大きさの粒子は存在せず、目に見えない分子があるだけ。蒸気を見やすくする唯一の方法は、明るい色の背景の前で、蒸気を通り抜けてくる光が蒸気分子に吸収されるのを利用することだとか。なるほど、元素収集家らしいエピソードである...

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